第16話 青いメロンパン
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「『青いメロンパン』が食べたい」
「……、……は?」
招かれた教会の中。
大和が足を踏み入れた頃には、既にメリッサは前方にある祭壇へ腰を掛けており、月明かりに照らされ妖しい笑みを浮かべていた。
そして。
この一言である。
大和は一瞬自分の耳がイカれたのかと思い、指で軽くほじった後、そんな間抜けな声を出した。
★
「ようこそ」
深夜。日付はとうに変わっている時刻に。
正式な手段を以ってこの学園へと訪れた3名の来賓を、縁は生徒会館にて迎え入れた。
「遠路遥々、ようこそお越しくださいました」
「まったくだ」
流暢な英語で話す縁に、サングラスを掛けた来賓のうちの1人が、肩まである金髪を撫でつけながらそう言う。
「学園の中に入ってからが長かったぞ。校門まで送迎があっても意味が無いじゃないか。次からはこの館の前まで車を走らせてくれ」
「はっはっはっ。なら先に宙を走る車を見付けてこないとな。当てがあるのか、エース」
「それだけ不便と言うことだ。いちいち真に受けるな面倒臭い」
金髪をヘアワックスでツンツンに固めた男からの軽口に、エースと呼ばれたサングラスの男は本気で嫌そうな顔をした。
「……まさか、王族直属の護衛団員から2人も派遣して頂けるとは思っていませんでしたが」
「既知の事実だとは思うが、念のために言っておく。俺はこのふざけたバンドメンバーじゃない。そして青藍より依頼されて来たわけでもない。ただ、この知性の欠片も有していない男が異国で勝手な真似をせぬよう、リーダーから監視の命を授かっただけだ」
縁の英語を聞いて、「とりあえずコイツは喋れるのか」と判断したエースは、もはや気遣い不要と言わんばかりの早口で捲し立てる。それを後ろで聞いていた黒髪の日本人は苦笑しながら2人の前へと出た。
「郷に入りては郷に従え。エース、ウィル。愚痴の言い合いはまた後にしてくれ。何のために来たのか忘れてしまいそうだよ」
日本語でそう言う。
今井修。
縁が青藍魔法文化祭2日目のスペシャルステージゲストとして呼んだロックバンド、『アイ・マイ・ミー・マイン』のボーカルを務める男だ。同時に魔法世界のエルトクリア学習院における6年生でもある。
「では、こちらへどうぞ」
修の「郷に入りては~」の発言で日本語可と判断した縁は、彼ら3人を引率してきた沙耶へと目で礼を言い、敢えて日本語で館の中へと招き入れた。
★
「聞こえなかったのかなぁ。私は、『青いメロンパン』が食べたいって言ったんだけど」
「そうか。イカれたのは俺の耳じゃ無くあんたの頭だったか」
「おい。自分の欲求を口にしただけでその評価はおかしいでしょう」
確かに、茶菓子を披露する為に招かれたわけではなかった。
逆だ。
茶菓子を要求する為に招かれたらしい。
大和は自分のこめかみから血管が浮き上がるのを感じていた。
「本当に、……人の神経を逆撫でするのが好きな奴だな」
「いやいやいや。良心的な提案だと思うよ私は。だってさ」
ウインク1つ、メリッサは続ける。
「チミじゃ、私に勝てないし」
その言葉と同時に、大和が動いた。身体強化魔法を用いて地面を蹴り上げたわけではない。
腕を上げる。
掌をメリッサへと向ける。
それだけ。
それだけで劇的な変化が起こった。
祭壇が、中央から真っ二つに割れた。
その割れ目の中へ、抉り込むようにしてメリッサの身体が沈み込む。悲鳴は上がらなかった。凄まじい破壊音だけが、教会内の静寂を破り反響する。
掲げていた手をひらひらと振りながら、大和は言う。
「誰が誰に勝てねぇって?」
仰向けにひっくり返り、見事に祭壇の中央部分に抉り込んでいるメリッサは答えない。ただ、突き出た一本の足が、気怠そうにゆっくりと円を描くような動きを見せた。
