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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈下〉
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第3話 青い花

「さて、まずはこの教会の中を塵ひとつ残さず掃除してもらおうかな」


 教会へと足を踏み入れた矢先、第一声がこれ。

 正直うんざりした。しかも最近どこかで聞いた言い回しのような気もする。


「……まずはってなんですか。俺が命じられた慈善活動はこの教会だけです。それに塵ひとつは無理です」


「自己主張の激しい子ねぇ」


 俺が悪いのかよ、おい。


「まぁ、いいでしょう。そこの辺りはこれからじっくり洗脳していけばいいわけだし」


「……すみません、今何て言いました?」


 おかしな単語が含まれてた気がするんだが。


「ん? まぁいいでしょう。そこの辺りはこれからじっくり洗浄(、、)していけばいいわけだしって」


「洗浄?」


「あら、知らない? 仏教とかで心身を洗い清める事を洗浄って言うのよ」


「……はぁ、ここの教会って仏教なんですか?」


 キリストじゃないの?


「え? ん、まぁそんな感じかな」


 ……。

 なぜ目を逸らす。……これはもしや。

 少しカマをかけてみる事にした。


「その首からぶら下げてるペンダント、十字架に見えるんですが」


「さーて、掃除でも始めましょうかねー」


「あんたの宗派はどこだ!!」


 見事に釣れた!! とんでもないシスターだな!!


「うっさいわね、信仰の自由よ!!」


「何でもかんでも自由なわけじゃねーよ!!」


 逆ギレか、無茶苦茶だなこの人。自由なのは選ぶところまでだぞ。選んだらそれに一途になれよ。


「……あー言えばこー言うところは本当にあの女と同じね」


「あの女?」


「ああ、うん。こっちの話」


 誰の事を指しているのかと疑問を投げかけてみたが、見事に払い除けられた。

 ……まぁ、いいか。“謎のシスター”の交友関係を洗ってみたところで俺に何か得があるとは思えない。最悪、奇人変人がさらに増える可能性もある。余計な所に口は挟まないでおくとしよう。

 そう考え、いつまで経っても本題に入らない事に気付いた俺は無言で手を差し出した。


「ん、何? おねーさんと握手したいのかな?」


「ちげーよ、箒をくれ!!」


 向けられた手を思わず払い除ける。


「ちぇー、つまんないのー」


 シスターが口を尖らせる。

 勘弁してくれ。


「貴方は慈善活動をさせる為に俺を呼んだんでしょう。早く本題、に……」


 うんざりしながら口にしていた言葉が、途中で止まる。

 シスターがおちゃらけた表情から一転し、鋭い視線である方向を見つめている事に気付いたからだ。

 そっちの方向には……『約束の泉』、か?


「どうかしたんですか?」


 沈黙を貫くシスターさん。

 俺の問いは完全にスルーされた。

 何だ、本当に何かあるのか?


「ねぇ」


 ……そう思い、探知魔法を発現しようとしたところで声が掛かった。

 シスターが手をプラプラと振る。


「……何のジェスチャーですか、それ」


「箒持ってきて」


「……あ?」


 何だって?


「箒持ってきて、って言ったのよ。そこの裏口出た先にある離れに置いてあるから」


 ……。


「掃除したいんでしょ?」


 ……この女ァ。

 思わず殴り飛ばしてやろうかとも思ったが踏みとどまる。そもそもこの喧嘩っ早い思考が、俺をこのような状況へと追いやったのだ。脈略も何も無い発言だらけの女だが、今は従っておく他ない。これで俺の退学措置が無くなるというのならば儲けものだと判断するべきだろう。

 そう考えた俺は、色々と言いたかった事を丸ごと飲み込んで、素直に頷いた。


「離れは出たら直ぐに分かりますか?」


「もちろん、何なら少し寄り道して(、、、、、、、)来てもいいよ(、、、、、、)


