第3話 喫茶SEIYA(笑)……じゃなくて(仮)
青藍魔法学園文化祭は10月20日と21日、計2日間に渡って行われる催しである。
学園の周囲には高度魔法障壁が張ってあり関係者以外の立ち入りは原則としてできない。また、その学園自体が山の中にあるという交通の便の悪さからも、基本的に関係者以外の人間が寄り付く事が無い。
しかし、この期間だけは別。
外からの人間を招待する事を目的としているイベントだ。文化祭は秘密主義である魔法学園がその門を開放する、数少ない場であると言っていい。学園生の家族や友人、入学希望の子どもとその親御さん、はたまた興味本位でやってくる魔法とは縁の無い観光客。その数は相当なものになると聞く。
そして学園側としてもこれを大切な宣伝行事として捉えている。
未だ浸透しているとは言い難い魔法という技術。それが如何に優れたものであるのか。また魔法を教える機関として青藍魔法学園が如何に優れたものであるのか。それを来場者へ強く訴えかけていくべく、学園側も全力を尽くす。
そんな文化祭という行事を運営・支える上で無くてはならない機関。言うまでもない、生徒会だ。教員と生徒との橋渡し役である事はもちろん、同じ学園生でありながら強力な権力を有する生徒会役員は、教員に代わって文化祭を運営する立場にいる。
その手足となって各クラスのまとめ役になるのが文化祭実行委員となるわけだ。
☆
「さて、本日の会議を始めようか」
会長の号令の下、生徒会役員が各々の席に着く。
目の前には膨大な資料。
文化祭での出し物について記載されている企画書は、計3回に渡って各クラス・各委員会・各部活から生徒会へと提出される。1回目はあくまで希望。2回目である程度の方向性を絞り、3回目で決定される。各クラスは生徒会役員の助言の下、出し物の骨格から練っていく形になる。
本日の企画書提出は第1回目。今日は明日行われる文化祭実行委員会議に先立った話し合いだ。
明日の会議には当然各クラスの実行委員が同席する(委員会・部活の代表者はまた別に場が設けられる)。そこでは文化祭についての話し合いはもちろん、簡単な自分の出し物についてのプレゼンテーションも行ってもらう形となる。生徒会役員やその他の実行委員からの批評を受けつつ、担当となる生徒会役員の発表、内容を各クラスへと持ち帰り、手直しをして2回目へと望んでもらう。
なので今いるのはあくまで生徒会役員だけだ。
目の前の膨大な資料は、放課後花宮が必死にかき集めてきた各方面からの企画書を生徒会役員分コピーしたものである。
「それじゃあ、まずは1年A組から……」
副会長が原紙を、他の役員はそのコピーを手元に置き話し合いが始まる。
つまり俺が何を言いたいのかというとこういう事である。
俺のクラスの出し物ヤバい。
1つずつ皆で見ていくなんて聞いてないぞ。担当決めて後は不可侵じゃないのか。先に照らし合わせを行った上でとは聞いていない。こうなると俺のクラスの出し物の内容が隠すまでもなく晒されてしまう事に……。
「いいんじゃないかな、面白い。特に1年生で魔法を取り入れようとするひた向きさは買ってあげるべきだろう」
会長の声でふと我に返る。
俺の与り知らぬところで勝手に議論は始まっていた。
「女子生徒で着物を持ってない者はどうするのです?」
「注意書きで下に書いてあるわ。用意できない人は裏方に回ってもらう、ですって」
「なるほど」
副会長の指摘した部分にラインマーカーを引いていく片桐。
「万が一魔法が暴走した時の対応策が書かれていませんわ。来場されたお客様への安全考慮等明記した上で第2回に回すように」
「そうですね。明日の会議ではその指摘と、屋台に関する詳細な情報を……」
副会長がきゅきゅっと音を立てながら赤ペンで内容を記入していく。
……。
言うまでもなくガチだった。これはまずいんじゃないだろうか。
「では、このクラスの担当を決めたいと思います。立候補があれば受け付けるわ」
「俺がやるよ」
誰よりも早く手を挙げた事で皆から「お?」という視線を受ける。
