表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/52

29

 翌日、学校では様々に噂が飛び交っていてびっくりした。

 聞く話聞く話が全部違う説になっていて、たとえば、俺の怪我は綾華さんの彼氏との喧嘩でできたものだとか、俺がカケスさんを使って綾華さんの彼氏に追い込みをかけたとか、気に入らない女子を潰すためにやくざを雇ったとか、まあひどいいわれようだ。

「お前、あの噂本当か?」

「あの噂ってどの噂だよ」

 途中からうんざりしてきて、俺はまともに相手をするのをやめていた。

 俺が資材移動中の事故で怪我をした、という情報を得た連中の中には、陰謀説を採る者すらいた。

「お前、綾華さんの取り巻きに暗殺されかかったんだって?」

 話もここまで行けばいっそ面白い。

「怪我はただの事故」

 という正しい情報を聞くと、むしろつまらなさそうにしているのが微妙に腹立たしい。

 挙句の果てに、職員室にまで呼び出された。昼休みのことだ。

「佐藤、噂はどこまで事実なんだ」

 担任に訊かれて、俺はうんざりにうんざりをかけた顔で答えた。

「怪我は事故、それ以外の噂話はほぼ事実無根ですよ」

 綾華さんの彼氏との一件はもちろん伏せておく。

「一年のある女子が、お前に脅されたといって騒いでいるそうだが」

 あの馬鹿女め。

「どの女子か知りませんけれど、ただでさえ怪我で頭が痛いのに、人を脅したりするわけないですよ」

 思いっきりしらばっくれると、担任はうなずいていた。

「まあ、お前が人を脅すとか、ありえないわな」

 こういうときに日頃の素行が物をいう。

 俺は確かに不良呼ばわりされる人々と多少付き合いはあるし、喧嘩騒ぎに巻き込まれたこともあるけれど、全部受身。自分から問題行動を起こしたこともなければ、そもそも目立つこともしてこなかった。

 バイトもきちんと届けを出してしているし、勤労少年ぶりは教師も知っている。といって、バイトのせいで成績が維持できませんでした、というほど成績も悪くはない。いや、別に良くはないけれども。

 さらに、最近の文化祭実行委員の活動で、生徒指導主任からも高く評価を受けている身。

 ついでにいえば、生徒会担当のうちの担任は、生徒会会計の先輩から俺の評価を聞いているらしい。あの先輩はなぜか俺を高く評価してくれているから、それも好材料になる。

 一方で騒いでいる女は明らかに素行が悪いらしい。そりゃ想像は付くけれどね。

「だが、火の無いところに煙は立たずだ。今日のところはお前のいうところを信用するが、あまり妙な噂が立たんように身を慎め」

「そうします」

 もちろんそうするつもり。

 俺はビッグになってやるつもりもなければ、人にいえない野望があるわけでもない。小市民として細々と生きていけるならそれに越したことはないわけで。

 職員室から帰ってくるころには、噂もひと段落していた。

 俺が怪我をした場面を見ていた人たちの証言が伝わったかららしい。

 それに、担任があっさり俺を解放したところからも、どうも大した事件性はないらしいと判断されたらしかった。

 ワイドショーと同じで、事件性がないとなれば一気に興味を失って追跡しなくなるのが、物見高い連中の噂話。俺が、例の脅しネタやカケスさんのことを黙っていたから、脅された本人たち以外に目撃者もいなかったらしいあの事件は、見事なほどにニュースバリューを失った。

 由紀のこともあるかもしれない。

 休み時間になると、心配顔で由紀が俺のクラスに現れる。

 由紀と俺が付き合いだしたことはあっさりと知られるようになっていて、せっかく付き合いだしたらいきなり彼氏が大怪我(ってほどでもないれど)をするわ、しかも彼氏が無責任な噂のネタに(実は事実はもっとひどかったりもするわけだが)されるわ、悲劇のヒロイン的立場に祭り上げられてしまった。

 その由紀の前であまり物騒な噂話もできず、この地味な印象の割りによく見るとびっくりするほどの美少女でもある悲劇のヒロインの前では、そもそも俺にまつわる噂が駆け巡っていること自体が遠い出来事のようになっていた。

