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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈下〉
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第10話 選抜試験、前日

「こんな時間に何の用ですか、会長」


 女子棟からエントランスホールへと繋がる扉を開けるなり声を掛けてきた縁に、沙耶は不機嫌そうな声色を隠そうともせず口を開いた。時計の短針は既に頂点を通過しており、どう考えてみても呼び出しをするにはおかしい時間だった。


「悪いね、ひとまず座ってくれよ」


 エントランスホールにある談話ルームのテーブルを指し、縁が答える。沙耶は鼻を鳴らすと縁に従った。


「で?」


 一言。不機嫌になる理由が自分にある事くらいは縁も分かっていた為、その態度を特に改めさせるような真似はせず、早速本題を切り出す事にした。


「展開としては、あまりよろしくない」


「……はぁ」


 沙耶がため息を吐く。



「何の話です? 確かにこの時間、異性という話を持ち出すべくも無くこうしてここにいるのは問題だと思いますが」


「メリッサが動いた」


「……」


 縁のその言葉に、沙耶の表情が強張った。


「……会長の読みではあの方は傍観に徹する予定だったのでは?」


「どうやら外れてしまったようだねぇ」


 対照的にお気楽そうな表情で縁は言う。


「根拠は?」


「教会」


 端的に告げられた回答に、沙耶は目を丸くした。


「……慈善活動で繋がりを得た、と? 中条さんがあの方の素性を知っているとは思えないのですが」


「逆だ。繋がりを欲したのはメリッサの方さ」


「何ですって?」


「まあ、落ち着いてくれ」


 胡散臭そうに顔をしかめる沙耶に、縁はどうどうと手を振る。


「慈善活動として彼を教会へ招き入れたのは彼女の意思だ」


「まさか」


 信じられないとでも言わんばかりに、沙耶は乾いた笑いを漏らした。


「あの方にとって利は無いでしょう」


「それがそうでも無いからこそ、メリッサは迎え入れたわけだ」


「……冗談で言っているわけではないですよね?」


「俺が冗談を言っているように見えるかい?」


「そう見えない事こそが冗談にしか見えません」


「ははは、それはまた面白い見解だ」


 ひとしきり笑った後、縁は改めて表情を引き締め直した。


「これで……、彼は限りなく黒になったわけだが」


「本当にあの方と繋がりがあるのなら、否定しかねる考察ですね。問題は、誰と繋がっているか」


「違うね」


 沙耶の言葉に、縁は静かに首を振った。


「誰と繋がっていようが関係ない。重要なのは、何をしに来たのか、だ」


「姫百合可憐さんの誘拐事件を未然に防いでいますが。それが目的だったのでは?」


「その確証がどこにあるんだい? たまたま目の前で起こった事件に、たまたま首を突っ込んだだけかもしれない」


「……それは、そうですが」


 正論に口ごもるが、沙耶は直ぐに気を取り直したかのように口を動かした。


「では、どうしますか?」


「やることは変わらんさ」


 対して、縁は本当に変わらないと言わんばかりに表情を崩さない。


「沙耶ちゃんは遠慮無く中条君を叩き潰してくれたまえ。それで潰れてしまうのならば、その程度の男だったということ。逆に何かボロを出してくれれば儲けものってだけだ」


「……分かりました」


 完全に納得はしていないながらも、沙耶は素直に頷いた。


「但し、注意はしておいてくれよ?」


 席を立ちながら、縁は言う。


「メリッサには“アレ”を教えてしまっているからね。行動如何によっては、呪文詠唱ができない彼の活路となっている可能性もある」







 暗闇に包まれた視界に、一筋の光。

 徐々に覚醒していく意識の中で鳴り響く、耳障りな音。


「……く、そ」


 手探りで喚く携帯電話を探しだし、止める。


「もう朝かよ……」


 我ながら情けない声が漏れ出た。カーテンの隙間から差し込む朝日が、紛れも無く起きなければならない時間だと告げている。逃れようのない事実である事を痛感した俺は、まだ気怠さを残す身体に鞭を打ちようやくベッドから起き上がった。


