ボウズはヤバイ。
天王寺隼という男は、硬派だった。
不良番長という地位にありながら、ギャルっ娘たちをはべらかせているピンク頭のタケルや、ロン毛のモウリ、金髪のタツヤに比べて、イヤ比べものにならないくらい紳士的だ。
そのおかげで、春日タラコになってから3ヶ月、未だに男だとは気づかれていない。
都会から遊びに来ているという噂をそのまま借用して、誰もが知っているお嬢様学校の生徒で、病気の祖母のお見舞いにこの街を、毎月訪れている事にした。
連絡先と住所を聞かれたが、厳しい家の設定で教えるワケにはいかないと、泣いてお願いした。
月に一度必ずこの喫茶で会う約束をしたが、帰り際ボウズの要に凄まれて脅された。
「トンズラこくつもりじゃね~だろうな」
「タラコは、そんなことしない」
「信用してお前を帰すハヤブサさんの信頼を裏切ってみろ。地獄の底まで探しに行くからな」
ボウズは本当に地獄の果てまで追ってきそうだ。
おまけにタラコは、地獄より近くにいるのだ。
ブッチするワケにはいかなかった。
月に一度喫茶ライトでお茶するハヤブサは、危害も与えないし、乱暴もエッチなこともしてこない。
ミックスジュースを飲んで、ボソボソと実のない会話をし、タラコを眺めるだけだ。
タラコの顔が好きなだけなんだな。
学校では会わないように細心の注意をし、喫茶ライトでもそれを心掛けていた僕も、だんだんと警戒が解けていった。
最初の失敗はトイレだった。
小さなサ店なのに、ライムのトイレは女性用と男性用、別になっている。
「男用だぜ」
入った先には、ボウズがいた。
普通に笑って立ち去れば良かったのに、何故か動揺してしまった。
「あ、あ~あの、ボク……」
立ちすくむ僕にボウズは舌打ちする。
「オメーは、痴女かよ。さっさと行けや!」
怒鳴るように言われて、やっと足が動いた。
動揺しながら席に戻る僕に、ハヤブサが優しく声をかける。
「どうした?大丈夫か?」
このクマ男はタラコにいつも優しい。
温和な性格なのかと思ったが、校内で絡んできた上級生を蹴りあげてバケツに突っ込ませ、その上から更に蹴りあげている姿を目撃したし、凶悪伝説も数限りない。
子分どもを殴りつけているところも何度か見た。
顔をひきつらせていると、頭を掻いて僕に謝る。
「ごめん、タラコ。これは違うんだ」
何が違うのだろう、殴られたのは僕じゃないし。
そう、クマ男は僕には優しい。
優しいクマ男と弾まない会話をしている僕を、ボウズがじっと睨んでいた。
体育の授業中、サッカーの試合でヘディングし損ねた高橋がキーパとぶつかりかける。
上手く避けたが、滑り込む形になって膝から下が見事に擦りむけた。
広い範囲でうっすら血が滲んでいる。
「保健室へ連れていけ」
ジミーズ仲間の僕が、高橋に付き添う。
「大丈夫か?肩貸すぞ?」
「ワリーな」
そう言いながら保健室へ向かった。
保健室には先生は居らず、ベットに腰掛けるピンク頭と金髪が目に入った。
ヤバイ!
全くの想像外の出会いに、僕は固まる。
「ナニナニ?ボクチャンたち、保健室にゴヨーデスか?」
金髪がゲラゲラと笑う。
横で高橋も固まっている。
僕たちがビビって動けないんだと勘違いしているんだ。
良かった。
イヤ、ビビってるのは本当だけど、僕はバレることにビビってるんだ。
俯いてピンク頭たちをやり過ごそうとする
。とりあえず高橋の足を消毒しないと、先生を呼んでこないと。
「あ、あ~あの。京子先生はどこに……」
「キョーコちゃんは職員室。オレたちはおルスバン」
奥のベットから、ガバッと大きな体が起きあがる。
ボウズ頭……。
「いきなりどーしたの要?」
起き上がったボウズが、じっと僕を睨んでいる。
「きょ、京子先生呼んでくるから」
高橋を椅子に座らせて僕は保健室を出ていく。
「タロ~」
高橋の心細そうな声が聞こえるが、ここはヤバイ。
心臓が破裂しそうだった。
イヤな予感しかしなかった。
京子先生を連れて保健室に戻った時には、ボウズたちは居なくなっていた。
「先生~痛いよー」
高橋は手当てをしてくれている京子先生に甘えた声を出している。
「さっきの連中と、何もなかった?」
「何もねーけど、チョー恐いよな」
高橋が肩を竦めて笑うのに、僕も合わせる。
とにかく、ボウズはヤバイ。
要注意だと、本能が告げている。