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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈下〉
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第13話 選抜試験、開始!!




 魔法選抜試験。

 魔法実習ドームや体育館、魔法実習室、そして別館。全ての施設を総動員して執り行われるその動きは、よくある学校の身体検査のようなものに近い。

 学園生は成績表を持って各自異なるタイムテーブルに沿い、様々な試験をこなしていく。全学園生が一度に同じ試験を受けるのはキャパシティと照らし合わせるまでもなく不可能だし、順番待ちにさせるといつ最後尾に回ってくるか分かったものではない。各自別々の試験からスタートさせ、効率よく回させた方が良いのは言うまでもないだろう。


 よって、運の悪い学園生はいきなり魔力の消耗が激しいグループ試験であったり、最大発現量を測定する試験であったりに当たってしまうことになる。昼食・休憩の時間も細かく指定されているタイムテーブルは、学園生の泣き言を許さない。指定された時間内に試験会場へ足を運ばなければ、問答無用の失格の烙印が押されてしまう。

 運も実力のうち、とはよく言ったものだ。


 そんな選抜試験が開始されてから早1時間。

 受験者というカテゴリーに含まれない、とある少年は。







「ふわぁぁ……」

 本日何度目か分からない欠伸を噛み締める。

 場所は本館の1階。教員室の隣に配置されたその部屋の名は、生徒会出張所という。特攻隊長のような役割である片桐が頻繁に出入りしている部屋だ。

 大きさは教室の半分くらい。あるのは中央に長机が2つと、パイプ椅子が計4つ。小型の冷蔵庫に小型テレビ、ビデオレコーダー。そして本棚くらい。着替えのロッカーと椅子しかない通常の部室に比べれば十分すぎる機能を有してはいるが、生徒会館での生活に慣れている身からすれば今一歩の機能性に感じてしまう。


「うぅむ」


 やることがない。

 それに尽きる。


 魔法選抜試験。その最終段階の準備を丸々サボってしまった俺は、せめて試験中くらい役に立とうと白石先生の下へと向かった。

 そこで放たれた一言。


『中条君が審査側の補佐に加わると、イザコザが起こっちゃうかもしれないので、もうお役御免です~』


 申し訳なさそうなお顔をしつつも、やたらとスッパリ断られてしまった。

 “出来損ないの魔法使い”、そして“青藍の2番手(セカンド)”との戦闘。

 この一ヶ月足らずの間で、俺の存在は学園中に広まっていた。

 校内暴力行為等も重なり、試験中の学園生へ無用な刺激を与えないようにしたいと考える学園側の決断としては、間違っていないと言えるだろう。

 しかし。


「暇だ」


 名目として与えられた役割は、補助要員。仕事は待機すること。


 ……。

 目の前にどっかりと据え置かれた電話機を見る。

 もちろん、うんともすんとも言わない。

 当たり前だ。本当に厄介事が起ころうものなら、俺のような学生に助けを求めるのでは無く教師たちで何とかするだろう。

 つまり、俺は舞と可憐のグループ試験開始時間が来るまで、ずっと鳴りもしない電話とお見合いしていなければならないわけで。


「面倒臭ぇ」


 何か厄介事で招集されるのも面倒臭いが、何もやる事が無く無為に時間を過ごさねばならないのも、それはそれで拷問だ。何もしない時間は、体感的にはとても長い。


「くそ。どちらにせよ面倒臭いならどっちが良いんだろうな。いや、何もしないだけ後者の方がマシか? なら、鳴らない方がいいって事に――」


 そう結論付けた矢先に、目の前の電話が突然喚き出した。一瞬無視してやろうかとも思ったが、諦めて素直に出る事にする。


「もしもし」


『自宅の電話のように取るのはやめて下さい』


 電話の相手は片桐だった。


「ならなんて言えばいいんだ?」


『「生徒会出張所、中条聖夜が承ります」、とか』


「固いな。『こちら生徒会出張所。事件ですか、事故ですか』じゃ駄目か?」


『……好きにして下さい』


「じゃあ『もしもし』で」


『もう一度今の会話を繰り返しますか?』


「分かった分かった。悪かった」


 受話器越しに聞こえる声のトーンが下がったので、早めに謝っておく。


「で、何の用だ」


『いえ。貴方がちゃんとそこにいるかの確認でした。では』


 相槌を打つ暇さえ与えては貰えず、そのまま通話は終了した。ツーツーと通話の終了を知らせる電子音を耳にしながら、暫しの間硬直する。

 少しは距離が縮まった? 嘘つけ、とんだお門違いだ。


 全然信用されてないじゃん、俺。

 軽くショックを受けつつ、俺はそっと受話器を戻した。







 時折遠くから聞こえる叫び声や爆音。

 完全に音を遮断するほどの設備は無いとはいえ、魔法実習室等の魔法を扱う施設には全て防音処理が施されている。普通ならこんなに音が漏れてくるなんてことは無い。

 つまり。


「3年のグループ試験、か」


 野外で執り行われているのはそれだけだ。2年のグループ試験も旧館で行われてはいるが、ここからはかなりの距離がある。防音処理が為されていないとはいえ、2年のグループ試験が屋内であることを考えれば、音の元凶は3年のグループ試験である可能性が高いだろう。

