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 文化祭実行委員の初会合は、雨の金曜日。

 自転車通学の俺にはきつい天気で、多分帰りは日も落ちてしまって、一層みじめさに拍車がかかるだろうなって簡単に想像がつく。

 場所は生徒会室じゃ手狭だということで第2会議室。特別教室や職員室が入っている校舎。

 俺が入ると、もう席は半分くらい埋まっていて、黒板の前に並んだひな壇には、生徒会長を初めとする生徒会執行部幹部の面々。俺とは縁もゆかりも無かった人々。

 まだ会議前ということで、私語が禁止されたりしているわけではないけれど、微妙な緊張感が流れていた。なんでだろう、と思いながら、空いている席を探す。

 みんなそれぞれに隣がいなさそうな席を選んで座ったようで、両隣が空いている席は無い。仕方なく、知っていそうな人を探すと、いた。会議室に並ぶ長い机の列、その後ろから3番目に、隣のクラスの女子。

「渋谷さん、隣、いいかな」

 声をかけられた方は、びっくりしたように顔を上げた。

「あ、ああ、晃彦くん」

 俺は1年4組、渋谷由紀は3組。中学が一緒だった。

「……どうぞ」

 同じクラスになったことはないけれど、口をきいたことがないわけでもない。体育祭の時は合同のチームだったし、共通の友達もいる。

「じゃ遠慮なく」

 俺のことを名前で呼ぶのは、別に親しいからじゃない。うちの田舎には掃いて捨てるほどいる「佐藤」という苗字のおかげで、佐藤姓の人間は容赦なく名前で呼ばれる。この会議室の中にも何人か佐藤がいるはず。

 俺が座ると、渋谷さんは居心地悪そうにいすの上で身じろぎした。

 急に俺みたいなのが隣に座っちゃって、悪かったかな、と少し自己嫌悪に陥りかける。

 そこで、部屋に流れる緊張感の正体がつかめた気がした。そうか、さほど親しくもない人間がごちゃごちゃ集まっているからか。

 渋谷さんはあからさまに俺をうとましがることはなかったけれど、それでも何となく強張っているような気配が伝わってくる。かといって、別の席を探しに行くのも、今さら難しい。

 仕方無い。

 今日一日くらいは、居心地の悪さに耐えよう。渋谷さんにはいい迷惑かもだけれど。

 渋谷さんは、黒いまっすぐな髪を伸ばして、前髪は眉にかからないくらいのところでそろえている。化粧っけもなく細い銀フレームのメガネをかけている姿は、どこを切っても地味という印象。あるいは、おとなしい優等生。

 色が白くて顔立ちも整っているから、渋谷さんさえその気になれば、男子を手玉に取るくらいのことは簡単にできそうだけれど、中学時代から今まで、彼女が男子とまともに喋っている姿を見た記憶が無い。

 引っ込み思案、というやつか。

 同じおとなしい系……とは最近周囲は見てくれなくなったけれど、自分ではおとなしい系だと信じている俺も、今までそういう渋谷さんに興味が湧かなかったわけじゃない。高校に入って、中学時代よりずっときれいになったような気もしていたし。

 でも、なにしろ縁が無かった。さすがに、ちょっと口がきけたくらいで「こいつ俺に気があるんじゃねーの」とか「実は運命の(ry」とか考えられるほどめでたい性格でもない。

 机の上に並べてあるプリントの類をぺらぺらとめくりながら、何となく黙っていると、それが気まずかったのか、渋谷さんが口を開いた。

「……晃彦くんも、押し付けられたんですか?」

 よほどつまらなさそうな態度に見えたのか、そんな事をいう。俺はちょっとびっくりした。渋谷さんから話しかけてくるとは思っていなかったから。

「うん。そういうってことは、渋谷さんも?」

 行儀悪くズボンのポケットに突っ込んでいた左手を出して、座り直しながら聞くと、渋谷さんは髪を揺らしながらこくりとうなずいた。

「帰宅部だから放課後は暇だろうってさ。いい迷惑だ」

「そうですか」

「渋谷さんも帰宅部だっけ」

「はい」

 そう、敬語が彼女の癖だった。

「まあ、どうせ言われたことやってりゃいいんだろうから、適当にサボって気楽にやろうかなって思ってるけどさ」

「はい」

 自分から話を振った割りに、受け答えは短い。その上声も小さい。そもそも俺を見てない。

 隣に座られてうっとうしいのかな、ならシカトしてくれてた方が気楽なんだけどな、なんて思ったり。

 俺が黙ったら、渋谷さんも口を閉じた。

 二人してプリントを見ながらじっと時間が過ぎるのを待っている。

 なんだか気が重い。



 定刻になった頃、会議室はほぼ満員。人数分の席しか準備していないらしい。

 俺の右隣は渋谷さん、通路を挟んで左隣は空席。

 そろそろかな、という感じで、ひな壇の生徒会長たちが動きかけたとき、その左隣の席に遅刻寸前のタイミングで人が現れた。

 何となくそっちに視線を移す。

 うつむき加減で動いた視線の先に、まず短いスカートの下に伸びる白くて細い足が飛び込んできた。

 ちょっと驚きながら、目は上へ。

 指定の制服では絶対にないグレーのポロシャツ、その上にノースリーブのパーカーを羽織ったその姿は、俺とは別世界の人種。ギャル系。ブレスが光る手首と指輪が、住む世界の違いを見せつけている。

