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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈下〉
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第4話 “魔法の一撃”

「ん、う……」


 耳元でけたたましく喚く携帯電話を黙らせてから、ゆっくりと上半身を起こす。

 カーテンの隙間から差し込む光が、俺の眠っていた思考を徐々に解きほぐしてくれた。


「……夢じゃ無かったんだよな」


 その呟きと共に完全に現実へと引き戻された俺は、思わずベッドの上で頭を抱えそうになる。


「無茶苦茶だ……」


 グループ試験の相手が片桐たち生徒会の面々だという事も。

 片桐の実力が俺の想像を遥かに上回っていたという事も。

 謎のシスターの言動の全ても。


 そして。

 俺の決断も。


 俺は制服へと着替える為にベッドから降りつつ、昨日の出来事を思い出していた。







「選抜試験まであと2週間。私が貴方に稽古つけたげるってコトよ」


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


「え、結構ですけど」


「長らく悩んだ割に断るんかい!!」


 いえ。

 悩んでたんじゃ無く固まってただけです。


「いや、その、すみません。怪しい宗教の勧誘はちょっと……」


「宗教の勧誘じゃないわよ!! しかもサラッと“怪しい”って入れたわね!?」


 当たり前だ。平気で祭壇に腰掛けるシスターがまともなはずあるか。


「俺、無信者なんで」


「ならいいじゃない。私を神と崇めなさい」


 俺は無言でポケットから携帯電話を取り出した。


「教会内は携帯電話使用禁止よ」


「救急なんでやむを得ないと判断しました」


「私は正常!!」


 携帯電話を奪われた。


「というか、貴方もさっき使ってたじゃないですか」


「いいのよ私は。それに急用だったし。やむを得ずと判断したわ」


 やっぱあんた、シスター辞めろ。


「ひとまず、その件は置いといて。チミは今日から私の弟子よ」


 勝手に確定事項にされた。


 冗談じゃない。


「いや、遠慮しときます」


「即答!?」


 当たり前だ。頭の中錆びついてんのか。

 このシスターの下について何が得になるか想像もつかない。


「今日来たのも慈善活動のためなんで。ここ掃除すればいいんですよね、したら帰ります」


 埒が明かない。もうやるべき事をやってさっさと帰ろう。このシスターのペースに合わせていては、いつまで経っても終わらない。

 そう判断した俺は、シスターからの言葉を強制的に打ち切った。シスターが何も言い返して来ない今が頃合いだろうと見切りを付け、踵を返す。


 教会は広い。手早く片付けてしまおう。まずは扉のところからと教会の出入り口付近まで歩いた俺は、箒を構え直した。


「チミさぁ、あのコたちの実力知ってる?」


「少なくとも貴方よりは知ってると思いますよ」


 背中越しに掛けられる声に、目を向ける事無く返答する。


 御堂紫。片桐沙耶。花宮愛。

 この3人に俺を加えたメンバーが、青藍魔法学園生徒会執行部2学年。

 本当のところ、3人のうち俺が戦闘スタイルを知っているのは片桐だけだ。その片桐でさえも実力の底は知らない。あくまでさわりの程度を垣間見ただけ。後の2人など魔法を使ったところすら見た事が無い。


