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ちょこっと番外編:資料室2 神々の御罠 転生スイッチ

読者様考案の「転生スイッチ」がちょこっと登場致します。

鴉野兄貴様、ありがとうございます。

 冒険者たちの一団が、薄暗い迷宮を進んでいく。彼らが踏破してきた道のりには幾多の罠が仕掛けてあり、数多の化け物たちが蠢いていたのだが、それらのほとんどは打ち倒され、運よく生き残ったものも戦意を喪失し、逃走していった。中には、遁走と見せかけて罠が張り巡らされた部屋に誘導したものもあったが、この日ダルワインの迷宮の最深部を目指す冒険者パーティーには、ある伝説級の盗賊(シーフ)が加入していたことが仇となった。

 

「……ん?」

「どうした?」


 冒険者パーティーたちが、音に聞こえた大悪魔(アークデーモン)や、悪魔の巨獣(ベヒーモス)と遭遇することもなく、あと数枚の扉を開けば最下層へと続く扉があるというところまで来た時、先頭を進む女盗賊が立ち止まったのを見て、パーティーのリーダーである戦士が声をかけた。通常、体力と力で他職より劣る盗賊が最前衛を務めることは希だが、不意にモンスターと遭遇したとしても、彼女であれば問題ないのだろう。そのぐらい、女盗賊と戦士の距離は開いていた。


「地図を確認してほしいのだけど……ここに隠し扉なんてあったかしら?」


 声をかけた戦士の方を振り返ることはなく、左側の壁を触って丹念に調べ始めた女盗賊。彼女のしなやかかつ女性らしい起伏に富んだ身体を包む漆黒のスニーキングスーツは、近づいてくる戦士の持つ松明の光を全く反射せず、まるで迷宮の暗がりから顔と手だけが出現したかのような錯覚を覚えさせた。


「いや、このまま直進して三つの大部屋を抜けるまでは、隠し扉は発見されてないね」

 

 上等とは言えない羊皮紙の巻物(スクロール)を開いて地図を呼び起こした賢者が、近眼の目を細めてそこから得られた情報を告げると、女盗賊は満足そうに頷いた。


「……かなり古いものだわ。最近造設されたってわけじゃなさそうね」


 チロリと舌なめずりをし、妖艶に微笑んでから、彼女は腰のアイテムボックスから様々な道具(ツール)を取り出し、固い岩盤をくり抜いて作られた石壁の汚れを丁寧に落としていく。いくつかのカモフラージュ用の術式が施された札を剥がし、罠が仕掛けられているかもしれない蝶番や取っ手に手を触れてしまわないように慎重に作業を進めること十分。ただの石壁にしか見えなかったそこには、どう考えてもそこに似つかわしくない錆びついた金属製の扉が出現していた。それは大きいものではなく、重装備の戦士では腰をかがめないと潜れない程度の高さと幅しか持ち合わせていなかった。


「うん……鍵も旧式のものだわ。隠し方もそこまで巧妙だったわけでもないのに、どうしてこれまで発見されなかったのかしら……ってところが、不気味と言えば不気味だわね」


 手早く開錠を済ませ、無遠慮に開くと発動するはずだった爆弾の罠を解除して立ち上がった女盗賊が感想を述べると、遠巻きに見ていた冒険者たちが駆け寄ってきた。


「もう、安全なのか!?」

「“地図にない隠し扉”かあ……ロマンだよなぁ」

「向こうには何があるのかしら? 宝物庫だったりして!?」


 口々に期待を露わにする冒険者たち。


「“扉を開ける”だけなら安全な状態になったわ。中のことまではわからないのだから、慎重にね」


 女盗賊は彼らを眺めながら、ベテランらしく忠告した。


「まあ、とにかく開けてみるしかないんだろ?」

「まあ、ね」


 パーティーのリーダーである戦士――まだ若い、年の頃は二十歳そこそこだろう――に肩を竦めて応じた女盗賊に向かって頷きを返すと、彼らは意気揚々と室内へ入って行った。たしかに扉自体に罠が仕掛けられていた場合、室内は安全である確率が高い。これは迷宮探索のセオリーであると同時に、落とし穴でもある。油断は禁物とわかっていたし自身で忠告までしておきながら、若い冒険者たちの軽率な行動を許したのか――


