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 始まってしまえば、あまり俺の役割はない。

 計画書どおりにことが運ぶなんてありえないし、様々なトラブルは発生する。それを素早く解決していくのは俺たちの仕事だけれど、現場レベルで何かが起きてもたいていは会計氏が即座に解決してしまうし、喧嘩などのトラブルは綾華さんの独壇場だった。綾華さんに付いて回る由紀は忙しさの極地だったけれど、俺は本部に統括役として詰めていなければならなかったから、イベントや出し物にも参加できず、生徒会室でぼんやりと座っているだけだった。

 仕事といえば、トラブルが起きた報告が届いたら、その近くにいる誰かに仕事を振っていくだけ。

 そのために、校舎の図面の上にカラーマグネットを置いている。マグネットは人間。名前が書いてあって、誰がどこにいるか、報告があるたびに動かしていく。一目で把握できるように、昨日の夜に作った。

「屋台用のガスが意外に早く無くなりそうです」

 という連絡が入れば、資材集積所と化している体育館裏にいる会計氏に連絡。発注が必要なら俺が業者に電話をするけれど、その辺りの準備はさすがに会計氏のこと、万全だったから、発注という話まで進む例がなかった。

『予定より余りそうなクラスがあるから動かそう。僕から連絡を入れる』

 といわれてしまえば、そのことを資材リストに書き込んで俺の仕事は終わり。

 非常につまらん。

 一緒に詰めているのは実行委員会の仲間たちか担任、他の教員といったところだけれど、俺以外は詰めっぱなしというわけじゃない。完全留守番役というのは俺だけだから入れ替えがある。

 扉の外に出て行く人々がうらやましくて仕方ない。非常時に対応できるように、幹部クラスの誰か一人は犠牲にならなければいけないとはいえ、自分がそれになってみると、外が非常に楽しそうな騒ぎなだけにつらい。なるほど、天照大神も岩戸から出てくるはずだ。

「あきちゃんが忙しくなるような文化祭じゃダメなんでしょ?」

 といったのは、ごく短時間だけ部屋に来て、俺の愚痴を聞いた綾華さんの言葉。

 まったくその通りで、計画屋、企画屋の俺としては、昨日までの準備の段階ですべての仕事が完成していなければならなかった。俺が今頃じたばたしていたら、文化祭実行委員会の執行役としては失敗ということ。

 暇をもてあまして淋しい思いをしているくらいがちょうどいい。

 などと思っているそばから、楽しそうにイベントに参加している連中からどんどん写真つきのメールが送られてくる。嫌がらせに違いない、とひがんでも仕方がない。各イベントの様子がわかるように画像や動画を送るように指示を出したのは俺自身。大墓穴。




 俺や他の留守番役のもとに一斉に連絡が入り、携帯メールががんがん入ってきたのは、昼が過ぎた頃だろうか。

 内容はまったく同じもので、毎年恒例のものだった。

『暴走族が来た!』

 何しろ田舎のこと。まだ暴走族が生き残っているし、それと内容がどう違うのか素人にはわかりにくい集団もいる。

 昔ほどではなくなったというけれど、うちの高校にもその集団に属している奴がいない訳じゃないし、よほど硬派を気取っていない限り、高校の文化祭なんてイベントは、彼らにとっては適度な娯楽のひとつだった。

 来るのがわかっていれば対応できそうなものだけれど、全面開放じゃないにしろある程度は一般の人も入れている文化祭で、周辺道路を全面封鎖するわけにも行かないし、警察だってわざわざ人数をさいてはくれない。