「はぁ? 直ぐに戻って来ますよ」


 寄り道? わけ分からん。とっとと終わらせたいに決まってるだろう。

 シスターのトンチンカンな言葉を両断して、俺は裏口の扉に手を掛けた。







 そのガラスを砕いたかのような音は、俺が教会の裏口から外へと出た瞬間に響いた。

 その音に思わず足が止まる。

 違うと分かりつつも一度教会へと振り返った。当然だが、教会のどこかが破損したといった雰囲気では無い。むしろ音は俺の前方、つまり離れの小屋がある森の中から聞こえた。

 ガラスと表現はしたが、あくまで比喩だ。教会の外に出て、肌に空気が触れて分かった。


「……魔法」


 そう、魔力が感じられた。

 それほど脅威になるレベルのものでは無い。だが、問題はこの先の森から魔力が感知された事にある。

 青藍魔法学園は、原則として許可無き魔法の使用は禁止されている。又、仮に許可が下りたとしても定められた場所でしか魔法は使ってはならない。

 定められた場所とは、魔法実習ドームや魔法実験室等、ようは万が一魔法が暴走しても即座に対処できる空間だけだ。つまり、どう考えてもこのような場所で魔法が発現しているのはおかしいという事になる。


 ……また誰か侵入してきたのか?

 その考えは、浮かんだ直後に抹消した。

 俺が日本に帰国する事になった要因でもある可憐の誘拐騒動以降、青藍魔法学園はより一層セキュリティに手間暇を掛けるようになった。間違っても一介の魔法使いが、片手間で解けるようなセキュリティでは無い。そして、このレベルのセキュリティを難なく通過できるような奴は、今のような素人くさい魔法の痕跡など残さない。

 だとすると。


『もちろん、何なら少し寄り道して来てもいいよ』


 先ほどシスターから言われた言葉が蘇る。


「……仕方無いな、行ってみるか」


 そう考え、地面を蹴った。

 おそらくは、学園の目を盗んでこっそりと魔法の練習にでも来た学園生がいるのだろう。面倒臭い事ではあるが生徒会に名を連ねている以上、それを知ってしまったからには放置できない。


 ……それにしても。

 あのシスター、俺よりも先にこの気配に気付いていたのか?

 だとしたら、いったい……。







 ガラスが割れたかのような、甲高い音が響く。


 魔法障壁。

 魔力を具現化し自らを護る盾として発現されたそれは、片桐沙耶(かたぎりさや)の魔法具一体型のMCである木刀によって、いとも簡単に打ち砕かれた。


「ぎゃあっ」


 破壊された衝撃を受けて、男子生徒が草むらを転がる。

 直接攻撃を受けたわけではない。それでも圧倒的な力の差を目の当たりにした男子生徒は、成す術無く尻餅を付いた。


「ふぅ」


 戦意は喪失した。

 そう結論付けた沙耶は、短いため息と共に木刀をスカートのベルト部分に納めた。

 視線をもう1人の男子生徒へと向ける。


「……ちっ」


 その無言の圧力に実力差を感じ取ったもう1人の男子生徒は、舌打ちと共に両手を挙げる。

 降参のアピールだ。


「選抜試験に向けて練習に時間を割く事は、称賛に値します。しかし、魔法は学園内ならどこでも使っていいというわけではありません。その点についてはご理解頂けていますね?」


「練習場所が埋まっちまってるんだから仕方ねぇだろうが」


 尻餅を付いている男子生徒は無言で肯定を。

 対して降参の意思表示をしただけの男子生徒は、沙耶の言葉に納得がいかないと喰い付いた。


「練習場所が無ぇんだから勝手にやってただけだ。何が悪い」


「環境は皆同じです」


 怒りを堪えながらも発せられる言葉にも、沙耶の反論は淡々としたものだ。


「試験前に魔法実習場所の予約がいっぱいになるのは例年の事です。今年初めて試験を受ける2学年ならともかく、既に複数回経験されている貴方がたならお分かりのはずでしょう」