 それでもこの女よりは知っているはずだ。第一、このシスターに何が分かるっていうんだ。

 ただでさえ、先ほど片桐の実力の一端をこの目で見て気が立ってるんだ。その話にはもう触れないで欲しい。


「……ふぅん、つまんないのー」


 いじけた声が聞こえるが無視。

 俺は黙々と箒を動かす。

 もう何を言われても返答すまい。時間の無駄だ。

 そう考えた矢先だった。


「チミ、本当に負けちゃうよ?」


 その言葉で、ピタリと俺の手が止まった。

 少しだけカチンと来た。心の奥底でひっそりと感じていた焦燥、その図星を突かれたからだと思いたくはないが。


「……貴方に何が分かるんですか?」


 そう言い振り向いた先には、祭壇に再び腰掛けるシスターがいた。

 まずはそこから降りろ。そしてあんたが信仰する神に土下座して謝れ。


「分かるわよー、全部」


 俺の心の声など当然聞こえているはずもなく。

 足をブラブラさせながら、シスターは軽い口調で話す。


「だって、無系統魔法使わないんでしょ?」


「……その単語を軽々しく出すのはやめてください」


「えー、良いじゃん別に。ここには私たち2人しかいないんだしさ」


 少しドスの効いた声を出したつもりだったが、シスターにはまったく効果が無かったようだ。

 師匠、なんて人に転移魔法バラしてるんですか。


「それにチミ、何で自分の無系統魔法を秘密にしてるかって理由、正しく理解してるの(、、、、、、、、、)?」


 その言い回しに、違和感を覚えた。


「……何ですって?」


「非属性無系統魔法保持者は、その能力を隠したがるから。……なーんて一般論を聞いてるわけじゃないよ。チミのその(、、)魔法を隠す理由を正しく理解してるのかなって聞いているわけだよ、私は」


「……どういう意味ですか」


「ありゃりゃ、この問いで答えられないのならアウトだわね」


 俺の纏う雰囲気の変化を察したのか、シスターが目を細める。


「好戦的なコ、嫌いじゃないけどお勧めはしない。なぜなら、チミは私に勝てないから」


 ふざけんな。そんなわけあるか。


「その感じじゃ、どうせ自分の能力に付いている名前の由来も知らないでしょ」


「……由来?」


「“神の書き換え作業術(リライト)”」


「っ」


 ほとんど初対面である人間から、自らの最深部にある秘密の名前を堂々と宣言され、反射的に身体が強張った。


「何でその技に『神の』って名称が付いてるか知ってる?」


 ……こ、


「ただのリライトってだけなら必要無いわけじゃない?」


 ……この、


「そんな仰々しい飾りつけなんてさぁ」


 ……この、女、

 一回、黙らせた方が良い。


 事情はどうあれ。

 真意はどうあれ。

 真相もどうあれ。


 野放しにしておくのは危険だ。これ以上口を開かせない方が良い。


「知らないんだ」


 祭壇の上にいるシスターと扉の前にいる俺が、向かい合う。

 教会の端から端だ。距離はそこそこあるがそんなもの、俺の魔法を使えば関係無い。

 差し込む夕日に少しだけ影が混じった。日没が近いのだろう。


「チミ、今。距離はちょいと離れてるけど、俺の魔法使えば関係無いとか思ったでしょ」


 ……。


「そこでその魔法に頼らざるを得なくなった時点で、今回の選抜試験の結果は見え透いたわ」


「っ」


 その的確な言葉に、思わず息を呑む。

 俺の仕草を見て、シスターが頭を振った。


「無系統に頼らず、どう戦うつもり? 呪文詠唱ができないチミに飛び道具なんて無い。MCマジック・コンダクターも片桐ちゃんの持ってる魔法具一体型MC(木刀)と違って、チミのはただのベルト方式のやつだったはず。まさか身体強化魔法1つであの3人を相手に勝てるなんて驕りは持っちゃいないわよね?」


 ぐうの音も出ない。


「天狗になってないだけ、まだマシか」


 呆れたように呟いたシスターは、おもむろに俺へと掌を向けた。

 瞬間。


「うおっ!?」


 その衝撃に、条件反射で発現した身体強化に身を任せ床を蹴る。信者が参列する時に使われるであろう、長椅子の1つの上に着地した。


「面白いくらい敏感に反応するのね。チミを狙ったわけでも無いってのに」


「……あ」


 その言葉で気付く。

 今の今まで手で握っていたはずの箒が無くなっていた。つい先ほどまで立っていた扉の方へと目を向けてみると、そこにはバラバラになった箒の残骸が辺り一面に広がっていた。


 どうやらシスターの狙いは、俺の手に握られていた箒だったらしい。

 しかし問題なのは。


「で、今何が起こったのか分かった?」


 悔しいが何も分からない。


 魔力を感じる事はできたが、それも掌に衝撃を感じるほんの直前。

 魔法発現の兆候というにはあまりに小さい変化だった。

 魔法球なんかじゃない。いくつもの魔法を織り交ぜた高難度の魔法でもない。そもそも、あのシスターは呪文詠唱すら(、、、、、、)していなかった(、、、、、、、)


