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 俺が相当怒っていると思ったらしい。

『ごめ……なさい……』

 聞き取れないほど小さな声で、由紀は電話越しにいきなり謝っていた。

「あやまらなくていいよ、おどかしちゃってごめんな」

 家に着く前、だから七時にはまだまだ遠い時間にかかってきた電話は、そうして始まった。

「今起きたところ?」

『……はい、メール見て、びっくりして、すぐかけました』

 電話の向こうでは正座してるんじゃなかろうか。想像力のたくましい方ではないと思うんだが、ありありとその光景が目の前に浮かぶ気がした。

「早起きだね。いつも休みの日でもこんなに早いの?」

『今朝はちょっと早く起きなきゃいけなくて……いつもはこんなに早くはないです』

「そうなんだ。俺もありえないくらい早く起きちゃって。ありえないくらい早く寝たからだけど」

『……ごめんなさい』

「何で謝るんだよ」

 失笑してしまった。

 笑い声が伝わって、少し向こうの気配も柔らかくなった気がする。

『なんとなく、です』

「敬語もなんとなく?」

『はい』

 だだでさえ声が小さい方なのに、携帯を通すと外の雑音が逆の耳から入ってくるから、かなり聞き取りにくい。この「はい」という返事も、ぎりぎりで耳が捉えた音。

 この調子で会話していたら、聞き取るだけで疲れ果ててしまうから、俺はさっさと本題に入ることにした。もっと大きな声で、と要求するのは、もう少し由紀が俺に慣れてからでもいい気がする。

「じゃあ、かけてもらってる電話で長く話してもなんだから、用件に入るね」

 わずかにゆるみかけた由紀の雰囲気が、携帯越しにも固くなったのがわかる。

「あんまり緊張しないで聞いてね、怒ってるわけじゃないんだから」

『……はい』

「その前に、脚、崩そうか。正座してるんでしょ」

 ちょっとカマをかけてみると、由紀が息を呑んだのがわかった。

『どうしてわかったんですか? 近くにいるんですか?』

「まさか。自分ちのすぐ前だよ。なんとなくそんな気がしただけ」

 由紀が自分の部屋でおどおどと窓の外をうかがっている様子が目に見えるようで、俺はまた失笑してしまう。

「意外にわかりやすい子だね、謎めいた美少女ってことになってるはずなんだけど」

『……からかわないで下さい、用件ってなんですか』

 ちょっと怒ったらしい。それもかわいい。

 なんて考えていると本気で怒らせそうなので、慌てて軌道修正した。

「用件っていうか、昨日のメール、見てびっくりしたからさ。俺が思ったこと、早く伝えておこうと思って」

『……はい』

 由紀の声がさらに細くなる。

「とりあえず誤解しないで欲しいのはさ。俺、由紀からメールが来たら嬉しいよ。迷惑なんて思わないよ。あんま自虐暴走しないでよ」

『……迷惑じゃないんですか? ちょっと仕事が一緒になったくらいで告白してくる気持ち悪い女ですよ?』

「気持ち悪いって思ってたら、あの日その場で断ってるよ」

『……』

 由紀、沈黙。ごくわずかに息遣いが伝わってくるけれど、気のせいかもしれない。携帯のノイズかもしれない。

「由紀がすごい勇気出して、告白してくれてさ、すごく嬉しかったんだよ。誰かに好きになってもらえるなんて、考えたことも無かったから。その相手が由紀みたいな子でよかった」

 なんかクサイこといいはじめたぞ、俺。

「だからさ、勝手に終わらせるなよ。俺、まだ答えもいってないじゃんか。友達にもならなくていい、みたいな寂しい事いうなよ。そりゃ、俺は由紀に嫌われてるもんだと思ってたから、今までは距離あり過ぎたかもしれないけどさ、好きっていってもらえて、すごく嬉しかったんだ、本当に」

 いっているうちにマジになってきた。字面だとすらすらいっているように見えるかもだけれど、口調はそれほど流暢じゃなかったはず。

「この先は」

 と、俺は一息入れてから、いった。

「直接会ってからいいたいんだ。だから……今日、会えないかな」

 やっとのことで、俺は喉から言葉を絞り出した。

 なにげに緊張していたらしい。携帯を持つ手が震えかかっていて、口が渇いている。

 少し沈黙。

 携帯の向こうで、由紀が息を詰めている。

 それから、押し殺したような息が漏れて、泣きそうな声がそれに続いた。

『……ごめんなさい』

 視界が暗転したような気がした。

 俺、振られている瞬間か?

 頭が一気に沸騰しそうになる。朝の低血圧はどこかに吹き飛び、全身が熱くなっている。

 続く由紀の言葉は、俺の乏しい想像力を超えていた。

『……今日は会えないんです……すごく会いたいけど……これから出かけるの、親戚の結婚式があって、家族みんなで出席しなきゃいけなくて』

「あ……ああ、そう、なんだ、そりゃ無理だよな、ごめん」

『……ごめんなさい、先にいっておけばよかったんですけど』

 由紀の声が本当に涙声になりかけていた。

「祝い事じゃしょうがないよ、目一杯お祝いしてきてよ」

 へららへらと笑いつつ、俺は血がスーッと下がって行くのを感じていた。ほっとしたような、裏切られたような、なんか混乱した不思議な気分。




 で、うちに帰って、起きていた親父に「何してきたの」と問われ、「人生勉強」と答えて不可解な顔をされつつ、俺はリビングの椅子にへたりこんだ。

 もう一日分の精気を使い果たしたような気がしていた。

 すげー空回り。あほみてー。

 気が抜けて、体の力も抜けて、だらっとしていた。

 だから、不意打ちのバイブで心臓が本気でどうにかなるくらい驚いた。

 着信あり。

 あわててポケットから携帯を出して、画面を見る。

『永野綾華』

 は?

 考える余裕もなく、キーを押して耳に当てる。

「はい、佐藤です」

『あれ? あんたなんで起きてんの?』

 朝っぱらからけんか売ってるのか、この人は。

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