第14話 グループ試験①
年末年始連続投稿第一弾!!
「遅いっ!!」
旧館に着くなり、舞からの第一声がこれだった。
「もう3分前よ! 来ないかと思ったじゃない!!」
「いや、すまん」
返す言葉も無い。『約束の泉』を迂回しようとしたところで、丁度試験の終わった大和さんに捕まりあれやこれやで遅くなってしまった。
「ま、まあまあ。舞さん、まだ試験は始まらないようですし」
横にいた可憐がそう宥めてくれる。
「まだ始まらないのか?」
「前の受験生の方々が、長引いているようなんです」
咲夜が答えてくれた。
「なんだ、接戦なのか」
「いいえ、負けそうだと感じたチームが逃げ回ってるみたいよ。追いかける方もそれを捕えきれるだけの魔法技能が無くてね」
……完全に持久戦にもつれ込んじまってるじゃねぇか。それも面倒臭いタイプの。
「ま、貴方が間に合ったようで何より」
「そりゃどうも。で、この人だかりは何なんだ」
明らかに受験目的には見えない学園生までわんさかいる。魔法服である俺や舞、可憐とは違い皆制服だ。
「私と同じで、見学目当てだと思います」
「そういや、1年は見学で回ってるんだっけか」
3年のところでたむろってた奴らもそれか。道理で人が多いと思ったよ。
「こんな辺境の地までご苦労なこったな。見学なら3年の方がよっぽど有意義だろうに。魔法技能は言うまでも無く、こっちは旧館の中立ち入り禁止なんだろ?」
採点担当であろう教師陣が用意しているモニターしか、この試験からの情報は得られない。
「わざわざ足を運ばせている元凶が、よくもまぁそう抜け抜けと言えたものですね」
「あん?」
周囲が、ざわめいた。
掛けられた声の発信源へと目を向ける。
片桐沙耶。
御堂紫。
花宮愛。
俺を除く生徒会の2年メンバー。その3人が、丁度旧館へと辿り着いたところだった。
「遅かったな、来ないかと思ったぜ」
舞に言われたセリフをパクってみる。舞から「貴方が言うな」と小声で突っ込まれたが気にしない。片桐が凍てついた視線を向けてきた。
「何を言うかと思えば。時間通りでしょう」
確かに、今が午後2時ジャストだった。
「こっちは試験補佐でてんてこ舞いなんだから、ギリギリになっちゃうのはしょうがないでしょ~」
パタパタと手で自分を扇ぎながら副会長が言う。どうやらそれなりに急いで来たらしい。
そこで気付いた。
3人ともまだ制服だ。
「おい、今から着替えるのか?」
というか、着替えは? 持ってるように見えないんだが。
「わ、私たち生徒会は、制服に魔法回路を仕込んでいますから」
「有事の時に直ぐに動けるようにね。着替えてる時間なんてないでしょ?」
花宮のセリフを副会長が補完する。
舞が俺を肘で突いてきた。
「貴方、同じ生徒会なんでしょ? 何で貴方がそれ知らないのよ」
「それ、俺が聞きたいんだけど」
片桐をジト目で睨んでみる。
「……私は貴方用の物も注文して下さいと何度も進言しました」
「あの馬鹿兄、まだ見習いだからとか言って全然動こうとしないんだもの」
結局、あの男のせいなのか。
「けど、もう大丈夫よ。今日で貴方は正式な青藍魔法学園生徒会の役員になれるわ。正々堂々戦いましょう!!」
バッと両手を広げて、副会長が言った。
「無論、勝てたら……ですが」
ニヤリ、と片桐が笑う。
「よ、よろしくお願いします」
花宮がペコリと頭を下げてきた。
対してこちらは。
「面白いじゃない。返り討ちにしてあげるわ!!」
舞が応戦し、
「お相手致します」
可憐が頭を下げる。
そして、俺は。
舞から受け取って以来、入れっぱなしだったそれを取り出して前に掲げてみせる。
生徒会3人の顔が強張った。
鎖に吊るされ、俺の顔の前で振り子のように揺れるエンブレム。
「俺に不相応の物かどうか、お前らが試してみるんだな」