 ――――いったい、何が起こったのか。


「分からなかったでしょう。それでいいのよ。初見で見抜かれるようじゃ、チミを弟子に取る意味が無い」


 そう口にしつつ、再び俺の方へと掌を向けてくる。


「サービスでもう一発見せてあげる。今度は不意打ちじゃないんだから、しっかり観察してごらん」


「っ」


 ゾアッ、と。悪寒が身体中を駆け巡った。

 長椅子を蹴り上げた瞬間、俺の身体強化ではない別の“何か”が足元の長椅子を粉々に吹き飛ばす。飛来する破片を手で弾き飛ばしながら、別の長椅子の上に着地した。


「分かった?」


 答えなど聞くまでも無いという顔をしながらシスターが質問してくる。

 答えられるはずがない。


 魔法なんて、発現していなかった。

 

 回避と同時に、俺は探知魔法(サーチ)も使用した。結果は無反応。箒や長椅子が砕けている以上、何らかの手法を用いたのは間違いないが、少なくとも魔法発現に必要である本来のプロセスを辿ってないのは確かだ。


 俺の無言の解答に満足したのか、シスターはニヤリと頬を歪めた。


「この技法を使いこなせるようになってもらうこと。それがチミを弟子にする最大の理由よ」


「……俺が?」


「他に誰がいるってのよ」


 フードを指で弄りながらシスターは言う。


「これは誰にでも使えるって魔法じゃない。対象を確実に叩き潰す魔力容量及び発現量、対象を的確に捉える精密性、言うまでもなく魔法技能の才能。運の良い事に、チミにはその全てが備わってる」


「俺に才能があるって評価を下さったのは貴方が初めてですね」


 師匠・リナリーですら俺に才能があるとは言わなかった。欠点を補う為にできることを伸ばせ。そういうタイプだった。

 何より俺自身が、自分に才能があるとは思っていないのだ。だから特段思った事は無かった。


「そう? 余程周囲の目は節穴だったみたいね」


 祭壇に腰掛けるシスターは違うようだ。

 あの顔、冗談で言ってる顔では無い。


「この技法は、昔滅んだとある一族が愛用していた秘匿魔法」


 なぜその秘匿魔法をあんたが知ってる。


「その名も、『魔法の一撃(マジック・バーン)』。これ私の愛称ね。正式名称は……忘れた。ま、いっか必要ないし」


 いいのか。凄い重要そうな魔法だったのに。その態度に思わず脱力した。


「呪文詠唱は必要ない。魔法具一体型MCも必要ない。材料は自分の魔力だけの飛び道具」


 祭壇からシスターが飛び降りる。


「チミにはうってつけの技法だとは思わない?」


「……それは」


 確かに、思う。

 それが本当なのだとしたら、俺の身体強化と転移魔法を織り交ぜた近接術重視のスタイルを根本的に見直す事ができる。それは今回の選抜試験だけでは無い。大袈裟では無く、今後の俺の魔法使いとしての人生すら変える事ができるかもしれない。