 学校側も、体育教師などを中心に対策チームを組んでいるけれど、人数的にも限界がある。

「無駄に刺激しないで下さい。しばらくはスルーしといて下さい」

 すぐに俺は指示を飛ばした。

「今どの辺で何をしているか、観察報告だけ送って下さい」

 さらに由紀に電話をつなぐ。

「由紀、わかってるね。絶対に綾華さんを抑えて、暴走族に綾華さんを近づけるんじゃない」

『わかってます、全力で止めます』

 その手の人々と付き合いがないわけじゃない綾華さんは、今回必ずターゲットになっている。なにしろ、近在では知られた名家の御曹司と別れたばかりの超絶美少女だ。噂は当然仕入れていると見るべきで、綾華さんの姿を見かけたら、当然のように声をかけるだろう。

 誰が綾華さんに声をかけようが自由だけれど、綾華さんがまた暴れだすと面倒になる。そして、文化祭の雰囲気を確実に壊すだろう暴走族やそれに類する面々なんてものは、綾華さんにとって許せる存在じゃない。

 真正面から行かれたら、ただではすまないだろう。

 俺は念のため会計氏にも連絡を入れた。

 会計氏は校庭ど真ん中のイベントに資材搬入のために出ていて、暴走族騒ぎには気付いていなかったけれど、俺の話にすぐ反応してくれた。

『まずいな。僕も監視に付こうか』

「お願いします」

 それからおもむろにひとつのメモリを呼び出す。通話ボタンを押すと、相手はすぐに出てくれた。




 暴走族やそれに類する集団は、総勢で40名ほどに達していたらしいけれど、見事に消えた。

 電話一本で。

 学校側はひどく不思議がっていたれど、ちゃんと理由はある。

 備えあれば憂いなし。

 俺だって何の対策も考えなかったわけじゃないし、むしろそれを考えるのが俺の仕事だったわけで。

「わざわざありがとうございました」

 俺は久々に生徒会室の外に出て、今は校内で一番の料理人がいると評判の、料理研究同好会のレストランに設けられた特別席にいた。

 なにしろ一番人気の模擬店だから、そんな席が取れるはずがないんだけれど、これは特例。このためにあらかじめ同好会に話は通してあったし、店の場所選びや資材提供では裏から手を回し、便宜を図っていたから、俺が呼んだゲストは大して待つこともなくその席に通された。

「なに、評判どおりの飯が食えて大満足さ。なあ、佳苗」

 小さな娘を連れて幸せなパパが目の前にいる。

 カケスさんだ。

 俺は究極の秘密兵器、核弾頭を仕込んでいたわけだ。

「今日は平日だからまあいいとして、明日はどうする気だ? 明日の方がああいう連中の集まりもいいだろうに」

 どう見ても休日のいいパパだ。平日なのに休みなのは、休日しか工事が出来ないところで仕事をした代休を利用して協力してくれていたから。

「それはそれで考えてあります。協力者もいましたしね」

「そうか。まあ、お前がそういうなら大丈夫なんだろうな」

 カケスさんはそういうと、二度とその話題は出さなかった。愛する佳苗ちゃんの前で殺伐とした話題には触れたくなかったのかもしれない。

 この人の威力は実に絶大だった。

 学校の周囲をゆっくり車やバイクで流し、女子生徒や若い女性教師に声をかけたり、男子生徒を脅しつけたり、グループ同士のいがみ合いを持ち込んでいきがったりガンをくれあったりしていた暴走族やヤンキーの類は、カケスさんが娘を連れて駅から歩いてくると、ぎょっとして互いに顔を見合わせていた。

 カケスさんは彼らと直接触れ合う気はなかったようで、平然と無視して学校に入ったけれど、一度だけ、彼の存在に気付かずに、しつこく女子生徒をナンパしようとしていたヤンキーの目の前を通過するとき、

「命が惜しけりゃほどほどにしておけよ、兄ちゃん」

 ぼそっとつぶやいただけだという。反射的に「ああ?」とガンを飛ばして振り向いたヤンキーはその場に凍り付いていたというから、むしろ同情してやりたくなる。

「今日は料理研究同好会だけじゃなく、3年女子有志によるスイーツ専門店からもとっておきを手配してます。佳苗ちゃんがタルト好きってのは前に聞いてましたからね」

 そういって俺が出したのは、あらかじめ3年生のお菓子好きが集まって出店計画していたグループからの献上品。こちらも俺が密かに調達面で優遇していて、カケスさん親子用のお菓子を出して欲しいというお願いも、二つ返事で引き受けてくれた。

