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第十一話:転生者協会の罠3

プロローグ、六.五話が追加されています。 最新話からお読みいただく方は、先にそちらをお読みいただくことをお勧めいたします。読み飛ばしていただいても支障はないように書いたつもり……です。

 雨が上がっても、空には墨を流したような黒雲が居残っていた。時おり顔を覗かせていた太陽を追いかけるように西へ向かって湿った風が吹いている。悪魔の罠商会が法外なテナント料を支払って、社屋を構える温泉迷宮の上では、蕾が膨らみきったまま放置されている花々の蕾が、恨めし気にはっきりしない空を見上げていた。


 地震のせいで壊れた迷宮内の罠の修繕作業を終えたゴランドリエルは、誰も出迎えてくれなくなった悪魔の罠商会に戻ってきた。


 彼はかつて淫魔(サキュバス)が使っていたノートパソコンの電源を、彼女が退社してから初めて入れた。


 デスクトップには、いつの間に撮影したのか悪魔の罠商会の面々の日常――作業机に向かって罠を製作するゴランドリエルや、取引先の代表たちを煙に巻いて妖艶に微笑むクイーンなどの写真で埋め尽くされていた。その中にベヒーモスのエサに埋もれてしまい、危うく食われかけている受付嬢――これはゴランドリエルが撮った――を見つけて苦笑してから、彼は「アドレス帳」アプリを選択し、展開した。


「…………?」


 取引先一覧の中に、目的のデータがないことに首を捻りつつ、マウスの操作を続けると、「ENEMY」というフォルダを見つけた。

 

 目的のものは恐らくここに在る。

 

 ゴランドリエルの予想通り、フォルダを開くといくつかのデータが表示され、その一番上に探していたデータはあった。


 それをUSBにコピーし、フォルダを閉じる直前「クソコーキ」というファイル名を目の端に捉えた。


 工房へ入り、いつもの作業机に向かうゴランドリエル。机の下に設置してあるコンピューターの電源を入れ、起動後に先ほどのUSBを差し込んだ。非常にゆっくりとした動きだった。

 

 先刻コピーしたファイルを開き、連絡先を示す文字列の上にマウスカーソルを移動させる。三又の矛の形だったそれが「ダイヤルしますか」というポップにすり替わり、彼は迷わず「はい」をクリックした。







「お、おい、クドウ! ゴランドリエル、だ!」

「へえ。もう連絡してこないかと思ってたけど」


 新調したらしい真新しい電話機の着信画面を見たテンゲンドウが素っ頓狂な声を上げた。鼻唄交じりで床にモップをかけていたクドウが手を止めて、椅子に縛り付けられたまま項垂れているクイーンに近づく。


「まだ見捨てられてなかった、のかな?」

「…………」


 よかったねぇ、と笑いかけたクドウに、クイーンは応えない。


「どど、どうするんだ、クドウ!?」

「慌てるなテンゲンドウ。間違い電話かもしれないだろ?」

「はあ!?」


 んなわけねーよ、いやちょっと待って……やっぱ合ってる! 何度も画面を確かめて、アナログな手書きの手帳と番号を照合したテンゲンドウ。すでに着信音は十五回を数えていた。


「そろそろ出てあげようか。テンゲンドウ、子機取って」

「お、おう」


 洗剤と赤黒い汚れでドロドロになった床で滑らないようによたよたと歩き、テンゲンドウが子機を持ってきた。ゴム長を履いているクドウはスタスタとそれに近づいて子機を奪う。


「もしもし。転生者協会です」


 意識的に事務的な口調を作った。


 テンゲンドウと違い、クドウはそもそも、ケイオスミミックの進捗状況を確認しに来たクイーンを人質に取ったくらいで最強の悪魔を従わせることができるとは思っていない。怒り狂って攻め込んで来たらいーなー、くらいの気持ちでやってみたことだ。

 

