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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈下〉
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第8話 ネタバラシ

「失礼します」


 古めかしい軋む音を立てながら、教会の扉を開く。

 扉を開ける前から分かっていた事ではあるが、既に教会内の明かりは消されており、外から除く月明かりが色ガラスを通じて差し込んでいるだけだった。ぼんやりと。そして淡く。滲みだすように照らされている祭壇が、神秘的な存在感を放っている。


 人影は、無い。

 後ろ手に扉を閉めてゆっくりと足を踏み出した。


「シスター。シスター・メリッサ、いますか?」


 何となくこの場の神聖な空気にあてられて声を張り上げられなかった俺は、呟くとも違う叫ぶとも違う微妙な音量でシスターの名前を呼んだ。

 何の反応も得られぬまま祭壇までやってきた。もう一度呼んでみようかと考えていたところで。


「ふぁあ、やぁっと来たわねぇ~」


 奥の扉を軋ませながら、シスターは欠伸をしながら現れた。


「すみません。遅くなりました」


 時刻は既に21時を回っている。訪問するにはもう失礼な時間だ。


「うんにゃ。チミの空いている時間帯なんてこのくらいでしょ?」


「ええ、まあそうなのですが」


 シスターの言葉に軽くうなずく。そんな俺の反応を見て、シスターがにひっと笑った。


「どうやら謎の幽霊討伐部隊にも組み込まれたようだし……。青春だねぇ」


「……何で知ってんスか」


「朝一の教員会議であがってたよ。何やら生徒会がまた面倒事を引き受けてくれたってね」


 ……完全に便利屋扱いだな。


「そんな複雑そうな顔しないの。これだけ教員から頼られてる生徒会ってのは珍しいよ~。だからこそ、その身に余るほどの“特権”も与えられてるんだから」


 ウインクしながらそんな事を言ってくる。

 特権。

 試験を受けずにクラス=A(クラスエー)。確かに破格の待遇なのは間違いない。俺にとっては頼みの綱でもあるわけだし、多少の厄介事なら甘んじて受けておかないと罰が当たりそうではある。


「ま、いいや。時間も時間だし、そろそろ始めようかね」


「始めるって、どこでやるんです?」


 まさかここでやるなんて言わないよな? そんな悪行、俺にはできんぞ。

 俺からの質問に笑みを深めたシスターは、祭壇を豪快にバンバンと叩きながら一言。


「んー、この下」







「……マジかよ」


 他に言いようが無い。何これ。どういう事。

 いきなり祭壇を押して移動させ始めたシスターを見て、本気で通報しようかと携帯電話を構えたところでそれは現れた。周囲のフローリングと同色であり、そして普段は祭壇によって隠されているせいで気付けなかった1つの“取っ手”。床の一部分を開ける為に付けられたそれに、シスターは躊躇いも無く手を伸ばす。金属が擦れる音が響き、同時にその中身が月明かりによって照らし出された。


「か、隠し階段」


「ほら、先入って」


 促され、足を踏み入れる。


「最初のうちは明かり無いから足元気を付けるのよー」


 暗闇に木霊するシスターの声に従い、慎重に足を進めていく。もう暗くて分からないが、壁沿いに下ってみるにどうやら螺旋階段のようにぐるぐる回りながら下へと向かっているらしい。俺の背後、というよりも俺の頭上の方から、再び金属が擦れ合う音が響いた。シスターが隠し扉を閉めた音だろう。


 ……まさか、俺1人閉じ込められたわけじゃないだろうな。

 と、思った時だった。


「っ」


 不意の点灯に思わず身体が反応してしまった。壁の側面に等間隔で灯るライト。快適とは言い難く無いよりはマシというレベルの明かり。それでも、足元を見る分には十分だった。


「なぁ~に~? まだこんなところにいたの? ほら、とっとと下る!!」


 いつの間にやら追いついてきたシスターに急かされ、更に下へ下へと下って行く。


「これ、どこに繋がってるんですか?」


「着けば分かるわよ。知りたきゃペース上げなさい」


 もっともなお言葉を頂戴した。


 ……。

 そう時間は掛からなかったと思う。等間隔で照らす蛍光灯に、小さな円を描くように下へと延びる螺旋階段。そんな同じ風景を延々と見続けていたせいで若干体感時間が狂っているような気もしなくはないが、おそらく5分程度だろう。


