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 なにをやってるんでしょうか、わたくしは。

 昼下がりの街を、なぜか他人の荷物を持って歩いている自分がいた。

 下北沢の決して広くない道を、人の波をぬうようにして歩いたり、狭い店内であちこち引っかかりながら移動したり、二時間もうろうろしていると、日頃そんなことは絶対にしない人間だけに、その疲労度は学校に行っている平日の比じゃ無い。

 そもそも買い物にわざわざ都内に出てくるって発想が無いもんな。しかも下北沢。

「なに疲れてんの? まだ一日は始まったばっかりじゃん」

 能天気な声を出して俺の背中をバシバシ叩いている人がいる。

「あなたは俺をうんざりさせる名人ですね」

「はあ? こんな美少女とデートできるのに、うんざりとかいっちゃえるわけ?」

「いくらでもいいますよ、俺は」

 綾華さんに決まっている。

 ため息混じり、というよりため息九割の声で俺がいうと、久々の買い物だという綾華さんは、ため息の成分ゼロの声で応じる。

「あーあー、聞こえなーい」

 実に楽しそうだ、俺をいじめているときのこの人は。




 どうしてこの人と歩いているのか。

 元凶はもちろん、早朝の電話。

『あれ? あんたなんで起きてんの?』

「……じゃあ寝ますから、ごきげんよう」

『こらこらこらこら、せっかくかけてんのに、いきなり切るんじゃない』

「あのですね、綾華さん、たまたま起きてましたけどね、寝てて運悪くあなたの電話だと気付いたとして」

『うん』

「出なかったら明日からのいじめが倍増するわけですよね?」

『人聞きがわるいなあ、いじめてないよ、かわいがってあげてるんじゃないか』

「あ、すっげーニヤニヤしてるのが見えるっ」

『なんだよ、見てんのかよ、どこいんだてめっ』

「お約束のボケ、ありがとうございます」

『いえいえ、どういたしまして。ってか、突っ込んでからいえよ、そういうの』

 朝からどうしてこうハイテンションなんだ、この人は。

 って、俺もか。

 なんとなく似たような流れをついさっきも体験したような気がしつつも、会話を続ける。

「で、わざわざかわいげのない後輩に、こんな朝もはよから何のご用でしょうか」

『んー、べつに用はないんだけどさー。アキちゃんがきっとあたしの声を聞きたがっているだろうと……』

 ぷち。

 五秒後に再度着信。

『こら! 切るな!』

「普通バイトがない休日なら完全に寝てる時間なんです。最低限のマナーでしょう。綾華さんはその辺に落ちてるバカな女子高生じゃないんだから、そのくらいわかるでしょう」

 実際、けっこう頭に来ていた。

 ギャグ交じりに会話に付き合っていても、それはそれで良かったんだけれど、綾華さんの俺に対する我がままっぷりがどんどん加速していて、その声音が一瞬で俺の怒りに火をつけてしまった。

 俺の声が異様に冷たかったのか、綾華さんともあろう人が、言葉をつまらせた。

『……ご……ごめん、悪かったよ』

 なんとなくこっちまでばつが悪くなる。いきなり素直に謝るなよ。

「こちらこそ、生意気いってすいませんでした」

『うーん……両成敗ってことで』

「はい、いってこいで」

『チャラね』

 すぐに声が明るくなる。

 由紀の後にこの人と話していると、その切り替えの速さと明るさに、救われる様な気持ちがする。

「で、朝から暇つぶしのお電話ですか?」

『ううん、暇つぶしはこれから』

「はい?」

『今日ね、買い物行く約束してたんだけどさ、相手の都合で昨日の夜に消えちゃったのね』

「俺に付き合え、と」

『うん。話が早くて助かるわ』

「んじゃ素早く却下で」

『えー、ちょっとは考えよーよー』

「たまの完全オフなんですからね、ひたすらだらだら過ごしたいわけですよ」

『いかんよ、若いもんがそんな怠惰なことでは』

「どこのオジサンですか。綾華さんなら声かけりゃなんぼでも買い物友達なんて捕まるでしょうに」

『ところがそうでもないのよ。みんな彼氏持ちでさ』

「それこそ彼氏さんと行ったらいいじゃないですか」

『その彼氏に約束破られたの』

「……彼氏の代わりに俺ってのはどうなんでしょう」

『あたしは気にしないよ?』

「俺は気にしますよ。たぶん彼氏さんも」

『あー、それは大丈夫。あたしがいわなきゃいいだけの話だし』

「いやだから俺が……」

『うん、知ったこっちゃないし』

 この女。

「っていうか、彼氏いないっていってた人がいたじゃないですか、金曜日に話しにいった時」

『いたっけ?』

「そこそこ、都合よくすっとぼけないように」

『気のせいだよ。アキちゃん、その年でもう記憶障害?』

「どこまでもすっとぼける気ですね」

『行くとこまで行くよ、今朝のあたしは』

「勝手に行っちゃって下さって結構ですけどね、お見送りはしますから」

『どうしてそう可愛げが無いかねえ、きみは』

「生まれつきです」

 正直、バカ話が楽しくなってきている。あんなに別世界の人間だと思って敬遠していたのが嘘の様に。

『でね、下北沢に行くからね、往復の運賃くらいは準備しといてね』

「人の話、聞いてます?」

『フルユニクロでもおかんファッションでもいいから、一応隠すものは隠してきてよ』

「本当に聞く気がないんですね」

『でもリュックはやめてよね、あれすげー迷惑だから』

「あーもー本当に聞く気ねーよこの人」

『あんま早いと店空いてないけど、これから出る準備したり、着いてからちょっとお茶してたらすぐお昼近くになっちゃうでしょ』

「ハイハイソウデスネー」

『ってことだからよろしく。準備できたらメールしてね。多分駅集合にすると思うけど』

「拒否権無しですか」

『まさかそんなものが存在するとでも?』

「……かけらでも思っていた俺が馬鹿でしたよ」

『やーいやーいばーかばーか』

「それじゃまた月曜、お仕事で会いましょう」

『あーあー、待った待った、ごめんってば、一緒に行こうよー、楽しいよー?』

 リズムよくぽんぽんと進む会話のテンポと、電話の向こうでくるくると変わる声の表情の豊かさに、俺は思わず笑ってしまった。

 笑った時点で俺の負け。

『あ、笑ったね?』

「はい、笑いました」

『負けは認める?』

「はいはい、認めますよ」

『じゃあ準備とメールよろしくね?』

「わかりました。適当に隠すもの隠して行きますよ」

『多少は気合入れてきなよ? この超美少女と一緒に歩くっての忘れんなよ?』

「自分でそこまでいえる性格の持ち主と歩くってことは忘れられませんね」

『うーん、これがまた客観的事実ってやつだからなー』

「そこまでいえりゃ、もう大したもんですよ。呆れてものもいえない」

『んじゃ黙って集合場所おいで。その大した女とデートできる超絶素晴らしい権利を君に与えてあげよう』

「へーへー、ありがたく承りましょう」

『ぜんっぜんありがたくなさそうだよね』

「とんでもない、この上ない名誉に体が震える思いですよ」

『よろしい。お昼割り勘にする気でいたけど、全額あんたのおごりにしてあげる』

「……聞き捨てならないセリフが聞こえたわけですが」

『まーまー、とにかく準備しなさいって。んじゃあたしも準備すっから。よろしくねーん』



 そして今に至るわけ。

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