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テレポーター  作者: SoLa
第3章 魔法文化祭編〈上〉
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第17話 カメラ




 青藍魔法文化祭まで残り2日。

 学園内に充満していたお祭りモードはいよいよピークに達しようとしていた。「もうちょい計画的に進めてればよかったー」だの「あれ!? 買っておいたはずのアレがない!?」だの「壊れたー!!!!」だの、愉快な絶叫があちらこちらから聞こえてくる。


「他人の不幸は何とやら。第三者ってのは気楽でいいもんだな」


「もう少し声を潜めてください。聞こえたら袋叩きにされますよ」


 1年のフロアを俺と一緒に歩いていた片桐が、しかめっ面でそう言った。

 今日も今日とて見回り業務である。

 表向きには、大きなトラブル無く順調に準備が進んでいる為、こちらとしては特にやることがない。ただ、万が一に備えて見回りは必要なので、結局当ても無くぶらぶらと校内を徘徊するという悪循環に陥っていた。


「おっと」


 足を止める。曲がり角のところでフランケンシュタインと遭遇した。


「あ、どうもお疲れ様です」


「おう、ご苦労さん」


「お疲れ様です」


 礼儀正しいお化けに挨拶を返し、片桐と共に再び歩き出す。


「やー、いよいよって感じだな。意味も無く絶叫して走り回りたい気分だ」


「それやったら首根っこ捕まえて生徒指導室に幽閉しますからね」


 そう告げる片桐の目がマジだったのを見て、俺は本能に任せてはしゃぎまわるのだけは絶対に止めようと心に誓った。


「でもあれだろ? 何か無性に心沸き立つものを感じないか?」


「……否定はしませんが」


 そう答える片桐の表情は苦々しいままだ。


「お前さぁ。まさかまだC組の奴らに出し抜かれたこと引き摺ってんのか」


「っ!? な、なにを!? 何を根拠にそんな戯言を――きゃあああっ!?」


 ずざっと勢いよく俺から距離を取る片桐。そのまま足元にあった何かの装飾品に引っかけ盛大にひっくり返る。


「何してんのお前」


「いっ、たたた……」


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 わらわらと後輩たちが集まってきた。顔を真っ赤にした片桐はしきりに「大丈夫だ」と叫んでいる。同僚の不手際に何とも言えぬ脱力感を味わいつつ、俺は告げてやる。


「生徒会のドジッ娘枠は花宮が握ってんだ。お前の座る席はそこじゃねぇよ」


 突如。

 明確なる殺意を込められた木刀が投擲された。







 所定のルートでの見回りを終えた俺と片桐は、ひとまず生徒会出張所に顔を出すことにした。活気のある廊下を、作業している学園生の邪魔にならないよう通り抜け、出張所の前までやってくる。扉に手を掛けようとしたところで、その扉は勝手に開いた。

 中から顔を出したのは。


「蔵屋敷先輩」


「あら、見回りは終わったのですか? ご苦労様ですわ」


「鈴音さんはどちらへ?」


 蔵屋敷先輩からの労いの言葉に頷きつつも、片桐が問う。蔵屋敷先輩の手には使い古された風情のある木刀が握られていた。俺の手で破壊してしまったMCの代用品は、新品ではなくお古の物らしい。


「部室棟の方へ。少々いざこざが発生しているようで」


「手伝いますか?」


「いえ、1人で結構ですわ」


 助力の申し出は、すぐさま断られた。


「むしろ私が席を外している間、ここを頼みます」


「了解です」


「分かりました。お気をつけて」


 俺たちの言葉を聞くと、蔵屋敷先輩は出張所を飛び出すようにして出ていく。


「結構急ぎみたいだな」


 だとすると、呼び止める形になってしまったのはまずかったのかもしれない。ただ足を引っ張っただけだ。


「鈴音さんならば心配無用でしょう」


 片桐はそう言うと俺の横をすり抜けるようにして出張所へと足を踏み入れる。それに倣い、俺も入室し後ろ手に扉を閉めた。


「意図せずして2人きりになりましたね」


「それはどういう意図として解釈すべき言葉なんだ?」


「皆まで言わなければ分かりませんか?」


 質問に対して即座に質問で切り返してくる片桐。何となく言いたいことは理解できるが、こちらから振りたい話題ではない。沈黙を挑発とでも受け取ったのか、片桐の眉がピクリと動いた。


