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テレポーター  作者: SoLa
第3章 魔法文化祭編〈上〉
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第12話 “青藍の3番手”蔵屋敷鈴音




 真ん中からスッパリと折れた木刀が宙を舞う。本体から切り離された刀身は、鈴音の遥か後方で音を立てて転がった。


「……なるほど。それが報告にあった貴方の無系統魔法ですのね」


「ぅぅぅ、う……」


 聖夜は俯いたまま唸るだけ。鈴音は一息吐いて半分になった木刀を腰へと収めた。


「木刀には物質強化魔法をかけていたのですが。身体強化魔法を使用されているとはいえ、素手で木刀を受け止め、挙句折られてしまうとは思っておりませんでしたわ」


 鈴音の斬撃が何1つとして当たらなかったわけではない。少なくとも2桁は、聖夜の腕を、首を、腹を、足を捉えていた。それでも倒れない。


「流石は学園随一の魔力容量を誇る実力者と言ったところでしょうか。身体強化魔法1つとってみても、それに割かれている魔力濃度は感嘆に値しますわね」


「ううう、ううううう……、う、う」


 聖夜の虚ろな瞳が、鈴音を捉える。


「……まったく。その彼を操るなど、どのような魔法を使われたのやら」


「うああああああああああああああああああっ!!!!」


 咆哮と共に聖夜が地面を蹴った。武器を持たぬ鈴音へと肉薄する。

 が。


「聖夜ァァァァ!!!!」


「がうっ!?」


 鈴音ではない別の拳が聖夜の頬を殴り飛ばした。不意の殴打をまともに喰らった聖夜の身体は、空中で数回転して屋上のタイルを滑る。


「大和!?」


 ここへ来て、鈴音が初めて叫ぶような声をあげた。自分への呼びかけを無視し、大和は聖夜に向けて叫ぶ。


「てめぇ何してやがる!!」


「あぅぐ、……ぐ、あっ」


 口の中を切った聖夜は、口からポタポタと血を流しながら立ち上がった。


「大和!! お下がりなさいっ!!」


「ああっ!? 何言ってやがぐぅっ!?」


 鈴音へと一瞬でも意識を持っていった大和の失策。瞬時に距離を詰めた聖夜の左拳は、大和の腹へと突き込まれていた。


「……聖夜ぁ、……てめぇ」


 振り上げられた(、、、、、、、)聖夜の右手が(、、、、、、)手刀の形を作る(、、、、、、、)。それが振り下ろされるより先に、大和の回し蹴りが再び聖夜を吹っ飛ばした。


「げほっ、ごほっ!! くそっ!! まさか無属性で俺の“装甲(アーマー)”を突破してくるとはよ。どれだけ手ェ抜いてやがったんだ、あの時は」


「大和!!」


「うるせぇ!! 何度も俺の名を呼ぶんじゃねぇ!!」


 長髪を振り乱し、大和が咆哮する。


「彼の無系統がどれほど恐ろしいものかは貴方が一番分かっておいででしょう!! 一撃目に使われていたら、貴方は死んでいたかもしれませんのよ!!」


「ふざけんな!! このくらいで俺が死ぬわけ――」


「あああああああああああっ!!!!」


 鈴音と大和の叫ぶような会話に聖夜が乱入した。二人の間に着地した聖夜は、真っ先に大和へと矛先を向ける。


「馬鹿が!!」


 策などまるで無い。

 ただ単純に正面から突撃してくる聖夜に向けて、大和は右手を差し出した。

 瞬間。


「ぐぼっ!?」


 凄まじい音と共に、聖夜の身体が屋上のタイルへとめり込んだ。


「ごほっごほっ!! はぁ、はぁっ、俺の“装甲(アーマー)”は俺にしか纏えないと思ったか? 纏えば単に防御力を底上げするだけの能力だと、お前に説明した事があったか? げほっ!! ……んな簡単な魔法のわけねぇだろボケ」


 タイルへめり込んだ聖夜へ、大和は吐き捨てるようにそう言う。


「う、うぅ、うぐぐ」


「やめとけ。闇属性の重力魔法ほどじゃねぇが、重量は中々のモンなはずだぜ」


 めり込んだまま唸り始める聖夜を見て、大和は眉を吊り上げた。


「うぐぐぐぐぅ」


「おい」


 目の前の後輩が何をしようとしているかを悟った大和は、少しだけ語尾を強めて呼ぶ。


「ああああぁぁぅ」


「聞こえてんだろ」


「ああああああああああっ」


「止めろつってんだろ!! 身体ぶっ壊してぇのか!!」


「うぐああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 ガシャン、と。何かが割れるような音が響いた。浅いクレーターと亀裂が入ったタイルから、聖夜が起き上がる。


