テッペンの男。
パンケーキが評判のティンカーベルでお茶をして、安くてカワイイのが揃う総合マートでチェックのタータンスカートを買う。
姉ちゃんのお下がりばかりじゃなくて、たまには新しい服も欲しい。
ドラッグストアをのぞいて、新作のグロスを購入する。
僕のお小遣いの殆どは、密かな趣味用で消えていた。
化粧品コーナーのお姉さんにサンプルをいっぱい貰ってご機嫌な僕は、電車代節約の為に家まで歩いて帰っていた。
姉ちゃんがいるせいか、女装の僕が出入りしても近所の人は何も言わない。
でもまぁ、念のために、家が近くなると帽子をかぶった。
何でずっと被らないかって?
可愛い顔が見せびらかせないからだろーが!バカメ!
そんな調子のりの僕の行動が、悪夢を招いた。
つけられていると気づいたのは、眼鏡橋を渡った辺りだった。
最初は、余裕だった。
何せ噂の、都会から遊びに来る可愛い子ちゃんだからね。
つけられるのも今や一度や二度じゃない。
でも大抵が、しばらく付きまとうと満足気に去って行くし。
声かけてきたり、しつこい奴は、軽蔑の眼差しビームで撃退する。
コレ効くのよ。
無言なのが堪えるみたい。
喋るとボロがでるからなんだけどね。
でも今日のは、いつもとは違う圧迫感を背中に感じていた。
足音がどんどん増えていった時、マジでヤバいと思った。
ひ弱な僕がまいて逃げきれるか自信がない。
このまま行けば住宅街だ。
人が多い方向に逃げなければ。
左に曲がって、商店街を目指す。
スカートだが、かまうもんか!
下着だって女物だ!
「ヤベー!走り出したぞ」
「逃すな!見失うなよ!」
ガラの悪そうな怒鳴り声が後ろから聞こえる。
恐くて振り向けない。
バタバタと、慌ただしい音と共に、腕を捕まれつんのめる。
口から心臓が出そうだ。
「やった!キャッチ!」
「バカ乱暴にするな。ハヤブサさんに殺されるぞ」
腕をつかんで引っ張っていた金髪男が慌てて手を離す。
「バカヤロー!捕まえとけよ」
「だってハヤブサさんが……オレ、ボコられるのヤダよ」
「かのじょー大人しくしててね。お兄さんたち恐くないからね~」
恐いに決まっているじゃないか!
僕の目の前には、ピンクやら金色やらハゲやらロン毛やらの個性的な頭の高校生が、凶悪なルックスで立っている。
しかも、見覚えのある顔ばかりだ。
ジミーズの僕でも知っている有名な不良グループのメンバーだ。
「か~のじょ。チョッと付き合ってもらいたいトコあるんだわ」
僕はプルプルと首を横に振る。
絶対について行ってはいけない。
「オメーに拒否権はねーんだよ!」
ボウズに凄まれる。
爽やか野球部と同じボウズスタイルなのに、ヤクザ仕様なのはどうしたことだろう。
プルプルと震える小鹿の僕にピンク頭が口調だけは優しく言う。
「待ってるのは、天王寺隼さんだからね。知ってるでしょ?テンノウジハヤブサさん。山猫高校のテッペンよ。伝説の男!」
シッテマスヨ。
山猫高校。僕も在校生ですから。
その伝説の熊のような大男がいるせいで、カワイイやまねこ高校が、山熊とか化け熊高校と呼ばれているコトも。
さぁて。僕に何の用なんでしょうね。
ハハハハハ。
四人の死神に連れて行かれたのは、街外れのゲームセンター通りにある、古いビルの2階だった。
チカチカと電球の切れかけている看板には、喫茶ライトとある。
全くライトな気配はしないが。
カランカランと音がする少し重めのドアを開けると、モクモクと煙草のけむりがたち込め、ヤンキーどもの奇声が聞こえる。
全くのイメージ通りだ。
坊主と金髪が先に入り、奥の方に声をかける。
「ハヤブサさん、連れてきたッス」
ヒュ~。
これまたお約束のように誰かが口笛を吹く。
ピンク頭が僕の腕をつかんで奧に連れて行く。
その奥の席から、ものすごい怒気があがった。
な、なに?
北斗神拳?
アタタタタ?
僕殺されちゃうの?
「テメー馴れ馴れしくふれやがって!」
灰皿が飛んできて、ピンク頭に命中する。
や~め~て~。
「す、すいやせん!」
すいやせんだよ。すいやせん。
ピンク頭が膝をついて土下座する。
ヒ~~~。
光の加減で奧に座る男の顔は見えないが、どう考えても、噂の天王寺隼さんだろう。
気配だけでも、ハンパネー。
そのラスボス、テッペン男が立ち上がる。
僕の方に近づいてくるよ。
「会いたかったぜ。何度か街で見かけた」
そ、そうですか……。
「無理に連れてきて悪かったな」
頭を下げられて、子分どもがザワついている。
これはヤバイ。後でシメられるぞ。
「と、とんでもございません……」
小さな声で慌てて答える。
「声はハスキーなんだな」
天王寺隼が細い目を更に細めてニヤリと笑う。
ギャー。コエーよー。
ラスボスはそのまんま最凶悪人顔でクマのようにデカイよー。
「名前を聞いてもいいか?」
クマ男がはにかむ。
「ハヤブサさんが笑ったぞー」
「オレはじめて見た」
「スゲー」
子分どもが騒がしい。
ハニカミ姿が尚更恐ろしいハヤブサさんに、僕は吃りながら答えた。
「あ、あの。春日。春日タ……ロ……タラコでございますぅー」
「タラコ~?」
「オメー、偽名じゃねぇだろうな」
「ちょっと可愛いからって、ウソなら許さねーぞ!」
子分どもに責められる。
「ち、ちがいまふ……」
僕は俯いて震えるしかない。
あぁ、チビッちゃいそうだ。
「タラコ!かわいー名前じゃねーか」
ニヤリとクマ男が笑う。
こえーよー。
「よろしくな。タラコちゃん」
こうして、春日タラコが誕生した。