 青藍魔法学園最高学年の実力というのも見てみたかったのだが、こればかりは仕方が無い。出張所で軟禁扱いになっているのも、元はといえば自分の蒔いた種から始まったのだ。


 にしても、だ。

 本当に何もすることがない。

 時計を見れば、ようやく正午を回るところだった。


「……腹、減ったな」


 何もしなくたって腹は減る。しかも俺は会長のアホなモーニングコールのせいで朝食を抜いているのだ(シスターの下で軽い軽食を頂いたのは当然カウントしない)。

 椅子の背もたれに思いっ切り身体を預ける。


「あー」


 ここから一歩も出るなって言われてもな。どうしろってんだ。

 弛緩し、気怠い声をあげたところで。

 逆さまの視界が映す扉が、何の前触れも無く開かれた。


「……」


「……」


 扉を開いた女子生徒と目が合う。


「……殺人事件ですか?」


「仮にそうだとして、お前は死体にそれを聞くのか?」


「はい」


「……ちなみに、答えが返ってこなかったらどうするの?」


「会長を呼びに行きます」


「さぞかし愉快な展開になるだろうね!!」


 本当に死体ができあがるだろう。

 ……俺の手で、あの男の。


「で、何しに来たんだ?」


 体勢を整えてから、扉を開けたまま一向に入って来ない片桐に向けて、そう聞いてみる。


「どうぞ」


「あん?」


 片桐から差し出されたビニール袋を受け取る。中にはコーラと市販のおにぎりが2つ入っていた。


「ここから出るな、と言われているのでしょう? お昼ご飯。用意していないのでは?」


「いいのか? 敵に塩を送っちまって」


「この程度で揺らぐ貴方ではないでしょう」


 言ってくれる。俺のこと何にも知らないくせに。

 ……まあ、当たってるけど。


「なにより、そうまでして貴方のコンディションを崩す必要性がありません」


「ほぉう?」


 その強気な発言に興味が湧いた。


「つまり?」


「私を甘く見ないで下さい。そういう事です。では」


 言う事は言ったという顔で、片桐が踵を返す。


「片桐」


 そのまま部屋から立ち去ろうとする片桐を呼び止める。顔だけ振り返る形で、片桐が動きを止めた。


「見くびられたくなきゃ、全力で来い」


 一瞬何を言われたか分からなかったのか、きょとんとした片桐だったが、すぐに笑みを浮かべてこう返してきた。


「そちらこそ」


 音を立てる事無く。

 出張所の扉は丁寧に閉められた。







「おじゃましまーす」


「……ノックくらいしろよ、お前」


 片桐から貰った昼食を平らげ、再び手持無沙汰となった俺の元へ、新たな来訪者が現れた。


「中にいるのが貴方以外だったらちゃんとするわよ」


「……そうスか」


 予想していた答えがそのまま返ってきた為、うんざりしてしまった。


「失礼致します」


「お、おじゃましまぁす」


「おう、いらっしゃい」


 舞の後ろから可憐と咲夜も入ってくる。各自昼食を持参しているようだった。


「ようやく昼飯か」


 時計を見ると、12時半を指していた。


「ようやく、でもないでしょ。私たちは恵まれてる方よ。残念なタイムテーブルの人なんか、お昼14時よ」


「そりゃあ気の毒だな」


 前半戦でさぞかしヘトヘトになるのだろう。


「貴方、ここでずっと軟禁状態なんでしょ? お昼買って来てあげたわよ……って」


 そこでようやくテーブルの上にあった袋に気付いたらしい舞が、目を丸くした。


「どうしたの、それ」


「ん? ああ、悪いな。何か先に昼飯持って来てくれてさ」


 もともと舞たちに頼んでいたわけでは無い。だから昼食を済ませたと伝える必要も無いと思っていた。が、やはり伝えておくべきだったか。昼食時は出張所に来るという話を聞いていたのだ。気を利かせてくれる可能性は、十分に考慮すべきだった。