「あの時、鈴音さんのMCには物質強化魔法が掛けられていました」


「お前の言う『あの時』とはどの時だ? 見当が付かないんだが」


「――っ、ですからっ」


「中条君、いるかーい?」


 語尾を荒げた片桐に待ったを掛けるかのようなタイミングで、出張所の扉が開いた。


「会長」


「お、いたいた」


 ナイスタイミングと手放しに称賛したいところだったが、ニンマリと笑顔を浮かべたこの男の顔を見て、それが間違いであることを瞬時に悟る。どう見ても厄介事を持ち込んできた顔だ。


「ちょっと付き合ってくれないかな」


「……拒否するのは内容を聞いてからにします」


「あらかじめ拒否するのは決まっているってのはどうなんだろうねぇ」


 肩を竦める会長。それで毒気を抜かれてしまったのか、鼻息荒く片桐はパイプ椅子へと腰かけた。


「おや? もしかしてお邪魔だったかな」


「……別に何でもありません」


 そっぽを向くようにして片桐が答える。


「いやいや、何でもないって感じじゃ――」


「別に、何でも、ありません」


「そうだね。どうやら何でもなかったようだ」


 殊更強調するかのように断言する片桐に、会長は「触らぬ神に祟りなし」と判断したのか即座に追及を止めにした。改めて俺の方へと向き直る。


「ついて来て欲しい」







 会長に言われるがままついて行った先は、何と正門にある守衛室だった。


「……こんなところまで連れてきて何の用です。外に出るつもりなら、俺はまだ外出許可証を発行されてないですよ」


「目的地はここさ」


 窓が開かれているカウンターではなく、回り込んだ扉の前に立つ。ノックする為に持ち上げられた手を止めて会長は言った。


「見て欲しい画像がある。ただ、それを見た感想は後で聞きたい。間違っても顔には出さないように」


「……はぁ」


 訳の分からぬ内容にとりあえず頷く俺。会長は止めていた手で扉をノックする。反応は直ぐに返ってきた。


「はいはい、どちら様、……って、御堂君じゃないか」


「お疲れ様です。お邪魔してもよろしいですか?」


「んー? ああ、カメラの件ね。じゃあ後ろにいるのが?」


 出てきたのはまだ若い青年の守衛だった。こちらの方へ興味津々といった視線を向けてくる。


「ええ、例の学生を見たかもしれないっていう目撃者です」


「……どうも」


 会話の流れについていけないので、無難に頭を下げておく。察するに、どうやら会長とこの守衛は顔馴染みのようだ。どこまで顔が広いんだよこの人。会長って皆こんなものなのか?


「うんうん。じゃ、入ってよ。当然、許可は貰っているんだろう?」


「もちろんです」


 促され、中へと通される。

 守衛室の中はそれほど広くはなかった。カウンターには人が1人座れるだけのスペースしかないし、後ろは敷居で見えなくされているものの、あるのはテーブルとパイプ椅子が2つだけ。壁際にはモニターがいくつか設置されている。おそらく、この学園を監視しているカメラの映像だろう。奥には簡易的な喫煙スペースとトイレがあるだけだ。

 守衛室の外見もただの箱のようなものだったから、ある程度想像は付いていたわけだが。


「ちょっと待っててくれ。直ぐに時間を合わせるから」


 若い守衛が何やら機械を弄り始める。モニターの1つ、ちょうどこの守衛室の窓口付近を映し出しているモニターがブラックアウトした。


「見覚えがあるようなら、後で詳しく説明してくれたまえ」


「……はぁ」


 若い守衛に聞こえぬよう、会長がそっと耳打ちしてくる。同じように小声で頷きつつ視線を戻した。丁度操作を終えたところだったのか、若い守衛がこちらに向き直る。


「お待たせ。後は再生ボタンを押すだけだよ」


「ありがとうございます。ほら、中条君」


「……分かりました」


 会長に促され、モニターに見入る。

 それを確認して会長は再生ボタンを押した。守衛室前の映像が映し出されるが、特に変わった様子は見られない。何を見せられるかと身構えていた分、拍子抜けしてしまった。ふと、画面の隅に表示されている日付に気を取られる。