どうせ掛け持ちしなければならないのだ。委員会や部活の企画には個別で付く事は無いが、生徒会役員は俺を入れても6人。各クラスへ付く為には最低でも2つは受け持たなければならない。
正直なところ、自分のクラスさえ受け持ちできれば他はどこでも一緒だ。
「えーと、他にやりたい人はいる?」
副会長がぐるりと周囲を見渡す。名乗り出てくる者はいなかった。
「それでは、1年A組は中条君に任せます」
副会長が差し出してきた原紙を受け取る。
「……どうしたんです本当に。何か拾い食いでもしましたか」
「失礼な奴だな。俺のやる気を殺ぐんじゃあない」
納得がいかないとばかりに首を捻る片桐を差し置いて、会議は進む。
☆
「次、2年A組~」
ついにこの時が来たか。
副会長が企画書に目を通す。コピーを渡されている各役員も手持ちの資料をパラパラと捲る。
……。
凄い緊張感だ。例えるなら処刑台へと歩いて行く罪人のような――、
「……中条君」
「……は、はい」
大して読み進めてはいないであろう段階、と言うか速攻で名前を呼ばれた。
これは、もしかしなくとも。
「何なのよこれは――――っ!?」
大絶叫だった。
「喫茶店をやりたいって事は分かったわ。けど何!? まずこの名前!!」
「喫茶SEIYA(笑)。……ぷ」
「おい片桐捏造はよせ!! (笑)じゃねぇ(仮)だ!! (笑)だと正式名称みたいじゃねぇか!!」
「違うのですか? ぷぷっ」
「名前が決まらないからって苦し紛れに書かれちまったんだよ!! あと笑うのやめろ!!」
無論、書いた将人はタコ殴りだ。
「内容は『決められた制服を着用して飲食物を提供する』か。決められた制服っていうのが具体性に欠けるね。つまりどんなメイド服なんだい?」
「欠けるって言うわりには十分勘付いてんじゃねーか!!」
クソ真面目な表情で聞いてくる会長につっこむ。本当に要らん事しか口にできない男だな!!
「『薄暗くした店内中央部にプラネタリウムの機材を置き、室内に幻想的な空間を作る』、なるほど。確かにSEIYAですね。ぷぷぷ」
「表出ようぜおい。そろそろ白黒付けるべきだと思うんだお前とは」
ぷいと顔を背ける片桐。
プラネタリウム案が通ってしまえば本当に喫茶店の名前が馬鹿げたものになりかねない。せめてそれだけは避けておきたい。
「プ、プラネタリウムの機材って、高いのではないでしょうか?」
「……もちろん、機材を揃える気はないさ。自作だよ自作」
「つ、作れるんですか?」
花宮の言葉に頷く。
説明を求められているようだが、個人的には通したくない案だ。あまり押したくはない。
「うん、良いアイデアだと思うよ。電球と黒い厚紙さえあれば十分に可能だからね。電球を厚紙で覆って、そこに小さな穴を無数にあけておくんだ。十分代用できるだろう」
会長がしたり顔で説明してくださった。本当に余計な事しかできないなこの男は。
「魔法は使用されないのですか?」
「ええ、現段階では」
蔵屋敷先輩からの問いに答える。片桐から露骨にため息を吐かれた。
「青藍の2番手だけでなく学年最高戦力である名家のお二人まで在籍するクラスで、魔法は使わない、ですか。知ってますか中条さん。ここ、魔法学園という名称なのですが」
「いっそのことここで潰し合うかいお嬢ちゃん」
これはもう喧嘩を売ってるとしか思えない。ここまで叩き売りされちゃあいい加減に買わないわけにはいかないだろう。
「とっ、とにかく!! こんなモノ認めるわけにはいかないわっ!!」
ずっとぷるぷるしていた副会長が吠える。
「破廉恥で不謹慎で不潔よ!!」
この上ない貶し具合だった。すまん将人とクラスメイトたち(男子に限る)よ。この企画を通すのは無理そうだ。
「ちょっと待ってくれるかい?」
そこで思わぬところから横やりが入った。
「何っ!?」
挙手する会長に副会長が噛み付かんばかりに振り返る。
「流石にそれは無いんじゃないかな。俺は有りだと思うよ、この企画」
「はぁっ!?」
……なん、だって?
