第7話 姫百合咲夜
神聖な空間。
幻想的な雰囲気を携えて、彼女はそこにいた。
手を胸の前で組み祈りを捧げているのだろう。後姿からしか見ていないので、想像しかできない。
扉を開けた時、それなりの音がしたと思ったんだけどな……。
姫百合咲夜であろう彼女は一向にこちらに気付く素振りを見せず、黙々と祈りを捧げている。
……それにしても、まいった。
ここまで見回ってきた感想として、この学園のセキュリティは文句の付けようが無いくらい高いことはよく分かった。何か邪な思いを抱いて侵入しようにも、容易にはいかないだろう。だが、やはり護衛する立場としては、護衛対象者には校内とはいえ外を1人で出歩いて欲しくは無い。それもこんな夜更けに、だ。
校外でこんなことしてたら、間違いなく誘拐されている。恰好の的だ。ただでさえお嬢様という身分に加え、姉といいこの妹といい綺麗な顔立ちをしているのだから。
「どうしたもんだろうな」
祈り自体を否定する気はない。
俺自身宗教に思い入れはないが、他人の信仰を邪魔する気も無い(咲夜が信仰者なのかまだはっきりとはしていないわけだが)。
見つからぬよう出ていこうかと思ったが、止めた。
最低でも、どのくらいの頻度で寮を抜け出しているかは聞き出しておく必要がある。場合によっては、それも含めた上での見回りスケジュールを組んでいた方がいい。
転移魔法を使えば、ここの敷地程度ならどんな場所でも時間を掛けずに駆けつけられるが、残念ながら俺に千里眼のような離れた場所を透視する能力はない。従って、移動手段があったとしても感知能力がなければ意味を成さない。
理想を言えば、ある程度親密になり危機的状況に陥ったら迷わず助けを求めてくれる立場になるのがベスト。
だが、それは難しいだろう。なにせ泰造氏の話では護衛を付けたがらないとのことだ。「俺はお前の護衛だから、何かあったら直ぐ言ってくれ」とでも言えれば楽なのだが、それでは本末転倒となる。間違ってもヘソを曲げられるのはまずい。護衛だということがバレて任務未達成のままこの学園を追い出されようものなら、泰造氏に社会的に抹消され師匠に物理的に抹殺されるかもしれない。
特に後者は本当にやりかねないからこそなお性質が悪い。
そんなところまで考えが至り、無意識のうちにぶるりと体を震わせたところで、ようやくお目当ての人物は祭壇の手前から立ち上がった。
そのままUターン。つまり俺が座っている最後部の椅子がある、出入り口へと向かって歩き出した。
とぼとぼと。
……あまり元気が無さそうに見える。月明かりでのみ光を得ているこの空間で、相手の表情を見分けるのは難しいが、少なくともポジティブな顔には見えない。
顔を俯かせ何か思いつめたような雰囲気を携えながら歩いてくる姿を見ると、あまり良い状態とは言えなさそうだった。こんな時間に祈りに来てるのだから気持ちが明るいはずもない、か? 毎日の恒例の祈りとかなら話は別だろうけど。
姫百合咲夜は俺にまったく気付く素振りも見せずにこちらへと向かって来る。このまま何もしなければ、それこそ俺なんて一瞥もせずに出て行きそうだった。
……陰ながら見守るってのが多分正しいんだろう。
が、せっかく待ったんだ。
声くらいは掛けてみるか。
「こんばんは。随分と熱心に祈りを捧げていたようだね」
「……? ひっ!?」
話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
俺の声には直ぐに反応したが、それを認識するのには多少の時間を要したようだ。焦点の合わぬ目線で俺を捉え、1秒ほど固まった後、驚いたように小さな悲鳴を上げた。
「すまん、驚かせるつもりじゃなかったんだが」
ひっ、て……。俺の目つきはそこまで悪いのだろうか。ちょっとばかりショックを受けつつ、少し優しめの声で話しかけてやる。