「何? 生徒会ってお昼も支給されるわけ?」


「いや、そうじゃなくて」


 多分、これは。


「片桐が個人で用意してくれたんだよ」


 飲み物、コーラだったからな。

 おにぎりにコーラはどうかと思うが、俺の好みを覚えて選んでくれたのだろう。学園から支給されたものなら、飲み物がコーラってことはない。


 後でちゃんとお礼を言っておかなければ。さっきは売り言葉買い言葉でお礼を言うのすっかり忘れていた。


「……ほぉう?」


 そんな感じで説明したつもりだったのだが、舞の様子が一変していた。どう変わったかというと、不安を感じてしまう程度には不機嫌になっている。


「えーと、その、すまん。お金はちゃんと払うからさ」


 折角厚意で買ってきた物が無駄になってしまったのだ。怒るのは当然かもしれない。

 そう思い、ポケットから財布を取り出したのだが。


「そっちじゃないわ」


「へ?」


 先に舞から制されてしまった。

 そっちじゃない? 意味が分からない。

 後ろに控えるようにして立っている可憐と咲夜に目を向けて見ると、揃って苦笑いされた。


「……何がお気に召さなかったのでしょうか?」


 敬語で尋ねてみる。

 瞬間。

 舞が噴火した。


「おどれはなぁーに敵さんに懐柔されとんのじゃー!!!!」


「へっぶしっ!?」


 言い返す暇も無く殴られた。







「だ、大丈夫ですか? 中条せんぱい」


「……平気だ」


 心配そうに聞いてくれる咲夜にそう返す。

 舞も本気で殴ってきたわけではないので、問題は無い。もちろん痛いのは痛いけど。


「ふん。ややこしい言い方するからよ」


 弁明させる暇も無く殴ってきたのはどこのどいつだ。喉まで出掛かったその言葉を、俺は無理やり飲み込んだ。


「んで、どうなんだ?」


「どう、とは?」


 話を変えてやろうと切り出してみたのだが、どうやら抽象的過ぎたようだ。

 律儀に首を傾げて尋ね返してくれた可憐に、もう一度問い直す。


「いや、試験の出来具合だよ。こっちは完全に隔離されてるせいで、今何をやってるのかも知らないからな」


「ああ、それでしたら」


「接戦よ」


 可憐が答えを口にするより先に、舞が割り込んできた。

 のだが。


「接戦?」


 俺は試験の出来具合を聞いたつもりだった。接戦ってなに? 何と張り合ってんだ?