「嘘、だろ……。属性優劣で破るならまだしも、……力技で」


「大和っ!!」


「うがああああああああああっ!!!!」


「げふっ!?」


 大和に注意を促そうにももう遅い。聖夜の膝が、呆けた大和のみぞおちにめり込んだ。


「ちくしょうがァァ、……うっせぇっつってんだろうがァァァァ!!!!」


「があぶっ!?」


 追撃を掛けようと跳躍した聖夜の頬を、大和が蹴り飛ばした。屋上を数回バウンドした後、聖夜は直ぐに立ち上がる。


「ぐっ、ごほごほっ!! くそっ、本当に打たれ強ぇなお前」


 尻餅をついたまま大和が苦笑いを浮かべた。

 その前に、鈴音が立つ。


「――――致し方ありません」


「……げほっ、……鈴音?」


 自分に背を向けて立つクラスメイトを大和が呼ぶ。


「これはあくまで保険でした。本当なら、貴方にこの技は使いたくなかった」


「何する気だ」


「既に、種は貴方の身体中に」


「おい!!」


「浅草流・雷の型二式」


 異変を察知したのか、聖夜が鈴音へと飛び掛かる。


 が。

 それよりも先に。


「『群青(ぐんじょう)雷花(ライカ)』」


 青い花が、咲き乱れた。


「があああああああああああああああああああああああっ!!??」


「鈴音!! てめぇ何してやがる!!」


「何、とは?」


 次々と咲く青い花の雷撃は、聖夜の身体至る所から発せられた。自らの肩を掴み、怒りを無理矢理抑えつけているような顔をした大和に、鈴音は本気で首を傾げる。


「何とは、じゃねぇ!! 聖夜を殺す気か!?」


「“装甲(アーマー)”で叩き潰した貴方のセリフとは思えませんが」


「これはそんなレベルの魔法じゃねーだろうが!!」


「落ち着いて御覧なさい」


 至近距離で吠える大和に、鈴音はあくまで冷静に聖夜を指差した。その指し示した先を見て大和が愕然とする。


「……マジかよ」


 聖夜は、立っていた。

 咲き終えた雷花は静かに消えゆく。対抗魔法回路が仕込まれている学生服は悲惨な状態になっているものの、まだ立っている。


「身体強化魔法だけであれを耐えたのか。属性付加もせずに?」


「末恐ろしい魔力濃度ですわね。このクラスなら、身体強化だけで並みの魔法使いを抑え込めるでしょう」


「あ……ぅ、……ぐ」


 言葉にならない呻き声が聖夜の口から漏れる。虚ろな目が大和と鈴音を映し出す。それは戦闘可能の意思表示だと鈴音は受け取った。


「1つ助言致しますわ」


 遠く離れた聖夜に。

 無意味と分かっておきながらも鈴音は口を開く。


「浅草流は剣術と同義だと世間一般では考えられておりますが、それは間違いです」


 大和は、自分の後輩を信じられないと言わんばかりの表情で見つめていた。肩で息をしていた聖夜だったが、徐々に徐々にその動きがなくなっていく。それはつまり、今の魔法攻撃でさえ聖夜に致命傷を与えられなかったということを意味していた。


「確かに私たちは剣の形状をした魔法具を用いて戦いますが、それはあくまで触媒として。リーチが伸びる分、好んで使用致しますが、それだけ。何が言いたいかお分かりですか?」


 鈴音が右手を掲げるのと、聖夜がタイルを蹴るのはほぼ同時。


「『烈波(れっぱ)水衝(スイショウ)』」


 空気が揺れた。姿無き波動が聖夜の身体をまともに捉える――、

 瞬間。

 聖夜が、身体を捻った。鈴音の放った波動が紙一重で躱される。


「この距離このタイミングで、躱しますかっ!!」


 動揺は無かった。この程度の可能性なら元々鈴音の中にあった。聖夜の回避行動により生まれたラグを利用し、鈴音も駆ける。後方から聞こえる制止の声は無視した。

 聖夜から放たれる突きを左腕で掴み、脇から後ろへ流す。無防備な身体へと蹴りを打ち込んだ。


「があっ!?」


 聖夜の身体が浮き上がる。本来なら後方へと吹っ飛んでいるはずの威力。しかし、鈴音は聖夜の腕を離していない。屋上のタイルを踏みしめる彼女の力が、聖夜の身体に掛かっている後方へと吹き飛ぼうとする力を上回った。