「あ、え……えと。こ、こんばんは?」
それで平静を取り戻せたのか律儀にも挨拶をしてくる。
「ああ、こんばんはだな。夜もかなり更けているが……、こんな時間まで随分と熱心なんだな」
「え? あ、いえ……そういうわけではないのですが」
俺の言葉に控えめに首を振ってくる。どうやら信仰者というわけではなさそうだ。
「あ……。もしかして結構お待ちになりましたか? も、申し訳ございません。直ぐに出て行きますのでっ」
突然あわあわしたと思ったら、こんなことを言ってきた。なるほど。傍から見れば順番待ちしてたようにも見えるわけか。
「いや、必要ないよ」
とりあえずそういった目的でここに来たわけではないということを伝えておく。その言葉に姫百合咲夜の焦った表情が消えた。
「そうなんですか? 良かったです。私、結構ここにいてしまったみたいなので」
文字通りほっと胸を撫で下ろしている。
「それでは、こちらへはどうして?」
首を傾げながら聞いてくる。
その疑問は当然か。
「今日、2年に新しく転校生が入ってきたの知ってる?」
「はい、存じておりますが」
やはり噂の転校生は只者ではない。学年が違えど話題性は変わらずだった。
「それ、俺なんだ。今日はバタバタしてて学園うまく回れなくてさ。それで今いろいろと見て回ってたというわけ」
「ああ、貴方があの……。お姉さまが話しておりました。お席が隣になった、と」
「情報が早いな」
「はい。お昼休みにはもう知ってましたから」
少し得意そうに言う。確かに姫百合可憐から直接与えられる情報なら、誰よりも早いだろう。
「お姉さまがご迷惑をお掛けしていませんか?」
「まさか、むしろ迷惑を掛けたのは俺の方だ。なにせ1限目の授業から遅刻、教科書も開かずぼんやりしてたところで教師に目を付けられてね。君の姉さんがいなければ、初日から廊下に立たされるところだったくらいだ」
「うふふ……。それは聞いてませんでした」
口を手で隠しながら笑う。仕草が完璧にお嬢様のそれだった。
「面白い方ですね。あ、えと……」
「聖夜だ。中条聖夜」
名前を聞こうとしたのであろうことは、雰囲気で分かった。あまり自分から聞ける性格ではなさそうだったので、自発的に答えておく。
「中条様ですね」
「様は止めてくれ。流石に恥ずかしい」
「では、……中条せんぱいで」
「ああ、そうしてくれ」
で? と顔で促しておく。
「あ……。え、えと……」
あれ、別に難しい返しをしたつもりはなかったんだが。こちらが名乗ったのだから、直ぐに向こうも返してくると思ったのに。
なぜか悲しそうな顔をして目を逸らしてしまった。
「あの……」
「ん」
何が頭を巡っているかは分からないが、ひとまず待つことにする。
「……私、その……。姫百合咲夜って言います」
知ってますけどね。だから声を掛けたんだし。
「姫百合、咲夜……ね。いい名前じゃないか」
そう言ってやると、目の前の少女は驚いたという顔をして俺を見つめてきた。
……無難な返しをしたはずなんですが。地雷だったのだろうか。
「け、敬語で……しゃべらないのですね」
「……は? だって君、俺より年下だろ?」
何だ、敬語を使えっていう遠回しな命令か?
「話して欲しいってんならそうするけど」
「あ!! いえ、しなくて結構ですっ!!」
「うおっ!?」
急に前のめりに叫ばれて思わず後ずさる。
「あ!? その、ご、ごめんなさいっ」
我に返ったのか、姫百合咲夜は顔を真っ赤にさせながら一歩引いた。何とも言えない微妙な空気が俺たちを包む。
「あー、えー。じゃ、じゃあとりあえずこの喋り方でいいんだな?」
「は、はい……。お願いします」
顔を真っ赤にさせたまま、かくかくと頷いた。
「えーと」
さて、じゃあこの子のことは何て呼べばいいんだ?