「何の話だ?」


「試験の話でしょ? 私と可憐の話だけど」


 ……ああ、そう。


「詠唱効率の部分がどうも駄目ね」


「その分、発現量と威力は圧倒的ではありませんか」


 可憐の言葉に、舞はしかめっ面のまま頷いた。


「お前、昔っから細々(こまごま)した魔法の操作、苦手だったからな」


 結構勢い任せというか力任せというか。始動キーと放出キーも、結構適当に繋いでる感じだしな。


「うっさい」


 不貞腐れた声で言う。

 どうやら自覚はしているらしい。


「じゃあ学年平均と比べたらどうなんだ?」


 俺が聞きたかったのはこちらの方だ。


「そんなの、余裕で越えてるに決まってるじゃない」


 ……ですよね。

 学園最強って謳われてるらしいし、周囲の奴らを寄せ付けるはずも無いか。


「とは言え、過去最高ってわけでもないんだけどね」


「……そうなのか?」


 てっきり軒並み最高記録を更新してくるものかと思ってた。


「試験記録、去年で全部塗り替えられたみたいなんだけど、1つも勝てなかったわ」


 全部? そりゃ凄いな。いったいどれだけの超人が――。


「あ、ああー。大和さんか」


 あれなら納得――、


「豪徳寺先輩じゃ無いわよ」


「え」


 ――しかけていた結論は、一瞬にして棄却された。


「大和さんじゃないのか」


 あの人、青藍で2番目に強い男だったんだろ。あの人より上の奴なんて、この学園じゃもうあと1人しか……。

 おい。


「……まさか」


「そのまさか、でしょうね。御堂縁。2学年全ての記録保持者は現・生徒会長のあの人よ」


「生徒会って試験参加しなくていいんじゃなかったのか?」


 何してんだよ、あの人。毎年試験引っ掻き回してるのか。


「それが、あの方が生徒会に入られたのは2年の3学期からでして」


 俺の疑問に可憐が答えてくれる。


「そうなの?」


 ずっと黙ってる咲夜を見てみる。


「あ、す、すみません。私入学したの今年からなので……」


「ああ、そうか。すまん」


 そうだよね。咲夜まだ1年だ。知らないのは当然か。


「当時の生徒会長は当然卒業してるけどね。副会長は蔵屋敷先輩だったわ」


「ほう」


 じゃあ後から入って来たあの男に席を譲って、自分は会計の座に就いたってわけか。


「現・副会長……あ、御堂紫さんのことですが……、あの方が書記をされてました。会計の方は……名前を思い出せませんがもう卒業されています」


「へぇ」


 俺の知らない生徒会の一面を垣間見れた気がした。


「……それじゃ、あの男は入って間も無く生徒会長になったのか」


「そういうことです」


「あの時は凄かったわよ~。生徒会から勧誘を受けながらもずっと断り続けていたのに、突然やる気を出すや否や瞬く間に票を勝ち取り、一気にトップまで上り詰めたんだから」


 凄い。確かに、あの人馬鹿だけど無駄にハイスペックなところあるからな。


「寮棟のエントランスの奥、談話スペースがあるでしょ」


「ああ、あるな」


 よく集まる場所だ。


「あそこを談話スペースにしたの、会長よ」


「そうなのか?」


「そうです。もともと、あそこには自動販売機と公衆電話しか置いてなかったのです」


「それをソファー持ち込むわテーブル持ち込むわ、挙句絨毯(じゅうたん)まで搬入してくるわで。あの日は何事かと思ったわよ」


 ……。


「寮棟の屋上。ちょっとしたテラスのようになっているのは、もうご覧になりました?」


「あ、ああ」


 舞と喧嘩した日に、ちょっとだけだけどな。


「あれも現・会長の功績です」


「マジか」


「マジよマジ。もとは何も無かったんだから」


「え、何も?」


「そう何も」


 舞が真顔で頷く。


「ベンチも?」


「本当に何もありませんでした。なにせ、本来は立ち入り禁止の場所でしたから」


「はぁん。それをよくもまぁ……」


 学園が許可したもんだ。相当な改修費用が掛かっただろう。


「もちろん、最初は速攻で却下されてたわ」


 それはそうだろう。だが、それを覆す何かがあったということ。


「会長が……。当時はまだ何の役職も持たない新米役員だったんだけど、急に校内放送で演説を始めたのよ」


「あの演説、私は今でも覚えています。会長はこうおっしゃられたのです」


 可憐はすっと息を吸うと、目を瞑りながらこう言った。


「『寮棟は学園生が疲れを癒す憩いの場である。では、憩いの場とは何か。ただ食と住さえ保障されれば憩いとなるか? 否。憩いとは安らぎである。それを最低限の機能しか有さぬ寮棟で補おうなど、言語道断だ。俺と同じ志を持ってくれる学園生よ、力を貸してくれ。俺1人には何もできない、微々たる力しかない。けれど、諸君の力を結集すれば1つの意志だ』、と」


 ……何してんの、あの人。


「その後、するって言ったわけでもないのに自発的な署名希望者が殺到してね。あっという間に学園が白旗を挙げたってわけ」


「……ちゃんと生徒会としての仕事はしてたんだな」


 普段が普段なだけに信じられない。そんなことしてれば人気出るわ。俺の中にある生徒会長の人物像が、音を立てて崩れ落ちそうだった。


「そんなこんなで支持率は驚異の99パーセント越えで、一番の新米役員がトップの座に居座ったってわけよ」


「なるほどね」


 100パーセントにならなかった原因は聞くまでも無い。大和さんのせいだろう。


「他にも部の予算配分を大幅に改定したり、文化祭での一クラスあたりに配分される資金を増額させたり。この1年であの人が成し遂げた功績は、青藍魔法学園歴代会長の中でも群を抜いているわ」


