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テレポーター  作者: SoLa
第3章 魔法文化祭編〈上〉
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第8話 白い少女

 俺たちを乗せたバスは、青藍市の中心部に位置するバスターミナルに到着した。

 正面には立派な作りの中央青藍駅。ここから一駅先の南青藍駅が、舞の実家がある高級住宅街となる。


「着いたーっ!!」


 両手を広げて将人が叫ぶ。


「邪魔だどけ」


「はうっ!?」


 バスの出入り口でおっ始めた将人の背中蹴り飛ばした。将人が気の抜ける声で崩れ落ちる。


「何だかんだで、聖夜も最近将人に対して容赦無くなってきたよね」


「いや、こいつは最初から将人に容赦無かったろう」


 とおると修平のやり取りを聞いて振り返ってみる。……思えば最初から容赦が無かったかもしれない。初対面で既に顔面を殴り飛ばしていたような気がする。


「よし。皆ちゃんと降りたな?」


 いつの間にやら復活していた将人が人数を確認していた。コイツの回復力には本当に驚く。何か魔法を使ってるんじゃないだろうな。


「よし。んじゃあ自由時間だ!! 解散!!」


「ちょっと待て!!」


 将人の酔狂な号令に待ったを掛けた。


「なんだよ」


「何だよじゃねーよ。先にメインからこなしていこうぜ」


 何しに来たんだお前。


「馬鹿野郎。先に買っちまうと荷物になっちまうだろうが!!」


 ずびしぃっという効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで指差された。……そりゃあ今日の買い出しはテーブルクロスや画用紙などの装飾品に、紙コップや割り箸、紙皿など。全部揃えてから回るとかさばって大変かもしれない。

 ただ。


「まあ、正論だけど時間は無いよね」


 俺たちは通常の授業をこなした上でここにいる。既に16時を回っていた。


「軽ーく店の中を見て回る程度だろうな」


「そ、そんなっ!? カラオケとかゲーセンは!?」


 修平の冷静な回答に、将人が納得いかないとばかりに詰め寄る。


「察しろ馬鹿」


「……ち、ちくしょう」


 掴まれた腕を払いながら修平が止めを刺した。将人が本気で悔しそうな顔をしながら崩れ落ちる。

 お前、本当に何しに来た。







 ひとまず男子と女子でグループ分けして、手当たり次第必要な物を揃えていく事にした。男子が担当するのは当然重い物ばかりだ。学園の最終下校時刻である20時までに間に合うバスをチェックし、それを集合時間とする。


「さて、どこから見て回る?」


 とおるが尋ねる。

 駅やバスターミナルを中心として、周りにはショッピングモールとなっており、大抵のものはここで揃えることができる。ただ、敷地は相当広い。考え無しに歩けば効率が悪い事この上無いだろう。


 設置してあるこの辺り一帯の案内板を前に、男子4人(俺除く)が唸る。


「近い店から当たっていくか。まずは……」


 去年も文化祭を経験している将人たちは、当然ここにも何度も足を運んでいるようだ。ここは大人しく従っておこう。

 そんなわけで俺は周囲をぐるりと見渡してみた。乗用車が行き交う道、バスの出入りが頻繁に行われているターミナル、耳を澄ませば聞こえてくるホームの発車ベル、そして次々と溢れ出てくる人たちのざわめき。学園がいかに隔絶された空間だったかがよく分かる。青藍がこれほど発展し、利用客が多いという事実を今の今まで忘れていた。


