2 幕開けはなく、隅で僕は……
――楽しい人生の幕開けか
そういえばここに来たときそんなこと思ったっけ。
僕は一人、城の中庭でほうけていた。
異世界転移当初の僕は期待に胸を膨らましていたが、現実は劇的に変わることなんてありえなかった。楽しい人生の幕開けの主人公は、僕ではなさそうだったからだ。
僕がこの世界に召喚されて、もう三日経って気づいたことがあった。
僕はいまもむかし平凡な生活をするしかないということを。
そう、僕と一緒に異世界召喚された奴らは僕以外を除いてみんなハイスペックだった。
僕と一緒にこの世界に召喚されたのは10人、僕も含めて11人全員が二十歳未満。そして僕以外の異世界召喚された人はなにかしらの大会で優勝した経験をもち、一芸に優れた人たちだった。
だから僕はたそがれるしかなかった。僕と他の人を比べて、なんで僕は召喚されてしまったのだろうか。
僕はこの世界に期待が持てなくなっていた。だからひとりうわの空。むかしと同じ孤独の時間。
「『ライ』くんこんなところに居たんだ」
そんな僕を『ライ』と呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには僕と一緒に召喚された『早乙女美樹』がいた。
「なんだよ早乙女さん」
「なんだじゃないよ。みんなで集まる約束の時間になってもライくんが来なかったから探してたんだよ」
活発で明るい性格の早乙女美樹はライのことを心配して迎えに来てくれたのだった。
――そういえば、
シルヴァニアさんの話を聞いたあとにみんなで集まる約束をしていたっけ。
すっかり忘れてた。
「ほら行くよライくん」
早乙女美樹は両腕でライの腕を引っ張り、みんなの集まる場所へと運ぶ。
ライは引きずられながら思いふける。
――僕らの今後のことをみんなで話し合うんだっけ。
なんでこうなったんだっけかな?
異世界転移して初日へと時は遡る。
*****
異世界転移初日
「皆様を歓迎するためにご用意したお食事です。どうぞみなさまお召し上がりくださいませ」
ライたちは召喚された場所からシルヴァニアさんたちに城内へと案内され、五十人は座れそうな食卓に集められた。食卓の上には見たことがない豪華な食事が隙間なく並べられている。香ばしい香り、調和された盛り付け、見たことが無い肉や魚、お腹を刺激するものばかりが視界を埋め尽くす。
「まずは腹ごしらえをしませんか、みなさまに現状をご説明をするにしても、空腹ではお話が頭に入りませんものね」
ライは僕たちのことを考えてこんな豪華な食事を用意してくれた、先ほどから笑みを絶やさないシルヴァニアがまさに天使に見えた。
――ああシルヴァニアさん、煌めくようなブロンドストレートヘアー、にこりと笑うと誰もが心を打たれる優しい笑顔、僕はシルヴァニアさんのためなら死ねそうだ。いやまだ死ぬような目には会いたくないけども……。
食卓を前にして、ライたち異世界転移してきた人――召喚者たちは気を緩める。しかしその中でただ一人だけが、金髪の壮健そうな少年だけは気を緩めることなくシルヴァニアと対峙していた。
「あとでこの状況を説明してくれるというならば食べよう。しかしその前にこの食事になにか含ませてはいないだろうな?」
金髪の少年はシルヴァニアの顔色を伺うようにじろじろと視線を送っていた。その金髪の少年の目は燃えるような目の持ち主である。日ごろから生死をかけた戦いをしている戦士のような男といっても疑いようのない気配を感じさせる風貌である。
――なんだこの金髪さらさら野郎、シルヴァニアさんの親切にケチつけんのか! この罰当たりな野郎を殴りたい。
ライは内心では強気な発言をするが、行動に移せるほどの気迫の持ち主ではなかった。すなわちライはいまの状況を傍観するだけの人間だった。