「……重い」


 主に身体が。

 あれから、俺の進言通り幽霊もどきの対策として行われていた夜の巡回は一時中断となっていた。最初は無意味に渋ってくるかと思われていた会長も、不自然なくらい呆気なく同意してくれた。


『君がそう考えるのならば、それもいいだろう』


 無駄に思わせぶりなセリフを残して。もっとも、片桐の説教中に放たれた言葉だった為、どうみても苦し紛れの言い訳にしか聞こえなかったのが面白かったが。


 ……。

 と、いうわけで。

 片桐を引き揚げさせ、巡回は俺1人で行っていた。以前のように堂々と歩き回るのではなく、気配を殺してひっそりと。しかし、残念な事にあれからあの時のような視線は感じていない。


 勘違いだったのか? あの時の視線は。そう思いたくなるほどに尻尾を見せない。


「……」


 今考えても仕方の無いこと、か。

 ゆっくりと立ち上がる。鉛のような重さを感じた。

 ただ、これは巡回によるものではない。いくら気を張っているとはいえ、巡回でこれだけ疲弊するのもおかしな話だ。


 この原因は言うまでもなく、シスターとの教会下での秘密特訓によるものだった。ただでさえ敬遠していた、俺の不得意な分野。それを連日、文字通り寝る間も惜しんで鍛えているのだ。翌日に疲労が残るのは当たり前、それが祟って絶好調とはほど遠いコンディションになっていた。


「まあ、泣き言言ってもしょうがねぇか……」


 さっさと準備して学園に行く事にしよう。ハードスケジュールなのも、今日までだ。

 今日はもう青藍魔法学園選抜試験の前日なのだから。







「今日は午前中でおしまいです」


 朝のホームルーム。開口一番、白石先生はそう言った。


「本館には立ち入りが禁止されます。帰る時は忘れ物が無いように注意してくださいね」


「明日の試験の準備ってことか」


「そのようですね」


 白石先生の言葉を聞いてそう漏らすと、隣に座る可憐が同意した。


「1年はどうするんだ? 選抜試験は2年からなんだろ?」


「同じですよ、午前中で終わりです。選抜試験の日は休日になりますけど」


 なるほど。


「良いご身分だねぇ」


 ついこの間転入してきた身としては、完全に他人事のように感じてしまう。……まあ、実際他人事か。


「ただ、見学に来る子も多いかと」


「見学?」


「来年は他人事では無くなるわけですから」


「……なるほどな」


 確かに来年は自分たちが受ける試験でもある。気になるのは当然という事だ。


「……ところでお聞きしたいのですが」


 未だに教卓で緩いトークを続ける白石先生に気付かれていない事を確認し、可憐は更に声を潜めた。


「今日はどうされるのですか?」


「ああ、生徒会館へ行くよ。午後から大々的に準備が始まるってんなら、流石に参加しておかないとな」


 シスター・メリッサも言っていた事だが、身に余る特権を貰ってるんだ。いつまでもサボりっぱなしではいけないだろう。


「ふふ、分かりました」


 何か面白かったのか、俺の答えに対し可憐は優雅に微笑んだ。







 今日の授業が午前中で終わるのは、前々から分かっていた事だ。舞や可憐にも、屋敷での特訓は昨日で終わりだと予め伝えてあるし、2人ともある程度形にはなっている。やれるだけの事はやったと考えていいだろう。


 終業のチャイムが鳴る。


「聖夜」


 荷物を纏めていると、前から声が掛かった。


「舞か」


 目線だけ合わせて応える。


「今日の事なんだけど」


「おう。今日は無しだ。帰ってゆっくり休めよ」


「りょーかい。貴方も無理するんじゃないわよ」


「もちろん」


 ある程度はするだろうけどな。今までサボっていただけに。


「そう。それじゃ、可憐。帰りましょうか」


「はい」


 舞からの誘いに応えて可憐が立ち上がる。


「じゃあね、聖夜」


「それでは、中条さん。ごきげんよう」


「おー」


 2人が教室から出ていくのを見届けてから、俺も席を立った。


「さーて。俺も行くとするか」


 ……何も起こらない事を切に願おう。







 廃れた階段を上へ上へと上る。秋から冬へと差し掛かろうとしているこの時期。冷え始めた空気が肌に当たり心地良い。生徒会館へ近付くにつれて原型らしい原型すら無くなっていく階段に妙な懐かしさを覚えながら、一段一段を踏みしめていく。