言葉こそ3人に向けたものだが、片桐を見据えてそう言ってやる。
片桐の笑みが、更に深まった気がした。
「皆さん、時間通りちゃんと集まってますね、感心です~」
後ろから聞きなれた声が届く。そちらを向いて見れば、案の定白石先生がこちらに向かって来るところだった。
「14時からの2年グループ試験受験者は私たちだけなんですか?」
「はい、そうですよ」
舞の質問に白石先生がニコニコしながら答える。
「本来なら1時間6チーム、すなわち3試合分こなすのがこのグループ試験ですよね?」
「はい、本来なら、です」
続けて質問する可憐にも、白石先生の笑顔は消えない。
「贔屓目で見ずとも、ここにいる皆さんは同学年の中で一歩抜き出た実力を有しています。試合時間も大目に見積もった方が良い、というのが私たちの結論です」
初めから20分程度じゃカタのつかない大混戦になると予想してるってことか。
用意のいいことだ。
「それでは試験の説明を始めたいと思いますが、いいでしょうか?」
「お願いします」
代表して、副会長が頭を下げる。
「ある程度は皆さんのタイムテーブルにも書かれていますから復習になるでしょうけどね。まず、ステージとなる旧館には緩衝魔法が張られています。なので~」
白石先生は、持っていたエコバックから何かを取り出して見せた。ブレスレット状のそれは良く見慣れた物だった。
「この装置を腕に巻いた上で試験に臨んでもらいます。これは皆さんが展開する魔力と、攻撃を受けた際、その発現量とを比較しその優劣を瞬時に測定する機械です。一定以上の計数が弾き出されると、瞬時に緩衝魔法が発動する仕組みになってます。……と、まあこれは魔法実習の授業でも使用してますし、大丈夫ですよね?」
白石先生の質問に皆が頷く。
「それじゃ、これから皆さんにはクジを引いてもらいます。このクジには旧館の施設がランダムに書かれていて……」
続けてエコバックから取り出した細長いケースをガラガラと回した。
「その書かれていた施設が、皆さんそれぞれのスタート地点です。試験前、自分のスタート地点を他の誰かに教えることは許されません。自分のチームはもちろん、相手チームの人にもです。破ったら失格、気を付けて下さいね?」
皆が頷いたのを確認して、白石先生は細長いケースを差し出してくる。
「誰から引きますか?」
☆
『これで試験を終了します。受験者の皆さんは、速やかに旧館から出て下さい』
教師による事務的なアナウンスが、マイクを通して旧館に伝えられる。仮設の採点本部に設置されているモニターからは、ふらふらした足取りで出口を目指す男子生徒が移っていた。
モニターは全部で10。縦2、横5で組まれており、それなりの大きさを有している。旧館には至る所に監視カメラが設置されているのか、教師の手元にあるボタンで様々な場所、アングルを映し出すことが可能になっているようだった。
……無系統は使えないな。映像として残されたらまずい。改めてその認識に至った。
採点する教師たちの後ろには、これでもかというくらいの見学者(おそらくほぼ1年)が詰めかけていた。教師も口出しすることはない。元々見学を許可しているわけだから、注意する必要も無いのだろう。本当に見られたくなければ、旧館の放送室でも貸し切ってしまえばいいわけだしな。わざわざ延長コード引っ張ってきて、外に校内用のマイクを設置しているあたりから、むしろ見せることを目的としていると言ってもいいだろう。
というか。
「どんどん人増えてないか?」
どう見積もってみても100人は余裕で越えてるだろう。
「それだけ注目されてるってことでしょ」
「ああ、確かに2大お嬢様と生徒会だからなぁ」
見応えは十分だろう。
「いや、そうじゃなく」
「新・“青藍の2番手”に期待が集まっているのだと思いますが」