 ぐるん、と。鈴音の身体を軸にして聖夜の身体が上空へと浮き上がった。

 反対側の、聖夜の腕を掴んでいない鈴音の手。その人差し指が、聖夜へと向けられる。


「浅草流・光の型」


 それが聞こえた瞬間、大和も動いた。


「馬鹿野郎ォォォォ!!!!」


「『蒼空を貫く一筋の光』」


 急速に鈴音の人差し指へと収縮された光が、一直線に聖夜を射抜く。

 レーザービーム。

 その有無を言わさぬ一撃は、大和の介入によりほんの僅かに軌道を変えた。聖夜の右肩を貫通するはずだった光線は、肩を掠める軌道を描き天へと昇る。

 但し。


「――――」


 痛みによる叫び声すら上がらなかった。鈴音の手から聖夜の腕が離れる。余波のみで聖夜の身体は空高く放り出され、弧を描くようにして落下してきたその身体は、慌てた様子で駆け出した大和の腕の中へと納まった。


「私は身体1つあれば浅草流全てが扱える。逆に言えば。それができぬ者に浅草の名を継ぐ事などできないのですわ。あの程度(、、、、)で浅草流を攻略できたと思われるのは心外ですわね」


「……片桐沙耶よりお前の方が根に持ってんじゃねーか」


 聖夜は気を失っていた。動く気配も無い。それを確認した大和は、ようやく終わったとばかりに一際大きなため息を吐いた。







「よく2人で抑え込めたね」


 屋上の扉を開き眼前に広がる光景に暫し呆然とした後、縁は鈴音の依頼通り聖夜に掛かっていた魔法の処置に取り掛かった。もっとも、取り掛かるといっても聖夜の身体を何度かまさぐっただけだったが。