「そうですわね。見も知らない人にいきなり食事を出されて、気軽に食べられませんわね。わたしもあなたの立場なら警戒して食べれないかもしれませんわ。でも安心してくださいませ。わたくしたちは貴方たちが来られるのを心からお待ちしていましたの。その誠意を込めて作った食事に無粋な真似をする者などはおりませんわ。でも疑いようがあるのは事実です。どうかわたくしたちを誠意を信じてもらうことはできないでしょうか?」
金髪の男の含みのある一言にもシルヴァニアは笑みを絶やさず、誠実に向き合った。
――なんて心が広いのシルヴァニアさん。
シルヴァニアの振る舞いにライはしばしシルヴァニアさんに見蕩れる。
そんな見蕩れる男を蚊帳の外にして、金髪の男は暫し考えて口を開けた。
「……わかりました。あなたを信じましょう」
なにか思うところがある様子ではあるが金髪の男は食卓の席へと座った。
――なんでこの金髪さらさら野郎は上から目線なの。
こういう男は苦手だな。
シルヴァニアに対する金髪の男の態度が気にくわないライは心の中でレオニードに悪態を吐く。心の中だけならば自由だから。
「貴方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「レオニード・D・オーラルと言います」
「貴方からはどこか高貴なものを感じますわ」
「私はとある国の王族でしたので」
ライはレオニードの王族という言葉に思うところがあった。。
――あっ! こいつって僕たちが乗ってた飛行機の墜落原因の王子じゃない?
変なところで勘が鋭いライはレオニードの素性を読み取った。
ライが考え込んでる最中、シルヴァニアとレオニードはこの世界のことなど、談話をし続けていた。
そこに召喚者の一人、筋肉隆々の男が二人の会話に割り込んだ。
「あんさん王族なんでっか」
「ああ、過去に…だかな」
レオニードは自分の発したコトバで遠い目をした。それに気づいた周りの人たちはそれ以上この件については触れ無いほうがよさそうだと思った。
「なんかこれ以上聞いたらあかんっぽいな。あっわて軽井沢匠って言います。カルって呼んでな」
――堅物そうな筋肉ムキムキの坊主なのに軽いなぁこの人。
ライはカルと名乗った男の見た目とは真逆の軽い印象を受けた。
カルは陽気に手当たりしだい色んな人に声をかけていた。すこし変な訛りがある以外はそんなに目立つ行動はしていない。
食卓に座りはじめて数分、異世界召喚者と城の人達との会話がはずみはじめ、場の雰囲気がよくなってきたころ、やっとライはあることに気づいた。
――ん? あれ? みんな食事しながら自己紹介とかしてる!?
僕だけ誰にも話しかけてもらえてないよ!
なんで!
ライだけが黙々と食事を食べていたのだった。他の人は自己紹介などをして会話をしていたが、ライのみ誰にも自己紹介などを行っていなかった。ライはこのままではいけないと思い、誰か話せる人がいないかあたりを見渡すように顔を左右に動かす。
「きみ、なんでそんなきょろきょろしてるの?」
左右に顔を動かすライの行動をおかしく思った一人の女性がライに声をかけた。
「え、ぼ、ぼくに話しかけてる?」
ライは声をかけてきたのが女性だったからきょどってしまった。ライは中学のあるときを境に女性と会話する機会がまったくなくなっていた。だからいきなり女性に話しかけられてうまく口が回らない。
「他にだれがいんのよ」
増してやライに話しかけてきた女性は我の強そうなタイプであった。ライはあまり我の強そうな人は得意ではない。小さいころにある女性にパシりにされた経験からか、我の強い女性に逆らうことが出来なくなったからだ。
だからといってライのことなど知らない女性には関係なく、ライに話しをしようとする。
「うちは早乙女美樹、きみは?」
「僕は天童ら……天童ライです」
「なんで『ら』で言い直したの?」
「べ……べつに意味はないよ。少し噛んだだけだよ」
「そう、ならいいけど」