 質素な扉の前に到着した。

 後ろからついて来ていたシスターの様子を窺うと、特に反応を示さない事から開けてもいいらしい。そっとドアノブに手を掛ける。


「どしたの? 早く開けなさいよ」


「え、ええ」


 触れた瞬間に分かった。

 このドア、対抗魔法回路が仕込まれている。


 ……。

 まさか。

 この扉の先って。

 半ば当たりを付けながら、ゆっくりと扉を開いた。


 今までの薄暗い螺旋階段とは違い、煌々と光によって照らされている真っ白な空間だった。

 広い。

 体育館と同じ程度の大きさと表現した、舞の屋敷が所有する稽古場と同等、いやそれよりもちょっと狭いくらいか。それでも、ここが地下だと思えば驚きを隠せぬレベルの広さだ。

 長い階段を下ってきたせいで若干汗ばんでいた身体に、ひんやりとした風が当たって心地良い。


「魔力遮断、冷暖房空調、照明設備完備の優良物件だわね」


 こちらの驚きの心情を悟ってか、そんな軽口をシスターが言う。


「まさか、地下にこんな空間が……」


「隠し扉は祭壇の下だからねぇ。そりゃ気付かないでしょうよ」


「良く許可が下りましたね」


 湧き上がる興奮を隠せずにシスターへと振り返る。


「教会の下にこんな設備を作るなんて」


 シスターは素知らぬ顔で口笛を吹きだした。

 湧き上がる興奮が、一気に寒気へと変わった。


「……おいおい。まさか学園に無断で」


 露骨に目を逸らされる。

 悪寒が確信に完全変換された。


「目ぇ逸らしてんじゃねーよ!!」


「えぇ~、何で私ばっか責められなきゃいけないのよぉ。発案者はリナリーなのにぃ~」


「結局あの師匠か!!」


 絶叫する。

 人ん家で何やってんの!? それもよりによって教会に!! アタマおかしいだろ!!


「まあまあ、色々と思うところはあるでしょうけれども」


「色々と思うところがあるべきなのはお前らの方だろうがよ!!」


 どうどうと手をふりふりしてくるシスターを見るに、まったく反省してはいないようだった。

 が。


「ともかく、始めるわよ」


 その言葉で、口から出かかっていた次の文句を吐き出すタイミングを見失ってしまった。


「“魔法の一撃(マジック・バーン)”。習得したいでしょ?」


 ならば細かい事は口にするな、と。

 言外にそう告げられて大人しく引き下がる。無言で頷いた俺を見て、シスターは満足そうに笑った。


「さて。時間は有限。勿体ぶる意味も無し。まずはこの術のネタバラシから始めようかしらね」


 シスターは、この空間の中央付近へとゆっくり足を進めながら言う。


「まずはチミの探知魔法(サーチ)に引っかからなかった理由。……というよりそれに気付けなかった(、、、、、、、)理由。それは、この術が魔法として組み上げられたものではないから」