 ……とはいえ、俺がアメリカに行っている間にも都市開発が進んだんだろうな。

 まだ幼い、師匠に拾われて直ぐの頃。青藍がここまで都市化していたという印象は無い。この付近も来ていたはずなのだが、この光景はまったく記憶が無いのだ。

 時間が経ったのを感じる。それが少しだけ胸の内にある寂しさを呼び起こす。

 あの時は、まだ――――。


「よし!! 行くぜ!!」


 案内板から顔を上げた将人が、元気よく宣言した。


「どうかしたか、聖夜」


「ん? いんや、何でもない」


 俺の表情の違いに勘付いたのか、修平が小声で問いかけてくる。人の心情の変化によく気付く奴だと感心しながらも、俺は首を振った。







「イメージとしては、調理場は暗幕、もしくは段ボールに黒画用紙で壁を作って、飯を食うスペースに明かりが漏れないようにしたいんだ」


「調理場って言ってもほとんどは家庭科室で作ったものを飾り付けるだけだから……。そこまでスペースはいらないよな」


「電球って買ったっけ?」


「そりゃ女子に任せてるよ。調理場に使うかは置いといて、黒画用紙買うの忘れるな。プラネタリウムが作れなくなっちまう」


 あれやこれやと言い合いながらショッピングモール内を行き来する。店に寄る度に重くなる手荷物は、今日一日の買い出しの成果をそのまま表していた。


「きゃっ」


「おっ!?」


 そんな事を考え手荷物に目を向けていたのがまずかった。前から歩いてきた人とぶつかってしまう。


「す、すみません」


 手荷物を置き、慌てて手を差し伸べる。ぶつかった相手は女の子だった。随分と小柄だ。知り合いで言うなら咲夜くらい。もしかすると結構年下かもしれないと思うくらい童顔だった。


 いや、それよりも。

 何よりもまず思ったのは。


 凄く白い女の子だった。

 上から下まで真っ白。肌も、着ているドレスのような服も。そして、髪も。


「大丈夫か聖夜、ってお前また女の子かよ!! いってぇ!?」


 将人の空気の読めない叫びに、修平は無言で後ろから頭を引っ叩いた。

 連れのクラスメイトも寄ってくる。俺が置いた手荷物を持ってくれた。雑踏の中、誰かに蹴り飛ばされたり盗まれたりするよりも先に確保してくれたのはありがたい。


「あ、……ありがとうございます」


 俺の手を握り、尻餅をついていた女の子がゆっくりと立ち上がった。背丈は俺の肩くらいまでしかない。本当に小さい。人形みたいだ。


「あの、えっと、これ……」


 話しかけ辛そうにとおるが横から声を出す。その手には、白い日傘が開いた状態で握られていた。どうやら目の前の女の子の私物らしい。開いた状態という事は差していたのだろうか。このショッピングモール内で。


「ありがとうございます」

 どうやらそのようだ。

 とおるから受け取った日傘を畳む事無く、白い女の子はそのまま肩に預けるような形で持ち直した。


「申し訳ない。前をよく見てなかったもので」


「いえ」


 白い女の子はふるふると首を振った。それに合わせるようにして、流れるような白い髪も左右に揺れる。


「それはこちらも同じです。ぶつかってしまってごめんなさい。お怪我はありませんでしたか?」


「こちらは大丈夫です」


 尻餅までついたにも拘わらず俺の心配をしてくれるとは。社交辞令であったとしても凄く良い娘だった。


「そうですか。良かったです」


 本気で安堵したような笑みを浮かべる。良く見てみるまでもなく、めちゃくちゃ可愛かった。


「それでは失礼させて頂きます。ごきげんよう」


「あ、ああ。気を付けて」


 ぺこりと一礼した白い女の子は、俺のギクシャクとした返答に軽く微笑んでから歩き出す。その背中を追うように視線を向けたが、雑踏に紛れて直ぐに見えなくなった。


「聖夜てめぇ!! お前は学園外でもフラグ乱立させんのか!!」


「言いがかりだ!!」


 フラグって何だフラグって。乱立も何も立たせたつもりすらない。血の涙を流す将人を押しのけるようにして修平に助けを求める。


「もう18時か」


 修平が顔を上げた。その先にはちょうど時計が18時を示したところだった。聞いたこともないメロディが流れ出す。


「飯も食ってくだろ?」


「……そうだな。寮棟に戻ってからじゃ開いてはいるだろうが遅過ぎる」


 修平の提案をぶすっとした表情の将人が肯定した。最終下校時刻まで活動している部活は当然ある。そしてその部員は寮棟に戻ってからの夕食になる為、寮にある食堂の営業時間は結構長い。舞の話じゃ、22時までやっているそうだ(ラストオーダーは30分前までだが)。