「んだよ、既にネタは割れてるってか」
「いやぁ、面白い技だと思うよ? 私は」
瞬間、メリッサの身体に青白い線が奔る。乾いた音と共にメリッサの上の空間にある目視できぬ異物が粉々に砕け散った。
その光景を目にし、大和は露骨に舌打ちした。
「お得意の“装甲魔法”に土属性を付加してるね。本来防御系が得意な属性だが、その特性故に質量を持たせることもできる。闇属性の十八番である重力魔法に近しい力を持たせたってわけだ」
にゅっと手が伸びる。両脇のもはや残骸となってしまった祭壇に手を掛けて、メリッサはゆっくりと上半身を起こした。
「それを相手の頭上に発現することで、有無を言わさぬ圧殺の魔法へと昇華させたわけね。ただ、問題なのは、装甲魔法を発現する為には装甲させる媒体が必要だってこと。そこでチミが媒体として指定したのは……」
裾を叩き、何事も無かったかのように立ち上がりながらメリッサは続ける。
「空気、でしょ」
大和は応えない。しかし、この場面での沈黙はその態度自体が答えとなる。
「似てるねぇ」
くっくっ、と笑いながらメリッサは言う。
「あの男の技に。“不可視の弾丸”とそっくり――」
再び放たれた圧殺の魔法を、再び喰らうような真似をメリッサはしなかった。“不可視の弾丸”、聖夜に“魔法の一撃”と称し教え込んだ不可視の衝撃が、圧殺の魔法を吹き飛ばす。
「俺と奴を!! 俺の魔法と奴の魔法を!! 並べて語るんじゃねーよ!!!!」
大和の咆哮が、教会全体を震わせた。
★
「この度は、無茶なお願いを聞いてくださりありがとうございます。エルトクリア学習院生の今井修氏、同学習院生及び『トランプ』のウィリアム・スペード氏、同団員のアルティア・エース氏。青藍魔法学園は、貴方がたを歓迎します」
「形式的な挨拶は結構」
鈴音の用意していた生徒会館にある客室に通されたエースは、これまでが嘘のように使い慣れた風で日本語を口にした。
高級な木材を用いて作られた大きなテーブルを挟み、縁・鈴音・沙耶の青藍側と、修・ウィリアム・エースの来賓側に分かれて腰を下ろす。
「それで。『目録』の1人がいるというのは本当か」
「なんだよエース。俺のお目付け役とか言っときながら、ちゃんと他にも関心持ってるじゃん」
「黙れ。お前の存在など二の次だ」
軽口を叩く同僚を、エースは殺意を持った視線で睨み付けた。ウィリアムがおどけたポーズを取る。
「そりゃあないぜエース。聞いたかオサム、エースの奴、リーダーからの命をスッポウカスーつもりだぜ」
「『すっぽかす』だよ、ウィル」
「そうそう。つまりサボり癖ってやつだな」
「……御堂縁。悪いがライブは中止だ。ふざけたバンドのギタリストはここで死ぬ」
「悪かった悪かったって!!」
唸るようにそう言うアルティアに対して、本気で焦ったのかウィリアムが情けない声を挙げた。それを傍観していた鈴音が、無言で縁へと視線を送る。
ため息1つ。縁は仕方が無いといった表情で口を挟む。
「……話を戻しても?」
★
大和の咆哮と共に一時的に中断されていた戦闘が再開された。が、先に動いたのは大和かと思いきやメリッサだった。
無詠唱による身体強化魔法をいとも容易く発現させたメリッサが、大和との距離を瞬時に詰める。
「はっ!! 真正面から向かってくるなんざ、随分と余裕じゃねぇかサーシャ!!」
「その名前で呼ぶなと何度言ったら!!」
メリッサが大きく振り被る。
迎え撃つは、大和の装甲魔法。
「分かるんじゃこらァァァァ!!!!」
装甲魔法。
その神髄は、大和の膨大なる発現量によって実現する強固な防御力である。並みの魔法使いの一撃なら、居眠りしながらでも防げる。むしろ攻撃してきた方の身を案じなければならないほどの強度。
にも拘わらず。
「――――っ!?」
