表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/17

番外編:資料室 重力圧迫天井 

感想で頂いたリクエストにお応えして、番外編を書いてみました。

まーりゃん様、ありがとうございます。

 ゴランドリエル…… ゴランドリエル……


 主の呼び声に呼応し、一体の大悪魔(アークデーモン)が咆哮を上げた。それは迷宮の支配者にとっては至極頼もしいものであり、冒険者たちにとっては自身の運命を限りなく死へと向かわせる戦いが近づいていることを示す、これ以上ないほどの負の暗示となった。


 ゴランドリエルは雄叫びを上げて冒険者たちに襲い掛かる。


 最前衛を務めるのは、魔を払う銀の鎧に身を包んだ騎士だった。彼は巨漢を覆い隠すほどの巨大なタワーシールドを構え、幾多のモンスターを突き殺してきたであろう忠勇の槍(ブレイヴランス)を突き出した。


 それで大悪魔の突進を止められるなどと考えているような連中では、迷宮の最深部「ダルワインの研究所」エリアまで進んでくることなどできはしない。


 その証拠に、銀の鎧の騎士まであと三メートルというところまで迫るゴランドリエルは、後衛のさらに後ろで忙しく呪文を唱えている僧侶と魔法使いが創り出した二重の魔法障壁をすでに五枚ほど破壊していた。


「くらえぃ! 超重力撃滅突破グラヴィティクラッシュ!!」


 時間にすればわずかに三秒、ゴランドリエルの爪が騎士の盾へと到達する時間が遅れた。その間に気を練っていたのだろう。大悪魔が大きく右手を振りかぶったことで空いた胸元へ、必殺の刺突が放たれた。


 ゴギン!


 騎士の攻撃は、正しくゴランドリエルの心臓に向かって一直線に進んだ。槍の先端が大悪魔の膨大に過ぎる魔力によって強化された皮膚と衝突した際の、硬質の破裂音を耳にした騎士が目を丸くした瞬間、振り下ろされたゴランドリエルの爪が槍を二つに切断した。折れたとか曲がったとかいうレベルの破壊ではない。鍛え上げられた鋼鉄製であり、騎士自身の法力によって通常の倍以上の強度を誇る槍が、中心部分で瞬時に切断されることなどありはしない。


 そう思った騎士が真っ二つにされた槍から顔を上げた瞬間、彼の首は驚愕の表情を浮かべたまま胴体と分かたれた。ゴランドリエルの魔爪に宿る呪いの力は彼の魂を瞬時に石化させ、血液を毒素で犯し、レベルを吸収した。


 騎士の力で支えられていた盾がガラン、と、音を立てて下端を迷宮の床に付けた。一瞬の間を置いて倒れ始めたそれの影から一人の人間が飛び出したのを、ゴランドリエルの赤々と燃える目は捉えていた。


「悪魔め! 覚悟ぉ!」


 特徴的な反りをもつ片刃の剣を持つ剣士――職業的にはサムライ――が、目にもとまらぬ速さで斬撃を繰り出した。空を絶つ勢いのそれは、可視のものとなるほど濃密な魔力を帯びており、刃を離れてゴランドリエルの首めがけて襲い掛かった。


 十二の刃がそれぞれ別方向から迫る中、ゴランドリエルは姿勢を低くしてサムライの元へ迫る。斬撃が少々皮膚を掠めたが、それで出血する様な傷を負うこともない。


 まだ倒れきっていない盾を、小賢しく呪文を唱えようとする後衛の術師たちの方へ蹴り飛ばして猛進する黒い固まりの脇を、小さな人影がすり抜けようとしていた。


 なるほど敏捷さにおいては彼の種族を越えるものはいまい。生来裸である故に忍者という天職を極めたフェアリーは、その背に生える羽の残像を残してゴランドリエルの背後に回った。


「ば……か、な」


 ゴランドリエルの尻の少し上――腰のあたりから生えている牛のような尾の先端には、彼の魔爪と同等の強度を持つ鏃の様な構造体があり、それが背後から迫る忍者の腹を貫くのと、切りかかったサムライの刃がゴランドリエルの拳によって砕かれたのはほぼ同時だった。