「キリの良いところで飯にするか」


「何食うかなぁ~。お前ら何か食べたいものある?」


 将人からの質問に、それぞれが異なるリクエストを発した。チームワークが欠片も見られない壊滅的な展開だった。


「んじゃ俺は下りるわ。決まったやつに合わせる」


 特にこれが食べたいと思って言ったわけではない。むしろ早く決めてとっとと食べたい。腹が減った。


「大人だねぇ聖夜は」


「逆に言えばノリが悪い」


「更に言えば自己欲求が薄い」


「お前ら喧嘩売ってんのかコラ」


 とおるに続くようにして告げられた将人と修平のセリフから得られる答えは1つだけだ。拳を鳴らそうとしたところで。


「ちょっと気軽に話しかけてくるの止めてくれる? 貴方と繋がりがあるって知られたくないんだけど」


「ん?」


 振り返る。


「どしたー? 聖夜ー」


 間延びする将人の声を聞き流し、雑踏の中目を走らせる。見知った顔がいるようには見えない。


「誰かいたのか、聖夜」


 修平からの問いに首を振った。


「いや、今……。知った声が聞こえた気がしたんだが」


「あん?」


 修平も俺につられてキョロキョロと辺りを見渡す。


「誰か知り合いがいたのか?」


「分からん」


「何だそりゃ」


 俺の答えに修平は軽く笑った。


「気のせいだったのかも」


 確かに聞いたことのある声だった気がしたのだが。


「ま、この時期だ。もしかしたら他のクラスの奴が買い出しに来てるかもしれん。お前生徒会だし、パッと思い出せないような繋がりの奴とも話した事あるだろ」


「……そうかもな」


 修平からのもっともな言葉に頷き、なんとなく後ろ髪を引かれながらも将人たちの会話に戻ることにした。







「信じらんない。まさか堂々と話しかけてくるなんて」


 ショッピングモールの死角となる部分。決して立ち入り禁止の場所では無い。道行く人が意識しないような空白の場所。店舗の無い少しばかり開けたスペースに2人はいた。


「そうしないと貴方とは話せないでしょう。貴方のアドレスすら知らないのですから」


 白い日傘を差し白いドレスを着た白い少女は、ため息混じりにそう言う。


「貴方たちの連絡先を登録するなんて絶対イヤ」


「誰がプライベート用の携帯電話に登録しろと言いましたか。専用の端末はお渡しします」


「イ・ヤ。何で私のプライベートにまで貴方たちの繋がりを示す物を持ち歩かなきゃならないのよ」


 白い少女は日傘を持たぬもう片方の手で目頭を押さえた。


「で、何の用なの。私クラスメイトとここ来てるの。あまり時間掛け過ぎると怪しまれるんだけど」


「呵成様から話は?」


「聞いてる。まさか寮の私の部屋に来るとは思わなかったわ。信じらんない」


「それを私に怒らないでくださる? 結局は貴方が連絡ツールを持たないことに非がある自覚もしてください」 


「ふんっ」


 自室に侵入されたことは可哀相だと思うものの、そもそも少女に連絡する手段が無いのだからそうするのも致し方のないことである。ここまで自己中心的な性格をされるともはや清々しい気分にさえなる、と白い少女は思った。


「で、本当に彼なの?」


「本当に、とは?」


 白い少女は首を傾げる。


「全っ然悪い人には思えないんだけど。むしろ良い人」


「日本のバランスを崩しかねない、という話に対してでしたら、性格よりも重要な要素があります」


「何それ」


「実力です」


 白い少女は即答した。


「そりゃあ確かに凄いみたいだけどさ」


「みたい? 目で確かめてはいないのですか?」


 今まで何やってたんだ、という非難も込めて白い少女問う。


「だって戦ってるところ見たわけじゃないし。学園のカリキュラムで晒せる程度の実力なら、『五光(ごこう)』が重要視するわけないでしょ」


 思いの外正論だったことで、白い少女が目を見開いた。


「それで? 日本のバランスを崩しかねない、って側面からじゃなければなんなの?」


「……主の命だから、ですよ」


「またそれ」


 相手の返しが気に入らなかったのか、白い少女が顔をしかめる。


「それがあれば十分だとは思いますが」


「別に私、貴方みたいに主に陶酔してるわけじゃないし」


「……私も、陶酔しているわけでは」


「どーだか」


 白い少女の反応を見た相手は、興味も無さそうに首を振った。


「『旋律(メロディア)』と繋がりがあろうが、『黄金色(こがねいろ)旋律(せんりつ)』の一員だろうが、どーでもいいわ。だって私、そいつらに何かされたわけじゃないもんねー」


