第11話 “綻び”
★
歩く。
『言っとくけどさ』
歩く。
『私はあの人が本当に悪い人だって断言できなきゃ協力しないから』
歩く。
『……、……あのさぁ。貴方、ちゃんと気付いてる?』
歩く。
『それってさ。仮に悪だったとしても、主の言葉なら何でもするって言ってるのと一緒だよ』
歩く。
『貴方の目的は知ってる。それを否定するつもりもない。けど、その為に他の人を犠牲にするのってどうなの?』
歩く。
『そういうのが許せないから――、
「――、さ、――、ち、――、千紗!!」
「っ!?」
不意に響いた声に、千紗と呼ばれた少女は大袈裟なほど肩を強張らせた。
「ど、どうかなさいました?」
「どうも何も……」
千紗の隣に立っていた少女は、怪訝そうな顔をしながら指差す。
「教室、通り過ぎちゃうよ?」
「え、……あぁ」
学食からの帰り道だった。昼休みの喧騒は今なお千紗の身体を包み込んでいる。それでも、その音は今の今まで千紗の耳には届いていなかった。どうやらそれほどまでに千紗は自分の世界へと没頭していたらしい。それこそ、目的地をそのまま通り過ぎてしまう程度には。
「大丈夫? 調子悪いなら保健室まで連れて行こうか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。少し、――っ」
考え事をしていただけですから。
その言葉が口から出る前に、別の言葉が脳裏を過ぎる。
『貴方、ちゃんと気付いてる?』
やめて欲しい、と少女は思った。
『別に私、貴方みたいに主に陶酔してるわけじゃないし』
これ以上ざわめかせるような言葉を。
『貴方の目的は知ってる。それを否定するつもりもない』
信念をブレさせるような言葉を。
『それってさ。仮に悪だったとしても――、
「やめてくださいっ!!!!」
喧騒が、一瞬にして止んだ。
「……、……あ」
そこで千紗の意識が戻る。
「……ご、ごめん。その、怒らせるようなことをするつもりじゃあ……」
千紗の隣に立つ女子は震える声でそう言った。千紗に向かって伸ばされた手は、千紗本人の手によって払われた状態で固まっている。様子がおかしい千紗を保健室へ連れて行こうと手を伸ばしたところを、大声で拒絶され払われたのだ。いくら無意識の内だったとはいえ、許されることではない。
「あ、……その、……ご、ごめんなさいっ!!」
「ちょ、ちょっと千紗!?」
友人から向けられる恐怖に似た視線と、周囲からの好奇の目。その場の沈黙に耐えられなくなった千紗は、一目散に駆け出した。人垣が割れて彼女へと道を作る。後ろから届いた友人からの呼び声は無視した。
「はっ、はっ!!」
走る。走る。
どうかしている、と千紗は思った。少なくともその程度の自覚はあった。
「……、どうして、こんなっ!!」
自分が今感じている感情を正確に理解できていない彼女は、その先の言葉を紡げなかった。
翻るスカートも、乱れていく髪も。全ては思考の外。
自らの心が警報を発していた。これ以上、あの言葉を受け入れるのは危険だと理解していた。
だからこそ。
「――――っ」
屋上の扉を体当たりの勢いで開け放ち、太陽の下へと倒れ込むように踊り出る。荒れた呼吸を落ち着かせながら、千紗はブレザーの内ポケットからとある端末を取り出した。それは少女が持つには似つかわしくない何の装飾もされていない黒い携帯端末だった。そこから躊躇いなく1人の人物の情報を呼び出す。
相手へは、数コールで繋がった。
「……、私を、青藍へ連れて行ってくださいませんか」
何のことはない。
目を逸らしたいことがあるのなら。
耳を塞ぎたいことがあるのなら。
その感情を感じる余裕すら無くしてしまえばいい。
少女はそれができるだけの足掛かりを、既にその手に掴んでいるのだから。
☆
『俺にも言えないことなのかい?』
「……ん?」
放課後。
クラスメイトに謝罪を入れ、文化祭準備に追われるクラスから抜け出し、いつも通り生徒会館へと足を向けたところで。閉じられた生徒会館会議室の中から、そのような声が聞こえてきた。
……この声は、会長か。
『だから言ってるでしょ、山火事だったって。沈静化させるまでが早かったし、公にするつもりは無いって見解なだけよ』