首を傾げようとしたところで、姫百合咲夜はその空気を察したのかおずおずと進言してきた。
「あの……苗字ではお姉さまと被ってしまいますし……。その、咲夜、と」
「いいのか?」
「はい」
「じゃ、咲夜で」
「は、はいっ。よろしくお願いしますっ!!」
咲夜は嬉しそうにがばっと頭を下げた。
☆
とりあえず「夜も更けているし1人で帰るのは危ない」などという言い訳をし、咲夜と一緒に教会を出た。
……何となくナンパの決まり文句のような気もしたが、仕方が無い。咲夜自身が嬉しそうに承諾したので良しとする。
噴水の近くまで来た辺りで一度振り返る。そこには教会の横から延びる、廃れた階段があった。先ほど後から行こうと保留にしていた場所だ。
今はもうそれより大事な要件ができたし、あの先はまた今度でいいか。
「どうかされたんですか?」
横からひょっこり顔を出し、咲夜が俺の見ていた方へと目を向ける。
「ん? いや、あの階段の先には何があるんだろうなって」
別に隠すことでもないので素直にそう告げる。むしろ、咲夜が知っていることを期待した返しだった。
「ああ、あの先には生徒会館があるそうですよ」
……ちゃんと答えてくれたのにも拘わらず、いくつか聞きたいことができた。
「生徒会館? 室じゃなくて?」
「はい。この学園の生徒会は校内の一室に構えているのではなく、一軒分まるまる使っているそうなのです」
「それはまた凄い集団だな」
……主に金銭面で。
「はい、私なんかが戦ったらたぶん直ぐにやられちゃうと思います」
「……ほう」
館を丸ごと牛耳る生徒会っていうから、ただの金持ちの集まりかと想像したのだが勘違いだったようだ。
……咲夜のこの性格からすると、相手を立てまくっているという線も捨てきれないが。
「で? その『あるそうです』っていうのはどういうことだ? 行ったことないのか」
「はい。その館を拝見したことはありません」
「何で? あの廃れたハイキングコースみたいな階段に人除けの結界でも張られてるのか?」
「ぷっ……ふふふ。す、すみません」
思わず漏らした笑い声を抑えながら、咲夜が謝ってくる。別にウケを狙ったつもりはなかったんだが。
気にするなと手振りで伝え、先を促す。
「張られてはないと思います。ただ行ったことがないだけで」
確かに、山頂にある館など何か用事でもなければ足も向かないか。
「何と言いますか。……近寄りがたいじゃないですか」
ああ、そっちか。
「生徒会の方々は皆、独特の雰囲気を纏われておりますし。私なんかが話せるはずもなくて……」
「その独特な雰囲気っていうのは分からないが、咲夜もお姉さんも魔法凄いんだろ? 勧誘とかなかったのか?」
「まさか」
咲夜はぶんぶんと首を振る。
「……私たち姉妹にこうやって話しかけてくれる方なんて、いませんでしたから」
「は?」
「い、いいえ! 何でもありません!! さあ、行きましょう!!」
話はこれで終わりとばかりに、咲夜が俺の手を引いて歩き出す。
……話しかけてくる奴がいないって。
その言葉で、姫百合可憐の昼休みの行動を思い出す。
そりゃあ、あんな感じで壁を作っていれば誰も話しかけられないだろうよ。
☆
結局。
そのまま会話することなく寮へと戻って来てしまった。それも随分と早歩きで。
「平気か?」
「は、はい……。はー……はー」
そう答えつつも、咲夜は肩で息をしている。俺の足が速くてついてくるのが大変だったからこうなったわけではない。咲夜が俺を先導しひたすらに早歩きをし続けたからだ。
「だ、大丈夫……です」
ふーっと息を吐き俺に向き直る。
「す、すみません。いきなり掴んで……歩き出したりして」
「いや、もともとここへ帰ってくる予定だったんだし、俺は構わないんだが」
「そ、そうですか……それなら、……あっ!!」
「何だ? その嫌な感じの『あ』っていうのは」
こういう時の『あ』ほど碌なものは無い。
「い、いえ……その……」
咲夜がちらりと寮の正面玄関の方へと目を向ける。……別に誰もいないな。
ああ。そういうことか。
時計を見てみる。既に23時を回っていた。寮の門限時間は知らないが、間違いなく過ぎているであろうことだけは断言できる。
俺は身体強化魔法や転移魔法を使えば直ぐにベランダなり室内なりへ入れるし、咲夜さえ自室に帰ってくれれば問題無いのだが。
「あ、あの……じ、実は」
「女子限定の抜け道でもあるのか?」
「え? あ、いえ、そうではなく」