「おい、今なんか“カチッ”って聞こえなかったか?」

「気のせいだろ――う、うわああ!?」


 女盗賊が自分も扉の向こうへ進もうと四つ這いになったとき、短い時間だったとはいえ、苦楽を共にしてきたパーティーメンバーの驚愕と阿鼻叫喚が、彼女の耳を襲った。


「ちょっと、皆――」

「ああああああ!! 助けてくれ! ドロシー!!」







ゴランドリエル…… ゴランドリエル……


「なんの用だ」

「おわっ!? 入るならノックくらいしろ!」


 数週間ぶりの主の呼び声に答えた大悪魔(アークデーモン)は、相も変わらず汚れきったローブを着て甕の中身をかき混ぜているダルワインの背後に出現した。彼は主の周囲を見渡し、そこに彼以外の何者も見当たらないことを確認して、嘆息したのだった。


「冒険者どもなら、ついさっき“死の強制演舞・改ダンス・ダンスレボリューション”の間で息絶えたぞ――一人は逃げたようだがな。ここ最近では健闘した方だったが、惜しかったな」


 ドーム状の天井――なんと、そこにもびっしりと魔法陣が敷かれている――を見上げて口角を吊りあげたゴランドリエル。「惜しかった」冒険者たちがもしかして辛くも罠をクリアした場合、我が身が危険に晒されるダルワインの顔は相当引きつっていたが、目深にかぶったフードにそれは隠されていたし、ゴランドリエルも彼の反応など気にも留めていないようだった。事実、主であるダルワインがゴランドリエルの笑えない冗談――少なくともダルワインはそう受け取った――に抗議しようと口を開く前に、最強の悪魔の無遠慮な欠伸が室内に響き渡ったのだった。


「ず、ずいぶんと疲れているようだな? ゴランドリエル」

「……まあ、な」


 遠雷の様な悪魔の欠伸の余韻が治まるのを待って、いたわりの言葉をかけたダルワインに、これまた気だるい様子で返事をしたゴランドリエル。


 迷宮に罠を設置するという仕事は、けして楽なものではない。ダルワインの迷宮は実にオーソドックスなもので、岩盤を掘り進んで石壁を磨いただけの通路が延々と続くものだったため、そこに大規模な仕掛けの罠を仕込むこと自体が困難だった。落とし一つにしても、少量のダメージを狙った絶妙な深さのものを掘ろうと思えば下の回廊に到達してしまうし、その程度の厚さしかない岩盤では、巨大な鉄球が襲ってくるという定番中の定番の罠すら仕込めないのだ。


 ゴランドリエルは隠密性を考慮しつつ、引っかかった冒険者たちが即死するものよりも、七転八倒した挙句に一人か二人は生き残り、ほっと一息ついたところに止めを刺すような仕掛けを好んでいる。その嗜好は、おのずと罠の製作、設置、修繕の全てについて煩雑な作業を強いる結果を招いていた。


 先ほど冒険者たちの下半身を粉砕した罠「死の強制演舞・改ダンス・ダンスレボリューション」にしても、高速回転床と強制移動床を連続してループさせ、冒険者たちに、あたかも呪いのトゥ・シューズを履いて踊らされているかのような動きを強制させるという代物だ。冒険者たちが散々踊り狂ってたどり着くのは、魔獣系の中では最も獰猛で戦闘力の高いベヒーモスの檻だ。先刻その罠が設置された部屋に踏み込んだ冒険者たちは、まさしく彼の思い描いた通りの最期を迎えることになった。しかし、それを為すには緻密に計算された罠の連続配置が必要不可欠である。何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく完成にたどり着いた罠ではあるが、一度稼働させると床の模様が滅茶苦茶になってしまうため、ゴランドリエルは睡魔と闘いながらも修繕に向かわねばならないのだ。