そして、お相手はまさかのシスター・メリッサだった。この場所でこの人の声を聞くとは思わなかった。
『……それで騙せると思っているのだとしたら、随分と見くびられたものだね』
……。
声色、そして話の内容。とてもじゃないが平和的なものには聞こえない。ドアノブへと伸ばしていた手が止まる。
『先ほど、現地で調査していた鈴音から連絡が入った』
『貴方、あそこは立ち入り禁止の処置をしていたはずよ』
『生徒会には、この学園の生徒を守る義務がある』
『貴方たちもその生徒の一員ってことを忘れてんじゃないわよ!!』
なんだ? 何の話をしている。山火事、蔵屋敷先輩が現地調査、立ち入り禁止処置、……まさか。
『不審点がいくつも発見されている。火事とは無関係の場所で薙ぎ倒された木々に――』
『それが今回の火事のタイミングで倒れたかどうかなんて分からないでしょ』
『……焼け焦げた大木の一部に、何かの魔法が貫通した痕跡が残っているのも不審な点ではないと?』
『……』
間違いない。昨晩、謎の男と戦闘になったあの場所の話だ。
くそっ。なぜ会長がシスターにこの件を問い質しているかは分からないが、……、……下手に消火活動をするんじゃなく、不審な痕跡が残らないくらい徹底的に燃やしておくべきだったか。
どうすれば――、
『ご贔屓の中条聖夜でも関わっているってわけかい?』
――――っ。
『……何を馬鹿なことを。なんでこのタイミングであの子の名前が出てくるのやら』
『らしくないねぇ、メリー。顔に出るなんて。反応から発言までの間、表情が固まっていたよ』
『……』
『メリー、俺はね』
答えぬシスターに対して、憤りを無理矢理抑え込んでいるかのような声色で会長は続ける。
『学園間のいざこざなら別にいいんだ。そんな些末な事、青藍、紅赤、黄黄の間じゃ日常茶飯事だからね。だが、生徒間、それも特定個人の特にプライベートにまで事が及ぶのなら、話は別だ』
『模範解答だね。流石は生徒会長』
『そして。そのプライベートがこの国の闇にまで及ぶのなら、御堂縁個人として話が変わってくる』
『……』
……、……。
『“メンテナンス”については感謝している。“泉の件”も貴方のせいだとは思っていない。けれど、忘れるんじゃあないぞ』
一瞬の沈黙、そして。
『俺は、貴方のことを赦していない。今直ぐにでも、殺してやりたいほどに憎んでいる』
ごくり、と。唾を飲み込む音が聞こえた。それが自分の発した音だと気付くまでに、数秒の時間を要した。
『はっきり言うね』
『本心だからね』
『少しは信頼してくれているものかと』
『信頼を預けてもらえるような立場でないことを、まずは弁えろ』
普段の会長からは想像できない、冷たい声だった。俺の知らない何かが、知らない場所で進んでいる。そんな感覚。
『吐け。これはお願いじゃないんだ、メリー。紫が自立できていない現状では、貴方を敵に回したくない』
「何をしているのですか、貴方は」
「――――っ!?」
不意に声を掛けられたせいで思いっきり身体が反応した。
「かっ、片桐!?」
「ええ、そうですけど」
変に裏返った俺の声を聞いて、片桐が眉を吊り上げる。
「……何をしているのです? 入らないのですか?」
「あ? ……、あ、ああ」
扉の前に突っ立っていたら、そりゃあ不審に思うだろう。会議室内から聞こえてくる会話は既に止まっていた。……仕方が無い。
扉を開けた。
「やあ。こんにちは、中条君。と、沙耶ちゃんも一緒か。仲が良いことだね」
「寝言は寝て言ってください。それとも永眠したいのですか?」
「おぉう、怖い怖い。酷い言われようだとは思わないかい? 中条君」
……。
「中条さん?」
「え? ああ、そう……だな」
「いや。会長からの質問の答えを、私に言われても困ります」
「そうか。……そう、だな」
「……ついに気でも狂いましたか?」
会議室にはいつも通りの光景が広がっていた。シスターの姿は無い。最奥にある木製の机に坐す会長の笑みもそのまま。いつも通り。本当にいつも通りの光景だった。
「……会長、中条さんがおかしいです」
「それはいつも通りのことだろう?」
「お前ら2人、外へ出ろ」
とりあえずぼこぼこにしてやるから。
☆
「それじゃあ今日の流れはそんな感じで行きましょう!!」
副会長の元気な声で会議が終了する。
