5.敗北
あの後、カケスの遺体がどうなったのか、わたしに知るすべもない。
わたしの方は鳥かごの中に逆戻りだった。しばらく自由だった分、やはり鳥かごの中は恐ろしいほど不自由なものだった。
でも、どんなに不満でも抵抗する気にすらならない。
すっかり日常化していたわたしの世界は崩れ落ちた。
鳥かごに閉じ込められるわたしが目にするのはライチョウと、ウグイスと、その仲間だけだろう。カケスは勿論、コマの姿も、ムクの姿も、そしてライチョウ達に囚われたヨダカの姿も、一切見る事はなかった。
鳥かごは相変わらずヨダカの部屋にあったけれど、もうそこはヨダカの部屋として使われないらしい。
ライチョウは不届き者だ。
ずっとヨダカが守ってきたこの屋敷を血と剣で乗っ取ってしまったのだから。彼女の仲間の好奇の目に曝されながら、わたしは沈黙のうちに彼らを呪っていた。
ただ、ウグイスだけは優しかった。
「不便だろうけれど、君にはここに居て貰うよ。誰とも契っていない君を攫いたがる者がいるかもしれないからね」
「――ウグイス……だったよね……」
力なく言うと、彼はやや眉を寄せた。
「ああ、そうだよ。ライチョウ様に貰った名前だ」
「あなたはあの女に誓ったの?」
聞くまでもない事だったけれど、口からは滑りだしていった。ウグイスは特に何も言わず、ただ頷いただけ。
「どうして? どうして、歌鳥以外の人に捧げたの?」
革命家なんかに力を貸したの。
その思いを乗せて訊ねると、ウグイスは即座に答えた。
「それは秘密。君が僕の仲間になったら教えてあげる」
仲間。
その意味を察して、わたしは慌てて目を逸らした。
「――いやよ。だって、あの女、カケスを殺したのだもの」
「しょうがないよ。武器を隠し持ってでもいたら、殺されていたのはライチョウ様だったかもしれないのだし」
「カケスは武器なんて持っていなかった。暴力とは無縁の優しい人だったのよ。そんな人を躊躇いも無く殺すだなんて酷い」
「そんな事情も、僕達には分かりっこない。殺されたくなかったのなら、ああなる前に君が引き留めるべきだったね。それか、彼女の方が素直に降伏の姿勢をとるべきだった」
言われれば言われるほど、わたしは腹が立った。
同時に、後悔した。
ウグイスの言うとおりかもしれない。あんな事になる前に、わたしの方がカケスの手を引っ張って逃げてしまえばよかったのだ。
恐怖で身が竦んでしまうなんて情けない。その情けなさでカケスを死なせてしまうとは、なんて愚かなことだろう。
「わたしのせいだって言うの?」
鳥かごの柵を握りしめて泣くわたしにウグイスはそっと触れる。
「ごめん、やっぱり君のせいじゃない。でも、仕方なかったのは確かだよ。彼女は君の制止なんて聞かなかっただろうしね」
ウグイスの手がわたしの首から下がるペンダントに触れた。
「君の名前はカナリアっていうんだね。ここの女主人に押し付けられたの?」
「そんな言い方しないで……今はもう、わたしにとっても大切な名前よ」
思わず声が強張った。ウグイスの言葉に棘が合ったからだ。
この青年はあのライチョウとかいう女と契っているのだ。契った歌鳥にとって契りを結んだ相手の敵は自分の敵に等しい。目の前の同胞がヨダカに対してどんな心情を抱いているかなんて、考えなくても分かる。
ああ、それなら、ヨダカにはわたしが付いていないと。
彼女はもう知ってしまったのだろうか。
愛していたカケスがもうこの世にいないことを――。
「君は鳥かごに入れられているくせに、あの女の事を嫌いじゃないんだね」
無様にも鳥かごの中から睨みつけるわたしを、何処までも真っ直ぐな目でウグイスは見つめてくる。
そんな彼にわたしは問いただす。
「あなたはどうなの? 唄の力を暴力に使うような女にどうして誓いの唄を捧げたの?」
ヨダカはかつて言っていた。
世の中には歌鳥を捕え、暴力的に支配して無理矢理誓わせるような輩がいるのだと。そういった者たちが手を出す前に、わたしを捕まえたのだと。
ライチョウとかいうあの革命家はどうなのだろう。
武器も持たず、若い娘でしかないカケスを殺したような女だ。歌鳥を捕まえて、力で支配するなんて容易い事だろう。
けれど、そんなわたしの疑いの眼差しをも正面から受け止め、ウグイスはそっと微笑むのだった。
「さっきも言ったでしょう?」
ペンダントから手を離し、彼はわたしの目を見つめる。
「詳しい事は仲間になったら教えてあげる。でも、誓って言うけれど、君の思っているような理由じゃないと思うよ。ライチョウ様は僕にとってはとても優しい主人だから」
信じられるわけがない。
人間の主人と契った歌鳥の言う事に正しさなんて求められない。それは、両親から散々言い聞かせられてきた事だ。人間のものとなれば歌鳥は一方的に主人を愛し、たとえ裏切られたとしても憎しむことすら出来ずに苦しむのだと。
ウグイスとなんか分かり合えない。
どんなに同じ血を引いていたとしても、ヨダカを捕え、その高貴さを穢そうとしている粗暴な女の歌鳥なんかと分かり合えるわけがない。
恨みを込めてわたしは同胞の青年を睨み続けた。
そんなわたしをしばし見つめると、やがてウグイスは深い溜め息を吐いた。
「カナリア。君は沢山のことをきちんと考えなきゃだめだよ」
歌うような美声で、ウグイスはわたしに言う。
「同じ歌鳥だから出来るだけ庇ってあげるつもりだけど、君も何が自分の為なのか、それをよく考えて行動しなきゃ駄目だよ」
上から目線で諭す様なその声は嫌いなものだった。