「おいおいおい。あくまで非公式だぞ」
可憐の意見に思わず苦笑してしまう。
「そ、そんなの関係ないですっ!」
「うおっ!?」
ここぞとばかりに詰め寄って来た咲夜に、思わず仰け反る。
「先生たちが何と言おうが、中条せんぱいはもう2番手なんですから!!」
「お、おぉ……」
「へ? あ、す、すみませんっ!」
自分の乗り出すような姿勢にようやく気付いたのか、咲夜は顔を真っ赤にして凄まじい速度で後退した。
「……むぅ」
「……変態ね」
可憐と舞から向けられる視線が、ひどく理不尽だった。
「皆さん、お待たせしました~!」
パタパタと白石先生が駆けてくる。
「これより1人ずつ旧館へと入場して貰います。監視カメラも作動してますから、くれぐれも妙なことしちゃダメですよ、中条君」
「……何で俺だけ名指しなんですか」
「この中で一番信用が無いからでしょう」
片桐からの容赦無い言葉が突き刺さる。泣くぞ、いい加減。
「え~っと、それではぁ~。花園舞さん!」
「はい」
呼ばれた舞が、一歩前に出る。
「まずは貴方からです。クジで指定された場所に向かって下さい。制限時間は2分です」
「分かりました。じゃ、後でね。聖夜、可憐」
「おう」
「はい」
舞が旧館の昇降口から中へと消えていく。
時間を空け、順番に入場するのはお互いがお互いの位置を知られないようにする為の配慮だろう。
おそらく、舞は昇降口からもっとも離れた場所を指定されたのだ。
「次、片桐沙耶さん」
「はい」
「制限時間は同じく2分です」
「分かりました」
生徒会メンバーは特に口を交わすことは無かった。交わす必要も無いということか。
片桐は自分のチームでは無く、俺を一瞥してからこう言った。
「お待ちしてます」
「……舞にやられてなけりゃ、相手になってやるよ」
同じ制限時間、そして呼ばれたのが舞の次。2人のスタート地点は比較的近いものになるだろう。ならば、舞が狙いを定めるであろうことは容易に想像できる。
「ふふ……」
片桐は少しだけ笑いを漏らし、頷いた。スタスタと昇降口へ歩を進める。直ぐにその姿は見えなくなった。
「次、花宮愛さん」
「は、はい」
「制限時間は1分30秒です」
「い、いってきます」
「愛ちゃん、ファイト!」
極度の緊張故か、ロボットのような動きで昇降口へと歩いて行く。緊張をほぐしてやろうと副会長が激励するが、それも聞こえているか分からない。変わらずカクカクとした動きで旧館へと吸い込まれていった。
「……大丈夫か、あいつ」
「あれさえなければ言うこと無しなんだけどねぇ~」
ため息混じりに副会長がそうぼやく。
確かに、敵ながら心配になるほどの緊張ぶりだった。別にアイツは受験生では無い。俺や片桐、副会長と同じで数合わせ要員だ。緊張する必要などまったく無いと思うんだが。
「次、中条聖夜君」
「はい」
周囲が少しだけざわめいた。
……どうやら俺が注目を集めていると言う、片桐や舞、可憐に咲夜の話は本当だったようだ。まさか年下である1年どもから品定めをされることになるとはな。2年、3年の野次馬がいないのは、試験中だからだろう。これでもマシな方か。
「中条さん、御武運を」
「頑張ってください、中条せんぱい!!」
「おう。可憐もな」
可憐と咲夜に手を振って答える。
旧館へと歩き出すより先に、副会長から進路を阻まれた。
「何だ?」
「貴方の力、存分に発揮してちょうだい。ここで認めさせて。学園に、貴方がいかに有能なのかを」
「おいおい、この出来損ないに何を求めるってんだ?」
あまりに真剣な表情でそう言われた為、思わず茶々を入れてしまった。それでも、副会長の表情は変わらない。
「貴方には期待しているわ、中条聖夜君」
「敵を激励するざなんざ、余裕じゃねーか。副会長」