俺の予想外の返しに一瞬呆気にとられたようだが、直ぐに持ち直す。
「わ、私……。こういうことよくあって…。門限前に寮は出るんですけど、門限までに戻って来ないことが。ええと……だから、その。つまりですね」
……皆まで言わずとも分かってしまった。
「よく、寮監督の方には怒られてて……。け、けどっ!!」
ずいっと身を乗り出して声を上げる。
「中条せんぱいは平気だと思いますっ!! ま、まだ来たばかりで、門限なんて知らなかったですよねっ!?」
「……まあ、聞かされてはなかったけど」
予想はしてたけどな。
「じゃあ、平気です! わ、私が事情を説明しますからっ!!」
それだけ告げて勇み足で寮の入り口へと突き進む。
……って。
「待て待て待て」
早々に謝りに行こうとする咲夜の腕を掴んで止める。
「きゃっ」
「あ、すまん」
咲夜のその声に条件反射のように口から謝罪が出る。あまり強く掴んだつもりはなかったんだけど。
「いえ、平気です。それで、何でしょうか?」
咲夜は「早く行かないと、どんどん時間過ぎちゃいますよ?」という顔をして、首を傾げてくる。
「謝りに行く必要は、ない」
そう言って、俺は携帯電話を取り出した。
☆
お目当ての人物に連絡を取り移動を開始する。
確か俺の隣の部屋って言ってたな。だとしたらこの辺りか。外からだと建物内部の位置取りが分かりづらいな。しかも夜で見えにくい。
「中条せんぱい?」
急に進路を変えられ、戸惑いながらも咲夜はちゃんとついてくる。
なるほど。
泰造氏が不安がるのも無理はないな。こんな純粋な子、1人にしてちゃダメだろ。今だって真っ暗な中、今日初めて出会った男に従い人目につかない場所まで来てるんだぞ。
俺がその気なら、ここで咲夜はアウトってことだ。
「……確かこの辺りだと思うんだが」
その呟きを見計らったかのようなタイミングで、頭上の扉の1つが開いた。
ビンゴ。
「咲夜」
ちょいちょいっと手招きする。頭に「?」マークを浮かべながらも、咲夜はててっと近づいてきた。
「声出すなよ」
「え?」
あ、このやりとりは犯罪っぽかったな。
そんなアホなことを考えつつ、俺は咲夜を抱き寄せて身体強化魔法を発動させた。魔力を纏った足で地面を蹴り上げる。
「っ!? わわわわっ!?」
咲夜の驚きの声を耳にしながら宙へと舞い上がり、4階のベランダの柵に足を掛けた。ゆっくりと咲夜の体から離れる。
「到着っと。咲夜、平気か?」
「ぽー……」
「咲夜?」
ひらひらと手を振ってみる。
「は、はい!? 平気ですっ!!」
過剰な反応を示した。逆に不安に駆られるが、とりあえずは反応が返ってきただけよしとする。俺はその場で靴を脱ぎ、窓に手を掛けて部屋の中へと入った。
「悪いな。こんな真夜中に」
この部屋の主に声をかける。そこには、訳が分からないという顔をしたイケメン・修平が、携帯電話を片手に持ったままで固まっていた。
「……何してんの? お前」
その疑問はもっともだと思う。
「……なにおもむろに携帯電話のボタンをプッシュしようとしてるわけ?」
「いや、警察に通報しようかと」
「待て待て待て待て!!」
まだ魔力が足に残っているのを確認して、瞬時に修平の元へと移動する。携帯電話を取り上げた。
「……やっぱやるな。お前」
「あん?」
「花園のお嬢さんとの試合でもそうだが、身体強化魔法に関しては、既にこの学園でトップクラスだよ」
「……ああ」
そういうことね。
そういや魔法模擬実践で気絶したせいで、あの試合に対するクラスメイトのリアクション、まだ知らなかったわ。
「で。通報して欲しくなきゃ、説明してくれるんだろうな?」
「何をだ?」
俺の返しが面白かったのか修平は苦笑を漏らしながら窓の方へと目を向けた。
「真夜中・男と女・2人っきり。スリーアウトだな」
げ。
「しかも女の方は頬を赤らめてるときた。フォーアウトじゃないか?」
「それってツーアウトの状態でゲッツー喰らった時のような感じか?」
「誤魔化すなよ。やるじゃないか。転校生活初日から逢引きなんざ、普通できない」
「してねーよ!!」
「ははは。姫百合の妹さんの方だな。入って来なよ。いつまでもそこにいるわけにはいかないだろう」
「……あ。はい」
修平からの声掛けに頷き、咲夜も靴を脱いで上がってくる。
「ま、詳しいことは聞かんさ。うっかり口が滑って、将人やとおるに話しちまうかもしれないが、それだけだ」
「十分アウトだよ、それ!!」
ゲームセットじゃねーか!!
