無題4
「おい、山田」
廊下に1人の少年を呼ぶ声。それが仮であったとしても自分自身を指し示す記号である事を理解していた少年は、面倒臭そうな表情を隠そうともせず後ろへ振り返った。
そこには数人の男子生徒。うち1人が一歩だけ前に出る。
「10月20日、空いてるか?」
友人でも無い自分になぜそんな事を聞くのか、と少年は疑問に思わなかった。その日付が意味するところを先ほどまでとある少女と話していたからだ。
だからこそ。
「空いていないし、興味も無いな」
そう断言する。
「だぁ、空けといてくれっつたろうがぁ」
本気で残念そうな顔をする目の前の男子生徒に、少年はもう一度構わず告げた。
「俺はその時も言ったはずだ、興味無いってな」
「お、お前なぁ――」
「やめとけやめとけ。俺らじゃ敵わねぇくらい強いから誘ってんだ。勝てるわけねぇだろ」
少年の一言に一歩を踏み出した男子生徒を、少年と話していた男子生徒が止める。それを確認した少年は、もう興味を失くしたのか踵を返して自分の教室へと足を向けていた。
「ま、センセイに捕まらない程度に頑張れ」
「おう、そんなヘマはしねぇよ」
後ろ手にそんな声が聞こえる。馬鹿が、と少年は心の中で毒づいた。昨年の顛末は少年も風のうわさで聞いている。
たった今少年に話しかけてきたリーダー格の男子生徒は、この学園で4番目に強い称号を持つ。が、昨年意気揚々と青藍へと殴り込みをかけて、向こうの序列2位に玉砕したらしい。
(……名前は何つったか)
少年は人の名前を覚えるのが苦手だった。いや、覚える努力をする事がと訂正した方がいいかもしれない。
少年にとって、名前とはただの記号でありそれ以上の意味は成さない。よって自分にとって本当に必要であると判断できる者の名前以外は、直ぐに頭から抜け落ちてしまうのだ。
と、少年はそこまで考えたところで気付いた。
「……あれ、さっき聞いた名前何だっけか」
つい先ほど白い少女から伝え聞かされていたターゲットの名前すら、少年はもう思い出せなかった。