脇を通り過ぎる。白石先生と目が合った。
「試験補佐の立場だからって、手を抜いちゃ駄目ですよ」
「ははっ、了解です」
白石先生は、俺が生徒会からこの試験で試されているという現状を知らない。そのいつも通りの平和なコメントに笑みが零れる。
「制限時間は1分です」
「分かりました」
昇降口へと向かう。
俺の指定された場所は。
『旧館2階 2-C教室』
☆
静まり返った校舎内を歩く。
外からはたまに爆音や悲鳴が聞こえてくるものの、旧館の中は驚くほど静かだった。
僅かに聞こえる電子音に視線を向けて見る。あちらこちらに設置されている監視カメラ。俺が今歩いている姿も、試験官からは筒抜けなのだろう。試験開始前に探知魔法等が使われていないかチェックする為の機能も付いているかもしれない。
「まあ、どうでもいいけどな」
旧館は3階までしかない、小ぢんまりとした建物だ。舞から聞いた話では、昔まだ魔法使いの絶対数が少なかった頃に使用されていた校舎らしい。人数が増えキャパシティをオーバーしたことを理由として、今の新館へと移り変わったそうだ。
新館なんて、本館と別館分れてるからな。施設・設備が格段に増えていることを考慮しても、魔法使いの卵がそれだけ集まるようになったということだろう。
そんなことを考えているうちに目的地まで辿り着いた。
扉は既に開いており、そのまま歩を進める。
中は普段使っている教室と、あまり変わらなかった。黒板に教卓、そして机に椅子。古ぼけた印象はあるもののやろうと思えば今日からでも授業ができそうな空間だ。極力日常と同じ空間で試験ができるようにと配慮した結果なのだろう。
「凄いな」
机や椅子、その1つひとつに対抗魔法回路が仕込まれている。教室内で魔法戦を行っても、せいぜい散らかる程度だろう。備品は何1つ壊れないに違いない。
……もっとも、凌げるのは魔法的な攻撃からだけだけど。
俺や舞、片桐が暴れた後で、この旧館が後の受験生を迎えられるかどうかは分からない。
『受験生、全員が持ち場に着きました。10秒後、試験を開始します』
校内アナウンスが響く。
さて、思考を切り替えなきゃな。
そう思い、目を閉じ、息をゆっくりと吐き出す。
最初に会う確率が高いのは、花宮だろう。移動時間を考えると、あいつも同じ2階を指定されていたのかもしれない。
能力不明の魔法使い。上等だ。そんなもの、今までは日常茶飯事だったのだから。
俺が目を開けたのとほぼ同時、試験開始を知らせるブザーが鳴り響いた。
☆
「あっ」
「お?」
2-Cの教室から出るなり、いきなりちっちゃなおかっぱ頭に出くわした。
条件反射。
無言で身体強化魔法を発現する。
「っ!?」
それを見て目を見開く花宮。小さな身体が電撃でも走ったかのようにビクリと痙攣した。
「悪ぃな」
それだけ呟いて廊下を蹴る。
弱い者苛めのようで気が引けるが、3対3のバトルロイヤル。叩ける奴を叩ける時に叩く。それが当たり前だ。それに花宮のする“そうした仕草”が、演技であり囮である可能性だってある。
一瞬にして間合いを詰めた。拳を振りかぶる。
一撃で決める。
そう考えた瞬間だった。
「ひっ!?」
「っ」
その光景に。
思わずこちらが逆に硬直してしまった。
あろうことか目の前の女子学生は、目を瞑って身体を縮こまらせたのだ。確実に捉え、そして確実にその存在を退場へと追い込めるはずだった俺の拳が、花宮の目と鼻の先で制止する。
……おいおいおい。
声にならない呻き声が漏れた。唖然とする俺を余所に、依然として花宮は固く目を閉じたままぷるぷるしている。
どれだけ戦闘初心者だお前。仮にも生徒会のメンバーだろ。
「……っ」
いつまで経っても襲って来ない衝撃に疑問を覚えたのか、うっすらと目を開ける花宮。しかし俺とばっちり目が合い直ぐにまた閉じてしまう。
