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第七話:警告 ケイオスミミックは危険な香り

 数週間も続いた吹雪がようやく収まり、温泉迷宮周辺では人と物資の流れが正常に戻りつつあった。


 上空に居座っていた寒気は偏西風によって吹き消され、それとともに運ばれてきた春の陽気によって、急速に雪が溶けていった。とはいえ、数メートルも積もったそれが完全に溶けきるのはまだ先の話だ。


 迷宮の上には春スキーを楽しむ客や、雪山登山に挑戦する人間たちが押し寄せる一方、その内部では吹雪に降り込められて冒険者協会に保護されていた連中が逃げるように去って行った。


 おかげで温泉迷宮は一時閑散としたのだが、通常営業を再開してから五日ほど経った今では、かつての喧騒を取り戻しつつあった。


 そんな地上及び地下の事情は、悪魔の罠商会の業務に少なからず影響を与えていた。温泉迷宮がしばらく休業していたおかげで「ガルファン」を始めとする迷宮内で捕獲されるモンスター由来の素材を必要とする罠が品薄状態となったことに加え、吹雪いていた期間注文を控えるよう呼びかけていた各団体からそうした罠の注文が殺到したのだ。


 商品の需要と供給のバランスを調整する――需要に対してひたすら製造するという単純な手段でもって対応する――ため、ゴランドリエルは睡眠時間を大幅に削られる羽目になり、クイーンは口に糊するのに冒険者を襲う時間を惜しんで輸血用血液を購入し、エリスは窓口対応に追われて疲れ果て、少々傷んだ携帯を修理することができずにいた。とはいえ、真冬の間冒険者協会とひと悶着を起こし、本来の業務である「罠の製造、販売」に集中できていなかった悪魔の罠商会にとって、それは嬉しい悲鳴であった。







 エイルマーが工房に来て一か月。ようやく平常を取り戻しつつある悪魔の罠商会の工房に設けられた「テレポーターブース」には、無いはずの暇を見つけて絡みにやって来るエリスを躱しつつ、彼が完成させた「転移魔法陣」が設置されていた。


「なるほどな。そうやって乱数調整を行うわけか」


 魔法陣――起伏のないリノリウムの床には縦横三メートルほどのホワイトボードが横倒しになっており、そこに水性ペンで描かれた――を子細に眺めたゴランドリエルが腕を組んで唸ると、エイルマーが横に並んで頷いた。


「ええ。魔法陣に組み込む場合は、中心からわざとずらしておくんです」

「そうか。核となる転移魔法は、本来行先が確定しているものだからな」

「その通りです。ゴランドリエルさんは、魔法にも造詣が深いのですね」


 一を聞いて十を知る、とまではいかないが、ゴランドリエルはそれなり以上に魔法について学んでいた。というのも、悪魔の罠商会が居を構える迷宮の先代管理者ダルワインの命を守るために始めた罠づくりには魔法の知識が必要不可欠であり、ダルワインはその道では超が付くほどの高名な魔導士だったからだ。彼の蔵書を勝手に紐解き、作成した罠が順調に冒険者を狩る様になってから暇になったゴランドリエルは、ますます罠づくりに没頭し、それに必要な知識を貪欲に求め、吸収してきた。


「ふん……」


 それでも、魔法の専門家であるエイルマーには遠く及ばない。技術顧問の世辞を聞き流したゴランドリエルは、魔法陣の観察を再開した。


「コホン。ところでゴランドリエルさん……」


 これを見て頂きたいのです。

 

 声を潜めたエイルマーがかっちりと着込んだ藍色のスーツの内ポケットから取り出したのは、八つに折られた紙だった。


「……?」


 ゴランドリエルは訝しげに眼を細めた。

 

 工房には今、ゴランドリエルとエイルマーの二人だけだ。

 

 クイーンはたしかに神出鬼没で、姿を隠したまま潜んでいることも少なくないが、少なくとも今は出張で出かけている。


 エリスは分厚い鉄扉の向こうで受付業務を行いつつ、イヤホンから流れる「裏☆転生(リ☆バース)」の天城 翔(アマギ  カケル)星崎光輝(ホシザキ コーキ)が歌う「君の心臓(ハート)DQN(ドッキュン)」の歌詞に合わせて「ドッキュン♡」と合いの手をいれている。そんな場所で声を潜めて話す意味はなく、メモ用紙を小さく折りたたんだとしか思えないそれが、機密性の高い文書とも思えなかったからだ。


 しかしエイルマーは、タバコの箱程度の面積にまで折りたたまれたそれを所持していることすら憚られるのか、無遠慮にゴランドリエルの手を取り、無理やりねじ込んできたのだった。

 

 なんだと言うのだ、いったい。


 メモで渡してくるということは、口には出すなという指示というか願いを暗に示しているのだろう。メモを開いて内容を確認したゴランドリエルは、エイルマーの緊張しきった顔を見下ろして目で問いかけた。


『ケイオスミミックの開発を中止しろ 


 ベンジャミン・バーラム』


 メモの全文がこれである。


 ケイオスミミックとは、言わずと知れたミミックの次世代商品だが、冒険者協会から素材を仕入れることなく製造、販売を目指したまったく新しいタイプのミミックだ。


 従来のミミックはガルヴァンズファングという悪魔系アンデッドモンスターを宝箱に仕込んでおり、解放されると冒険者を執拗に追い回し、彼らが全滅した後は迷宮内をうろつくモンスターと化す。アンデッドであるが故に消費期限を設ける必要がなく、罠が発動しないといったトラブルからも無縁であった。複雑な機構を持っていない――せいぜいガルファンを箱の中に留め置くための封をする程度――ため、素材さえ揃えば大量生産が容易であり、悪魔の罠商会にかつてない利益をもたらした夢の商品であったのだ。