 ……、あれ、この日付って――、


「……」


 表情には出なかったはずだ。声も出ていない。

 監視カメラに映し出されている人物を見て、俺は会長が何を確認したかったのかを一瞬で把握した。


 見覚えがある。

 この、白い人形みたいな少女は――――。


「……」


 会長は何も言わない。俺の反応を窺っているわけでもない。ただ、淡々と映像を流し続けている。この映像は、俺が大和と蔵屋敷先輩を襲ってしまった日付のものだ。俺に見せたかったのはこの少女だということか。


 ……いや、それだけではないのか?

 画面では、白い少女のもとに年配の守衛が近付いて行くところが映し出されている。どうやら通行許可が無いらしい。まさかこれから血みどろの展開になるんじゃないだろうな。……いや、この時期にそんな事件が起こってたら文化祭中止になってるか。

 自己完結しているうちに、年配の守衛のもとへもう1人の守衛が寄ってきた。どうやらこの人は今、俺の隣にいる守衛のようだ。そうこうしているうちに、年配の守衛が画面の端へと消える。そして、戻ってきた時には何やら手に持っている物があった。それを白い少女へと差し出す。

 いくつかやり取りが行われた後、白い少女はそのまま学園の中へと入っていった。


 画面が消える。


「どうかな中条君。見覚えあった?」


「……すみません。人違いだったみたいです」


「ありゃりゃ、そりゃ残念」


 俺の返事に、若い守衛はおどけるようにそう言った。


「これで振り出しに戻っちゃったわけか」


「ええ。まあ、黄黄(おうき)の制服だってことは分かっていますし、直接学園側に問い合わせてみることにしますよ」


「お力になれず、すみません」


「いやいや、中条君のせいじゃないから。気にしなくていいよ」


 会長は朗らかに笑った。







「で」


 生徒会出張所に戻り、席に着いたところで切り出す。


「説明してくれるんでしょうね」


「もちろん」


 片桐から用意されたコーヒーを口にしてから、会長は答えた。


「守衛には、あの画面に映っている子がうちの学園に忘れ物をしたから、届けてあげたいと言った。そして、その子の特徴を聞いた中条君が、知り合いかもしれないという情報を持ってきたと伝えた。だから映像を見る権利を得たってわけさ」


「……つまり嘘を吐いたわけですよね」


「そうだよ?」


 ……「もちろんさ何言ってんの」みたいな目で俺を見るのはやめろ。


「沙耶ちゃんも座りなよ。別に聞かれて困る話はしないからさ」


 所在が無さそうな表情で立っていた片桐に、会長が声を掛ける。


「いや、どう考えても聞かれたら困る内容でしょう」


「私もその通りだと思います」


 珍しく俺の言葉に素直に賛同した片桐だったが、言っても無駄と悟っているのか、諦めの境地に至ったかのような表情で俺の隣の席に着いた。


「仕方ないだろう。そうでもしないと学生が監視カメラの映像なんて見れるはずないんだから。これはこの学園の会長職だって例外じゃないんだよ?」


「どうにも頭が固くて理解できない俺が悪いみたいな感じに聞こえるな」


「……大丈夫です。私にもそう聞こえています」


 うんざりしたかのような声色で片桐が同調する。


「ま、その話は置いておこう」


 ワザとらしくジェスチャーも交えながら会長はそう結論付けた。


「それで、どうだったかな。中条君」


「……ありましたよ。見覚え」


 想像以上に忌々しさが溢れ出ていそうな声色となった。


「以前、元2年A組の買い出しに付き合った時のことです。青藍通り商店街にいました」


 屋根の付いた商店街の真ん中で日傘を差しているような子だ。忘れるわけがない。

 それに。


「それを憶えているということは、何かその時にあったんですか?」


「ああ。結構混雑している時間帯でさ。ぶつかっちゃったんだよ」


 片桐の問いに答える。

 あの時は全然悪い子には見えなかったんだけどな。むしろ好感を持ってしまったくらいだ。そこはまだまだ俺の甘いところと考えるべきか。


「何かおかしなことをしませんでしたか?」


「いや、ぶつかって向こうが倒れて、……手を差し伸べたくらいだ。別に変なことをされたわけでは……、……ん? 片桐、今のお前の質問は、『俺が何かされなかったか』って質問で良いんだよな?」