「……」
完全に戦闘意欲を失くしてしまった。
無論、俺が。
「はぁ……」
ため息1つ、拳を下ろす。身体強化も解除した。
俺の目的はこのグループ試験で1人でも多くの敵を倒す事じゃない。片桐を筆頭とした相手チームに負けさえしなればいいだけだ。正規の受験者である舞や可憐ほど積極的に動く必要は無い。と言うより、アイツらの出番を不必要に奪ってしまうと逆に助っ人失格だ。
それだけの言い訳を誰にするでも無い自分に言い聞かせる。
だって、流石に遠慮したいだろう、この状況。
これは実践であり実戦にあらず。
それでも愚行である事は百も承知だが、花宮はアイツらに任せる事にした。まさかこの花宮に遅れを取る事はないだろう。あろうものならお仕置きだ。
俺が一歩退くのと、花宮が再び目を開けるのはほぼ同時だった。
「……え?」
予想外だったのだろう。花宮は震える事も忘れて呆けた声をあげる。
「お前、実践練習くらいはしといた方がいいぞ」
書記とはいえ、立派な生徒会役員。今までがどうだったかは知らないが、今後も学園内の厄介事に巻き込まれないとは限らない。
呆然と立ち尽くす花宮を置いて、俺はその場を去る事にした。
★
沙耶のスタート地点は、旧館3階にある音楽室だった。音楽室とはいえ、旧館なのだから当然「元」が付く。使用されていた楽器類は流石に全て新校舎へと移動されており、残っているのは古ぼけた長机や椅子くらい。他の教室と違うところと言えば、床が絨毯であるところくらいか。
「……さて」
音楽室内をぐるりと見渡してから、沙耶はゆっくりと音楽室の扉に手を掛ける。
そして。
内側へと吹き飛ばされてきたその扉を、木刀にて薙ぎ払い軌道を変えた。
後方。対象を見失った扉は、ぐるんぐるんと回転しながら音楽室のガラス窓に勢いよく衝突する。派手な音と共にこれまた派手なビジュアルで窓ガラスが破損した。
バックステップで距離を空けながら、沙耶は前方に迫る脅威を目で捉えた。
「貴方でしたか」
「あーら。不意を突いたつもりだったんだけど、見事にいなされちゃったわね」
不敵な笑みを浮かべ、赤い髪を払う仕草を見せる少女。
花園舞。
「確かに、旧校舎にも対抗魔法回路は使用されています。が、それはあくまで魔法攻撃に対する耐性であり、物理攻撃に対してはただのモノと代わりありません」
「そのくらい知ってるけど」
あっさり答える舞に、沙耶が眉を吊り上げる。気分を害した証拠だ。沙耶は無残に砕け散ったガラスの破片を視界の端に捉えた。
瞬間。
舞の身体が沙耶の懐へと潜り込んだ。
「むっ」
「はぁっ!!」
掌底。首を傾ける事で躱した沙耶が、右手に握る木刀を斜めに振り下ろす。それを舞は身体強化魔法を纏った足で蹴り上げた。そのまま残る一本の足も地面を蹴り上げて跳躍。空中で身体を捻りその遠心力を借りた膝が、もう一度沙耶へと襲いかかる。
「無駄です」
振り下ろした足は、沙耶の左腕によって止められた。通常の格闘技では考えられぬ程の音が鳴り響く。即ち、沙耶も発現したという事。身体強化魔法を、それも瞬時に無詠唱で。
押し負けた舞の身体が、反動によって宙に浮く。
舞の長い髪が、沙耶の視界を覆った。
「っ!?」
「『火の球』!!」
赤い閃光。僅か1音にして発現された3つの炎の魔法球。威力は大したものでは無い。相手が魔法使いであれば難なく対処できる程度の魔法。
が。
「ルー・ルーブラ・ライカ・ラインマック――――」
「くっ!?」
一体型MCである沙耶の木刀は、その武器自体に魔力を纏わせる事ができる。つまり、いくら木とはいえ込められた魔力量さえ上回っていれば、焦がす事無く火球を斬り捨てられるという事。沙耶は視界確保の為、後退しながら冷静にその3発を斬り捨てた。
そして、そこまでが舞の思い描いた通りのシナリオだった。