 人をじろじろ見る趣味はないから、俺はそこで視線を外した。

 それに、それが誰だか、顔を見なくてもわかった。校内では有名な人だ。

 2年の永野綾華さん。

 美形で、派手で、社会人の彼氏もちで、友人関係も華麗で、度々教師と衝突しつつ、それでも成績だけは落とさないから学校側もあまり強くいえない、という無敵な人。

 ここまで世界が違うと、たとえば俺みたいな一般大衆の男子は、憧れの感情すら持たない。異次元の人。遠くから鑑賞することはあっても、同じ空気を吸っている人間という実感は持てない。

 当然、口を聞いた事もなければ、そもそも声を聞いた記憶が無い。

 だいたい、見なくても、ろくに知らないはずの俺ですら雰囲気でわかってしまうこの存在感。

 スターとかカリスマとかいうのって、こういう人のことをいうんだろうな。



 生徒会長を初めとする面々、あまり気合が入っていない感じ。

 文化祭が、事実上最後の仕事になる今期の執行部のはずだけれど、学校行事が盛んなのに、生徒会は活気が足りないというのが俺の実感。

 生徒会の顧問をしているわが担任も、いつだったか嘆いていた。

「自分たちの生徒会なのに、どうしてこうやる気がないかねえ」

 んなこと1年の俺たちにいわれても、とその時は思った。生徒会役員を出していない1年生じゃ、がんばりようがない。

 文化祭の仕事はプリントの中にあるチェックシートやタイムテーブルで把握できるから、この会合はここに来た時点で終わっているようなもの。だらだら説明をしている執行部の面々をぼんやり見ていてもつまらない。

 むしろ、この人たちのやる気の無さと、それでも運営できている生徒会について考える方が面白かった。

 そんな事でも考えていないと、隣にいる渋谷さんが、やっぱり俺なんかが横にいたら居心地悪いだろうなあ、とか、逆隣にいる永野先輩はやっぱ俺の事なんか虫けらくらいにしか見えてないんだろうなあ、とか、鬱になることしか頭に浮かんでこない。

 まず、この会議の無駄さ。

 なにしろ、配付したプリントを執行部の面々が順に読み上げていくだけ。特別なコメントが入るわけでもなく、声も小さくて後ろにいるとよく聞こえない。

 集まっている人数は、一学年8クラス、全学年で24クラスからクラス委員二人のうちどちらかと文化祭実行委員一人の二人ずつ、計48人プラス執行部10人ほど、といいたいところだけれど、うちのクラスはクラス委員二人がどちらも手が離せなかったということで俺だけ出席、そういうクラスがいくつかあって、でも総勢50人くらい。

 これだけの人数を集めておいて、なんでこんな会議なんだろう。誰かが意見をいうわけでもなく、時々ひそひそと私語が目立つくらいで、異様な盛り下がりぶりを見せる場内。

 最後列に近い席から見回すと、誰もが、自分が文化祭を背負って行くんだという覚悟を担った背中じゃない。どう見てもお客様。

 バイト先で、たとえばカケスさんたちが見せてくれる、自分が仕事をするんだという責任感を漂わせた背中とは、比べものにならない。そりゃ社会人と高校生を比べちゃいかんだろうにしても。

 俺もやる気なんかかけらもない。それにしたって、中心になるべき執行部まであの覇気の無さってのは、やばいんじゃなかろうか。



 なんて思っていたら、両隣で同時にため息がもれた。右の渋谷さんはひっそりと、左の永野先輩はわざとらしいほど大きく。

 大きいため息に引っ張られて、左に注意を向けてみると、永野先輩は、貧乏揺すりこそしないものの、この退屈な会議に明らかにいらだっている。

 まさか爆発はしないだろうけど、ちと怖い。同じ机で並んでいる逆隣の人、ご愁傷様。通路を挟んでいる、この偶然に感謝。

 それから右に注意を向けてみると、渋谷さんは頬杖をついてタイムテーブルのプリントに落書きをしている。何を書いているのかと目だけを動かしてのぞいてみると、視力2.0の俺の目に、やけに上手いアンパンマン。その隣に食パンマンがあるということは、そっちを先に描いていたということか。

 落書きに選ぶ題材が微妙なら、描く順番も微妙、しかもあの尋常じゃない技術。


 なんて恐ろしい子……!

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