「くそっ! 撤退(エスケープ)!」


 ゴランドリエルが尾を振り下ろした勢いで後方に飛ばされた忍者が冷たい迷宮の床に倒れ、サムライの驚愕の表情を悪魔の口から放たれた紅蓮の炎が消し炭にしたのを目の当たりにした僧侶が、悪魔が蹴り飛ばした盾によって頸椎を損傷して動かなくなった魔法使いの身体を引き寄せながら叫んだのは、戦線から離脱し、一つ上の階層へ転移する呪文だった。彼が胸元で呪文の発動が必要な最後の印を結び終えようとしたその時、僧侶の視界はゴランドリエルの足底で占領され、直後、彼の頭部は迷宮の床の一部と化した。


「まだ、俺がいる! 撃殺弓(ジェノサイドアロー)!!」


 五人の仲間が次々と倒される中、限界まで引き絞った強弓を構えた狩人が、弓矢系スキルの中では最強の威力と貫通力を有する技の名前を高らかに叫んだ。


 気配を気取られまいと、固く噛みしめていた唇から流れた血が首筋を伝っていた。迫る矢が纏う金色の風よりも、そちらの方が美しいとゴランドリエルは考えながら、受け止めた矢を狩人の額めがけて投げ返した。







「こいつら……冒険者という連中は、どうしてわざわざ殺されるとわかっていて、迷宮へ潜ってくるんだ?」


 いつものように、迷宮の掃除屋がやってきた。

 それを待っていたゴランドリエルが、最近はお決まりになった問答を始めたがっているのを感じ、掃除屋は嘆息した。


「知らねえよ。だがまあ、こいつらも仕事だからやってんだろ。俺だって、仕事じゃなきゃこんなことやらねえし」


 ゴランドリエルと同じく魔界の深淵から召喚された、どうやら仕事が好きではないらしい掃除屋が、騎士の首をリヤカーの荷台に放り投げて言った。


「これだけ無残にやられると分かっていてもか? この間なんて、逃がしてやったパーティーが死んだメンバーを復活させて、また挑んできたんだぞ。……俺には理解できん行動だ」

「あいつらだって、俺たちがなんで襲い掛かってくるのかなんて気にしてねえよ。立場が変われば同じことさ。それにしても珍しいな、ゴランドリエル」


 迷宮の掃除屋が、それなり以上の手練れだったパーティーの残骸を片付けながら感想を漏らした。カタツムリのように両側に飛び出した彼の目の一方は迷宮の床に散らばる躯や武具の破片の方へ向き、もう片方はゴランドリエルの胸元を見ていた。先ほどの騎士の一撃でほんの少し体毛が剥げ、そこから覗く皮膚が赤くただれていたのを目ざとく見つけたのだった。


「……どうということはない。ところでその槍、見せてくれないか」

「ん? こいつか?」


 こんなガラクタ、どうにもならんぜ。


 訝りながらも掃除屋は、ゴランドリエルの手に両断された槍の残骸を手渡した。


「立ち位置を変えれば、奴らも俺たちも同じ……か」


 騎士の法力の残滓がきらめくそれを手にしたゴランドリエルは、何かを閃いたようだった。




 ◇




「……罠?」

「そうだ」


 巨大かつ複雑極まりない魔法陣の中心で、これまた奇妙な紋様が描かれた甕に入った液体を混ぜていたダルワインの短い問いに、同じく短く答えたゴランドリエル。彼は右手に先ほどの騎士の残骸を携えていた。


「貴様は俺を、自分の命を守るために召喚した。そうだったな」

「ああ」


 今度はゴランドリエルの問いに、ダルワインが短く答えた。いったいどういう実験だの研究だのを行えばそうなるのか、元が何色だったのかもわからないほどに汚れに染まり、異臭を放つ土留め色のローブの背中に、ダルワインは静かな口調で語りかける。


「迷宮に籠っている以上、冒険者は絶えずやって来る。だが冒険者がこの階層までたどり着くことができなければ、お前の身は安全だ。だからお前は、貴重な魔力を割いて別の魔法陣からモンスターを日々召還しているのだろう」

「ああ」


 いったい何が言いたいのだ。


 ダルワインは舌打ちを一つして振り返った。フードを目深にかぶっているためその表情は読み取れないが、わずかに除く下あごの周辺には深い皺が刻まれており、その一本一本に垢がこびりついていた。彼が離れても、甕の中身をかき混ぜる木製の箆の動きは止まらなかった。