今日やるべきことは、各クラス・各部活が使用する場所の確認。つまりは文化祭での領分の明確化だ。
文化祭において、どの場所で何ができるかは語るまでもなく重要なことであり、ここでしっかりと割り振りをしておかなければ後に支障が出る。
……とは副会長の弁。
と、いうわけで。本日の生徒会業務は丸々1日を使って学園での領分確認巡りとなった。俺のお相手は。
「さて。それでは参りましょうか」
「はい。手早く済ませてしまいましょう。ほら、中条さん。頭の具合が大丈夫なら行きますよ」
「深刻ないじめがあるって担任に訴えていいかな」
蔵屋敷先輩と片桐だった。
早々に会議室から出ていく2人の後を追う。会議室を出る直前、一度だけ振り返る。
「……ん? 気を付けてね。私たちも直ぐに向かうから」
「存分に励んでくれたまえよ、中条君」
「他人事のように言ってないで兄さんも早く準備する!! 愛ちゃんも行くわよ!!」
いつも通りのやり取りだった。何ら変わりない。会議中も特に目立ったことは無かった。
まるで。
立ち聞きした会話など、最初からされてなかったかのように。
「中条さん!! いつまで鈴音さんを待たせるつもりですか!! 本当に頭の具合が悪いのですか!?」
「悪い部分を最初から『頭』って断定するんじゃねーよ!!」
☆
蔵屋敷先輩を先頭にして、生徒会館から続く長い長い階段を下りる。一段一段下りる度にぴょこぴょこ揺れる蔵屋敷先輩のポニーテールは、普段クールな彼女に似つかわしくない可愛さを感じさせるものだった。
「変態ですね」
「何が」
横から嫌悪感剥き出しの言葉を投げかけられ、発信源へと目を移す。
「いえ。その自覚すらないとは救いようがないと思っただけです」
「見たもの直ぐにそっちへ持っていこうとするお前の方が変態なんじゃねーの?」
「なっ!? なんですって!?」
面白いくらいに反応された。咄嗟に伸ばされた手は木刀を掴み、それに気付いた片桐は慌ててその手を離している。
「図星か」
「……思い留まった私に後悔の念が押し寄せています」
「いやいや、正解でしょ。だって俺、お前より強いし」
「な、……、……~っ」
言葉にならないくらい悔しいらしい。行き場を失った手がぷるぷるしている。今にも木刀を抜き放ちそうだ。
「……そういや、聞いてなかったな」
「何が、です、か?」
怒りを抑えるのに必死なのか、口調に不自然な間がある。
「お前が浅草流を習得したワケ」
それを聞いて、片桐から怒りのオーラが消えた。
「……よく憶えていましたね」
「別に忘れるような内容でもないと思うけど」
『貴方が余り枠で参戦するグループ試験で、見事勝利を収められたら答えて差し上げます』
選抜試験。片桐は確かにそう言っていた。
「そんなに知りたいのですか?」
「あん?」
「私のことが」
片桐につられて階段を下りる足を止める。意図せずして見つめ合う構図となった。
……。
「……」
片桐は俺からの返答待ちなのか、もう言葉を口にしない。黙って俺からの言葉を待っている。
「……そう、だな」
どう答えるべきなのか一瞬悩むが、別に大した質問でもないと思い直した。
「結構、気になっている」
絶対に聞き出したいというわけではない。別に気にならないというわけでもない。これが本心。
当たり障りのない解答なはずだった。「じゃあ教えません」か「それではさわりの部分だけ」か、どちらで来るかなぁくらいに考えていた。
だから。
「そ、それは、つま、つまりどういうことでしょう?」
……。
急に頬を染めて髪を弄りだすという、らしくない行動に出るとは思わなかった。
「いや、言葉通りの意味だけど」
それ以外にどう理解したんだ、お前は。
「つ、つまり、私のことが、きっ、気になっている、……と?」
「だからそうだって言ってるだろう」
さっきと聞いている内容が何も変わっていないんだが。なぜもう一度聞いた。
「ええ!?」
俺の心情を余所に、更に3割増しくらいで赤くなる片桐。ここでようやく、何やら話が食い違っているであろうことに気付いた。
「なあ、お前まさか――」
「お二人共」
割って入るような声に、思わず振り返る。そこには完全に白けた顔をした蔵屋敷先輩が立っていた。
「愛の告白は仕事が終わってからにしてくださいませんこと?」
