男の純情
その月の喫茶ライトには、絶対に行きたくなかった。
けど、地の果てまで鬼のボウズに追われる夢に魘されて、青い顔で店に向かった。
春日太郎と春日タラコは別人だ。
絶対に誰も気づかない。
自己暗示をかけながら、いつもより入念にメイクをした。
店内でボウズは、静かだった。
いつものように脅すことも絡むこともなく、カウンターの席に座って、クマ男と話す僕をじっと見ていた。
それが、尚更不気味だった。
「今日もタラコは、可愛いな」
クマ男が勧めてくれたイチゴショートを食べるタラコを、蕩けるような目で見ている。
クマ男の目には明らかにフィルターがかかっている。
タラコの言動を何でも許してしまいそうな甘いフィルターだ。
逆にボウズは、研ぎ清まされた、一部の隙も見逃さない鋭い眼が、光っているようにしか見えない。
バレたらす巻きかな。
ボコボコかな。
顔はやめて欲しいな。
でもボディも恐いッス。
ずっと上の空だった僕に、ハヤブサさんが紙袋を手渡す。
「今日はタラコは疲れてたようだから、マスターにハーブティ?をもらった。これを飲んで休んだらよく眠れるみたいだ」
僕はなんだか泣きたくなった。
クマ男がハーブティー?
ハハハハハ。
「ありがとう……」
小さく呟いてハヤブサさんと別れた。
その後をついてくる男がいることを知っていた。
いつもは駅まで歩いて電車に乗る。
ワザと家より遠い駅で降りて引き返す。
そんな努力をしていたんだけど、ピッタリ付いてくる一人の足音に、もう腹を括るしかないんだなと。
春日太郎としての僅かな男らしさを発揮した。
森宮野公園で、僕は振り返る。
そこにいたのはボウズだった。
僕たちは、無言で向かい合う。
何かを見られたわけではない。シラを切れるかも知れない。そんな思いと、ボウズの視線の鋭さに諦めの局地と、複雑な僕が立っていた。
「オメーって、春日太郎の従姉妹?」
ボウズは気づいている。
「姉妹は年の離れたねーちゃんだけって聞いてるぜ」
ボウズは知っている。
「まさかオメーが、春日太郎ってことはネーヨナ?」
ボウズは……。
「白峰に春日タラコって、生徒はいないぜ。一年から、三年まで全部調べた」
「……」
「見舞いだって言うくせに、病院じゃなくて、店屋での目撃情報が多い」
「……」
「声、同じだよな。話し方も。タローとタラコ。オメー名前もっと考えたら?保健室のヤローにお前の名字聞いたら春日って言うじゃねぇか」
高橋……なんもなかったって言ってたやないか……。
イヤ、なんもないか。
名字聞かれただけやもんな。
「それでも信じれんかったけど、タラコとタローは身長も同じ。体つきも似てるわな。男っちゅう先入観外したら、タローも華奢。学校でのお前とライトに来るタラコとずっと見てたら、全く違うのに重なって見えてきたわ」
「……」
「間違いない!お前はタロウや。春日タラコは、春日太郎や!」
夕日は沈み、夜の暗さはタローの足元まで降りてきていた。