大和は、メリッサからの手刀を紙一重で回避した。
咄嗟の判断による回避行為。
「ははっ!! さっすが見る目はあるっ!!」
バランスを崩した大和へ追撃を仕掛けようとするメリッサ。大和は反射で右腕を突き出した。
突如、メリッサの身体が床へと叩き付けられ、
――――かける。
迸る青白い光。
魔力へ雷の属性付加。
魔法の属性優劣。
土属性は、雷属性に弱い。
すぐさま体勢を整えたメリッサが、大和の懐へと飛び込んだ。
空気を切り裂く音。
そして。
一直線に走った切れ目を境に、左右へと吹き飛ぶ木製の長椅子。更に距離を詰めようとするメリッサに対して、大和はその片割れに足を掛け振り上げた。至近距離で向かい合う2人の間に割り込む障害物。それをメリッサが薙ぎ払うより先に、大和の拳がそれを打ち砕いた。
「――――おっ!?」
細かい木屑となったそれは、大和の思惑通りに目くらましの役割を果たす。メリッサに生まれた一瞬の隙。それを確認しておきながら、大和は敢えて追撃という選択肢を避けて後退した。
「おんやぁ? 今のはチャンスだったと思うんだけどなぁ~」
ニヤニヤと笑いながらそう言うメリッサには答えず、大和は。
「……物質、強化、……か」
呆然と、無意識のうちにそう呟いた。
「対象は、……修道服の袖。……硬質化で、……極限まで切断力を上げてやがったか」
「あの一瞬でよく見抜けたもんだね」
感心した、という表情を隠そうともせずにメリッサが肯定する。
物質強化魔法。
身体能力を底上げする身体強化魔法と、原理は同じ。物に魔力を纏わせて硬化させることで得物とする技法だ。自分の身体ではない、別の物に魔力を纏わせ続ける。一瞬ではなく、絶えず、継続的に。そして、メリッサはそれをまさに凶器として、限りなく殺傷能力を高めて発現した。それを実現させる為に必要な技量は、改めて説くまでも無い。
「……学生相手に使う魔法じゃねーだろう」
そんな大和の評価にも、彼女は応じない。
「バレちゃったらもう隠す必要も無いわよね」
メリッサが片腕を上げる。これまで、彼女の動きに合わせるように形を変えていた修道服の袖が、その魔法の発現によってピタリと動かなくなった。
皺一つ無く。まるで鋭利な刃のように。
「学生相手に使う魔法じゃないってのは賛成ね。全力のチミならともかく、様子見程度の魔力供給じゃあ、その装甲もスッパリ斬り捨てられちゃうし」
全てお見通しだと言わんばかりの物言いに、大和の眉がピクリと動いた。
「つまりさ。理解しておいて欲しいのはそういうことなんだよねぇ」
その反応を確認しておきながらも、メリッサは我知らずといった風情でこう続ける。
「チミが欲している情報は、それだけの価値があるってことさ!!」
舞にも似た動きで以って、メリッサは再び大和へと肉薄する。
★
魔法世界の王族直属護衛集団『トランプ』。
世界最高戦力と呼ばれるその団員が魔法でいざこざを起こそうものなら、この生徒会館は1秒と持たず原形を失うだろう。まさか本当に魔法で争いを始めるとも思わないが、無駄話を長々と続けさせるような時間でもない。
縁は失礼を承知でそう切り出した。
「すまない」
「悪い悪い」
エース、ウィリアムの順。
結果として悪ふざけという形になったことに、2人は素直に頭を下げた。それを確認した縁は、さっさと話題を戻すことにする。
「正直、どちら付かずといったところでしょうか。彼の能力が何なのか、判断ができていません」
「直接見たことは?」
「遠目からなら」
エースの質問に、縁は端的に回答した。
「まー、本質とは違う使い方をしているってのも、往々にしてよくあることだしなー」
ウィリアムが軽い感想を口にする。
「直接見ることは?」
「残念ながら。本人が隠したがっていますので」
「……なるほど。それは難しいかもしれんな」