 対して新商品ケイオスミミックは、冒険者協会の横やりのおかげで生産コストの大幅な増加を甘んじて受け入れざるを得なかったゴランドリエルが、他団体に技術と資金を提供してまで開発に着手したものだ。


 その他団体とは「転生者協会(リバースマンズ)」である。


 転生者協会とは、別の世界で生涯を終え、神だの天使だの――場合によっては悪魔だのの力でもってこの世界に降臨し、新たな生を歩まんとする特殊な人間の集団で、所属する転生者のほとんどが何がしかの異能の力を有している。


 呪文や術式を用いることなく魔法を使ったり、触れるだけで金属を加工して武具を生み出したりする彼らの多くは冒険者となって迷宮攻略に挑んでいるが、中には巨万の富を築いて迷宮を経営するものや、国の内政に食い込んで権力をむさぼるものもあり、また嬉々として戦争に参加していくものもあった。


 そんな転生者の中でゴランドリエルが目を付けたのは、転生者協会が運営する冒険者向けアイテムメーカー「R’s」の定番商品「アイテムボックス」だった。

アイテムボックスは小さな箱――デザインはウェストポーチのようなものからリュックサックタイプ、ハンドバッグにトートバッグなど、およそ携帯できると思われる形状のもの全てのタイプがラインナップされている――の内部に別次元につながるトンネルを造りだし、箱の容積の数倍から数十倍の大きさ、質量の物資を収納することができるという大変に優れた商品だった。


 ゴランドリエルはこのアイテムボックスに使われている技術を「ミミック」に応用できないかと考えたのだった。


 従来型のミミックは、いくら消費期限がないとはいえアンデッドモンスターを内部に住まわせているため、「宝箱の中身が劣化していく」という欠点を実は持っていた。それ故に、初心パーティーが遭遇したミミックを運よく撃破した際に、得られる大量の経験値に沸いた次の瞬間には宝箱の中身に期待を裏切られる、という問題点と言えばまあ、問題点を抱えていた。事実、ミミックが仕込まれた宝箱にレアアイテムを仕込む迷宮管理者は少ない。彼らの多くが、通常よりも多めに貨幣を入れてお茶を濁していたのだった。


 しかし、宝箱の内部にアイテムボックスの機構を組み込むことができれば、中身の劣化を防ぐことができ、ミミックとして仕込むモンスターの強弱によってその中身を変えるなど、よりバラエティーに富んだ罠付宝箱を売りだせるではないか。


 このように考えたゴランドリエルは、以前から罠商品の取引があった転生者協会を通じて、R’sに共同開発を持ちかけたのだった。


 転生者たちはこれに強い興味を示しはしたものの、開発に踏み切るには時間がかかった。アイテムボックスの機構に目を付けていたのは、ゴランドリエルだけではなかったからだ。それは主に運輸業界の人間たちだったが、他にも公的、私的を問わず警備関係の会社や軍需産業に携わる連中までもが、ゴランドリエルよりも前から技術提供を求めていたのだ。


 ごく小さなスペースに大量の物資を収納できるのだから、運輸業界がこれを導入すればすさまじい利益を生むだろうし、要人を隠すにはもってこいだと考える警備会社のものもいるだろう。軍需にしても、兵及び兵器、あるいは物資の輸送面においてアイテムボックスが活躍するだろうことは想像に難くない。


 転生者協会はしかし、政財界に偏ったパワーバランスを生み出すことを恐れ、各方面からの要請に応じてこなかったのだった。


 ゴランドリエルは宝箱との中身と罠に関する浪漫を語り、彼らを説き伏せることに成功していた。迷宮で宝箱を開けるという行為は、いわば冒険者たちの努力と研鑽、勇気に対する報酬であり、その中身には彼らに対する一定以上の敬意が感じられなくてはならない。ミミックは罠として優れてはいても、その中身を劣化させてしまうという欠点がある以上、「宝箱」としての価値は低い。ゴランドリエルはアイテムボックスの技術を「極小規模」応用することで、この世界最大の産業である迷宮運営事業全体の活性化をも視野に入れ、ケイオスミミックの開発に着手したのだった。


 ケイオスミミックが世に出回れば、ミミックの価値は急落する。必然的にその素材として中核を担っているガルファンの需要は途絶えてしまう。冒険者協会には大量のガルファンがストックされており、今日も迷宮に潜った冒険者たちからそれを買い取って備蓄量は増え続けているのだ。


 ある日突然、悪魔の罠商会がガルファンの仕入れを停止した場合、冒険者協会が被る損害額は相当なものだろう。とはいえ、それで世界最大の迷宮資産を保有している冒険者協会の経営がそれで破綻することはない。だが、大きくて古い組織ほど小さなリスクを恐れるものだ。


 以前クイーンが「流通量のコントロール」について言及したのは、冒険者協会に対する配慮からだったのだ。


 さて、このようにケイオスミミックの開発は迷宮に関わるものたち以外にも様々な業界に波紋を投げかけることになるだろう一大プロジェクトである。転生者協会にしても、悪魔の罠商会にアイテムボックスの技術を提供することで、各界から非難を浴びることは避けられまい。だが、発売直前の今になって「中止しろ」という警告文を妙な形で届けさせた人物とは何者か。


 ベンジャミン・バーラム。


 魔術士協会の代表を務める男の真意をゴランドリエルが知り、彼を始め悪魔の罠商会の面々は、大きな戦いの渦に巻き込まれていくのだが、それはもう少し後の話だ。




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