 その話をすると、カケスさんは笑い出した。

「お前、ほんとに業界向きだよ」

「そうですか?」

 怪訝な顔で問い返すと、カケスさんはおいしそうにタルトを食べている娘さんの顔を幸せそうに眺めながらいった。

「接待の下準備をあらかじめ済ませてきながらヤンキー対策とか、そこまで段取りできる高校生がそうそういてたまるかよ。うちの業界に限らず、そういう奴が一人現場にいるだけで仕事が上手く回るんだ。いいぞ、その調子で行け」

「はあ、がんばります」

 情熱が欠けた返事になったのは、褒められるようなことをしたとは思えなかったからだ。少なくとも、裏で手を回して段取りを進めるとか、高校生らしからぬ悪辣な行為といわれても仕方がない気がする。

「そうじゃないさ」

 とカケスさんはいう。

「結果がすべてだよ。なにも法に反してるわけじゃない。取りまとめってのは力技が必要なときがある。間違わずに使う力ってのは、結果さえ良けりゃ、悪事にはならないんだよ。使わずに結果が悪けりゃ、力を使わなかったことを責められるんだしな」

 なにか似たようなことを会計氏がいっていた気もする。

「永野家のお嬢ちゃんを頭に担ぎ上げたんだって?」

「ええ、まあ。てか、綾華さんを知ってるんですか?」

「知らんわきゃないだろう。本人は知らんが、永野家を知らんでこの土地で仕事が出来ると思うのか?」

「……最近までは知りませんでしたけれど、出来なさそうですね」

「できねえよ。それに評判くらいは聞いてる。親父よりよほど政治家として出来が良さそうだってな」

「綾華さんの親父さんがどうかは知りませんけれど、出来がいいのは確かですよ。誰も逆らえないし、それでいてちゃんと話は聞くし、人をぐいぐい引っ張っていく力があります。女子高生にしとくのがもったいないくらいです」

「お前がそこまでいうんだから大したもんだな」

 カケスさんは感心している。

「日頃いろんな現場でいろんな大人を見てるお前だ。どうも同じ高校生がガキに見えて仕方ないんじゃないかと思ってたが」

 図星ですカケスさん。俺の悪いところっすよ、それ。見え見えですかそうですか。

「そういうお前がそこまでいうんだから、永野のお嬢も大したもんだな」

 その大したお嬢を振ってしまうという、史上まれに見る暴挙を仕出かした奴が目の前にいるわけですがね。いや、色々事情があってのことで、俺がそれで調子に乗ってるとかいうことは多分ないんじゃないかと思いますけれども。

 などといえるわけもなく、黙ってうなずいておいた。佳苗ちゃんがタルトを食べ終え、話が終わってしまったせいもある。

「さあ、佳苗、今度は何を見ようか。晃彦兄ちゃんにお勧めを聞いてみようか」

 カケスさんが溺愛する佳苗ちゃんは確かにかわいい。奥さんが相当な美人だからか、来年から小学生という年齢で、恐ろしく整った顔立ちが見て取れる。成長したら凄いことになるかもしれない。

 その佳苗ちゃんが、カケスさんの言葉にこくりとうなずく。

「そうだな、今からなら職員代表の落語が見ものだけれど、佳苗ちゃんには難しいかな。そうだ、被服部の展示が面白いよ。佳苗ちゃんが将来着てみたくなるような服もあるかもしれない」

「よし、佳苗、行ってみるか。晃彦、どっちだ」

「出て左の渡り廊下を行った先です。表示もありますからすぐわかります」

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