 一週間と少しここへ通わなかっただけで、これほどまでに懐かしさを感じてしまうとは。


「……それだけここでの生活が色濃いものだって事なんだろうなぁ」


 良い意味でも、悪い意味でも。ね。

 最上段を踏みしめ(足元には最早、人工物の欠片も見当たらないわけだが)、目の前の立派な建造物へと目を向ける。

 そびえ立つのは、白と黒を基調としたモダンな雰囲気な建物。全てが洋風な造りになっているわけではなく、所々に木材を用いた美しい和洋折衷の館。


「誰か来てるかな」


 仮であるが故か。未だにここの鍵を持たせてもらえない俺は、誰かが来てくれないと入館する事すら叶わぬ身分。

 以前は生徒会員として一人前になるまでは所持できない物だと思い込んでいたが、どうやら半人前とすら認められていなかったようだからな、俺。理不尽な環境の中で、我ながら折り合いをつけながら良くやっていると思う。


 重厚なドアノブに手を掛ける。すんなりと開いた。どうやら誰かしらは既に来ているらしい。

 ……会長1人だったら、一度退出しよう。話の流れによっては一騒動起こしかねない。

 後ろ手に扉を閉め、中へと進んでいく。

 鍵は持たせてもらえずとも、勝手知ったる何とやら。

 エントランスホールから曲線を描きながら伸びる階段を上り、2階へ。迷う事無く普段の溜り場である会議室へと足を向ける。扉は開いていた。中を覗いてみる。

 すると。


「おや?」


 ……。

 我らが生徒会長と目が合った。


「やあやあ中条君。随分と久しぶりなんじゃないかい?」


 条件反射で踵を返そうとしたところ、瞬時に出入り口に回り込んだ会長から出迎えられる。

 相変わらずの無駄に隙の無い笑みだった。

 いつもなら苦言の1つや2つ平気で零しているところだが、生憎と今はそんな態度を取れる立場では無い。


「……長らく休んでしまい、すみませんでした」


 素直に頭を下げる。

 頭上から「お?」という声が聞こえた。


「殊勝な事だね」


「迷惑を掛けた事は事実ですから」


「うむ。実に良い心構えだ」


 会長が口の端を吊り上げる。

 ……ひとまず、選抜試験が終わったら殴る。本気で殴る。


「君のおかげで俺まで仕事をしなくちゃいけなくなったんだからね」


「兄さんが仕事をするのは当たり前でしょう」


 うんざりしたかのような声が、背後から聞こえた。振り返る。


「……副会長」


「久しぶりね、中条君」


「ああ」


 実際に会っていないのは一週間と少しだが、やはり久しぶりという言葉がしっくりくる。


「副会長もありがとう。色々と便宜を図ってくれたようで、助かった」


「え、いえいえ、そんなそんな。元凶が不肖の兄って事はちゃんと分かってるし」


 両手をぱたぱたと振りながら、こんな事を言ってくれる。

 本当に、目の前の兄との血の繋がりについて今一度考察したくなるほどの謙虚さだ。


「何か失礼な事を考えていないかい、中条君」


 ……失礼なのはお前の存在だよ馬鹿野郎。


「ごきげんよう……あら?」


「お疲れ様で――おや?」


 出入り口へと目を向けて見ると、丁度蔵屋敷先輩と片桐がやってきたところだった。


「戻って来られたのですわね、中条さん」


「はい、ご迷惑をお掛けしました。これからまたよろしくお願いします」


 蔵屋敷先輩に一礼する。優雅に微笑み返してくれた。


「ま、よろしくしてあげられるかどうかは、君が沙耶ちゃんに勝てるかどうかに懸っているんだけどね」


「……」


 空気の欠片も読めぬ発言が、生徒会館会議室の空気を凍りつかせた。


「……お、おはようございま――ひっ!?」


 何も知らずに入室してきた花宮が、コンマ1秒で退出する。


「……兄さん」


 こめかみをひくひくさせながら副会長が唸った。無論、当の本人は素知らぬ顔だ。

 いつもと変わらぬ光景にどこかほっとしてしまう俺自身も、生徒会に毒されてきているという事だろう。兄妹喧嘩に発展してしまう前に、話題を変えてやる事にした。