「俺は、迷宮内に罠を仕掛ける。そうすれば、最下層までたどり着ける冒険者の数はぐんと減るだろうし、俺がいちいちあいつらの相手をしなくて済むからな。文句はないな? ダルワイン」

「いや、待て。迷宮に罠なんて前例が……」

「では、失礼する。そうそう、迷宮内の素材は勝手に使わせてもらうぞ」

「素材って、おい、ゴランドリエル」


 ダルワインは儀式の最中は魔法陣から出られない。ゴランドリエルは楽しげに笑いながら、迷宮の最奥に隠されたダルワインの私室を後にした。




◇ ◆




「と、いうわけで……こいつらが生まれたのだ」


 悪魔の罠商会の工房の奥にはいくつかの扉があり、その一つを開けて中を案内するゴランドリエルが、もっとも奥まった位置に設置されている「企業前」と銘打たれた飾り棚の前で足を止め、たくさんの罠が展示してある罠たちのうちの一つを手に取って、長い説明を終えた。


「ふぅ~ん。初めの頃は、迷宮設置型しかなかったんですかぁ?」

「そうだな。宝箱に機械仕掛けの矢とか爆弾を仕込むなんてのは他でもやっていたし、ちまちましているし面倒だと思っていたのだ」

「ふんふん。でもあたしは、宝箱の罠も好きですよぉ? なんか、びっくり箱みたいで楽しいじゃないですかぁ」

「ふっ、そうだな。大分、罠道というものがわかってきたではないか」

「えっへっへぇ~、褒められてしまいましたぁ」


 エリスの無邪気な笑い声が悪魔の罠商会「資料室」にこだますると、ゴランドリエルも笑みを返した。

 

「あれ、戻しちゃうんですかぁ?」


 ゴランドリエルが起業する前に開発した罠を棚に戻そうとしたとき、エリスが残念そうに言い、「面白そうなのに……」と指をくわえてみせた。


「ふむ……こいつは生産コストがかかりすぎて、販売には向いていないのだがな……おお、そう言えば!」


 何かを思いだしたらしいゴランドリエルがポケットから携帯電話を取り出し、画面を操作してどこかに電話をかけた。




◇ ◆




「社長ぉ~! この間の“重力圧迫天井”、好評みたいですよぉ?」


 工房に入ってきたエリスが、ほら、と言ってタブレットの画面をゴランドリエルに見せた。


「ほう」


 画面に踊る記事を見たゴランドリエルも、まんざらでもない笑みを浮かべていた。


戦士の友会(グラディエイターズ)の会長さんから、『ぜひ買い取らせてもらい、新規に三つ注文したいでゴワス!』って電話がありましたけどぉ……どうしますぅ?」

「うむ……あれは一点ものだったのだがな。需要があるなら、ドワーフどもに相談してみるか。エリス、ドワーフの工房に連絡を取ってくれ」

「はぁ~い☆」


 ゴランドリエルが以前開発した天井設置型罠「重力圧迫天井」は、設置された室内に冒険者が足を踏み入れた途端、天井から真っ黒なコウモリのようなモンスターが大量に出現するというものだ。


 一見シンプルなものに見えるが、コウモリ型のモンスターはかつてゴランドリエルに傷を負わせた騎士が所持していたスキルにヒントを得た特別製で、攻撃によって倒されると、その武器に「重力」を付加する。コウモリは物理攻撃によってしか打倒できないため、冒険者たちはどんどん重くなる武器を必死に振り回すことで疲弊し、体力のない後衛から順に倒れていくというなんともえげつない仕様となっていた。


 中級クラスの冒険者にとっては至極厄介なものとなり、倒しても経験値がごくわずかしか入らないため上級冒険者にとっては嫌がらせにしかならない。また定期的にモンスターを補充する必要があるため、悪魔の罠商会が取り扱うには不向きな罠であった。したがって起業後はダルワインの迷宮内でのみ稼働していた、ある意味レアな罠である。


 ゴランドリエルはこれを、戦士達が己を高めるために造った脳筋組織「戦士の友会」に期間限定で貸し出すことを思いついたのだった。


「少し、昔のものに目を向けてみるのもいいかもしれんな……」

 

 エリスが去った工房の床に、ゴランドリエルの独語が浸み込んでいった。彼はしばらく思案した後立ち上がり、「資料室」へと向かった。





「こんな罠があったら」リクエスト大歓迎です。

……筆力の限り、お答えします(;´∀`)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