聞き間違いであると信じたい。が、蔵屋敷先輩を除く他の役員全員が俺と同じ呆けた顔をしている事から、残念ながら間違いではないようだ。
「なっ!? なななな!? 何を言ってるのよ兄さん!! これは流石に――」
「何かまずい事が書いてあるのかい? この企画書に」
副会長の動揺など何のその。会長はしれっと聞き返す。
「ま、まずいも何もっ、メイドって!?」
「うん。書いてあるのかい? この企画書に」
「そっ、……それは」
副会長が急いで企画書に目を落とす。
もちろん、書いていない。『決められた制服』と表記されているだけだ。
「でっ、でも、これだけ書かれていればっ」
「それは俺やお前が勝手に結論付けた意見だろう。この企画書はそうは言っていない。もしかしたら私服が駄目でちゃんとうちの制服を着用しようと言っているだけかもしれない」
「う」
副会長が目に見えるほど大袈裟にたじろいだ。
「……まあ、否定はできませんね」
言葉に詰まる副会長の横で片桐が唸るように言う。
「個人的には手作りのプラネタリウムって辺りが面白いと思う。喫茶店と掛け合わせようって試みも斬新だ。少なくとも俺は過去見た事が無いね」
「そうですわね。私もありませんわ」
……まさかの蔵屋敷先輩も賛同してきた。
いやちょっと待とう。この流れは流石にまずいんじゃないだろうか。
「自らの力を誇示せず、魔法の無い風景もちゃんとこの学園にはあるんだという良いアピールじゃないか」
「……」
無言でこくこくと頷く花宮。
「どうだい紫。これでもお前はまだこの企画を否定するか? 破廉恥で愚劣で卑猥で畜生な企画であると卑下するか?」
「……うぅ、そ、そこまで言ってないのに」
なぜか正論を述べていたはずの副会長が悪者みたいになっていた。半泣きである。
そして俺も泣きそうだった。
……この企画は、通る。
どうしてこうなった。
天井に目を向け問うてみても、答えは返ってこなかった。
☆
翌日。
支度を整えて寮棟を出てみれば、いつも通りの3人組が玄関口で俺を待ち構えていた。
俺の顔を見るなり笑みを浮かべるアホ1名。思いっ切り殴り飛ばしてしまいたい衝動を必死で抑え込む。
「よぉよぉ大将。どうだったんだよ」
「うざいきもいきえろ」
「まぁまぁそう言うなって!!」
馴れ馴れしく肩を叩かれる。なんだこのクソ面倒臭いテンションは。まさか酔ってるんじゃないだろうな。
後ろに控えていた修平ととおるに目を向けてみる。2人揃って肩を竦めていた。
どうやら付き合ってやれという事らしい。冗談じゃない。
「で、結果を教えてちょうだいよ!!」
「あー鬱陶しい!! どうせ今日の実行委員会で話すんだからそれまで待てよ!!」
「待てねぇっつの!! 放課後までどれだけ時間があると思ってんだ!!」
清々しい朝の陽ざしを浴びながら将人と不本意にも絡み合う。
「そんなに勿体ぶる事ないだろー!!」
「だぁかぁらぁ!! 1つのクラスに教えちまうと他のクラスからも問い合わせが殺到するから駄目なんだって!!」
「そこを何とか!!」
「何とかじゃねぇよ!! いい加減離れ――」
「あーっ!! 聖夜君だーっ!!」
その元気いっぱいの声に思わず目が行く。将人もピタリと動きを止めてそちらへ振り返った。
そこには。
「おっはよー聖夜君っ!!」
朝日を浴びてキラキラと輝く金髪を跳ねさせながら、健気にもこちらへ駆けて来る鑑華の姿があった。