「安易な酷薄!?」
「いやお前一回落ち着け」
頭の具合が悪いのはお前の方だ。
★
「……随分と時間が掛かってしまいました」
青藍魔法学園の正門に立つ千紗は、愚痴を零すかのように呟いた。
本来なら移動時間など気にすることもなかったのだが、その移動手段を持つ相手からは物の見事に断られてしまっていた。だからこそ、千紗は慣れない電車やバスまで使ってここまでやって来たのだ。
午後の授業は丸々欠席した。にも拘わらず、この時間だ。もう放課後で日も傾きかけている。青藍・紅赤・黄黄の三校は、遠いとまではいかないまでもそれなりの距離はある。
「さて、まだ件の方は学園に居りますでしょうか」
一歩を踏み出す。彼女の力を使えば仮に男子寮に入られたとしても追跡は可能だが、面倒であることには変わりない。
「ちょっとお嬢ちゃん、ストップストップ」
正門に足を踏み入れるなり、横から声が掛かった。千紗は目だけをそちらに向ける。ちょうど慌てた様子の白髪交じりの警備員が、正門を入って直ぐのところにある警備員室から出てくるところだった。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。見たところ、君は黄黄の制服のようだけどいったいこの学園に――」
「……どうしました?」
遅れて出て来たもう1人の若い警備員が、急に口を閉ざした警備員に対して怪訝な顔で問う。
「いや、実はこの子が今日ここに来ることは聞いていたんだ。何でも学園間交流ってことでここの生徒会が招いていたらしい」
「はぁ? そんなの聞いてないですけど」
急に掌返しをしたかのような発言に、若い警備員は寝耳に水だという表情をした。
「いや、すまんすまん。少し待っていてくれるかな。直ぐに許可証を持ってくるから」
「はい、お願い致します」
千紗は丁寧に頭を下げつつ、若い警備員に気付かれぬようそっと握っていた白髪交じりの警備員の手を解いた。
「何やら連絡が上手く行き届かなかったご様子。ご迷惑をお掛けします」
「え!? い、いやぁ、それはこちらのミスなのでむしろ謝罪はこちらの方が……、あはは」
千紗からの謝罪に、若い警備員は恥ずかしそうに頬を掻く。そうこうしている間に許可証が千紗に手渡された。
「生徒会館の位置は分かるかな?」
「ええ、把握しております。それでは」
一礼し、千紗は警備員室を後にする。生徒会館の位置などどこでも良かった。そんなところに、用などないのだから。
☆
蔵屋敷先輩に連れられるがまま、新館の屋上へと出向いた。金属音を響かせながらその扉を開く。気持ちの良い風が吹き込んできた。
当日はこの場所も一般開放されるらしく、部活・委員会の一部が出店を開くらしい。いわゆる休憩所の役割を果たす場所の1つで、ここにも当然それぞれの領分がある。
「もうラインは引いてあるんですね」
足元のタイルを確認しながら呟く。見れば白のテープがあちこちに引かれていた。
「もちろん。実際に機材がここへ持ち込まれるのは文化祭3日前以降ですが、それより先に進めておかなければならないことは、多々ありますから」
そう言いながら、沙耶はとある方角を指差す。どうやら向こうから見て回れということらしい。
「はいはい分かりましたよ、っと」
渡されていた資料をズボンのポケットに強引にねじ込み、俺はメジャーを持って言われた通りの場所へと歩き出した。
★
その直後だった。
前触れなどは何も無い。
ガクン、と。
それはあたかもブレイカーを落とすかのように。
とある少年の意識は、一瞬で闇へと落ちて行った。
★
不意に背後から放たれた一撃を、鈴音は目視することなく回避した。
「――――っ」
前触れも無く放った一撃を回避したばかりかカウンターの斬撃まで与えてくる鈴音から、襲撃者の少年は一度距離を取る。その一連の動作が終わってから、ようやく沙耶は現状の異常さに気付いた。
「中条、……さん?」
襲撃者の少年とは、中条聖夜だった。
「……あらあらあら、私、貴方の気に障るようなことでもしましたかしら」
口調は普段の温厚なそれと変わりない。しかし、鋭さがまるで違っていた。
その顔に、笑みは無かった。
その声に、温かみは無かった。