 目論見はさて置いてあまりに気のない反応に多少イラついたので、人質の身体の一部を送り付けるという鬼畜行為に出てみたものの、それはテンゲンドウを喜ばせるだけに終わった。


【悪魔の罠商会、ゴランドリエルだ。代表と話をさせろ】

「代表のテンゲンドウは席を外しておりまして。宜しければ僕がご用件を伺います」


 チラ、と視線を巡らせると、テンゲンドウはクイーンの周りを回って、つついたり話しかけたりして笑っていた。


 元々緩んでいた頭のネジが長い異世界生活とクイーン解体ショウを経て完全にぶっ飛んだようだ。ゴランドリエル――この世界では恐らく神でもなければ打倒することはできないという悪魔の相手などさせられない。奴の能力「止まる世界(ストップワールド)」は、まだ必要だ。

 

【……貴様は?】


 人質を取られてそいつが身体を切り刻まれていると分かっていたら、まず安否を確認するだろう。クイーンのことなど本当にどうでもいいのか、それとも冷静を装っているだけなのか。


「申し遅れました。僕は転生者協会で会長の補佐を務めております。クドウと申します。クイーンさんを解体(・ ・)した者です」


 顔も見えない電話回線を通じた会話で、そこまで判断できない。クドウはゆさぶりをかけてみることにした。


【そうか】

「ええ」


 そっけない反応だ。ゴランドリエルの声音にはいささかの感情も籠っていないようだった。


 クドウもそっけなく返しておいたが、逆に心中を虫が這いずり回るような違和感を味わわされた。


 こいつは、どうしてこんなにも冷静でいられる。


【代表がいないのなら、別に貴様でも構わんが】

「へ? ああ、そうですか」


 思考を邪魔するかのように、ゴランドリエルの言葉が受話器を通して告げられた。


【要求はなんだ】


 今更かい!


 内心でツッコミを入れたクドウだったが、わざわざ電話をかけてきた上に話の主導権を握らせてくれるというのだから、ありがたく要求を伝えることにした。

先ほど感じた違和感の正体を確かめるよりも、まずはこれまでさんざん無視してくれた礼をしなくては。


「悪魔の罠商会さまに、僕らが要求したいことは実にシンプルです。ゴランドリエルさまに、転生者協会までお越しいただきまして、当方の製作した『異世界ブレイカー』の完成にお力を貸していただきたいのです」

【異世界ブレイカー?】

「ええ。この世界や僕らが居た世界、それに神様だとか、あなた方のような悪魔が住む世界――そんな世界の垣根を取り払う、次元破壊装置とでも言えばわかりやすいでしょうか」

【いや、さっぱりわからない。だが、実に興味深い】

「それは……恐縮です」


 お前はどこの天才物理学者だ。


 クドウはまたしても内心でツッコミを入れつつ、言葉を続けた。


【俺がその装置を動かせば、次元破壊とやらは成るのか?】

「ええ、計算上は」


 今度は自分が学者の様なセリフを言わされたことを少しだけ楽しみながら、クドウは会話を続ける。


「もし、一回の実験でうまくいかなくとも、何度でもやり直せばいいのです。ゴランドリエルさまには危険はありませんし、世界が繋がれば、悪魔の罠商会にとっても新規の顧客開拓など可能性が広がることでしょう。もちろん、クイーンさんの身体は当方が責任をもって修復致しますよ」

【クイーンの身体などどうでもいい。好きにしろと言ったろう。それよりも、世界が繋がったら、貴様らは何をするつもりなんだ?】


 悪魔の考えなんて推し量りようもないが、商売をしたり冒険者や魔導士たちとの付き合い方を見ている限りでは、「情」のようなものをもっていると思われたが、本当に、クイーンのことなど意に介していないのか。


 まあ、いい。


 ともかくゴランドリエルはこちらの話に興味を示しているようだ。もしかすると先日対話をしたときは、魔術士協会の連中が一緒だった手前本心を隠していたのかもしれない。悪魔と神は敵対しているものだし、奴だってこの機会に乗じて神の国へ攻め入ってやろう、などと考えているのかもしれない。


