秘密の趣味は。
僕の名前は、春日太郎。
春日というどこかめでたい苗字に太郎がくっつくと、壊滅的にダサくなる。
名前は一発で覚えられるが、顔はなかなか覚えて貰えない。
まぁ、何の特徴もないジミ顔だからね。
眼鏡をかけていることぐらいしか特徴がない。
僕の話題が女子の間で奇跡的にあがったとしても、せいぜい「あのメガネね」で終わりだろう。
リア充のモテ生活なんて、夢のまた夢よ。
現実はそんなものよ。
別に僕は達観してるワケでも醒めてるワケでもない。
この名前とルックスで16年間生きてきたんだ。
自分の学校での立ち位置ぐらいわかってないと、虚しいってコトよ。
それに僕には夢がある。
僕だけの密かな楽しみがある。
まず、この地方都市を出て、都会に行く。
専門学校に通う。
あ。メガネだからって、賢いとか思わんといてね。
僕が行きたいのは、ヘアメイクの学校。
そう、僕はメイクアップアーチストになりたいんだ。
僕が最初にメイクを経験したのは、七五三の時。母さんがフザケて、姉ちゃんの着物を着せた。
調子にのって口紅をつけて白粉もはたかれると、なかなかの仕上がりで、何枚も写真を撮られた。
6コ年上の姉ちゃんは、女装の僕がいたく気に入ったようで、それからもメイクをして、写真を撮る遊びを続けた。
オモチャにされながらも僕は、写真に写る女の子の自分にだんだんと引き込まれていった。
メイクをして姉ちゃんのお古の花柄ワンピースと膝までのハイソックスを履いた姿で鏡の前に立つ。
鏡には、くるんとカールした肩までのウィッグを付けて、メガネを外しコンタクトレンズにした目元を長い睫毛が彩り、ピンク色の頬っぺに艶やかな唇で笑っている、超絶可愛い女の子がいる。
今回の女装は一番の出来映えだ。
中学男子の面影はミクロもない。
嘘だろ~。
ここまで化けれるのか?
「タローはジミ顔だから化けるのよ。メイクの力ってスゴいよね」
メイク!ハンパネー。
雷に撃たれた瞬間だった。
僕の天職はコレだ!
メイクを勉強してもっと可愛らしくなってやる!
イヤ。世の中の人々を可愛らしくしてやろう!
立派な?志を立てた瞬間だった。
そして、高校に入った頃から、オマケの趣味も出来てしまった。
メイクして可愛らしくなった姿で外を歩くこと。
可愛い自分の姿を見せびらしたくなったのだ。
モチロン最初は葛藤したし、ドキドキもハンパ無かったけど、そのスリルと解放感が癖になる。
誰も僕だと気づかない。
同級生の田中と三区交差点で会った時も、気づかれっこ無いだろうとタカをくくっていた。
でも足が震えて、俯いて歩いた。
近づくにつれ、田中からの視線を感じて、ますます俯く。
視線をやけに感じて、バレたのかと胸が鋼打つ。
女装がバレたら学校行けねー。明日から死ぬ!って思ったけど、田中は声もかけてこない。
覚悟を決めてヤツの方を見たら、顔赤くしてこっち見つめてやんの。
ニキビ面ボーイがみせるハートの瞳。
その表情を見て思った。
惚れたな、僕に!
僕はワザと顔を背けて交差点を渡りきる。
声かけられたらヤバイし、近づき過ぎたらバレる不安もある。
さっさとその場をトンズラする。
ビビってガクブルしてた癖に、僕はそれからも女装を続けた。
自分だけでメイクするようになって腕もあがった。
狭い街だから注意しながらも、覚えたスリルが忘れられずに、月に一度は女装で闊歩した。
都会から可愛い子ちゃんが、月に一度遊びに来る。という噂を聞いた時には吹き出してしまった。
多分……イヤ、間違いなく僕のコトだろう。
そうやって密かな趣味を楽しんでいた。
のっぴきならない事態になったのは、月に一度の闊歩の日の出来事だった。