本命は、この次。
「『業火の砲弾』!!」
詠唱破棄では扱いきれぬ、膨大な威力を秘めた火炎。間違っても、このような狭い密室で放ってはいけないような特大の火球。
「――っ」
「なっ!?」
それが舞の手から放たれるより先に、沙耶が動いた。
「浅草流・水の型――――」
木刀を構え直す沙耶の後ろに、舞の放った火球が着弾する。音楽室内が火の海で溢れ返った。沙耶は後方から迫り来る火の波を目で捉える事無く、跳躍する事で躱してみせる。
「うそっ!?」
それに驚愕しながらも、自身の放った火の海から逃れるべく、舞は音楽室の外へと転がり出た。後を追うように沙耶が突っ込んでくる。
「貰いましたっ!! 『水シ――」
「何をよ!!」
舞の足が沙耶の木刀を握る手を蹴り飛ばす。発現の直前で反撃を受けた沙耶はバランスを崩し、魔法発現をキャンセルしてから勢いに任せ舞とは反対側に転がった。
直後。
廊下に飛び出した2人の間を両断するかのように、音楽室から炎が噴きだした。
☆
「……っ」
花宮に別れを告げて、踵を返した矢先。目の前の光景に思わず絶句してしまった。
たった今、背を向けた相手。その相手が自分の目の前にいたのだから。
「何で、……。お前、いつの間に」
思わず後ろを振り返る。あろう事かそこには先ほどと同じ体勢で花宮が立っていた。
その手に、MCを携えて。
「す、すみません……」
おどおどした声で、花宮は言う。
「逃がすわけには、いきませんので」
「っ」
その言葉が耳に届いた瞬間には、既に踏み込んでいた。
今度は躊躇いはしない。そんなミスは、もう犯さない。無詠唱にて編み上げた身体強化魔法が俺の拳を包み込む。相手に反応する隙を与える事も無く、容赦無用の一撃を叩き込んだ。
が。
「当たりはそっちか!!」
何の抵抗も無く花宮の身体をすり抜ける拳。
幻術。
不覚にも幻影を見せられている俺には、どちらが本物だか区別が付かない。ならば、両方とも仕留めてしまえばいいだけの事。本体である花宮の下へと跳躍しようと思い、足に力を入れようとした瞬間だった。
「なっ!?」
俺の脚が、俺の意思に反してガクリと力を失う。突然の事態に身体のバランスが崩れる。
「レイ・パースン・ライ・アミリカ」
後方から、声。
「『光の球』!!」
「っ、らぁっ!!」
俺へと一直線に伸びてくる光の矢を、転がる事で回避した。立ち上がろうとして失敗する。思い切り尻餅をついてしまった。
「レイ・パースン・ライ・アミリカ」
「くそっ」
「『光の球』!!」
2発目の矢も、上半身を逸らし辛うじて回避する事に成功した。震える足に半ば無理矢理力を入れて起き上がる。
違和感。
「こ、これはっ」
ふらつく足に逆らえず、廊下の壁に寄りかかる。頭の中身がぐらりと揺れた気がした。
「マ、マジかよ」
思考がうまく定まらない。
だが。
それでも、ぼんやりとする頭でも1つだけはっきりしている事がある。
俺は、馬鹿だ。まさかこんな簡単に相手の術中に嵌ってしまうとは。花宮は詠唱した素振りを見せていなかった。何か不可解な音を聞いたわけでも、接触があったわけでもない。すなわち、視覚で嵌められたということ。
「光、属性……か」
特殊属性。先天的なセンス。それも相手の平衡感覚を気付かれずに奪えるほどの術者。
身体強化魔法による肉弾戦を主とした俺にとって、もっとも相対したくない天敵。自分のバランスすら取れない状況下で拳など振るえるはずもない。
頭上で轟音が鳴り響く。舞か可憐か。誰かしらが戦闘に入ったのだろう。
力無く片膝を付きながら、俺は朦朧とする頭でどうするかを考え始めた。
★
昇降口。
一番最後に旧館へ入るよう指示された可憐のスタート地点は、まさに旧館の出入り口だった。
「……皆様はどちらからスタートになったのでしょうか」