「わーっ、通学路で会うのは初めてだねっ!! これから学園に行くの?」
「あ、ああ。……おら、離せ」
あくまで話題作りなのだろう。この時間にこの場所にいるなら学園に行くのは当たり前だが、そこを追及するほど無粋でもない。ひとまず引っ付いたまま離れない将人を蹴り飛ばす。
「なら一緒に行こうよっ!!」
「……そうするか」
将人の馬鹿に纏わり付かれるよりよっぽど健全なスクールライフだろう。
今回ばかりは感謝感謝だ。
「えへへ、やったっ」
ぴょこんと俺の隣に立つ鑑華。
何を考えているか分からない面もあるものの、器量としては申し分ない女子生徒だ。そういった仕草にも可愛らしさを感じてしまう。
先ほどから口を挟まず傍観に徹していた修平ととおるの方へ振り返る。苦笑いされた。
「先行っててくれ。一向に起き上がらない将人を引き摺って行くからよ」
修平の他者との線引きの上手さは相変わらずだ。
「わりーな」
「ううん、また昼休みにね」
「おう、あ、駄目だ」
手を振ってくるとおるに振り返したところで思い出した。
「朝無かった分、昼は生徒会なんだ」
「そっか。頑張ってね」
「さんきゅー」
修平ととおるに別れを告げ、鑑華を促し歩き出す。
「お友達、いいの?」
「ああ。あいつのアホに付き合ってたら遅刻するぞ」
「……ぐぞぉ、裏切り者ぉ」
後ろから何やら弱々しい声が聞こえた。
「いいから早く起きろ。遅刻するぞ」
「朝からみっともないよ、将人」
2人の対応は実に手慣れたものだった。
☆
「えへへ。えへ」
「……何だ、ニヤニヤして」
鑑華は将人たちと別れてからずっとこの調子だった。
まともな答えが返ってくるとは思っていなかったが、興味本位で聞いてみる。
「えー? だって聖夜君との初登校だよ? 嬉しいに決まってるじゃんっ!!」
「……そうスか」
案の定、まともな答えではなかった。
周囲には登校中の学園生も増えてきており、ちらちらと視線を感じる。
……鑑華がいかにこの学園で注目されているかがよく分かる類の視線だ。端的に言えば、俺への嫉妬心のようなもの。面倒臭い類である事この上ない。鑑華はこの環境をどう思っているのだろうか。
「……ん? えへへ」
俺の視線に気付いたのかこちらを見てくる。俺が特に何も無いと首を振ると、視線が合っただけで嬉しかったのかまただらしの無い笑みを浮かべていた。
つまりは何も思っていなさそうだった。
学園のマドンナと呼ばれるような存在からすれば、こういった視線は有って無いようなものなのか。それとも向けられている負の視線は俺が独占しているわけだから、単に気付いていないだけか。
何にせよ、謎であるとしか言いようがない。
性格はさておき極上の美少女と言っても過言ではない舞や可憐、加えて生徒会役員の綺麗どころを軒並み押しのけてマドンナの地位に君臨する女子生徒が、なぜ俺に興味を持ったのか。その理由がまったく分からない。
鑑華とのファーストコンタクトは間違いなくクラス替えの時だったし、その時点では既にこの調子だった。
一目惚れという言葉が脳裏を過ぎるが、それで納得できるほど俺はピュアな精神をしていない。髪が白いだとか目つきが悪いだとかいう項目を隅に押しやらせてもらえれば、俺の見た目はそこそこマシな方だと思う(前2つの項目が重要だとかいう意見は受け付けない)。
