第15話 選択肢
☆
結論から言うと、メイド服姿の2人は素晴らしかったです。
それに尽きるわけで。
咲夜のクラスに別れを告げてすぐに、メイド服姿の舞と可憐が俺のところへとやって来た。『やって来た』という言葉だけ見れば柔らかい感じで聞こえるかもしれないが、実際のところは猛ダッシュ(主に舞)でしかも鬼の形相(主に舞)でオマケに「逃げんじゃないわよ聖夜ぁぁぁぁ」とか叫び(主に舞)ながらやって来たわけである。
それはもうもの凄く注目を浴びた。
ただでさえ1年のフロアに2年が、それも生徒会役員と謎の美少女メイドがいたら視線は集まるのだ。そんな奇怪な行動を取られたらより注目されることなんて目に見えている。
様々な要因により顔を赤くしながら「どう?」とか聞いてくる舞に対して、とりあえず「似合ってるよ」とだけ告げたら、気の利かないセリフだとでも思われたのか平手打ちをかまされた。普段勝気な舞が羞恥に頬を染めながらスカートの裾を弄り倒しているところだとか、普段から清楚な佇まいを崩さない可憐にメイド服が絶妙にマッチしていただとか、やろうと思えばいくらでも可愛いと言えることはあった。
が、残念ながら衆人環視の中そんなアホみたいな感想を口にする度胸は俺には無いのである。
騒ぎを聞きつけて(謎の美少女メイドの出現と、それに平手打ちをかまされる生徒会役員の図)次々と開く1年のクラスの扉。その中には当然、咲夜のクラスも含まれているわけで。俺の感想を聞けてひとまずの満足を得られたのか早々Uターンして去って行く2人の後ろ姿を見つめながら、「姫百合さん、負けてられないよ」「次は浴衣でお出迎えだね」「あぅあぅあぅ」と会話する1年の教室からそっと目を逸らすように、俺も退散することにした。
俺が何をしたっていうんだ。
ただ、こうしたイレギュラーの中で顔を合わせられたのは良かったのかもしれない。
舞が俺の感情の機微に気づくことが無かったのだから。
☆
23時。
文化祭準備の為の休校1日目が無事終了し、学園生全員が寮棟へと戻った後。生徒会出張所での会議を終えた俺は、こっそりと教会へ足を伸ばしていた。
「はいおっけー」
「ありがとうございます」
教会にある生活スペースの一角にて、軽い調子でポンと背中を叩いてくるシスターに礼を言う。脱いでいたワイシャツを手に取り、羽織った。
「いやぁ。まさかここまで引き摺るとは思わなかったわね。蔵屋敷鈴音はどれだけ魔力込めてたんだか」
「記憶に無いことが、逆に幸いしているかもしれません」
ボタンを留めながら言う。
正体不明の魔法で操られて戦闘して丸1日が経過してから、ようやく俺はお役御免となった包帯をゴミ箱へと放り込むことができた。
固まってた肩や腰を解していく。
魔法という回復手段があるにも拘わらず、俺の怪我は直せなかった。
いや。手が付けられなかった、と言った方が正しいのだろう。
傷口に蔵屋敷先輩の濃厚な魔力が纏わりつき、俺の有する魔力と混ざり合っていたせいで回復魔法がうまく働かなかったのだ。もともと回復魔法が苦手(と言うより微々たる回復能力しか有しない水属性の身体強化しかできない)俺はもちろん、呪文詠唱という正式な手段に則った治癒魔法が使えるシスターですら匙を投げるレベルだ。
いったいどんな魔法を使われたのやら。記憶が残っていればトラウマになっていたかもしれない。
「大変だったみたいじゃない」
「まったく身に覚えはありませんけどね」
俺のことであるはずなのに、俺だけが知らずに、時間が、世界が、勝手に進んでしまったような感覚。
「断片的にも?」
「はい。いつから操作され始めたのか、それすら明確に分からないんです。蔵屋敷先輩と片桐、3人で屋上に行ったところまでは憶えてるんですけどね」
「ふぅむ」
目の前のシスターが思考モードに突入する。
正体不明の操作系魔法。もちろんそれも気になる問題ではあるものの、俺は別の問題にも頭を抱えていた。
それすなわち戦闘服である。
生徒会御用達の制服にはそれ自体に対抗魔法回路が仕込まれており、有事の際にもそれがあれば事足りていた。
だが、支給されたのは2着のみ。
つまり1着も残っていないのである。
1着目は一獲千金の火系攻撃魔法によって腕から先が吹っ飛ばされ、2着目は先日の記憶に無い時間帯に、何やら蔵屋敷先輩がボロボロにしてくださったらしい。
シスターは前者を山火事と称し、会長を押し切ってしまっている。
制服を使い切ってしまったと申告することは、前の1件に関わっていたと自ら告白することとほぼ同義であり、生徒会メンバーに言うことができない状態でいた。