舞の屋敷での特訓にて。
聖夜から指示されたのは、個々のレベルアップでは無くひたすらに舞との連携技術の強化だった。
もともと練習を始めたのが試験開始の1週間を切ってから。そんな短期間に猛練習を積んだところで、個人の成長度などたかが知れている。だからこそ、互いの魔法特性を把握し連携を高めるという考えは間違ってはいなかったと可憐は考えている。しかし、連携を取ろうにもまずはパートナーと合流できなければ意味は無い。
相手が何処に潜んでいるかは分からない。かと言って、このまま棒立ちで待機していては話にならない。ひとまず、歩を進めてみる事にしよう。そう考えて可憐が一歩を踏み出したところで。
「こんにちは、姫百合可憐さん」
後ろで手を組み、まるで警戒心の無い隙だらけの状態で現れたのは。
御堂紫。
輝くような銀髪をなびかせ、何が楽しいのかニコニコした表情のまま、ゆっくりと可憐の方へと歩いてきている。
可憐は未だに昇降口の扉の前。少し下がれば外に出てしまう場所だ。対して紫はちょうど廊下から下駄箱へと足を踏み出したところ。逆光のせいか、紫は少しだけ目を細めた。
「……まさか、これほどまでに堂々とお姿を晒されるとは思っていませんでした」
グループ試験に決着がつく、若しくは失格になるまでは、フィールドである旧館から出てはならない。魔法で相手を失格に追いやるよりも、一歩外に出させて失格を狙った方がよっぽど簡単だ。
可憐よりも紫が先に相手の存在に気付いていたのだから、やろうと思えばできたはずなのだ。
「私、ね」
歩を緩める事無く、紫は言う。
「不意打ちって趣味じゃないの」
可憐の思考を読んだかのような、的確な言葉。
それが開戦の合図となった。
「ふっ!!」
可憐が両手を紫へとかざす。同時に可憐の手元に氷塊が発現された。紫の反応を見る事も無く、可憐がそれを射出する。
単体である氷の魔法球による攻撃。正直、可憐もこれで紫にダメージを与えられるとは思っていない。これは単なる小手調べ。謎に包まれている紫の能力の鱗片でも明かされれば。そう考えて放った一撃だった。
対して紫が取った行動とは。
左手をおもむろに掲げる、ただそれだけ。
「なっ!?」
攻撃を放った側である、可憐の顔に驚愕の色が宿る。
氷塊は派手な音を立てて砕け散った。確かに紫の掌に直撃して。しかし、紫は傷1つ付いていない。それどころか受け止めた反動すら負っていない様子だった。
平然と、その場に立っている。
「無詠唱にしてこの威力。素晴らしいわ」
「――っ! スィー・サイレン・ウィー・クライアーク!!」
無傷の称賛は、圧倒的な実力差の証明。
「『薄氷の弾丸』!!」
先ほどとは比べ物にならぬ程の発現濃度、そして規模。それを可憐は紫では無く、相対する2人の中間に落とした。
「わっ!?」
意表を突かれた紫が、慌てて下駄箱の影へと逃げ込む。
着弾と共に轟音、そして砕け散った氷の欠片が四方八方へと撒き散らされる。対抗魔法回路は当然のように下駄箱にも使用されている。よって、鋭利な刃物と化した氷が突き刺さったり貫通したりすることは無い。窓ガラスや廊下、天井も同様。これは、あくまでも目くらましの一撃でしかない。
「2学年にして、既にこれほどの発現量……。学年最強の名は伊達じゃないわね」
遠ざかって行く足音を聞きながら、紫はぽつりと呟く。
「潔いわねぇ~」
隠れていた下駄箱から顔を覗かせて見てみると、丁度可憐の後ろ姿が階段へと消えていくところだった。
「まあ、その方が剥がれなくて済むんだけどね。メッキが」
青藍魔法学園生徒会・副会長、御堂紫。
彼女は、ゆっくりとした足取りで可憐を追う。
【今後の投稿予定】
1日0時:第15話 グループ試験②
2日0時:第16話 グループ試験③
3日0時:第17話 グループ試験④