エースは外したサングラスを手で弄りながらそう呟いた。
「本人は、……、いえ。その時相対していた者は、その能力を“斬撃”と評していました。能力に心当たりは?」
「無い」
即座に断定したのはウィリアム。
「そりゃあ典型的な“思い違い”ってやつだろう。神の御業が『物体切断』だけで済むはずがなかろうよ。お前だって『解除魔法』の持ち主だ。分かるだろう?」
ウィリアムからの問いに、縁は黙って頷いた。
「浅草師範、何か知っていることは?」
エースが視線と共に矛先を変える。向けられたそれに対し、鈴音は隠そうともしない嫌悪感を以ってそれに応えた。
「その名称は用いるな、と以前お話させて頂いたはずですが」
「そうだな。そしてその時に俺はこう言ったはずだ。『俺は全て知っている。隠す意味が無い』、と。話を戻す。浅草師範、何か知っていることは?」
「現状、貴方にお話しするようなことは特にございませんわね」
沈黙が流れる。それも相当に居心地が悪くなる沈黙だ。
それを早々に打開しようとしたのは、これまでほとんど傍観に回っているだけの修だった。
「斬撃から派生する能力ということ、かな。正直、その件に関して疎い俺からは想像もつかないけれど」
出された紅茶に口を付けながら修は言う。縁は視線でエースに問うた。
「心当たりは無いな」
「そうですか。……僭越ながら、私が『神のノート』へ目を通すことは――」
「できるわけがないだろう」
縁からの要望を、エースは聞き終える間も無く一蹴する。
「それがどこにあるのかを知らず口にしているわけでもあるまい。『脚本家』は我々との接触をとことんまで嫌う。触れさせてすらもらえんだろう。お前に関して言えば言語道断だ」
想像通りの回答に、縁はため息すら出せず首を振った。
「それは今のお前の立場を踏まえた上で、諦めるんだな。学習院の敷地すら跨げぬお前が何を言うかと思えば」
「そういう言い方はよくないぜ、エース。エニシはもうこちら側だろう」
「どのような組織であれ、裏切りをした人間に信頼など置けるか」
「……エース、ウィル。そういう話は、本人の前で失礼だろう」
「俺はフォローしただけだって!!」
「ふんっ」
勝手に盛り上がる3人に、縁は誤魔化すように自分の頬を掻いた。
「その辺りについては自覚がありますので、特に異議は唱えません。ただ、そうなると……」
そこまで言って縁は意味深に言葉を切る。その意図を、エースは瞬時に察知した。
「……貴様、……まさか、……そんな目的の為に俺を呼んだんじゃないだろうな」
縁からの含みを持った視線に、エースは唸るように呟く。
「まさか……。それに私は『トランプ』をお招きしたわけではありません。そもそも一介の高校生にそのような権力もありませんしね。貴方がここへ来たのは、貴方と、貴方のリーダーの意志でしょう?」
「よくもそのような戯言を……。俺を雇うのにいくらかかると思ってるんだ」
「さて。そもそも王族直属である貴方がたは、そういった依頼を受けていないのでは? もっとも今回の情報の対価として、一定の成果が挙がった際にはご報告を頂ければと思いますが」
エースは返答せずに立ち上がった。
「『解除者』。貴様、憶えておけ」
「ええ。契約は成ったと、記憶しておきます」
縁は世界最高戦力の一角と謳われる魔法使いの圧力にも負けず、いつも通りの不敵な笑みでそう返す。エースは口を開きかけて止め、そのまま応接間を後にした。
「勝手に帰られちゃ困るんだけどもね。んじゃあ、俺らも失礼しますか」
途中から完全に傍観を決め込んでいたウィリアムが言う。それに倣って修も立ち上がった。
「当日はよろしく。いや、その打ち合わせはまたあるのか」
「御足労をお掛けします」
ウィリアムからの握手に応じながら、縁は言う。続けて修の手も握った。
「次は生徒会役員を交え、正式にお出迎えをさせて頂きます」