かと言って、文化祭の中を魔法服で闊歩するわけにもいくまい。遊びに来た学園外の人からはコスプレだの何だのに見られるかもしれないが、学園内部の一部の人からすれば異常事態に捉えられかねない。特製の学生服があるにも拘わらず魔法服を着用しているのだ。勘繰られない方がおかしいだろう。
「どうかした?」
「いえ、何でもないです」
シスターからの質問に首を振って応える。
こればかりはシスターに言っても仕方の無いことだ。山火事だとはぐらかしたのは、俺を守る為であってシスターのせいではない。
通常の学生服で臨むしかない。気を引き締めておかないとな。
「それじゃあ、そろそろ戻ります」
「忙しないねぇ。お茶でも出してあげようかと思ってたのに」
「ありがとうございます。ただ、とうに門限は過ぎちゃってるので」
「えー、そんな真面目キャラじゃないでしょうにー」
「貴方は俺を何だと思ってるんですか」
昨日は会長と大和が俺の部屋に来ていたのだ。万が一のことを考えると、今日もなるべく早く戻っておいた方がいいだろう。
口を尖らせながらも律儀に教会の外まで見送りに出てくれたシスターに頭を下げ、俺は学園へと急ぐことにした。
★
「さーて」
聖夜の後ろ姿が階段の先へと消えていくのを見届けたメリッサは、教会の扉へと手を掛ける。押し開こうと力を加えたところで。
「待てよ」
暗闇の中から、声が届いた。
メリッサは振り返らない。その声の主が誰なのか、彼女は既に知っていた。
口角を吊り上げながらメリッサは言う。
「気配なんて消さずに、堂々と顔を出せば良かったのに。避け合うような間柄じゃないでしょう、チミと彼は」
最初から気付かれていたことを悟り、大和は露骨に舌打ちした。
「声を掛けさせられたってことか」
「どう捉えるかはチミ次第かな。私は別にどっちでもいいさね」
本当にどうでも良さそうな調子で欠伸をするメリッサは、ようやく大和の方へと身体を向ける。
「んで? 何の用かね教会へ。チミがここに来るなんて珍しいこともあったもんだ。悩み事かな?」
「聞きたいことならある」
大和からのその言葉に、メリッサは口角を更に吊り上げてみせた。大和の発する有無を言わせぬ威圧感を前にしても、彼女は動じない。メリッサは、五本の指をこれ見よがしに突き付けた。
「御堂縁、御堂紫、蔵屋敷鈴音、片桐沙耶、……そして中条聖夜。チミの一番知りたいキーワードはどれかな。それとも、大穴で花宮愛にいっとく? そこはボーナスステージなんだけど」
「中条聖夜」
メリッサの軽口に大和は即答する。その答えを聞いて、メリッサは目を見開いた。
「おやまぁ。てっきり御堂縁で来るものかと」
「あのクソ野郎の事情なんて知ったことか」
嫌悪感剥き出しの表情で大和は言う。
「ああ見えて色々と抱え込んでるのよ彼も。蔵屋敷鈴音と幼馴染のチミだ。その一端は垣間見てるんでしょ?」
「知ったことか」
大和は強調するようにその言葉をもう一度吐き捨てた。
「お涙頂戴の展開も完備してるのに?」
「俺にとってみりゃ大層な笑い話になりそうだな」
「チミが思っている以上に根深い話があるんだよ」
「なら、最終的にはぐらかされるわけだろ?」
その言葉に、メリッサの身体が一瞬だけ硬直する。大和はゆっくりと目を細めた。
「聖夜についても素性を暴きたいわけじゃねぇ。あんたがそれを知ってるとも思えねぇしな」
「さぁ、……どう思う?」
「くだらねぇ問答に付き合う気もねぇ。知りたいのは1つだけだ」
どうぞ、と手でジェスチャーしてくるメリッサに、大和は問う。
「お前ら、聖夜をどうするつもりだ」
「まず、間違いから訂正しておこうかね」
質問に対して、メリッサは間髪入れずにそう答えた。
「御堂縁と私は、グルじゃない。それとこれとは無関係なの」
「あ?」
大和が眉を吊り上げた。
「そりゃどういう意味だ」
「そして、チミの最初の質問に対する回答」
大和の言葉を無視し、メリッサは続ける。
「私は中条聖夜の敵じゃない。御堂縁があの子のことをどう思っているのかまでは知らんがね」
「……」
「そんな疑いの目を向けられてもねぇ。第一、敵ならあの子の怪我を治してあげるはずないじゃない」
メリッサは「そうでしょ?」とばかりに肩を竦めてみせた。
「……あんたは」
しばらくの沈黙の後、大和が唸るように口を開く。
「いったい何なんだ。何が目的でこの学園にいやがる」
「んー? そりゃ答えられな――」
「あんたの魔法技能は、この学園で教鞭を振るう教員共より数段上だ。なぜ実力を隠す」
メリッサの言葉を遮るようにして、大和は口を挟んだ。
「挙句、シスターだと? 信仰心の欠片も無い女が」
「ちょっと待て」
流石の言い分に、今度はシスターが待ったを掛ける。