だが、それで学園が誇るマドンナを一目惚れで仕留められるかと問われたら当然Noだ。将人は性格上の問題で置いておくとしても、修平やとおるの方が確率としてはまだ高いだろう。
だからこそ、謎としか言いようがない。
俺のどこが気に入ったのかと聞ければ手っ取り早いのかもしれないが、残念ながら面と向かって質問できるほど俺の女性に対する免疫は強くなかった。もし、仮に、万が一、本当に俺の事を好きでいてくれた場合、この質問はどつぼに嵌ってしまう可能性もある。
「えへへ。また目が合っちゃったね?」
「あ、ああ」
こんな些細な事でも笑顔を向けてくる鑑華。その笑顔に不覚にもドキリとさせられた。
……本当、俺の何が気に入ったのやら。
……。
それとも――。
「あれ? 前にいるのって花園さんと姫百合さんじゃない?」
「……げ」
俺の思考は鑑華から提示された非情なる現実によって中断させられた。あの後ろ姿は間違いない。舞、可憐、咲夜の3人だ。
「……よし」
話し掛けない方がいいな、うん。
特に舞は鑑華の事を毛嫌いしているようだし、一緒に登校している姿なんて見せたらおしまいかもしれない。
「なあ、鑑は――」
「おーいっ! はっなぞっのさーんっ!! ひっめゆっりさーんっ!!」
「馬鹿なの!?」
思わず叫ぶ。
まさかの呼び止め。一瞬にして見つかる見つからないの話じゃなくなった。
後方からの声にクラスメイト2人とその妹1人が振り返る。可憐は驚いて口元を手で隠し、咲夜は目を真ん丸にした。
そして舞は。
「……鑑華」
予想通りむすっとした表情を見せる。そして、鑑華の隣にいる俺を見て更に複雑な表情を見せた後、苦虫を噛み潰したかのような表情で鑑華の名を呟いた。
「よ、よお」
もうどうしようもない。ここで逃げ出しても意味無いだろう。何せクラスが一緒なのだ。どうせ捕まる。
そう考えて鑑華の流れに便乗し軽い感じで挨拶してみる。
「……聖夜、集合」
ちょいちょいと指で手招きされた。
……体育会系のノリで呼ぶのやめろ。まじこわい。
「だーめだよっ!!」
しかし、諦めて舞の下へと向かおうとしたところで待ったが入った。俺の腕に鑑華が抱き着いてくる。女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「お、おい」
「あーっ!?」
「……まぁ」
「え」
舞、可憐、咲夜が三者三様のリアクションを見せる。
可憐が一番怖かった。なにこの凍てつく視線。そして咲夜の視線からは罪悪感がヤバい。舞は……、特にコメントするまでもなく予想通りだった。
「聖夜君は私と登校してるんだもんね。ねー聖夜君?」
頼む。相槌を求めるのはやめてくれ。俺死んじゃう。
「どういう事なのよ聖夜!!」
今回はなし崩しというわけではない。俺の同意の上での行動なのでその質問には非常に答えにくいです。
「どーいうこともなにも、こーいうことだもんねっ!!」
「ちょっ!?」
「お、おいっ!?」
更に自分の方へと俺を引き込もうとする鑑華に待ったをかける。当たり前だが俺も男なわけで。これ以上されると色々まずい。
何より。
「聖夜から離れなさいよこのーっ!!」
「あははっ!!」
掴み掛ろうとする舞を、鑑華は俺の腕を抱いたまま器用に躱してみせる。
舞をこれ以上挑発するのはとてもまずい。
「鑑華、もうその辺に」