帯刀していた木刀を抜き放った鈴音に、普段の気配は欠片も見当たらない。それはつまり、彼女が本気になっていることを意味しており、それはつまり、それだけ現状が異常であることを意味していた。
「……、あ、……う、あ」
聖夜の口から、何やら呻き声のようなものが漏れる。それを聞いた鈴音はピクリと眉を吊り上げた。
「……まさか、操作系魔法?」
「ああああああああああっ!!!!」
一瞬にして距離を詰めた沙耶が、渾身の力を以って木刀を振り下ろす。聖夜はそれを片腕で受け止めた。
「いったい何の真似ですか!? いきなりこのような……、冗談では済まされませんよ!!」
沙耶の叫びに、聖夜は答えない。代わりに拳が飛んできた。
「――っ、鈴音さん!?」
それを防いだのは鈴音。沙耶の首根っこを掴んだ鈴音は、身体強化魔法の力を借りて強引に沙耶を聖夜から引き剥がす。同時に向けられた拳を刀身で受け止めた。
「くっ、本当に頭に異常があったとは!! 浅草流――」
「お待ちなさい!!」
瞬時に体勢を立て直し、改めて突貫しようとしていた沙耶を鈴音が止める。聖夜から放たれた回し蹴りを器用に木刀の柄で受け流した鈴音は、肘打ちだけで聖夜を吹き飛ばした。
スパァンという小気味の良い音が鳴る。聖夜の身体は面白いくらいに回転し、屋上のフェンスに激突した。
「がっ!? あっ!?」
聖夜が崩れ落ちる。
「鈴音さんっ」
駆け寄ってくる沙耶を、鈴音は手で制止した。
「あの程度で沈んでしまうほど、彼はヤワではないでしょう」
その言葉通り、もぞりと聖夜の身体が動くのを、沙耶は目で捉えた。
「これは、……いったい」
「どうやら中条さんの意志ではないようですわね」
「操作系魔法だと?」
「可能性が高い、というだけですわ。だからと言って、現状の危険度に差はありませんが」
聖夜へ焦点を合わせながら、鈴音は後ろに控えている沙耶に指示を出す。
「沙耶さんはお下がりなさい」
「で、ですがっ」
食い下がる沙耶を一度だけ振り返り、鈴音は直ぐに聖夜へと視線を戻した。
「彼は青藍の誇る序列2位の実力者です。酷な物言いとなりますが、彼に遠慮が無い以上、貴方では太刀打ちできませんわ」
「っ」
歯軋りする音が聞こえた。鈴音はそれを聞いてなお沙耶へと告げる。
「……会長を、ここへ」
沙耶から聖夜へと目を移した鈴音は続ける。
「効果が何であろうと。それが魔法であるならば、あの方の魔法で全て片付きます」
「……分かりました」
言いたい事を丸々飲み込んで、沙耶はゆっくりと背を向けた。
「ああああっ!!!!」
その丸腰の背中に向けて聖夜が跳躍する。あと一歩で届くその掌は、横から差し込まれた木刀によって払われた。
「こうして対峙するのは初でしたわね」
聖夜が再び距離を取る。
黒髪の長いポニーテールを揺らしながら鈴音は言った。
「“青藍の3番手”、蔵屋敷鈴音。お相手致しますわ、中条さん」
★
「お?」
「きゃっ」
普段の沙耶なら絶対にあり得ないこと。
一心不乱に階段を駆け下りていた沙耶は、折り返す際、死角にいた男子生徒と正面からぶつかってしまった。衝撃で後ろへと倒れ込みそうになったが、ぶつかった男子生徒が沙耶の腕を掴み支える。
「す、すみまっ――」
「何だ、お前か」
「――――っ」
目の前にいる男子生徒が誰だか分かった瞬間、沙耶は反射でその腕を払い階段の踊り場へと後退した。その光景を目で追っていた男子生徒は、階段を上る足を止めて肩を竦める。
「随分と嫌われたモンだなぁ、え? 片桐沙耶」
「……豪徳寺先輩」
長髪を揺らしながら口角を吊り上げる大和を見て、沙耶が顔をしかめた。「よりによってこんな時に」という感情が露骨に表れる。
そして、それを大和は見逃さない。
「何かあったか」
「貴方には、関係ありません」
「その割にはらしくねぇんじゃねーのか? 階段でぶつかるわ息切らすわ汗流すわ」
「……私だって人間なんですが」
「そりゃ知ってる」
沙耶の突っ込みに大和は真顔で応えた。
「お前らしくねぇって言ってんだが」
「私らしさを理解していると思われるのは心外ですね」
「減らず口はいらねぇよ」
大和の眼光に鋭さが帯びる。
「もう一度聞くぜ。この上で何があった。お前の身体にへばり付いてる魔力の残滓。そりゃあ聖夜のだろう」
この時点で。
沙耶は言い逃れできないと悟った。