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歌鳥  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 屋敷

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6.嫉妬心

 ヨダカの元に来て更に月日は経った。

 相変わらず契ってはいない状況のままではあったけれど、それでもヨダカは以前よりも少しわたしを自由にしてくれるようになった。

 以前ならば、わたしの暮らしは常にヨダカの都合に左右され、屋敷の中でさえも二人きりでない時は手を繋いでいなくてはならなかったのに、特にここ一カ月ほどはヨダカが傍で見守られるうちは、庭で自由に遊ばせてもらえるようになったのだ。

 勿論、屋敷の敷地内から出る事は許されていない。

 格子と庭師がかいがいしく育てたあらゆる花や緑に囲まれながら、気ままにその空気を味わうことくらいしか出来なかったけれど、それでも日光――時折、月光を浴びながら、のんびりと出来る事は嬉しかった。

 ヨダカの見守るうち、庭では自由に歩き回り、咲いている花や、訪れる虫や小鳥などを愛でることを許されていた。さらには歌鳥としてのわたしが好むような木の実を食べたりしても怒られはしなかった。

 ただ、一つだけヨダカが禁止することがあった。

 それは、歌うことだ。

 庭で唄えば柵の外にも音は漏れ、近くを通った者等がわたしの存在を知る事となる。もちろん、ヨダカが歌鳥を飼い始めた事は知れ渡っているだろう。人間の噂というものは何処から漏れだすか分かったものではないし、そうでなくとも、ヨダカがそれを隠し通すような事もあまりしないような気がしていた。

 むしろ、歌鳥の加護を得ている事を利用して、他の者を牽制するのではないだろうか。

 わたしにはそんな気がしてならなかった。

 それでも歌う事は許されない。当然だ。もしも不届き者が強引に庭に入りこみでもしたら、面倒な事にしかならない。トラブルしか生まないと分かっているのならば、やっていい事なんてありはしない。

 わたしにだってそのくらいは理解するに難しい事では決してなかったので、わたしは素直にヨダカの言いつけを守っていた。

 それでも、ついうっかり鼻歌を漏らしてしまう事はある。

 庭に来る可愛らしい小鳥たちに囀られたりした時、或いは、ずっと見守っていたつぼみが花開いた時、もしくは、思わぬところに美味しそうな木の実がっているのを見つけてしまった時等だ。

 そういう時、ヨダカは何も言わず、ただ視線だけでわたしを咎めてくる。

 それすらも気付かず、あと後で注意されることもある。

 でも、これだけは絶対に言っておきたい。ヨダカは、わたしがどんなに失敗したとしても、不必要な暴力や暴言だけは浴びせてこなかった。諭すように、心配するように、彼女はわたしに《お話》をするだけだった。

 だから、不自由なんて何処にもないくらいに思えた。

 きっと、この時すでにわたしは、かつて当然のようにあった自由の殆どを忘れてしまっていたのだろう。

 けれど、そうだとしても、わたしはちっとも不幸ではなかった。

 ただ、少しだけ切なかった。ヨダカがわたしを心配するのは、わたしが歌鳥であるからというだけだ。もしもわたしが歌鳥でなかったら、関心すら持ってくれないだろう。

 それに、カケスの事もあった。

 ここ数カ月で分かった事だけれど、カケスはヨダカに心を許したくないわけではないようだと気付かされたのだ。ヨダカが気遣ってくれていることを十分理解し、カケスもまたその分の恩を返したいと思っている。

 それは本来、責任と恩情、義理に過ぎない関係のはずだ。

 けれど、わたしはどうしても気付いてしまうのだ。その中に含まれている、甘くて深くて並々ならぬ類の情が含まれていることに気付いてしまうのだ。

 きっとわたしと契った中となったとしても、ヨダカのカケスに対する感情は変わりもしないだろう。そして、それに応じ、尽くそうとするカケスもまた、無視できない感情を募らせ、惹かれあっていくのだろう。

 では、わたしは――。

 どうしてだろう。カケスの内心を察して以来、ずっと胸が痛かった。

「カナリア?」

 ある日、いつものように唄を捧げている時、ヨダカはわたしに問いかけてきた。

「顔色が悪いわ。具合が良くないの?」

 優しく訊ねられ、わたしは泣きだしそうになった。

 他ならぬ貴女のせいよとどんなに言いたかったことか。けれど、そんな言葉を口走ってしまうほどには狂うことなんて出来ず、わたしは歌うのをやめて、ただヨダカから目を逸らすしかなかった。それが唯一の抵抗だったのだ。

 そんな事も知らずにヨダカはわたしに近寄り、窺うように目を覗きこんで来る。

「どうしたの? 機嫌が悪いの?」

「――なんでもない」

 両目をしっかりと瞑り、これ以上心を奪われないように気をしっかりと保った。

 彼女の温もりが手に伝わってくる。何処まで行っても優しげなものだけれど、でもそれは、ただわたしを愛玩動物として愛でているに過ぎない。

 同じ人間として扱ってくれない彼女が、わたしが求めているようなものをくれるはずもないなんてこと、もう散々自分に言い聞かせてきた。

 そう、だから、わたしは契らなかったのだ。

 ゆっくりと自分に言い聞かせ、わたしは目を開けた。わたしを窺うヨダカを見上げ、震えた声でそっと囁いた。

「続きを歌うわ。だから、ヨダカは椅子に座っていて」

 心配せずとも平気。

 そんな表情を必死に作ったのがよかったのか、ヨダカはすぐにわたしの言うとおりに動いてくれた。


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