3
退屈この上ない会議が終わると、俺はなんとなく渋谷さんと一緒になった。
なんとなくってのはちと違うか。
渋谷さんと俺は、文化祭実行委員の仕事の割り振りで、同じ仕事の担当になった。各クラスで開かれる企画物の管理担当。
責任者は二人いる副会長のうちのひとりで、伝統的に一人は三年生から、一人は二年生から選ばれる副会長のうち、二年生の先輩。
その人を中心に話を進めて行くんだけれど、今日は顔見せだけだった。全体会議が長すぎたからだろう。
正直、授業をまともに6限食らった後であの会議はしんどかった。この上、担当者会議までやるなんて言い出したら、たぶん全員怒るか無言で帰っていたと思う。
席が隣で仕事も一緒になったから、その流れで俺は渋谷さんと一緒に歩いていた。
校内は部活上がりの生徒たちがうろうろしていたりして、それほど寂しい様子でもなかった。俺たちは肩を並べるようにして、だらだらと自分たちの教室に向かって歩いていた。なにしろクラスが隣だから、向かう方向は一緒。
「クラスの企画を管理するっていったってさ、企画を審査するのは執行部だし、予算管理は会計係だし、別にやることないじゃんなあ」
ちんたら歩きながら、プリントを眺めていて会議中に思ったことをいってみる。
渋谷さんは、真ん中より少し後ろ、という身長順だから、それほど小柄とはいえないけれど、うつむき加減で歩くから実際より小さく見える。
「雑用係、でしょうか」
小さく首をかしげながらいう。
「ありそう」
たぶん、そういうことなのだろう。
各クラスへの資材の貸し出しやその管理は、基本的にはクラスが自分たちでやることにはなっている。でも、その書類を作ったり、チェックしたりする人間は必要。そういう意味での管理だったら別に構わないけれど、たぶん、それだけじゃ終わらないだろう。
「どうせ自分らで管理するなんて約束、どこも守らないだろうし。結局俺らが全部やった方が早い、みたいな感じになりそう」
だとすると、書類作りはさっさと済ませてしまわないと、後で必要になってから、なんて考えていたら追いつかなくなりそうだ。
「各クラスの企画が出そろう前に書類作って、使い方の簡単なマニュアルも作っちゃって配付して、ついでに自分たち用のチェックリストも作ろうか」
俺は、考えている事をそのまま口に出しながら歩いた。俺がしゃべっていないと、渋谷さんはきっと一言も喋らないから。
気まずいからな、そういうの。
「資材のリストは去年のがあるけど、数とかチェックしなきゃいけないし、そのあたりもちゃちゃっと終わらせないと、後が怖そうだね」
もうすぐそこに渋谷さんの教室。その奥が俺の教室。
「新規購入分の予算配分なんかはどうなってるんだろう。購買分は会計と相談なのかなあ。確認しとかないと」
渋谷さんの教室の扉がすぐ横に来た。
もうこれで今日はお別れだと思ったから、俺はここでようやく渋谷さんを見て、「そんじゃ今日はお疲れ」とでもあいさつして行ってしまおうと思った。
渋谷さんは、顔を上げていた。俺を見ていた。整ってはいるけれど表情に乏しそうな顔が、微妙に変わっていた。
「そんじゃ……どうかした?」
思わず俺があせると、渋谷さんはさっと視線を外してうつむいた。
「……ううん、すごいなあ、と思って」
「なにが?」
何かすごいことをしてしまっただろうか。とりあえず自覚は無し。
「仕事、できる人なんだなあって」
「始まってもいないのに、んなのわかんないだろ」
「ううん、始める前からそうやって仕事の先が読めるの、すごいと思います」
渋谷さんは聞き取りにくくない限界の小声でいう。
「ああ」
そういうことか、と俺は納得した。
「バイト先でさ、こうやって仕事の先の先を考えてる人がいるんだよ」
親父の友達でバイト先の社員、カケスさんのことを考える。
土木工事の監督さんは「段取り8割」だ、とカケスさんはよくいう。事前の段取りがきちんとできれば、仕事は8割方成功したようなものなんだって。
「後で苦労するのが嫌なら、とかいう問題じゃなくてさ、大人が仕事やってて、段取りが上手くいかなくて失敗したら、自分以外の他人に迷惑がかかるだろ。金だってばかばか出て行くし、土木工事なんかだと下手すりゃ死人が出る」
だから、仕事に責任を持つ人間は、始まる前にきちんと手順を考えて、準備して、問題が起こってもわたわたしなくて済むようにしてないといけない。
カケスさんはたかが高校生の俺に、そんな事をよく話してくれる。まあ、ちょっとうざい話なのも事実だけれど。
二人で廊下の端に並んで立ったまま、俺たちは話を続けている。
「……でも、自分で選んだ仕事じゃないですよね、実行委員も、クラスの管理担当も」
渋谷さんは、プリントを挟んだルーズリーフを抱くようにして持ち、まだうつむいたまま話している。
「なのにちゃんと仕事のこと考えてる」
「うーん」
それってすごいことだったのか、と、ちょっと俺は感心した。
それが当然だと思っていたから。
というとかっこつけているみたいだな。
「確かにそうだけどさ、実行委員だって断ろうと思えば断れたんだし。それをしなかったんだから、やることはやんないとなあ」
それに、と俺は付け加えた。たぶん、これが一番本音に近い。
「誰かにいわれて動くだけなの、俺嫌いなんだよね。バイトで大人に囲まれて仕事してるとさ、学校で高校生ごときに使われるの、なんかむかつくんだわ」
そういうと、渋谷さんはびっくりしたように俺を見た。
「……そういう物の見方もあるんですね」
不思議な感想を漏らすと、渋谷さんはまたうつむいて、
「バイトしてるの、すごいですよね」
とつぶやいた。
「すごいかねえ」
単にしがらみなんかもできちゃってて、やめにくくなってるだけなんだが。