「あーっ!! 私の事またファミリーネームで呼んでるーっ!!」
「うっさいって言ってんのよ!!」
舞からの攻撃を華麗に躱しながら鑑華はクスクスと笑っている。
ふと周囲を見渡してみれば完全に見世物状態となっていた。時折「何あれ」「修羅場らしい」的な会話も聞こえてくる。
咲夜はなぜか若干涙目になっており可憐が頭を撫でて慰めていた。もう嫌。こんな事ならあのまま将人と絡み合っていた方が――。
……。
――いいわけがない。
結局、どちらに転んでも面倒臭い事に変わりはないようだった。
☆
昨日の放課後に実行委員会の先立った話し合いをしていたお蔭で、生徒会の早朝会議は無しになっていた。但し、昼休みは残念ながら自由にはならず、生徒会出張所に集合して実行委員会の準備をするらしい。
授業の時間を文化祭活動へと割り当ててくれるのは、昨日の5、6時限を除けば後は文化祭3日前からのみになる。それ以外にも時間が欲しければ、放課後に自主活動をするしかない。
もっとも、文化祭3日前からは丸1日準備に使っていいわけで。
役割分担や買い出し等をそれなりにやっておけば、ハードなスケジュールにはならないだろう。
他の学園に通っていたわけではないので基準は不明だが、それでも丸3日も準備期間をくれるというのは厚遇じゃなかろうか。
☆
「文化祭まで2週間を切ったわ!! さあ、いよいよ馬鹿騒ぎの始まりよ!!」
テーブルに乗り出すようにして副会長が宣言する。
昼休み、生徒会出張所。
そこには会長を除く生徒会役員全員が揃っていた。
「そうか。昨日で2週間前だったんだな」
「顔合わせ兼代表者選出、そして第1回目の企画書提出。これが青藍魔法学園における文化祭シーズン到来のお知らせになるのですわ」
「なるほど」
蔵屋敷先輩の説明に頷く。
一気にモードが変わるってわけだ。確かに今日は授業中でも休み時間でも、どことなく浮ついた雰囲気が漂っていた。何か特別な事をしているわけではない。そうさせるような空気というものが流れているのだ。
こういうお祭りムードは嫌いじゃない。
「そわそわしてますね」
「お前もしてるだろ」
指摘してきた片桐にそう返す。
「これは武者震いです」
「武者震い?」
「ええ。今年はこの手で何人斬れるのかな、と。ふふふ」
「ふ、副会長!! ここに危険人物がいます!!」
「もちろん冗談ですけれど」
「性質悪ぃ冗談はやめろ!!」
「うるさい!!」
「……はい」
「……す、すみません」
揃って副会長に一喝された。
こうして悪ノリしてくる辺り、片桐も何だかんだで楽しみにしているのかもしれない。
「こほん。さて、今日の実行委員会に向けた話し合いを始めるわ。全員……、うん。全員いるわね」
……副会長は間違いなく何かを見なかった事にした。
「今日の実行委員会に出席するのは、私、沙耶ちゃん、中条君の3人よ」
「全員出席するわけじゃないのか?」
「私と花宮さんは一緒に部活・委員会の文化祭会議に参加致しますわ」
「あぁ、それも今日あるんでしたっけ」
文化祭で出し物をするのはクラスだけではない。そういえば同時並行で別の会議もあるって言ってたっけ。会議の内容はほぼ決まっているわけだし、同じ会議に全員出席する必要は無いか。
「会長は何するんだ?」
この場にいない問題児の動向を聞いてみる。
「誰それ?」
「え?」
もういない事にする感じで?