「そりゃ聞き捨てならないセリフだねぇ。この神に全てを捧げた淑女たる私に」
「話を逸らすんじゃねぇよ」
ご高説は結構、と大和は手を振った。
「もう一度聞く。あんたは何だ。何が目的でこの学園に来た。聖夜をどうするつもりだ」
「豪徳寺大和君」
その質問に対し、やたらと畏まった声色でメリッサは応える。
「先ほどの選択肢の中に、私の名前はあったかね? その質問は対象外だよ」
呆気に取られたのか、一瞬だけ目を丸くする大和。が、直ぐにその表情は威圧的なそれに変わった。
「……力づくで聞き出しても構わねぇんだぞ」
「紳士だねぇ、チミは」
メリッサは、お腹に手を当てて笑いを噛み殺すような仕草をみせる。
「こりゃ宣戦布告する暇があったら、さっさと殴りかかって来る場面じゃない?」
瞬間。
修道服のフードが、目にも留まらぬ速さで弾け飛んだ。
ヘアピンが外れ、メリッサの足元まで伸びる長い髪が露わになる。月光を浴び妖しい色を放つそれは、夜風に当てられてさらさらとなびいた。
「一発目は牽制だ」
「ふふふっ」
指を鳴らしながらそう言う大和に、メリッサは笑う。
「優しくなったね、貴方。貴方がそこまで他人のために怒れるなんて知らなかった。いや、だからこそ、縁と仲違いしてしまったのか」
「黙れっっっっ!!!!」
大和の拳を身体ごと捻って回避したメリッサは、その腕を掴みそのまま遠心力を利用して投げ飛ばした。
「がっ!? ぐっ、こ、このヤロッ!!」
タイルの上を背中で滑るもののすぐさま体勢を整える大和に、メリッサは嘆息する。すぐさま懐へと飛び込もうとした大和だったが、その足を止めた。メリッサがいきなり踵を返し、自分に背を向けてきたからだ。
「いやぁ、やっぱりこのくらいじゃダウンはしないよね」
「……何の真似だ」
「おいでよ」
教会の扉を押し開けながら、メリッサは言う。
「知りたいんでしょう? 質問の答えが。おいでよ、チャンスをあげるから」
大和の返答を待たずして、メリッサは教会の中へするりと消えた。
「……」
教会の内部に明かりは無い。普段は灯してあるであろう蝋燭も全て消されており、中の様子は外からでは窺い知ることができない。
メリッサは言った。
おいでよ、チャンスをあげるから、と。
つまり、ただで教えてくれるわけではないということ。茶菓子を披露する為に招かれているわけではないことは明らかだった。
数秒の沈黙。
そして。
「面白ぇ」
一歩を踏み出す。
得体のしれない雰囲気を垂れ流す教会の入り口へと、迷うことなく進んで行く。
シスターの後へ続くように。
大和の身体もまた、教会の中へと消えて行った。
★
「……ふむ」
そして。
その一部始終を影から見ていた者は、あと2人。
「随分と気になる展開だとは思わないかい? 鈴音」
「さぁ。私は特に何も」
その言葉通り本気で興味が無いのか、鈴音は教会の方を見向きもせずにそう答えた。但し、興味が無いのは今の教会の一件のみ。
生徒会館へと向けていた足を止め、噴水を挟んで教会を食い入るように見つめる縁に関して言えば話は別だった。
「……縁。来賓の手前、粗相をするわけにはいきませんでしょう。到着までに場を用意しておかねばなりませんわよ」
その鈴音のあくまで淡白な反応に、縁はオーバーなほど肩を竦めてみせる。
「昔話、されてしまうかもしれないよ?」
「それはないでしょう」
鈴音はそう断言した。
「あの方とて、分別は弁えているはず。あの件に関して言えば、大和は蚊帳の外ですわ」
「そうかい。そりゃ残念」
お手上げ、と言わんばかりに手を挙げそう口にする縁を、鈴音はギロリと睨み付けた。
「身内と話すときくらい本音を話しなさいな。毎度己を偽っていては、本心の所在が分からなくなりますわよ」
「ははは」
その忠告に、縁は乾いた笑いを漏らす。自虐的な表情を浮かべる縁は、もう一度教会へと目を向けて。
「それはもう、手遅れ……かな」
少しだけ寂しそうにそう言った。
★
「お待ちしておりました」
そろそろ0時を回ろうかという頃合い。
指定された時間通りに姿を現したその来賓に、沙耶は深く頭を下げた。
「んん? てっきり御堂縁君が迎えに来てくれるものかと思っていたんだけど。大丈夫なのかな」
来賓の1人。黒髪の青年が守衛から入園許可証の交付を受けながら問う。
「問題ありません。私も存じておりますので」
「そうかい。それならケッコー」
黒髪の青年の後ろにいる残り2人の来賓のうち、1人が沙耶の返答を聞いてそう言った。この闇夜であっても良く映える金髪のツンツン頭の青年は、黒髪の青年を肘で小突きながら。
「んじゃ、さっさと行こうぜ。もう時間になっちまう」
青藍魔法文化祭まで、後2日。
青藍の夜は、まだまだ終わらない。