「こちらも、その時にはメンバーが揃うだろう」
縁の言葉に修が頷く。
縁の一礼をしり目に、2人は応接間を後にする。
が。
「……ああ、そうそう」
応接間から一歩を踏み出した直後、修はふと思い出したかのように振り返った。
「どうにも違和感が拭えないんだが。君は一介の高校生ってカテゴリーには収まらないだろう」
縁は苦笑してそれに応えた。
そう言われるのは何となく分かっていたし、そもそも縁も自覚していたからだ。
★
教会内は再び静寂を取り戻していた。とは言え、祭壇はもはや形を成しておらず、信者が利用する長椅子のいくつかも吹き飛んでいる状態だ。少なくとも明日から教会が平常運転できるかと問われれば、首を横に振るしかないだろう。
そんな中で。
「ふむ。一撃も貰わなかったか。満足な結果だわさ」
すっきりした表情で手を腰に当てる無傷のメリッサ。
そして。
メリッサの足元にはフルボッコにされた大和の姿があった。
途中から切断系の物質強化魔法を解き、純粋に身体強化魔法で応戦したメリッサだったが、それでもなお、大和は文字通り足元にも及ばなかったのだ。
いや。
「何で装甲魔法を解いたのさ。私の発現量はチミには及ばない。発現量がそのまま武装の硬度に転化される装甲魔法を纏い続けていれば、純粋な力比べで臨んでいれば、私に勝てたかもしれないのに」
「……よくもまぁ人の無系統魔法を研究してやがる」
大の字に寝転んだままの大和は、吐き捨てるようにそう言った。
「てめぇが物質強化魔法を解いたからだよ」
「理由になってないねぇ」
「ふざけんな」
メリッサの追求に、大和は目を逸らすようにして答える。
「相手が得物仕舞って戦ってんだ。こっちだけ得物出して戦えるか」
「……不器用な男だね、チミ」
「うるせぇ」
不名誉過ぎるその評価に、大和は顔をしかめた。それを見ていたメリッサが笑う。
「ま、そういう男は嫌いじゃないがね」
「てめぇに好かれたいとも思わねーけどな」
「そこは素直に喜べ」
メリッサの素早い切り返しには、大和は答えなかった。
「……俺に使うにゃあ勿体無い技だったか?」
「手を抜いて掛かってきているチミには、ね。」
メリッサは敢えて言い直した。
「私が女だからか何だか知らないけど、舐められたもんさね。あの程度の硬度で私の物質強化魔法を喰らったらどうなるか分かってんでしょうが。私の目的はチミを殺すことじゃないんだから」
「そうかい」
「ま、どんな過程を辿るにせよ、チミに負けるつもりはさらさら無かったけどね」
「……そうかい」
大和はうんざりした声色で相槌を打つ。メリッサがニヤリと笑った。
「ってわけで。勝者は私。敗者であるチミには『青いメロンパン』を買って来て貰いましょうかね」
「……、……は?」
その予想外の言葉に、大和は痛む首を余所にメリッサの方へと振り返る。
「ん? 売ってる場所知らない? 『青いメロンパン』はねぇ、青藍通り商店街のねぇ」
「んなこと聞いてねーよ!!」
大の字で倒れたまま叫んだ。
「何で俺がんなモン買いに行かなきゃならねぇんだ!!」
「え、だって今って文化祭準備期間だから外出許可証の発行規制が緩いでしょ? 今がチャンスじゃん」
「質問の答えになってねーよ!!」
「あぁ、当然もう閉まってるよ? 夜中だし」
「人の話を聞けよ!!」
「明日、……は辛いか。明後日でいいからさ」
「何で俺がそんなパシリまがいなことをしなきゃいけねぇのかって聞いてんだよ!!」
「はぁ? 何を今更そんなこと」
肩で息をしながら叫ぶ大和に、何を馬鹿なことをとばかりにメリッサは、長い長い髪を掻き揚げながら。
「まさか何の代償も無くこんな勝負が挑めると思った?」
幼い少女のような、眩い笑顔でそう言った。
孤高の豪徳寺大和(笑)の、おつかい(パシリとも言う)が決定した瞬間だった。