「冗談よ」
副会長が俺の反応を見て笑った。
「兄さんには先生方の会議に参加してもらうわ。各クラスに支給される予算と最終下校時刻の緩和についてもう少し喰い下がってみるって言ってたし、期待して良いんじゃないかしら」
「……そうか」
どうやらやるべき事はきっちりやってくれるらしい。
「後学の為、中条君もそっちに参加してみる?」
「お断りします。断固」
教員に会長を交えた話し合い? 胃に穴開くわ。
「あらそう?」
残念、という顔をしつつも話を戻すべく副会長は手元の資料を捲った。
☆
放課後。
本館にある多目的室Aにて、第1回目となる青藍魔法文化祭実行委員会会議は予定通りの時間にスタートした。
「今年度の文化祭実行委員長を任されました御堂紫です。今年も皆さんの力で青藍を盛り上げていきましょう。よろしくお願いします」
副会長が壇上で一礼する。
実行委員の席からは疎らではあるが拍手が起こった。
各クラスから1名ずつ選出された実行委員は、合計で12名。それに生徒会役員である俺、副会長、片桐の3名を加えた計15名が本日の出席者だ。
「それではお手持ちの資料を開いてください」
堂々と壇上で会議を進行していく副会長。
俺と片桐はその左脇、出入り口付近に席を構えている。実行委員たちは2列左右に6名ずつで腰掛けており、その中の1人には当然将人の姿もあった。
……皆、思っていたより真面目なんだな。
「――り、担当となる生徒会役員と協力して――」
副会長の進行を聞き流しつつそんな事を考えてみる。
1回目とはいえ無遅刻無欠席。それに一切の私語無く集中して副会長の話に耳を傾けている。クラスによってはもう買い出しの準備を始めているところもあるようだし、文化祭に向けた本気度が窺えた。
「……まぁ、何事にも全力でっていうのは良いものだよな」
「はい?」
俺の呟きに、片桐が「急に何言い出したこいつ」と言わんばかりの視線を向けてくる。
「……なんでもねぇよ」
共感を求めるのも億劫だった為、そう返すだけに留めた。
☆
「すげーじゃねーか聖夜!!」
実行委員会会議が終わり。
多目的室Aの施錠確認をしていたところで将人から声を掛けられた。
「まさかあの企画をきっちり通してくれるとはな!! 流石は『青藍の2番手』なだけはあるぜ!!」
「……勘違いしないように言っておくが、青藍の『番号持ち』の選定基準はそんな不純なものじゃないからな」
そんな残念な称号だったら即行返上するわ。
「いやいやいや、それにしたって純粋に驚きだぜ。本当に通してくれるとは思ってなかったからな」
……一応無茶振りをしているという自覚はあったらしい。
事実、今日の会議でも俺たちのクラスの出し物は賛否両論だった。出席していた3年の実行委員からは「よくもまぁ堂々とこんな企画書を出したものだ」という意見が挙がっていたほどだ。
俺もその通りだと思う。
3年の企画書を見てみると、そこはやはり一番の経験者であるが故か様々な言葉のカモフラージュが巧みに使用されており、一見してみると何も問題無いようにしか見えない。企画書提出の2回目3回目でどう持ち出すのかは不明だが、なかなか面白い事になりそうだった。
「んで、ちょっと問題が発生しちまっててよ」
「あ?」
将人の言葉に眉を寄せる。勘弁してくれ。これ以上問題を山積みしたら俺たちのクラス一気に崩れ落ちるぞ。
「実はどうやって調達するか悩んでるんだ」
「何を」
「あ、中条君施錠終わった?」
「何をってそりゃメイドぶっ!?」
「うぉおっとぉ!? 手が滑ったァァァァ!!」
不意に声を掛けてきた副会長の存在と、あまりにタイミング悪く不吉な単語を将人が繰り出そうとしたこともあり、将人の顔面に肘打ちを叩き込んでしまった。
「ふあああああああああああああああああああ!?」
「す、すまん」
条件反射とはいえ結構凄いモノを繰り出してしまった自覚がある。顔を抑えて蹲る将人に素直に謝った。確かに聴いた俺も悪かった、許して欲しい。けれど、そうせざるを得なかったのだ。
なぜなら。
「……メイド?」
いつになく低い声で、副会長が背後からポツリと呟く。
「メイドって言った?」
「言ってません!!」
直立不動でそう答えた。
副会長の後ろでは片桐が音も無く笑っている。
絶対に許さない。でもそれどころじゃない。
顔を抑えてぷるぷるしている将人を無理矢理起き上がらせ、ぐいぐい背中を押す。
これ以上副会長の目の留まるところに置いておくのは危険だ。
「さ、さぁて慣れない会議で疲れてるんだろ? とっとと帰れまた明日な!! 何だしょうがねーな途中まで送ってやるよ!!」
なおもジト目を向けてくる副会長を何とかやり過ごし、将人を本館の外へと手早く追い出した。