「無詠唱で発現された中身スカスカの魔法球が、片桐ちゃん相手にダメージを与えられると思う? あのコが本気になったら、牽制にすらなりゃしないわよ」


 ……。


「一体型MCを使わないのは、大方リナリーからの入れ知恵でしょ? 道具に頼ってたら、いざそれが無い時何もできなくなっちゃうからね」


 ……正解だ。

 なんで教会のシスターが、そんなにも魔法に詳しいんだ。それだけではない。俺や片桐といった生徒会メンバーについても理解があるようだし、師匠との繋がりもある。

 何より。


『何で自分の無系統魔法を秘密にしてるかって理由、正しく理解してるの?』


 俺の知らない何かを、このシスターは握っている。

 答えて貰えるはずなど、無い。

 それはこれまでの口ぶりから十分想像できる事だ。

 それでも、聞かずにはいられなかった。


「貴方は、いったい……」


 その問いに。

 赤い日差しを全身に浴びながら、シスターがケラケラと笑う。


「私がただのシスターだと思った? あの大魔法使い、リナリー・エヴァンスと繋がりのあるこの私が?」







「――夜、聖夜!!」


「っ、え」


 名前を呼ばれ、弾けるように顔を上げる。

 そこには至近距離で俺の顔を覗き込む、赤い髪のあいつがいた。

 急に周囲のざわめきが俺の耳に届くようになる。

 ここは。


「教室?」


「はぁ?」


 舞は怪訝な顔を隠そうともせずに、顔を離して腰に手を当てた。


「貴方、大丈夫? 寝てたの?」


「……寝てた?」


「いえ、目は開けておりましたが……」


「何で自分の事なのに可憐に聞くのよ」


 舞がジト目で睨み付けてくる。

 そう言われてもな。正直記憶が無い。


「けど、何やら考え事をされていたようには見えました。悩み事でもあるのですか?」


「そういうのじゃないから」


 心配そうに聞いてくる可憐に、手を振って答える。

 俺が抱えているのはもっぱら頭痛の種だ。


「生徒会の仕事、少し減らしてもらった方がいいんじゃないかい?」


 後ろからひょっこり顔を覗かせたとおるがこんな事を言ってくる。


「平気平気。そんな激務ってほどでも無いよ」


 これは本心だった。

 あの師匠の下で扱き使われていた日々と比べれば、雲泥の差が広がっている。


「そうは言っても、慣れない事ってのは意外と気疲れするものだ。ちょっと慎重になっていた方がいいかもな」


「そうそう。試験前なんだし、身体壊しちゃ終わりだぜ?」


「ああ、肝に銘じておくよ」


 修平と将人の有り難い助言を賜って、俺はそれだけ返した。

 今が昼休みだと知ったのは、俺の周りの奴らが今日はどこで食べるかと話題に挙げた時だった。







 結局、上の空のままその日の授業は終わってしまった。

 気が付けば放課後。機械的に俺の周りの奴らへ別れを告げ、1人生徒会館へと足を向ける。


「疲れなんかじゃないはずなんだけどな」


 身体にそういった疲労感は感じられない。かと言って風邪を引くような感じでも無い。

 だとすると。


「……やっぱりショックだったんだろうなぁ」


 他人事のようなセリフが漏れ出た。

 認めたくない、という気持ちを隠そうとする空回りの言葉。


 片桐沙耶。

 俺と同学年であり、この学園に通う一般生徒。

 の、はずだったのに。


 昨日、片桐から見せられたあの剣技が頭の中から離れない。あれは学園生の身分で身に付けられるレベルのものでは無かった。転移魔法を封じられた俺が戦って、勝てるかと聞かれれば躊躇せざるを得ない。それほどの実力が片桐にはあった。見下すという言葉には語弊があるとしても、心のどこかではやはり下に見ていたのかもしれない。


 いくら才能に恵まれなかったとはいえ、自分と同年代の魔法使いたちである学園生程度には遅れをとらないと。

 育ってきた環境が違うからと。

 タカを括っていたのだ。


 それも昨日の一件で粉々に打ち砕かれたわけだ。

 だからこそなのだろう。


「……まさかあの奇人変人シスターの誘いに乗ってしまうとは」


 藁にも縋る思いとはまさにこの事。

 幻術でも掛けられたかのように頷いてしまった。


 正直、後悔が無いわけでは無い。

 あの後かかってきたリナリーからの電話では。


『気を付けなさい』


 その一言。

 貴方のお知り合いである謎のシスターに弟子入りしましたとか、何であんな奇人変人傍若無人なシスターに無系統の事を話したのかとか、色々と言いたい事はあったのだがその一言だけで通話は一方的に打ち切られてしまった。