 クドウは口中で独り言ちると、計画のどこまでを悪魔に打ち明けるべきか思案してから口を開いた。


「世界が繋がったら、転生者協会はまず、『旅行商品』を売り出そうと考えております」

【旅行……?】

「ええ。僕らが暮らしていた地球にもよいところがたくさんありますし、次元を越えた大旅行なんて夢のある話でしょう?」

【…………】


 クドウの予想に反して、電話の相手――ゴランドリエルは沈黙した。クドウはその意味を測ろうとしたが、答えはすぐに返ってきた。


【なんだ。そんなことか】

「え?」


 計画の一部――本当に表向きの――を知らされたゴランドリエルが示した反応は、嘲笑に近いものが混じった落胆だった。


【貴様らはアイテムボックスの開発など、なかなか面白い発想を持っているのだから、世界の垣根を越えて何をするつもりだったのか少々興味があったのだが……期待外れだな】

「はあ……そ、そうですか」

【世界の壁を越えて旅行に行くくらい、俺を召喚したダルワインがとうの昔に成し遂げたことだぞ。その程度のことのためにわざわざ俺の力を割くまでもない】

「なんだって!?」


 慇懃な口調も忘れて素に戻ったクドウ。そんなことには構うことなく、ゴランドリエルの声は受話器を伝わってくる。


【ああ。奴の遺品にそういう装置がある。去年もクイーンを連れてハワイに行って来たし、今年の冬は箱根の湯を堪能してきたばかりだ】


 ハワイ。


 箱根。


 地球を知らなければ絶対に出てこない単語だ。


 こいつら、まさか本当に?


 いや、こいつらはすでにミタライと接触している。奴からの入れ知恵かもしれない。


「ゴランドリエルさまも、冗談がお好きですね。次元を越えての移動は、未だ達成されていない技術で――」

【嘘だと思うなら、メールを見ろ。部下が撮影した写真を送っておいた】

「おい、テンゲンドウ! ――お前、何やってんだ?」

「んあ?」


 テンゲンドウがクイーンのヤバいところを突いたらしく、彼はせっかく綺麗になりつつあった床に再び出現した血の海を眺めて呆けていた。


「ちっ。もういい、そこを動くな」


 パソコンが置いてあるゾーンにまで血だまりを作られてはたまらない。


 クドウは長靴の底を軋ませ歩き、タッチパネルを操作して新着メールを開いた。


 地球に居た頃ならウィルスを警戒するところだが、最近ネット回線を引いたばかりの悪魔の罠商会にそんな技術はあるまい。


「……うそだろ」

【どうだ? 確認できたか】


 ゴランドリエルの得意気な声が耳に煩わしかった。


 夕日に映えるダイヤモンドヘッド、ハーバーをバックにハンバーガーを齧るゴランドリエル、プールサイドでどう見てもトマトジュースには見えない真っ赤な飲み物を啜るクイーン。


 湯煙で大事なところが隠れていることが残念でならない入浴シーン、大涌谷の黒卵、船盛や徳利が並ぶテーブルを囲む寝間着姿の悪魔たちと吸血鬼。


 クドウやテンゲンドウが転生した世界には存在しない、南国の楽園と日本の温泉郷の写真だった。こんなものは、誰かの入れ知恵や合成で造れるものではない。


「うそだ……僕はいったい、何のために……?」


 転生してまでしがみついた生を無駄にしないため、必死に戦ってきた。転生者たちを集めて協会を立上げ、商売をし、安定した収入を得られるようになるまで二十年かかった。死ぬ思いで手に入れた安定はしかし、それまで忘れていた望郷の念を復活させた。