――危ない。危ない。危うく名前言うとこだったよ。せっかく僕の名前を知らない人たちなんだから、言いたくない名前を言わなくてもいいよね。
ライは一瞬冷やりとした。なぜならば早乙女美樹に本名を言おうとしてしまったからだ。ライは自分の名前が嫌いだった。むかし馬鹿にされたからだ。だから言わなくていいなら言いたくないとライは思った。
その後も会話したくないのに早乙女美樹から話しかけられたライであった。会話をしていると時が過ぎるのも早く、食卓の会合がはじまってから半刻が過ぎようとしたとき、シルヴァニアが異世界転移召喚者にむけて語りかけた。
「みなさまお食事を気に入って頂きまことにありがとうございます。食も進んでおられるようなので、食しながらでよいのでわたしのお話をお聞きください」
――おっ! シルヴァニアさんが話しをするみたい。早乙女さんみたいな人と話しているよりシルヴァニアさんの声を聞いてるほうが安らぐよね。
ライは早乙女からいままでずっと質問攻めのような会話をされていたので、シルヴァニアさんの声を聞いたときホッとしたのであった。だが実際はライが早乙女に質問をしなかったために、早乙女が気を利かして趣味や部活、出身などありふれた質問をしていたに過ぎなかった。
「まずここは魔導大陸シルメリアと言います。この大陸には大国だけで四か国ございます。その国のひとつが我が国ザウラース王国です」
シルヴァニアがこの世界の常識について説明をはじめる。そしてひと段落するとレオニードが召喚者の代表をするように応対を行っていった。
「魔導大陸……魔導とは魔術のことか?」
「はい。魔術のことですわ。確かそちらの世界には魔術は存在しないと聞いていますわ」
「そうだ。そんな不可思議な力はない」
「魔術の件は大丈夫ですわ。みなさんは勇者の卵です。魔術を扱うことが出来るようになりますわ」
「勇者の卵? なんのことだ?」
「勇者の卵とは、勇者になれる人のことですわ。勇者になれば身体能力の向上、魔術の使用、他にも色んな力を得ることが出来ます」
「勇者になればと言うことは、まだ俺たちは勇者ではないと言うことか?」
「その通りです。勇者になるには儀式をしてもらわなければなりません」
「勇者の卵と言ったな。俺たちがその勇者の儀式をしなかった場合、俺たちはどうなる?」
「なんにもしません。わたしたちは貴方たちに、わたしたちを救って欲しいと願っているだけですわ。」
「……救って欲しいと言うことはこの国の敵がいるのか?」
「この国だけではありません。人類の敵がいます。わたしたちはそれを魔物の王と呼んでいます」
「魔物の王……魔王がいるのか」
「はい、魔王は日々われわれ人類の生活を脅かしています。先日一つの国が魔物の軍勢により滅びました。その国は中立を目指していた国でしたが、魔王は有無を言わずに攻めこみましたわ。」
「中立? 魔王は知恵のあるモノなのか?」
「詳しいことまではわかりませんが、人型の魔物と言われていますわ」
「そうか……わかった――申し訳ないが、少しだけ俺たちに時間をくれないか? いきなり異世界に召喚され、魔王から救って欲しいと言われても直ぐには返事はできない。俺たちだけで話し合い、答えを決めようと思う」
「わかりました。良いお返事をお待ちしております。それでは明日から城の案内を行いますのでみなさま各部屋でゆっくりおやすみください」
このようにしてライたちが異世界召喚された日はシルヴァニアさんと金髪さらさら王子のレオニードとの話し合いで終わりを迎えた。この話し合いの結果としてライたちは三日後に勇者に成るか、又は他の道を選ぶかの選択を話し合う予定で過ごすこととなった。
ライはもちろん大事な話し合いに口出すことなどできるはずがなく、そして人と話す機会も少なかった。
そんなライは騎士たちに案内された個室の部屋のベッドの中、異世界転移をしたことの期待とは裏腹に残念さを胸に感じていたのであった。
改稿しました。辛口感想お待ちしています。