 まあ、師匠から直接電話がかかってきた事でシスターとの繋がりがある事は間違いないと証明されたわけだから、意味を成さなかったわけではないのだが……。

 師匠がこれほど警戒心を抱くシスターとはいったい何者なのか。恐ろし過ぎる。


 そんな事を考えているうちに、生徒会館に着いていた。

 重厚な扉のドアノブへ手をかけたところでやっと着いた事に気付いたあたり、そろそろいい加減にした方がいい。本調子じゃない状態であの副会長と遣り合えるとは思えない。


 なにせ今日生徒会館へ来たのは業務をする為じゃない。

 教会へ通い詰めになる事への許可を貰いに来たのだから。







 大広間から曲線を描く様に伸びる階段を上る。副会長が居るのはもっぱら会議室だ。広い生徒会館の中で、そこが生徒会役員の溜まり場と化していると言ってもいいだろう。

 ……あちこちに駆り出されている俺は、そうそう溜まってはいられないのだが。

 ネガティブな思考と愚痴はひとまず端へと追いやっておき、閉ざされた会議室の扉の前に立つ。


 生徒会館は役員不在時には施錠されている。俺が入って来たとき既に開いていたという事は、誰かしらは入館しているという事になる。副会長は役員の中でも常に一番乗りで会議室に来ていた。つまり、今居るのも副会長で間違いない。


 ただでさえ激務である中、俺だけ休ませてくれ若しくは仕事を減らしてくれと乞うのだ。反感を買う事は目に見えている。

 片桐だったら問答無用で俺を真っ二つにするに違いない。

 つまり、極力役員の集まりが少ないうちに話してしまった方がいい。理想としては副会長と2人っきりの間に。


 さっさと済ませた方がいい。

 俺は躊躇いなく目の前の扉を開け放った。

 その先には。


「ごきげんよう、中条君。威勢の良い入室っぷりだね。やる気があるのは良い事だ」


 差し込む日差しが反射し、輝くような光を放つ銀髪。

 スラリとした長身に、胸元のポケットから覗くエンブレム。

 何を考えているか見当も付かぬ不敵な笑みに、女子生徒が放っておかないであろう甘いマスク。

 青藍魔法学園序列最高位。

 “青藍の1番手(ファースト)”にして生徒会魔法執行部会長。

 御堂縁(みどうえにし)がそこに居た。

 ……こんな時に。


「あれ、なんでいきなり俺は殺意を向けられてるのかな。おかしくない?」


 うるさい馬鹿黙れカス消えろ。


「より怨念がこもった気がするのは気のせいかな」


 そのまま呪殺されてしまえ。


「来ましたか」


「……片桐もかよ」


 会長の背中越しからひょいと顔を覗かせた彼女を見て、思わず肩に入っていた力が抜けてしまった。


「お前がこっちに居るのは珍しいな」


 言外に、何でよりにもよって今日なんだよと聞いてみる。


「そうですか? ……そうかもしれませんね」


 遠回しの質問には一切気付く事無く、片桐は首を傾げた後1人で勝手に納得してしまった。


「ねえねえ、俺を間に挟んで無視するのってひどいと思うんだ」


「今日は出張所じゃないのか?」


「ええ、行方不明者の生存が確認できたとの事でしたので」


 揃ってジト目を向けて見る。


「……こういう展開で相手にして欲しくは無いかなぁ」


 会長は一歩下がって俺と片桐の視線から、不自然に目を逸らした。


「一応自分の奔放ぶりに自覚はあったんですね?」


「ははは。心外だね」


 爽やかな笑みで否定されてしまった。救いようが無い。


「じゃあどこをほっつき歩いていたんですか?」


「俺だって遊んでいたわけじゃないさ」


「放課後限定で行方を晦ませていたのに?」


「学園生との交流を図っていたのだよ。生徒会長たる者、小さな声1つとて聞き流してはならない」


 ならまず直近の部下である俺の声を聞け。


「そんな端っこで話してないで、こっちへ来たら~?」


 そう言ってやろうとしたところで、会議室の奥から声が掛かった。

 声の主は副会長。そちらを見ると、後ろには棚の書類整理をしている蔵屋敷先輩と花宮の姿もある。

 ……おいおい。今日生徒会全員集合じゃねーか。何で今日なんだよ。


「それもそうだね。まずは紅茶を淹れよう。難しい話はその後だ」


「……難しい話?」


 踵を返し、そそくさと会議室の奥にある給仕室へと引っ込んだ会長をしり目に首を傾げる。


「それこそ、あの人の言動を難しく捉えない方がいいと思いますよ」


 片桐の簡潔なアドバイスに、俺は何の引っ掛かりも無く納得した。

 そりゃそうか。

 しかし、今度はどんな面倒事を運んできたのやら。

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