表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/17

第十話:孤独な罠

「ち、ちくしょう! あ、あの野郎……すす、『好きにしろ』だと!?」


 叩きつけるように――いや、実際床に叩きつけられた子機には、恐らく修復不可能と思われる破壊が生じた。通話口のカバーが外れ、集音機の一部が灰色の床を転がって、数日前から拘束されている女の足元へ転がって行った。


「……残念だったわね」

「主に見捨てられたというのに、余裕だな。吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)

 

 電話機を破壊したのとは別の人物が、白銀の髪を持つ女の発言について感想を述べた。女と同じような椅子に座ってはいるが、彼の身体には赤い燐光を放つ鎖など巻き付けられていなかった。


「く、くそ……ど、どうするんだ、クドウ!?」

「落ち着け、テンゲンドウ」

「ぐぐぐ、ちくしょ、ちくしょう!」


 通話していた時とは打って変わって、鼻にかかった声を上ずらせた人物は黒髪を掻き毟っていた。


 その様子を横目に見て嘆息した男――クドウが立ち上がり、クイーンの眼前に膝立ちになった。


「クイーン……僕らはなんとかして、おたくの社長さんにここへ来てもらいたいんだ。別に命を取ろうというわけじゃない。ただ、この世界の壁をぶっ壊して欲しいだけなんだ」

「なら、そのように申し伝えますわ」

「いやあ、ベンジャミンの奴が――あ、あいつ本当はミタライっていうんだ。あだ名が便所だったから、あんな名前を名乗ることにしたみたいなんだけど、なかなかセンスあるよね。ま、とにかくあいつが悪魔の元にいるってことは、僕らの目的は知られているさ」

「なんにせよ、このような手段を用いても社長は参りませんよ?」


 クイーンが身を捩ると、彼女をパイプ椅子に縛り付けている鎖が擦れて音を立てた。


「う~ん。どうすれば、彼は来てくれるかだろうか」

「さあ」

「う~む」

 

 クドウは首を捻って唸ったのち、クイーンの方へ右の手の平を向けた。


 パアン!


 小気味がいいとは言えない破裂音とともに、クイーンの身体の一部が爆ぜた。


「テンゲンドウ、とりあえずこれ、送ってみようか」


 夥しい血のシャワーを浴びても眉ひとつ動かすことなく、血だまりの中から拾ったものを、クドウはテンゲンドウの方へ放った。


 テンゲンドウはそれを受け取り「うひゃはっ」と悲鳴とも笑ともつかない声を上げて、抱えるようにして持ち去った。







「社長ぉ! クイーン様を見捨てるんですかぁ!?」


 受話器を置いたゴランドリエルの脇に駆け寄った悪魔の罠商会の受付嬢が、ややくすんだ金の瞳を潤ませて抗議の声を上げると、彼女を押しのけて魔術士協会の会長が前に出た。


「ゴランドリエル社長……ご英断です。場合によってはコーキの力、超粘着愛の束縛(ラヴレストレイン)が必要になるかと思っていた私の杞憂だったようですね」

「マジで!? 会長、俺に『めっちゃナイスバディのサキュバスがお前のファンだから、悪魔の罠商会に来れば紹介してやるぞ』って言ってたじゃないスか!? 始めから、俺の能力が目当てだったんスね!?」


 ふう、と息を吐いて安堵した表情を浮かべたベンジャミンに、コーキが詰め寄ったが、彼の発言に目の色を変えたのはエリスだった。


「ちょっとあんた! 始めからあたしが目当てだったってわけぇ!?」

「ち、違うんだハニー! 俺はタダ、会長に騙されて……」

「騙されたって何よぉ! あたし、サキュバスだもん! ナイスバディだもぉん!」

「いや、そこじゃないだろ……」


 最後にツッコミを入れたのは、冷静に事の成り行きを見守っていた元塩の柱――エイルマーだった。


 なんにしてもめちゃくちゃである。それもこれも、転生者協会が人質に取ったクイーンをあっさりと見捨てる発言をしたゴランドリエルのせいだ。


 喧騒の中、非難がましい目を向けたエイルマーを一瞥すると、ゴランドリエルは肘掛椅子から立ち上がった。


「…………」


 その場でもっとも強大な存在であるゴランドリエルの影が、「二人とも、やめなさい」「なによぉ!だいたいあんたが、『ケイオスミミックは危険だ』とかスカして言い出すから、こんなことにぃ!」「あいたたた!」などと、もみくちゃになって言い争っていた三人の上に影を落としたことで、悪魔の罠商会の工房には久方ぶりの静寂が訪れた。







 昨日までの陽気が嘘のように、空は灰色に濁っていた。誰かが締めそこなった蛇口から滴るようなまばらな雨が朝から降り続き、それとともに恐る恐る生活圏に戻ってきた動物たちは、余暇をゆっくりと自宅で過ごす富裕層のごとく、雨粒と木々の葉や大小さまざまな水たまりがぶつかって奏でるメロディーに耳を傾けていた。


 雨が上がれば、春爛漫。再び生命のるつぼと化す前の静けさを地上に頂く温泉迷宮急では、急ピッチで復旧作業が進められている。震源にもっとも近い最下層では、ゴランドリエルが冒険者協会の作業員たちに混じって設置型の罠の修理にあたっていた。