「教師の方々からは、もっとも頼りになる生徒会長であると同時に、もっとも扱いにくい生徒会長と評価されているそうです」


 うん、そうだろうね。正直、敵には回したくないタイプだ。……現在進行形で回しちゃってるけど。


「今回の貴方の話を聞くまでは、あの完璧超人に向かって何言っちゃってんのって思ってたけど……、分かるでしょ? あの人がなぜあれほどの信頼を勝ち得ているのか」


「……ああ」


 残念ながらな。そこまでやられてちゃ認めざるを得ない。現に俺が使ってる施設まであの男の功績だと言うのなら、もうどうしようもないだろう。

 それにしても。


「なのにアレなのかぁ」


 思わずそう呟いてしまう。

 容姿端麗で文武両道、魔法もうまくて学園の改革に積極的な生徒会長。だけど性格が終わってる。

 ……あと一歩だったのに。

 惜しい。

 実に。


「ふぅ、ごちそうさま。時間が経つの早いわねぇ」


 食べ終えた菓子パンの包みをビニール袋に入れて縛った舞は、腕時計を見ながらゆっくりと立ち上がる。


「いよいよ後半戦ね」


 その言葉に可憐が頷く。


「そろそろ次の試験会場に向かいましょうか」


「あといくつでグループ試験なんだ?」


「2つよ」


 舞が即答する。


「私たちのグループ試験は14時から。現地集合。遅れるんじゃないわよ」


「当たり前だ」


 今日の俺の役目、これしかないんだぞ。

 遅れたら人としてお終いだ。


「ん。じゃ、行きましょうか。可憐」


「はい。中条さん、軽くでも構いませんから、アップはしておいて下さいね」


「おう」


 相手は生徒会の2年メンバー。片桐の実力は言わずもがな、副会長と花宮も数合わせってだけではないだろう。

 本気で挑まねば、足元を掬われる。身体はきちんと温めておかないとな。


「それでは、中条さん」


「じゃあね、聖夜」


「中条せんぱい、また、ですっ!」


「おー、頑張れー」


 出張所の扉が閉められる。再び静けさを取り戻した室内に、遠くからの爆音と悲鳴が響く。


「さて」


 俺は気を取り直して懐へと手を伸ばした。服の中から携帯電話を引っ張り出す。


「軟禁状態ではあるが、アップくらいはさせてもらえるのかね?」







 結論。

 駄目でした。


『アップぅ~? そんなもの、どこでやるんですか? 実習室もドームも今日は全て試験で使っているんですよ? 中条君。まさかどっかそこら辺で、とか言い出すんじゃないでしょうねぇ?』


 ……。

 危うく「え、駄目なんですか」と返しそうになったが、その前に理解した。


 確かに学園が許可している場所で無ければ、魔法は使用してはならない。それでしょっ引かれてる奴を何度も見て来ているわけだからな。

 ただ、俺の言うアップとは魔法を用いず純粋に身体を動かす為のものだったのだ。

 使うのは身体強化魔法と“魔法の一撃(マジック・バーン)”のみ。魔法的な準備運動は正直いらない。が、既に時遅く通話は向こうから一方的に切られてしまった。採点やら何やらでやはり忙しいのだろう。

 他を当たってみるかとも思ったが、何もしていない俺が仕事に追われている人間に迷惑を掛けるのもどうかと考え直した。

 で。こうなったわけである。


「よくよく考えてみれば、これも十分アップになるよな」


 教会の横にある廃れた階段を上りながら、そうぼやく。『約束の泉』や今回会場になっている旧館へ辿り着くためには、まずはこの長い長い階段を上り切る必要がある。どうやらアップの必要は無さそうだ。

 上るたびに、徐々にではあるが騒音が鮮明に聞こえるようになってきた。最高学年である3年は、『約束の泉』の一角を即興の魔法フィールドにしているはずだった。

 余程白熱しているのだろうか。爆音や悲鳴が一際大きく聞こえてくる。

 最上段に辿り着いた。


「思いの外、人が多いな……」


 タイムテーブルで区切られた試験である為、野次馬がいることは想像していなかった。20人近くはいるだろう。階段を上り切ったそこからでは、戦いの内容までは見れなかった。

 ……水柱は断続的に上がっているのだが。


「おや、君は?」


「――っ」


 そちらに意識を集中していたせいか。

 不意に掛けられた声に驚いてしまった。


「ああ、これは失礼。驚かすつもりはなかったのですが」


「い、いえ……」


 自分の正面に現れた男を見下ろす(、、、、)。俺よりも背が極端に低いわけでは無い。

 その男は、車椅子に乗っていた。


「君も豪徳寺君目当てなのですか? 丁度いいタイミングです。今まさに試験中ですよ」


「え、いや、俺はグループ試験に来ただけで」


「ああ、2年の方かな」


 納得したとでも言わんばかりに頷かれる。……目を瞑ったままで。

 つまり相手は3年ということ。グループ試験は終わったってことか。

 そう思った直後、一際大きな水柱が男の背後から上がった。


「……ふむ。もう終わってしまいそうですね。流石は豪徳寺君だ。君も、時間があるなら見ていくといいですよ。きっと良い勉強になるでしょう」


「ええ、ありがとうござます」


 一礼して、傍を通り抜ける。不思議な雰囲気を持っている人だったな。

 それに。


「あれ?」


 そこで気付いた。

 あの人、車椅子乗ってたよな? まず、どうやって(、、、、、)ここまで来たんだ(、、、、、、、、)? 


 振り返ってみる。

 男は既に、そこにはいなかった。

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