「いーから、とっとと出てけ。あまり叫ぶと近所迷惑だし、姫百合の妹さんだって早く女子棟に帰らなきゃヤバいんじゃないか?」
「そ、そうだな。行こう、咲夜」
「え? あ、はい」
修平の部屋を横切り玄関の扉へと手を伸ばす。
「ありがとな、助かったよ。修平」
あのままじゃ素直に怒られるか転移魔法しか方法が無かったからな。俺1人なら、ベランダまで身体強化魔法で移動して、窓越しに転移魔法で俺の部屋へ侵入できたんだが、咲夜がいるとなると話は変わる。次回から外出するときは部屋の窓の鍵を開けておくべきか?
……さっき防犯対策は個人に任せるって自分で言ったばかりじゃねーか。鍵の開けっ放しは駄目だろう。
「気にすんな。ま、明日の昼飯でも期待してるさ」
つまり奢れってことね。
……俺、言葉通りの無一文だけどな。
☆
周囲の気配に気を配りながら、男子棟を歩き下へ下へ。慎重に歩を進めるとはいえ、たいした距離ではない。ものの数分で共用のロビーへと到着した。
「ここまでくれば、もう平気だろ」
「……はい」
ちらりと咲夜の方を見てみる。まだ顔は赤いままだ。それにさっきから反応が悪い。
「平気か?」
頭とか打っては無いはずだが。
「あ、へ、平気です」
「そうか」
一晩寝れば治るだろう。風邪とかでもなさそうだしな。
「じゃあな、お休み」
ここまで来ればもう問題はないだろう。そう思い、咲夜に背を向けて歩き出す。
「あ、あのっ!!」
「ん?」
呼び止められ、足を止める。
見れば、咲夜は俯いたまま手をモジモジとさせていた。何度か口を開くが、直ぐに閉じる。
……何だ、そんな言いにくいことなのか? 俺が訝しげな視線で見つめているのを感じたのだろう。咲夜は口を一度閉じると、目をぎゅっと瞑りこう言った。
「また、会えますか?」
その問いに、思わず苦笑する。
いったい何を言われるかと思えば。
「俺たちはここでどんな別れ方をするんだ? 同じ学園のただの1年とただの2年だ。学園生活を送ってれば、またどこかで会うさ」
当たり前のように答えた俺の言葉に、咲夜がにっこりと笑う。
「はいっ! 中条せんぱい、それではまた!!」
そう言って、女子棟の扉の向こうへと吸い込まれていく。
「……中条せんぱい、ね」
もう見えなくなった後姿を未だ目で追いながら、そっと呟く。
……あの時はあまり感じなかったが、思いの外恥ずかしいな。後輩の女の子に「せんぱい」って言われるのは。
「アホか」
そんな下らないこと考えるのは止めて、とっとと部屋に戻り風呂に入り寝るに限る。
「ふぁあ」
思わず出た欠伸をかみ殺す。あとは寝るだけ。
そう思っていたのだが、まだもう1つ。
イベントが残っていた。
☆
「……あの師匠はいったい何を考えているんだ?」
部屋の鍵をかけ、ベッドに腰掛けながら手元にある物を凝視する。
それは紛れもなくただの茶封筒だった。
部屋の扉にはポストが付いており、学園の生徒宛てに届けられた品物は、学園の関係者がわざわざ生徒の部屋の扉まで持ってきてくれるようだ。そして帰宅するや否や、ポストからはみ出ていた茶色い物体。引き抜いて見れば、どこかで見たことのある茶封筒だったというわけだ。
だが、本当に何を考えているか分からない。俺の師匠『リナリー・エヴァンス』の名は、魔法を嗜むなら知らない者はいないと言われるほど有名だ。それをこんな学園でこんな茶封筒に記して個人宛に送るか?
それとも、これを届けてくれているのもただの宅配業者じゃなく、師匠の息が掛かった人物なのだろうか。
全然分からない。
「また何やら固いモノが入っているが……」
ひっくり返してそれを掌に落とす。
500円。
それ以外には何もない。
「まさか……」
配達人はともかく、師匠の意図が読めてきた気がする。徐々にもやもやが晴れていく。
「……いや、俺の勘違いかもしれん。とりあえず、明日どう出るかを待とう」
結論を出すのはそれからでもいい。ひとまず今日はいろいろあって疲れたよ。
「お休み」
電気を切ってベッドへとダイブする。
程なく、意識も途絶えた。