「……魔法として組み上げられていない?」


 言葉通りに解釈するなら、それは魔法では無いという事になる。


「まずは見てなさい」


 そう言って、シスターは懐から何かを取り出して宙に放った。

 遠目の為、目を凝らして見てみる。あれは、鉛ぴ――、


「っ!?」


 悪寒。

 そして、乾いた炸裂音が鳴る。

 宙に放られていた鉛筆は、いきなり四方八方に弾け飛んだ。


「見えた? 何したか」


 見えるか。

 答えずとも答えは分かったらしい。シスターは懐からもう1本鉛筆を取り出した。


「あと2本。今度は探知魔法(サーチ)使って見なさい」


 シスターの言葉に頷き、魔法を発現させる。

 鉛筆を放ろうとするシスターを見たところ、纏う魔力に変わった点は無い。こっそり魔力を練っているようにも見えない。至って正常な魔力の流れだ。


 鉛筆が放られる。

 ゆっくりと放物線を描きながら、鉛筆が落下していく。

 まだ変化は、いや、少しだけシスターの魔力が揺れ動いたような――、


「――っ」


 再び、悪寒。

 続けて響く炸裂音に、集中していた身体がビクリと反応する。


「見えた?」


「……いえ」


 めぼしい変化を捉える前に発動されてしまった。……これは、くやしい。何が起こったのか全く分からない。


「本当に? 本当何も見えなかった?」


「……一瞬だけ貴方の魔力が動いた気がしましたが、それだけです。何かを作用させるほどの兆候には――」


「何よ、見えてるじゃない」


「え?」


 シスターは最後に残った1本の鉛筆を掌でくるくると弄びながら笑う。


「んじゃ、最後ね。今度はゆっくりやるから。探知魔法(サーチ)はそのままにしときなさい」


 再び放られる鉛筆。その高度が頂点に達したところで、変化は訪れた。


「っ!?」


 シスターから感じられる魔力が、一瞬だけ膨れ上がった。そう、一瞬だけ。身体中に鳥肌が立っているのを感じる。しかしその悪寒は、一瞬にして消え失せた。

 消えた? 魔力が?

 そんな疑問が頭を過ぎった直後。今度は地面へと落下していく鉛筆の真下で、一気に魔力が膨れ上がった。そうか、消えたんじゃない。


 放出していたんだ。

 つまり、“魔法の一撃マジック・バーン”とは――――。


 俺の思考が結論を導き出した瞬間、鉛筆は粉々に吹き飛んだ。







 パラパラと。

 砕け散った鉛筆の残骸が床へと零れ落ちる。


「その様子。見えたみたいね?」


 頷く。ネタが分かれば、簡単だ。


「そうよー。これはなんてことのない、ただの猫だまし」


 シスターは首をコキリと鳴らしながら言う。


「生成、圧縮、放出、そして解放。魔法を扱う者なら、誰しもが行う基本的な作業」


 そう、それを。

 ただ単純に素早くやってのけただけ。

 目に見えないほど。

 探知魔法(サーチ)に引っかからないほど。


 いや、厳密に言えば引っかかってはいるのか。一瞬だが兆候は見えていたんだし。ただ、どんな人間だろうとその身体には常時魔力が宿っている。詠唱しているわけでもない、呪文を編み込んでいるわけでもない、ただ生成しているだけの魔力。