 そんな日々を送っているゴランドリエルは、最下層にたどり着いた冒険者を屠っていればよかった頃より明らかに忙しくなっていた。


 精神と肉体の疲労はそのまま強い睡眠欲求に繋がる。


「疲れているところ悪いのだがなぁ、罠について、話しておきたいことがあるんだ」


 二度目の大欠伸をせんと大口を開いたゴランドリエルを制して、ダルワインが呼びつけた用件を話し始めた。


「わかった。書面にして貴様の書棚にでも貼っておけ。後で読む」


 相変わらず、主の手を離れても液体を撹拌しつづける不思議な匙をチラリと見て、ゴランドリエルはダルワインに背を向けていた。


「待たんか! 重要な話だ!」

「……ちっ」


 面倒くさい。


 欠伸をかみ殺して口を「へ」の字に曲げて振り返ったゴランドリエルが念話にてダルワインに心情を訴えたが、彼は主としての威厳を保とうとしたのかそれを無視した。


「ゴランドリエル……“転生者”という存在を知っているか」

「知らん」

「待てというに!」


 問答は終わった、と踵を返したゴランドリエルの尻尾を、浜辺に打ち上げられて乾ききった細い流木のような腕が掴んだ。


「貴様、俺の尻尾に触るなとどれだけ言えば……」


 彼らの間でそれは繰り返されてきた光景なのだろう。苛立つというよりは呆れた顔で振り返ったゴランドリエルは、いつになく必死な様子で引き止める主を見て口をつぐんだ。


「お前、本当に知らないのか? 転生者を」

「阿呆か貴様。知らないわけがないだろう」


 呆れた奴だ。


 一瞬ポカンと口を開きかけたダルワインだったが、すぐに口元を引き締めて話し出した。







「転生スイッチ……だと?」

「ああ。神々は自分の使徒を増やすために、こことは別の次元に存在する世界に罠を仕掛けているらしい」


 異世界の人間どもが、誘われるようにこの世界に転生してくるカラクリを説明したダルワインは、ふぅ、と一息ついてから甕に寄りかかって腕を組んだ。


「……意味が分からない」


 ゴランドリエルは毛の生えていない眉を潜めると、神々は転生した人間に力を分け与えていると聞いて、「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。神でも悪魔でも、持てる力は有限である。みずからその上限を減らすようなマネをすることに、どのようなメリットがあるというのか。


「お前の言うことはもっともだがな。まさに、神のみぞ知る、というやつだ」


 ダルワインは卓抜した魔法技術でもって、様々な世界を見通す“遠隔視”のシステムを確立していた。それ故に、魔界に君臨していたゴランドリエルを正確に捕捉し、迷宮へ召還することに成功したのだが、遠隔視の活用法は彼の保身以外にも多々あるようだった。


「神々が増やした使徒でもって何をしようとしているのかはわからん。私の研究が完成して、彼らの世界と交わる日が来たならば、答えも見つかるかもしれんがな?」


 顎の下に手をやって思案顔を作ったゴランドリエルに対し、薄笑いを浮かべて言葉を投げかけたダルワイン。いつの間に取り出したのか、彼の右手には小さな箱があった。


「それまでは貴様の命を守れ、ということか」


 箱を一瞥し、中身を看破することができなかったゴランドリエルは、ときどきなぞかけのようなことを仕掛けてくる魔導士の表面上の意図をくみ取ることには成功した。


「そういうことだ。転生者どものもつ力は脅威だ。罠だけでは対処しきれん場合もあるだろうし、お前自身も油断するな……だが、私にもしもの時があったなら」


 こいつを開けてみろ。




 



 ダルワインがニヤリと笑い、意外にも強い力でゴランドリエルの手に押し込められたそれは今、資料室の奥に隠された金庫に保管されている。ベンジャミンがエイルマーを蘇生させている間、ゴランドリエルは金庫の前に立って、在りし日の主人に思いをはせていた。


 転生者協会の一派が目指す混沌と、ダルワインが解き明かそうとしていた問いの答えは果たして同一のものなのだろうか。


 一度は手をかけたダイヤルを回すことはなく、ゴランドリエルは踵を返した。

資料室の扉の向こうから、興奮した様子のエリスの声が聞こえてきたからだ。どうやら、迎えにやった人物を連れて戻って来たらしい。





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