「もちろんです」


 僅かに視線を逸らしながら片桐は答えた。

 ……この野郎。


「『ぶつかった』、『手を差し伸べた』、か。つまり身体の接触はあったということだね?」


「ええ、そうですね」


 会長にしては珍しく悪ふざけに乗ってこない。それだけこの件に関しては真剣ということなのだろうか。咳払い1つ、片桐も罪悪感を覚えたのかそっと姿勢を正した。


「なるほど。少なくとも中条君に知覚されないレベルの魔法、か」


「……つまり操作系(コントロール)の件ですよね」


「もちろん」


 俺からの質問に、会長は即答した。


「念のため言っておきますけど、俺が操られたのってこの後すぐじゃないですよ」


「知っているさ」


 またもや即答だった。


「それだけの遅効性を実現できるほどの実力者だと? 流石にそれは――」


「ほぼ不可能だろう。俺たち一般が考える操作魔法なら、ね」


 俺の言葉を遮るようにして紡がれたそれに、僅かだが身体が硬直した。

 一般に考えられる操作魔法ではない、とするならば。

 残る可能性といえば。


「……まさか、無系統魔法だと?」


「可能性としてはそれが一番高い」 


 いつになく真面目な表情で会長は言う。


「黄黄や紅赤っていうのは、青藍と肩を並べるエリート校だ。青藍は少なくとも『番号持ち(ナンバー)』の中だけで3人の無系統保持者がいる。ならば、他の学園もそれなりに有しているという見解は間違っていないだろう」


「……ええ、そう、……ですね」


 3人。俺と、大和と、……。

 会長と目が合う。ニヤリと笑われた。疑念が確信に変わった瞬間だった。

 この男も、無系統保持者。


「監視カメラの映像からは、何が発動条件なのかまでは掴めていない。ただ、守衛の1人が操作魔法を掛けられたのは確実だ」


 会長は何事も無かったかのように話を進める。こちらの無系統保持者というカードは、選抜試験の前に大和と約束の泉で暴れた際に、既に切っている。向こうも確認作業という意味合いが強かったのだろう。

 問題なのは、その能力なのだから。


「なぜ確実だと言い切れるんです?」


「憶えてなかったからさ。あの女子高生は許可証無しに入れるという連絡を受けた、とその守衛は言った。が、いつ、誰がそれを自分に話したかを憶えていなかった」


「それって結構問題ですよね」


「そうだね」


 会長が頷く。


「教員側は何と?」


「話していない」


「は?」


 目が点になったのを自覚した。隣からは呆れたと言わんばかりのため息が聞こえてくる。


「……ちなみに、何を、どこまで話していないかをお聞きしても?」


「全てを。この女子生徒がこの学園に来たことすら、教員側は知らないだろう。守衛にも口止めをしている」


 呆然とした。隣で頭を抱え始めた奴は無視することにする。


「なぜ」


「相手の目的が見えないからさ」


 会長は腕を組みながら続ける。


「守衛を一瞬で操って見せたのはさることながら、中条君ですら知覚できぬほど高度な操作魔法。その割に、内容がお粗末だと思わないかい」


 ……それは、確かに。

 守衛は目先の部分しか弄られていないせいで矛盾点が浮き彫りとなった。そして、俺が操作された際も結果として何がしたかったのか分からないという状態になっている。


「正直な話。この魔法は俺たちが想像している以上に高度なものだ。気付いているかい? これは単に守衛に通行許可を出させるだけの能力じゃない。『自分が通行許可を貰っている生徒である』と認識させた、ということは、相手の記憶も弄れるということだ」


「……相手の精神を乗っ取るタイプということですよね」


 これが本当ならめちゃくちゃレアな系統に属していそうだ。俺の無系統も相当なものだと自覚しているが、えげつなさで言うならこちらの方が上かもしれん。……舞の能力の上位種ということか。あいつのはあくまで対象物を操作するだけで、記憶を弄れたりはしないからな。