 思えば神の悪ふざけとしか思えない数奇な人生だった。


 日本に帰りたい。母さんに逢いたい。父さんに逢いたい。


 自分を不幸な目に遭わせた連中に、転生して手に入れた力を見せつけてやりたい。そして、気持ちを伝えられなかったあの娘に、今度こそ――


 そんな思いに憑かれ、異世界ブレイカーを開発した。無の空間を生み出すテンゲンドウを懐柔し、わざわざケイオスミミックの開発話に乗ったふりをし、クイーンが油断して協会本部にやって来るようになるまでさらに数か月耐えた。


 あとは、テンゲンドウの能力にゴランドリエルの魔力を上乗せして、次元の壁を破壊するだけだった。リスクはある。便所のベンジャミンが言うように、本当に世界のバランスが壊れて宇宙開闢の混沌が生まれてしまうかもしれない。

それならそれでいいじゃないか。地球も異世界も神も悪魔もごっちゃになった世界で、さらに暴れ回るのも悪くないし、そこにはきっと、逢いたかった連中だっている。


 それなのに、もうとっくに確立されていただって?


【よかったではないか。ダルワインの技術なら、喜んで提供するぞ? ケイオスミミックをきちんと作ることが条件だが】

「……え?」


 様々な思いが錯綜するなか、思考を読んだかのようなゴランドリエルの言葉で我に返った。


「あ、でも……」

【でも?】


 一瞬停止しかけて真っ黒になったクドウの思考は、一条の光を見出した。


 ダルワインとかいう魔導士が開発した技術だというが、この世界ではまだ誰にも知られていないはずだ。でなければ、自分たちの情報網に引っかからないわけがない。


 ゴランドリエルがどうやってハワイや箱根に行ったのかを突き止め、その技術を奪ってしまえば――


「写真だけではなんとも言えませんね……じ、実際に体験してみないことには」


 商品として第三者に提供する以上、安全性を確認したいですし、と続けたクドウ。


 とにかく一度、そのシステムを見るんだ。


 そして、奪う。


 彼はニヤリと笑って電話の子機を握りしめた。


 ゴランドリエルは今回の件で自分たちに危害を加えるどころか、まだ「ケイオスミミック」にこだわっているらしい。


【ふむ。デモンストレーションが必要、か】

「ええ。もちろん、『ケイオス』は僕が責任をもって開発します。先ほどは席を外していると申し上げましたが――」


 クドウは床に転がっていたモップを手に取ると、テンゲンドウに向かって放り投げた。


「むぎゃああああ!?」

「代表のテンゲンドウは、あのように、その……精神の病を得ておりまして。ケイオスの件ではご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。クイーンさんの件もすべて、彼の指示でおこなったことです」


 見事顔面にクリーンヒット。無様な悲鳴がゴランドリエルに聞こえるように子機をテンゲンドウの方に向けておいてから、通話口を手で覆って声を潜めた。


【貴様らの事情など、どうでもいい。俺は罠をきちんと開発しろと言っているのだ。ダルワインの技術が見たいのなら見せてやるから、とっとと開発を進めろ】

「ええ、もちろんですとも! ではゴランドリエルさま、デモンストレーションはどのように……?」

 

 この悪魔、やはり自分の罠のことしか考えていないようだ。


 もはや嬉々とした様子を隠そうともせず、クドウは焦がれつづけた世界の壁を越える技術を早く見せろとせっついた。


【いつでも見せてやるわ。なんなら今からそこへ――】

「いえいえ! でしたら僕らがそちらへ伺います! 温泉迷宮の入り口で落ち合いましょう?」


 クイーンの惨状を見て、万が一ゴランドリエルが逆上してしまったら元も子もなくなる。


【いいだろう。いつだ?】

「これからすぐにでも!」

【わかった。待っている】




「やった、やったぞーー!」

 

 通話が切れた子機を振り回し、小躍りするクドウ。


 モップを頭の上に乗せたままのテンゲンドウは、なにがなにやらわからず呆けていた。




異世界ブレイカーという題材で小説を書きたい衝動(*´Д`)


ところでテンゲンドウとかクドウって、カタカナだとよみづらくありません?

クイーン


名前すら出てこなかったです……

エリス


くっく。

ゴランドリエル

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