 もともと魔力が通っている体内で。

 新たに生成した魔力を一瞬で圧縮されてしまっているせいで。

 感知しにくく(、、、、、、)なっている(、、、、、)ってだけだ。


 確かに。ネタが分かればどうと言う事は無い。猫だましという言葉にぴったりの技だった。


「大それた必殺技じゃ無くて拍子抜けした?」


「え」


 顔に出ていたのだろうか。


「いや、そんな事はないですけど――っ!?」


 俺の鼻先で、何かが弾けた。視界がぐるりと反転する。

 比喩じゃない。

 本当に視界がぐるりと回った。


「がっ!?」


 後頭部から鈍い痛みが広がる。痛みを感じてからようやく気付いた。

 後ろ向きに倒れ込んだのだと。


「……ぐっ、……あ?」


 頭よりも痛みの酷い鼻先に触れてみる。無自覚に震える指先を見てみると。


「……血」


 鼻血? 何で……。


「油断したでしょ、今」


「っ」


 頭がぐわんぐわんと揺れている。身体を起こそうとして、失敗した。

 分からない。

 四つんばいの姿勢で顔を手で押さえている、俺の今の現状が分からない。

 ズキリと鼻先が痛んだ。


「チミ、忘れてない?」


 視界がチカチカする。頭を打ったせいか、痛みで涙ぐんでいるのか、正面に立っているシスターがぼやけて見える。


「チミが今落胆していたであろうこの術は――」


 掌をかざすシスターの瞳に、冷淡な色が宿る。


「さっきまでネタが分からず脅威に感じていたであろう、あの術なんだよ」


「――――っ、らあっ!!」


 跳んだ。

 真横に。

 無意識の内に。

 射程外に。


 全身を隈なく駆け巡った悪寒が、俺の身体を突き動かした。

 炸裂音。


「うっ、ぐっ、がっ!?」


 床をバウンドしながら転がる。身体中のあちこちから悲鳴が上がった。


「……っつぅ」


 痛む身体に、床のひんやりとした感覚が伝わる。着地に失敗したのだと気付いたのは、身体が動かなくなった時だった。


「今のよく避けたわね。流石はリナリーの弟子」


 ……避けられたのか、今。

 それすら分からなかった。


「理解したかしら」


 朦朧とする頭に、シスターの声が届く。


「キモは“速さ(スピード)”。対応する隙すら与えず叩き潰す。それが“魔法の一撃(マジック・バーン)”よ……って」


 足音が聞こえる。


「こりゃ今日は駄目かしら」


 そこで俺の意識は途絶えた。







「さて、次は何番手を倒してきたんだい?」


「……うるせぇ」


 とおるにしては珍しい茶化すような物言いに、唸り声で返す。不本意にも、教室での話題は俺で持ちきりだった。

 いや、理由ははっきりしているし何となく予想もしていた。話題になっている内容とは、ずばり俺の顔。厳密に言えば、一目見ればはっきりと分かるほど真っ赤に染まった、俺の“鼻”だった。昨夜、シスターからの一撃で負傷した鼻である。


「じゃあどうしたんだよ、……そんな綺麗に染めやがって」


 将人が笑いを堪えながら言う。気を付けろよ、将人。その笑いが崩壊した時が、お前の顔面が崩壊する時だ。


「寝ぼけてベッドから落ちたんだよ」


「顔面からか」


「顔面からだ」


「ぶはは――ぶべでっ!?」


 修平からの冷静なつっこみに返答した瞬間、案の定将人が笑い出したので裏拳で黙らせる。


「ぎゃあああああああっ」


「はやっ」


「最初から狙っていたな」


 痛みに転げまわる将人を見下ろしながら、とおると修平が的確な判断を下した。

 くそ。やっぱりあそこは意地を張らずに頭を下げておくべきだったか。


 早朝。教会で目を覚ました俺は、シスターに治癒魔法で完治させてやると申し出をされていた。が、目の前で机をバンバン叩かれながら大笑いされた後に言われて、「はい、ありがとうございます」と頭を下げられるほど大人じゃない。そのまま怒り任せに教会を後にし、教室へ来てしまったというわけだ。