「いかがです?」


「分からない」


 鈴音からの問いに、縁は首を振った。


「雷系の操作魔法ではなさそうだが……。もしかすると無系統魔法かもしれない」


「この学園の生徒によるものでしょうか」


「それも分からないな」


 縁はお手上げとばかりに両手を挙げる。


「ただ、これだけの操作魔法を扱えるのなら『番号持ち(ナンバー)』候補に挙がらないはずはない。手を隠しているということ」


「何の為に」


「こういう時の為に、だろう?」


 少し離れた場所で咳き込んだ大和に縁は目を向けた。


「満身創痍じゃないか」


「うるせぇ。……ごほっ!! ごほっ!!」


「まさか大和がここまで抑え込まれるとはね」


「……抑え込まれてなんかねぇ」


 縁と目を合わせる事無く、大和は吐き捨てるように言う。


「ふむ」


 縁は何か考え込む素振りを見せた後。


「ともかく。……助かったよ、メリー(、、、)。おかげで大事にならず済みそうだ」


「え?」


「あん?」


 縁の視線の先。

 そこでようやく鈴音と大和は、屋上フェンスの上に佇む1人の女性の存在に気が付いた。


「何よ、気付いてたの。貴方」


「そりゃあねぇ」


 屋上の惨状を見据えつつ縁は苦笑する。メリッサは「とうっ」と叫んでから屋上のタイルに着地した。


「貴方たちねぇ。やるならやるで、少し考えてからやりなさい。私が防音と魔力遮断の魔法を展開してなかったら、今頃大惨事になってたわよ」


 無論、他の教師たちに見つかってということだ。


「……サーシャか。余計な真似してくれたもんだ」


「その名前で呼ぶんじゃない。あと余計って何だ余計って」


 口から垂れた血を拭いながら呼ぶ大和を、メリッサは目を合わせずに払った。


「もっとも、大惨事ってのは変わりないか。どーすんのこれ」


 残念ながら屋上は無事とは言い難い状態だ。ところどころに亀裂が入り、クレーターのようなものまである。


「美麗さんに事情を説明して、揉み消して貰う他ありませんわね」


「艶っぽい声でどす黒い提案すんのやめなさい。貴方も貴方で相変わらずね、鈴音」


 ジト目のメリッサを鈴音は素知らぬ顔で受け止める。


「ま、そこら辺はどうにでもなるさ」


 扉付近で様子を窺っていた沙耶に視線で来るよう促しながら、縁は裾を払って立ち上がった。


「それにしても。思わぬところで彼の実力の底が知れたね。うちの3番手(サード)4番手(フォース)がいれば十分に抑え込めるレベルってわけだ」


「聖夜の実力はこんなもんじゃねーよ」


 否定の言葉を発した大和に、全員の視線が向けられる。


「へぇ。随分と買ってるんだねぇ、彼の事」


「うるせぇ」


「けど、無系統魔法は使っていたんだろう?」


「黙れ」


「仮に魔法で操られていたのなら、実力を隠すなんて事はしないんじゃないかな。仮に『番号持ち(ナンバー)』を叩き潰せと命令されていたのなら尚更さ」


「一概にそうとは言い切れないのではありませんこと?」


 縁の断言に、鈴音が割って入った。


「『術者の把握している能力しか使えない』、『高等魔法は扱えない』、『対象者の意識が強い場合はそれを跳ね除けられない』。ケースとしてはいくつも考えられるとは思いますが」


「……ふむ。まあ、そうとも考えられるか」


 自らの顎を撫でながら縁は言う。


「だとしたら、実に興味深い。特に鈴音が言った『術者の把握している能力しか使えない』ケース。これは(、、、)術者に(、、、)色々と聞くこと(、、、、、、、)ができた(、、、、)


「……聖夜をどうするつもりだ」


 縁の言葉に引っ掛かりを覚えた大和が、痛みを堪えるような声で問うた。


「さぁて、ね。彼は俺の部下だよ? 部外者である君に指図される覚えはないな」


「か、会長っ」


 その挑発としか取れない発言に、沙耶が待ったを掛けようとするが遅かった。大和の拳が、縁の顔へと飛ぶ。

 が。


「魔法を使用した攻撃が、俺に通用するとでも思っているのかい」


 身体強化魔法は掛けていた。

 非属性無系統“装甲”魔法も発現していた。


 にも拘わらず。

 拳は軽々と掌で抑え込まれ、挙句大和は足を払われて転がされた。


「がっ!?」


 大和は受け身も取れず、仰向けに倒れ込む。聖夜との戦いで負傷しているとはいえ、それを言い訳にできないほどのあしらわれ方だった。


「……て、めぇ」


「“神の契約解除術(キャンセル)”。申し訳ないが、ただの無系統魔法(、、、、、、、、)如きでこの力は(、、、、、、、)破れない(、、、、)それは君が(、、、、、)一番よく知って(、、、、、、、)いるだろう(、、、、、)


「クソ野ろ――うがっ!?」


「あーはいはい。過去の確執なんてのはもっと暇な時にしてくれるかな。君は退場」


 再度、起き上がろうとした大和を不可視の攻撃が襲う。顎をまともに捉えられた大和は意識を失ってひっくり返った。


「随分と綺麗に使いこなすようになったじゃないか」


「そりゃどーもね」


 縁からの称賛に、メリッサは手をひらひらさせて答える。


「それで、縁。貴方は彼を『神の目録』の1人だと睨んでおりますの?」


 倒れたままピクリとも動かなくなった大和の介抱に乗り出した沙耶をしり目に、鈴音は改めて縁へ問う。


「可能性としては否定できない、ってところかな」


 縁は伏したままの聖夜を見据え、何の気なしにそう答えた。


「『神のノート(インデックス)』が手元に無いのが辛いね。該当する能力に心当たりも無い。本人に聞いてもはぐらかされるだけだろうし、そもそも本来の力とは別の使い方をしている場合もある。自分の能力はこれだと教えてくれる人間はいないからね」


「……そういえば、無意識という可能性も捨てきれないんでしたわね」


 少々うんざり、といった風情で鈴音がぼやく。


「メリーは何か知っているかい?」


「さあてね」


「これだもの」


 縁はお手上げというポーズをした。


「まあ、何とかしていくしかないね。まずは操作系魔法に関する事情聴取からかな。どんな違和感でもいい。答えて貰わないとね」


「叩き起こすのは感心しませんわね」


「大丈夫。ちゃんと自然に目覚めるのを待つさ」


 鈴音からのジト目に、伸びかけた腕を縁は慌てて引っ込める。それを見ていた沙耶は、恐る恐るといった感じで縁の方へ視線を向けた。


「……中条さんが答えられる、と?」


 沙耶の質問に、縁は皮肉気な笑みを浮かべる。


「操られたってことは、何かしらの接触があったってことだ。接触も無しに人を操れるのだとしたら、それはもう本当の神様ってやつさ」

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