 意外なくらい、勝手に周囲が由紀を守ろうとしていた。

 そうさせてしまう雰囲気が、由紀にはあるのかもしれない。今までその威力を発揮する機会がなかっただけで。




 ただ、一番気になる話が、そのままになっている。

 綾華さんの「別れる」という爆弾の一件だ。

 この状況下で俺から綾華さんのところにいけるわけがない。綾華さんも俺のところには来なかったし、メールも何も来なかった。

 気にしたところで、人の恋愛に口出しする気もなければ、出せるほど恋愛経験豊富なわけでも、人生の達人なわけでもない。気にするだけ無駄。

 そんなことはわかっているけれど、昨夜のことがあっても無関係を決め込んでいられるほど大人でもない。気になるものは気になるでしょ、この場合。

「痛む?」

「はへ?」

 由紀の心配そうな声に、間の抜けた返事をしたのは、放課後。自分の教室で、宿題をやっつけていた。

 今日は文化祭の活動はなし。まだ各クラスや団体の企画はろくに上がってきていないし、書類関係は昨日でほぼやっつけてしまっている。

 宿題は明日提出のもの。世界史のレポートが2本。うちに帰ると確実にやる気を失うから、多少居残ってでも学校でやってしまった方がはかどる。

「宿題が手に付かないみたいでしたから」

「ああ……痛みはないよ。ただ、痛み止め飲んでるから、ちょっとぼーっとはするかも」

 薬を飲んでいるのは事実だけれど、もちろんそれだけでぼーっとしていたわけじゃない。

「無理しないで帰った方が良くないですか?」

 自分が痛むような顔をして、由紀は俺の顔をおずおずと見ている。視線はなかなか合わないけれど、照れて視線を外すより、心配で顔色を伺おうとする気持ちの方が勝るらしい。

 ちきしょう、かわいいなあ。

「大丈夫。どうせ帰ったってこれやんなきゃいけないんだし、一緒だよ」

「無理はしないで下さいね」

 そういうと、由紀は視線を落とした。俺がぼーっとしている間も由紀はレポートを書き進めていて、どうも俺の分までまとめようとしているらしい。

「いいよ、そんなにしなくたって」

「私ができることなんてこのくらいですから、やらせてください」

 宿題を肩代わりして俺の負担を減らす、と決意しているらしい。

 うーん、世界史もレポート書きも得意分野だから、むしろ俺のがコーチ役じゃね? などとも思ったけれど、由紀の決意に免じて、ここは黙っていることにする。頭がうまく働かないのも確かだし。

 しばらくして、俺が自分なりに1本のレポートの内容を煮詰め、レポート用紙に向かおうとしたころ、由紀がポツリとつぶやいた。

「……晃彦君、噂話、聞いちゃった……」

 俺はシャープペンを走らせていた右手を止めて、顔を上げる。

 由紀が、思い詰めたように、顔を赤くして思い切りうつむいた状態になっていた。

「どんな?」

 何を聞いたかわからなければ反応のしようもないので、まずは訊いてみる。

「……晃彦君が綾華さんの彼氏さんと、綾華さんを奪い合って殴りあったって」

「あれ、そんな噂に変化したんだ。面白いね」

 そうか、その流れの噂話が届いたわけだ、少なくとも由紀のクラスには。

「殴り合ってないよ。昨日は誰とも」

 由紀が本気で噂を信じているとは思わないけれど、綾華さんがらみで妙な噂になれば、絶対気にするだろう。俺と綾華さんの漫才を日々直接聞いていただけに。

「帰り道で説明するよ」

 と、俺は小声で告げた。こんな誰が見ているかわからない状態で、あの話はしたくない。でも、由紀には話しておきたい。

 由紀は小さくうなずいた。

 それから、肩をすくめるようして小さくなり、ぺこりと頭を下げた。

「ごめんなさい」

 ごくごく小さな声。今度は何でしょう。

 俺が黙って見ていると、由紀は顔を上げないまま、聞こえるぎりぎりの声でポツリと付け加えた。

「晃彦君のこと、疑ったみたいでしたね。最悪な女ですね」

「自虐に走らないでよ。聞いてる方がつらくなるから」

 はっとしたように由紀が顔を上げる。俺は苦笑していた。

「由紀が噂を流したわけじゃあるまいし、謝るのは無し。ね」

 俺がいうと、由紀はまたうつむいて、静かにうなずいた。

 長いストレートの髪が、由紀の動きにあわせてゆらゆらと揺れている。痛んだ様子もないきれいな髪が、蛍光灯の明かりにわずかなキューティクルを反射させているのが、やけにきれいに見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