「そういえば、もうグループ試験の対戦相手は正式に決まったんですね」


 俺が片桐に勝てるかどうか、という表現を使っている事からも正式に決定したと考えて良いだろう。

 そう思って口にした一言だったのだが。


「んん?」


 会長から思いっ切り怪訝な顔をされた。何かおかしい事を言っただろうか。


「正式に決まったもなにも。先日配られた各個人のタイムテーブルに、対戦相手の記載もあっただろう?」


「は?」


 ……タイムテーブル? そんなもの、俺は貰ってな――あ。


「そ、そういえば、配られてましたね。そんなものも」


 あの後起こった悲劇のせいですっかり記憶から消えていた。


「でも、俺の分は無かったですよ」


 だからこそ起こった悲劇なわけだが。


「おいおいおい」


 会長が苦笑する。


「いったい何の為のチームなんだい? 姫百合可憐か花園舞に見せてもらえばよかったじゃないか」


「……」


 それどころじゃなかったんだよ、という言葉をぎりぎりのところで飲み込む事に成功した。


「つまり……」


 俺が黙したのを見て、今の今まで口を閉ざしていた片桐が半眼で俺を睨む。


「選抜試験でいったい何をするのか。貴方は何も知らないという事ですね?」


「……」


 あ、あはははは。

 どうやら、いきなり前途多難のようだった。







「あら? 中条君じゃないですか。何か忘れ物でもしちゃったんですか?」


 会うなりそう言われてしまい、肩に入っていた力は根こそぎ持っていかれてしまった。


「……いえ。手伝いに来たんですけど」


「……え? ……。……あ、ああっ!? そ、そうですよね? 知ってましたよ、はいっ!」


 ……。もう皆まで問うまい。


「貴方の存在価値がよく分かる一幕ですね」


「お前はとりあえず黙れ」


 折角スルーしようと決め込んだ俺に、現実を突きつけるんじゃない。


「こ、ここでは『ターゲットアタック』の準備を行っています」


 取り繕うように説明を始める白石先生が、とても微笑ましく見えてしまうのは俺のせいではないだろう。


「『発現濃度』『攻撃魔法』『詠唱効率』、そして生徒によっては『属性保持』についても試される試験ですね」


「へぇ……」


 教師がせっせと円状の的を運び入れている。『ターゲットアタック』はその名の通り、どうやら射的のようなものらしい。

 魔法球の出来具合に発現スピード、そして精度。加えて可能ならば属性も付加させてみろという事だ。個々人の判断でいくらでも試験の難易度を調整できる。シンプル故に、実力が明確に証明できる試験科目になりそうだ。


「それで、お手伝いさんなんですよね? 機材を運び入れるのを手伝ってもらっていいですか?」


「もちろん」


 その為に来たのだ。断る理由は無い。但し。

 隣で腕まくりをする片桐を手で制した。


「お前は次に行け。教員も何人かいるし、ここはもう必要ない」


「……よろしいのですか?」


 怪訝な表情を隠そうともせず、片桐がそう聞いてくる。


「問題ない。力仕事は男の役目だ」


「……。分かりました。お任せします」


 やや間を置いて、頷いた。白石先生へペコリと一礼し、片桐が実習室から出て行く。


「うぅむ」


「どうかしましたか?」


 年上に対して失礼な言い回しとなるが、やたらと可愛らしい唸り声をあげる白石先生に問いかける。


「え? いえいえ。思っていた以上にうまくやれているようで、何よりです~」


「……はぁ」


 曖昧な返答には、曖昧な相槌しか打てなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スケジュールとかやる事も書かれているのに、聖夜にだけ渡されないってかなりおかしいですね。
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