「っ」


 白い少女の日傘を握る手に力がこもる。しかし、否定の言葉は口から出てこない。なぜなら否定する要素がどこにも無いからだ。


「言っとくけどさ」


 その様子を見つつ、白い少女の相手は告げる。


「私はあの人が本当に悪い人だって断言できなきゃ協力しないから」


「……それは。……主を否定する、と、言外に述べているのですか?」


「……、……あのさぁ」


 大袈裟に肩を落とす仕草をした白い少女の相手は、幾分かうんざりした表情になった。


「貴方、ちゃんと気付いてる?」


「……何がです」


 白い少女の声のトーンが下がる。それから導き出される白い少女の感情の変化を察しておきながらも、白い少女の相手は平坦な声で続けた。


「それってさ。仮に悪だった(、、、、、、)としても(、、、、)主の言葉なら(、、、、、、)何でもするって(、、、、、、、)言ってるのと(、、、、、、)一緒だよ(、、、、)


「――――っ」


 白い少女の肩が露骨に震える。それを見た白い少女の相手は、答えを聞くことなく踵を返した。


「貴方の目的は知ってる。それを否定するつもりもない。けど、その為に他の人を犠牲にするのってどうなの? そういうのが許せないから貴方は戦ってると思ってた」


 立ち去るその姿を、白い少女は呼び止めることができなかった。







「あーっ!! 聖夜君だーっ!!」


 食事を終えて店を出たところで、見知った顔とばったり出くわした。


「鑑華か」


 その周囲には数人の男女。鑑華のクラスメイトなのだろう。皆、両手いっぱいに紙袋を抱えている。そんな俺の視線に気付いたのか、鑑華がニンマリと笑った。


「んー? んふふ。お目が高いねぇ聖夜君。そう、この袋の中身とまもむぐぐっ!?」


「美月ダメダメダメ!!!!」


「ストップストップ!!」


 クラスメイトに羽交い絞めにされ、口を塞がれる鑑華。その反応で中身が何なのか察しがついた。いや、ついてしまった。


「な、何でもないんだよ中条君」


「そ、そうそうそう。生徒会の人にこれと言って報告するような事は何も……」


 不憫なくらいの慌てようである。ていうかこの反応が当たり前だ。


「んー! んー!」


 鑑華が自分の口を塞いでいる腕をタップしていた。どうやら口と一緒に鼻も塞いでおり息ができていないらしい。


「あ、美月ごめんっ!?」


「ぷっはっ!?」


 それに気付いたクラスメイトからようやく解放された鑑華は、恨めしい視線をそのクラスメイトに向けた。


「……ひどいよぅ」


「ご、ごめん……って、美月が喋っちゃいそうになるのがいけないんだよ!!」


「だってぇ、聖夜君には知っておいて欲しかったんだも~ん。私たちのクラスがめメイむぐっ!?」


「だーかーらー!! 駄目なんだってば!!」


 再び鑑華の口が塞がれた。埒が明かないな。

 ……そう思った時だった。


「んあ? お前ら、何か落としてんぞ」


 将人が地面に落ちた何かに目をつけ、拾い上げた。


「……おい。これは」


「え? ……あっ!?」


 将人の手にしたそれを見て鑑華のクラスメイトの1人が声をあげる。鑑華の口を塞ぐことに夢中になるあまり、紙袋から吹っ飛んだのに気付かなかったようだ。


「カチューシャ?」


 修平がそれを見てその正体を口にする。その単語が響いた瞬間、ここら一帯に戦慄が走った。

 どんな展開だこれは。


「……ま、まさかお前ら」


 驚愕の表情を浮かべた将人が一歩後ずさった。


「ふはははははっ!! バレてしまったらしょうがないね!!」


 口を塞いでいたクラスメイトの手を払いのけ、鑑華が芝居がかった口調で高らかに笑う。


「我らが2年C組!! 『喫茶店~やさ(シー)おい(シー)うれし(シー)御休み処~』とは仮の姿!! しかしてその実態は!!」


 ぶすっと効果音がつきそうなほどの勢いで紙袋に手を突っ込んだ鑑華は、今俺が一番見たくない衣装を躊躇いなくお披露目した。


「貴方の疲れを癒します!! メイドさんたちによる『シロクロ喫茶』なのだ~!!」

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