 うん。失敗だったね。


「将人、もう少し空気を読もうよ」


「しょ、しょうがないだろ。笑いは人間の生理現象だ」


 ……なお悪いわ。


「ま、それはそれでいいとしてだ」


 言い争いに発展しそうなとおると将人を手で制しながら、話題を切り替えるように修平が口を開いた。


「……関係、無いんだよな?」


「あん?」


 要領を得ない物言いに問い返す。


「関係無いんだよな?」


 同じ問いだった。が、何を問いたいのかは理解できた。


 “出来損ないの魔法使い”。

 “2番手(セカンド)”。


 つまりは、そういう事だ。


「ねーよ。言っただろ」


「ベッドから床へ顔面ダイブ、だな。了解」


 他人から言われると無性に否定したくなる内容だった。

 俺の無言の肯定に、ならばこれで終わりとばかりに修平は自分の席へと戻る。続くように将人、最後にこちらをもう一度振り返りつつとおるも戻って行った。


「おはよー聖夜、今日は早いじゃない……って、聖夜!?」


「な、中条さん!? そのお鼻はどうされたのですか!?」


 入れ替わるように登校してきた2人のお嬢様に捕まる。

 もう一度説明せにゃならんのか。……面倒くせぇ。







「んじゃ、始めましょうかね」


 軽い感じでそう告げるシスターに、俺は無言で頷いた。

 放課後。花園家でのグループ試験対策、そして片桐との学園無言探索を終えた俺は再び教会の地下へと足を向けていた。


「とは言っても、何か複雑な事をするわけじゃないんだけど」


「そうですね」


 その言葉にもう一度頷く。

 教えを乞うのは“魔法の一撃(マジック・バーン)”。昨晩種明かしされたそれは、さして高い技術を必要とする技法では無い。寧ろ厄介なのは――。


「昨日も話したけど、キモは“速さ(スピード)”よ。何をしているかを悟らせない早さこそが、この術のウリ」


「はい」


 シスターはあらかじめ用意していた机の上に林檎を置いた。


「過程は全て基礎的なものだけだから、手取り足取り教えなくても平気でしょ? まずはこれを吹っ飛ばしてみてちょうだい」


「分かりました」


 距離はそう遠くない、3mほど。学校にある定番の机の上に置かれた林檎へと意識を向ける。

 体内で魔力を生成し、圧縮。対象物は林檎。それほど魔力を込めずとも破壊できるだろう。対象物目掛けて魔力を放出し圧縮していた魔力を解放した。

 林檎が派手に砕け散る。

 魔力を練ってから林檎が破壊されるまで、およそ5秒ほどの時間が掛かった。昨日のシスターは、2倍以上離れていた俺を半分以下の時間で狙い撃ちにしている。


 なるほど。この距離と時間の差を埋めるのはなかなかに難しそうだ。

 一連の光景を見て、シスターが興味深そうに何度も頷いた。


「流石ね。何発かは外すと思ってたんだけど」


「恐縮です」


 それだけ返す。転移魔法の特性上、座標を固定する感覚を鍛え上げてきた俺からすれば、対象物に狙いを定めるという技術は今更造作も無い事だった。


「まあ、“神の書き換え作業術(リライト)”使えるんだから当たり前か」


 敢えて黙っていた内容を、目の前のシスターは何の悪びれも無く口にしてくれた。


「……シスター」


 思わず低い声が漏れ出る。しかし相手側は相変わらずの表情で笑った。


「はいはい、大丈夫大丈夫。他に言いふらしたりはしないからさ」


「それは当然です」


 簡単に口を割るような女なら、ここで口を封じておく必要がある。例え師匠と繋がりがあろうとそこは変わらない。

 俺の感情の変化に気付いたのか、シスターは肩を竦めて次の林檎を置いた。


「言うまでも無く、遅い。発現まで5秒もあったら当たってくれないわよ。敵は動くんだからね」


「……分かってます」


 俺のむっとした顔を見て、これ以上ダメ出しの必要は無いと悟ったのだろう。シスターは林檎が置かれた机から一歩離れる。


「対象物の座標を把握する能力は十分。魔力の生成、圧縮の速さも悪くないわ。鍛錬が必要なのは放出した魔力の移動と最後の解放の部分ね」


 まさに俺がやりにくいと感じたのはその部分だった。


 呪文詠唱ができない特性上、俺の扱える魔法は限られてくる。難易度の高い魔法は当然詠唱破棄で扱えるはずも無く、又自分の身体から放出し制御する遠隔魔法も“音”の補佐無しでは扱いにくい。必然的に利用するのは自分自身の手元で扱える魔法、すなわち身体強化系統の魔法のみとなってくる。

 その為、生成・圧縮に関してはお手の物だった。すばやく身体中に魔力を張り巡らせ、圧縮させた魔力を拳に纏い戦う。それは今まで幾度と無くこなしてきた技術。

 放出自体も、身体から魔力を放出する事で成り立つ強化魔法で使用する技術の為、問題は無かった。


 やりにくさを感じたのはその後から。自分の手から離れた魔法を極力使用していなかったが故に、放出した後の魔法コントロールが、目に見えて拙い。

 座標を固定する感覚が優れていたからこそ外しはしなかったものの、その有利性を補いきれないほどに移動させる技術はお粗末極まりない。


 おまけに手の届かぬ場所で圧縮された魔法を解放させるという作業にも、これまでにないやりにくさを感じる。

 自分の身体から離れた魔力を制御する技術。それを極端に嫌ったツケが、現状の課題になっていると言っていい。


「ちゃーんと現状を分析できるってのは良い事だ」


 シスターは俺が自らの現状を正確に把握しているであろう事を見抜き、言う。


「試験まで日は無い。けど、やってもらうわよー。チミの才能を、私に魅せてちょうだいな」

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