「で。それが教員側に伝えないことにどう繋がるんです?」


「狙いは分からないが、この時期に姿を現したのには理由がある、と俺は考える」


「文化祭ですか」


「その通り」


 前髪を弄りつつ、会長は言った。


「教員側に流すと、十中八九文化祭は中止になるだろう。目先の安全だけを考えるならそれで良いかもしれないが……。今後を考えると、……ね」


「なるほど」


 再び攻めてくる可能性が高いのなら、いっそのこと分かりやすいタイミングで迎え撃ちたいということだ。


「無系統魔法を持ち出してきている時点で、学園同士の嫌がらせという範疇を既に超えている。狙ってきたのは『番号持ち』と生徒会だから、他の生徒に危害を加えることは無いと信じたいところだが……。何が起こるかは分からないから、注意しておいてくれ」


「分かりました」


「ちょっと中条さん。貴方も会長と同意見ということですか?」


 話がまとまりそうになったところで、片桐が慌てて待ったを掛けてくる。その顔は驚きに満ちていた。


「同意見、とは?」


「今回の件を黙認し、危険な環境のまま文化祭を執り行おうとしていることですよ!!」


 怒声に近い叫びと共に、片桐は勢いよく立ち上がった。


「……そうだな。全てが一緒というわけではないが、ほぼ同じだ」


「っ!?」


 片桐が息を呑む。


「恥ずかしい限りだが、今回は完全に後手に回った。相手の能力がこちらの危惧している通りのものだとすれば、ある程度攻め込んでくるタイミングが分からなければ迎撃しようがない」


 日常生活で、常に気を配り続けることなど不可能だ。


「……それで、一般の生徒の方々が巻き込まれることになっても、ですか」


「文化祭は通常とは異なる警備体制が敷かれると聞く。ある程度はそれでカバーできるだろう。後は、……相手方の良識を信じるしかないな」


 平然と至近距離から攻撃魔法をぶっ放してくる奴らに良識を求めるのは酷かもしれんが。

 片桐からの返答がない。


「片桐」


「……もう結構です」


 片桐はそれだけ言うと、乱暴に出張所から出ていった。


「怒らせちゃったか」


「間違ったことを言ったわけではないだろう」


「まあ、そうかもしれませんが」


 それでも。

 多分、あいつの反応が普通なのだろう。


 犠牲を最小限に抑えたいと思いつつ、その為に生まれる犠牲はある程度仕方が無いと思えてしまう、圧倒的なまでの効率重視の考え方。それが俺と目の前にいるこの男の考え方だ。何の違和感も無くこれを受け入れ、そして主張できてしまうことは悲しいことなのかもしれない。

 だからこそ。


「貴方、いったい何者なんですか」


「その質問はお互い様だと思うけどねぇ」


 会長は薄ら笑いを漏らしながらそう答える。美麗さんやシスター・メリッサの、会長に対する反応が気にかかる。あれは一介の学生に向ける類のものではなかった。目の前の男が世間一般で言うところの『普通の学生』でないことはもう間違いない。


「質問しても?」


「答えられる範囲ならば」


 俺の問いに、会長は笑みを浮かべたまま頷いた。


「俺が操られたという日。その操作魔法が掛けられたのが、なぜ別の日だと当たりを付けたのです? 当日に接触されたかもしれませんよ?」


「ああ、そのことか」


 やや拍子抜けした、という表情を隠そうともせず。会長は既に冷めてしまったコーヒーを口にする。


「あの日、カメラに映っていた子とは会っていないだろう?」


「ええ、まあ」


「相手も神じゃないんだ」


 よっこいしょ、と椅子に座り直しながら会長は続ける。


「発現条件は分からないが、何の前触れも無く、そして遠距離からできるとは思えない。それができてしまえば、もう俺たちにはお手上げだよ。次の瞬間、俺が操られて君を襲う可能性すら出てきてしまう」


「そりゃあ、そうかもしれませんが」


「あの時、君と一緒に行動していたのは鈴音君だ。彼女が感知できないとは考えられない。無論、君もね。まだ遅効時間が長いと結論付けた方が健全だというだけさ」


 そう言う会長の顔は、珍しく疲労の色が浮かんでいた。

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