「あれが、悪魔の罠商会の社長かぁ……」

「最強の悪魔だって。先週の地震、あいつがちょっとジャンプしただけだって噂だぜ」

「いやいや、俺はくしゃみしただけだって聞いたぞ! わっ! 目ぇ合った!」


 薄茶色の作業着姿の人間たちが、色々と婉曲して伝わったらしい噂話に花を咲かせているのを見て、ゴランドリエルは苦笑した。


「お疲れ様です……」


 天井に設置された昔ながらの罠「槍天井(毒)」の修理を終えて梯子を降りたゴランドリエルの元へ、一体の悪魔がぬらり、と現れた。


「エリスか」

「はい」


 悪魔の罠商会受付嬢の登場に、迷宮の男性作業員たちは少なからず湧いていた。


「社長……いえ、ゴランドリエル様」


 淫魔(サキュバス)の唇が動き、男を惑わす色香を多分に含んだ声が、迷宮の狭い廊下にこだました。彼女がたった二,三言話しただけで、男性作業員の頬が赤くなり、彼女が大きく開いた胸元に手をやって、その谷間から何かを取り出す動きに合わせ、彼らのうちのほとんどが股間に手をやるか、身体を「く」の字に曲げた。


「本日は、こちらを受理していただきたく」


 普段の間延びした話し方ではなく、酷く沈んだ、それでいて何か強い決意を秘めた目でゴランドリエルを見つめるエリス。彼女が差し出したその手には、白い封筒があった。


「辞表……か」

「はい」

「わかった。退職金の振込先は、給与と同じでいいな」

「ええっ」


 受け取ったものを開封することはなかったものの、丁寧に折りたたんで腰紐に吊るしたツールボックスに仕舞うと、ゴランドリエルは梯子を担いでエリスに背を向けた。


 呆然と立ち尽くすエリスと大ブーイングを飛ばす作業員たちを尻目に、ゴランドリエルは悪魔の罠商会へと続くエレベーターの中に消えて行った。


 エレベーターの扉が閉まるのと同時に、エリスが崩れ落ちた。慌てて抱きとめようとした屈強な作業員が壁の染みと化した。







 午前十時。


 悪魔の罠商会の受付の電話が鳴る。


 無人のカウンターには電源が落とされて、閉じたままのノートパソコンがあり、その隣に寄り添うように、まだ半分ほどインクが残っている二色ボールペンが転がっていた。照明も落とされているため、それらは暗闇の中で明滅する電話機の小さなLEDライトの光を浴びて、背後の壁に薄い影を映していた。


 コール音が十回で、電話は工房の固定電話へと転送された。


 プル――ガチャ。

 

 一回目のコール音すら終わらないうちに、ゴランドリエルは尾を伸ばして器用に受話器に絡ませる。それが電話機から僅かに浮き上がり、通話状態となったときには、尾の先端が「ハンズフリー」のボタンを押していた。


「悪魔の罠商会、だ」

【あら? いつものお嬢ちゃんはどうしたのかしら】

「…………ドロシーか」


 耳に懐かしい音声に思わず顔がゆるみかけたが、すぐに状況を思い返して両手を作業机に戻した。受話器には尾を絡ませたまま、いつでも本体に叩きつけられるよう、すれすれに高さを調整した。


【聞いてるわよ~? おたくのウ・ワ・サ】


 取引再開の電話なら喜ばしい限りだが、今の俺には大量注文を受ける余裕がないし、世間話に付き合う暇はもっとない。そう告げようと思ったとき、旧知の女盗賊は意外な言葉を口にした。


【転生者たちと揉めてるらしいじゃないの……クイーンちゃんまで攫われて】

「……貴様には関係のないことだ」


 突如として業務の大幅な縮小と、会社の譲渡先を探していることを公表したゴランドリエルだった。ここ数日はその件に関する問い合わせがあちこちから殺到していたのだが、ドロシーは、その背景にある情報を掴んでいるようだった。


 魔術士協会か、あのいけ好かない歌手が暴露でもしたのか。


【言っとくけど、魔術士協会(ウィザーディアンズ)が漏えいした訳じゃないわよ。盗賊の情報網を、甘く見ないことね】


 ゴランドリエルの疑念は払しょくされたが、組織力だけで考えればどの団体を比べてもそう大きな差があるものではない。事実を世間が知るのも時間の問題と思われた。


「……俺一人でやるべきことだ」

【わかってるわよ。そのために、エリスちゃんも辞めさせたんでしょ?】

「…………」


 悪魔の罠商会の元受付担当は、転生者協会から連日届く小包と脅迫電話、そして温泉迷宮の修繕以外工房に籠って出てこないゴランドリエルに、辞表という名の抗議文を提出して、会社を去った。


 ゴランドリエルが会社の譲渡を検討していることを公式に発表したのはその翌日である。転生者協会からの電話とクイーンの身体の一部を送り付けてくる脅迫は、その日を境に鳴りを潜めていた。


 恐らくは、様子を伺っているのだろう。


 ゴランドリエルはそのように判断し、新たな罠の準備を急いでいた。


【ゴランドリエル。余計なお世話かもしれないけど……手伝えることがあったら言って? 私たち盗賊協会だって、混沌なんて望んでいないわ】

「……俺一人でカタを付けると言っているだろう……だが、そうだな。一つ頼みがある」

【聞くわ】


 ゴランドリエルは詳細をドロシーに伝え、電話を切った。


 彼の手元には、かつて彼をこの世界に召還した大魔導士ダルワインが託した遺品である、黒い小箱が転がっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