「はっ! 試験前なんだ。練習したくてしてるんだぞ!!」


「だからこそ、学園は謳っているのです。定期的な練習を積むようにと。試験期間外の実習場所使用率はご存じですか?」


「知るかよふざけんな!!」


 抑揚の無い正確無比な物言いに、男子生徒がキレた。


「試験をパスできる奴らが何言っても説得力無ぇんだよ!! 学園の悪環境棚に上げて全部俺らのせいか!!」


 救いようが無いとばかりに頭を振る沙耶は、一言。


「責任転嫁も甚だしいですね」


 その言葉に、男子生徒は顔を真っ赤にして咆哮した。


「こっ、このチビがァァァァァァ!!!!」


「……仕方ありません」


 男子生徒の魔力が唸りを上げる。

 この男子生徒の魔力容量は、お世辞にも高いとは言えない。発現量も発現濃度もこの学園の平均程度だ。

 しかし、力任せで放出されたそれが危険である事には変わりない。むしろ精密なコントロール下にある膨大な魔力の魔法よりも、いつ暴走してもおかしくない小さな魔法の方が危険な場合もあるのだ。


 今回のケースは、後者の典型例であると言えた。

 それを沙耶も分かっている。

 だからこそ。


「無力化します」


 決断は早かった。


「浅草流・雷の型」


 何かが弾けるような音が響いた瞬間。


「『雷花(ライカ)』」


 目にも留まらぬ斬撃が男子生徒を襲った。

 1秒にも満たぬ刹那の中で、沙耶の木刀は男子生徒のみぞおちを捉える。


 衝撃の光や音は遅れてやってきた。

 青白い閃光が奔った頃には、沙耶の姿は既に男子生徒の背後にある。


「ぎゃああああああああっ」


 程なくして男子生徒が痛みに震え、廊下を転げ回った。


「大袈裟ですね。出力は抑えてあります。叫ぶほどの事ではないでしょう」


 沙耶はそれを冷めた目つきで見据える。

 同じ学園生であるにも拘わらず、圧倒的な実力差がそこにはあった。







 青い花が咲いた。

 そう表現する他ない。


 加勢などまるで必要なかった。いや、する隙が無かったと表現すべきか。

 目で追う事すら叶わぬ片桐の斬撃は、男子生徒の脅威を容易に無力化した。遅れて訪れる衝撃音と青白い光。男子生徒の身体から弾けるようにして放出されたそれは、美しい花のように見えた。


 レベルが、違い過ぎる。

 男子生徒が弱過ぎるわけではない。片桐沙耶が強過ぎるのだ。なぜこんな学園で平和に学園生をやっているのかと聞きたいくらいには。

 大和さんと遣り合った時に近い悪寒が、俺の身体を駆け巡った。

 それに……、あの流派は――。


「いつまでも陰で見ていないで、出て来たらいかがですか。中条さん」


 ……。

 気付かれていたのか。気配は消していたはずなんだが。

 しかしバレてしまっているのなら仕方が無い。言われた通りに茂みから一歩を踏み出す。


 ショートカットの茶髪に、アクセントの内側カール。手にしていた木刀で一度空を切った後、俺の姿を視界に捉えた片桐は鼻を鳴らして納刀した。


「ストーカーとは趣味が悪いですね」


「笑えない冗談はよせ」


 言いがかりにも程がある指摘を切り捨てる。


「魔法の発現を感知してここまで来ただけだ。お前を追って来たわけじゃねーよ」


「笑えない冗談はよしてください」


 本心を述べたつもりだったのだが、俺のセリフをそのまま返された。


「発現を感知してここへ? まるで生徒会としての職務に忠実な人のようではないですか」


「おい」


 真面目にやっていると断言はできないが、そこそこ貢献してはいるはずだぞ。


「それほど大きな波動では無かったはずなのですが」


「近くにいたからな。今日は教会で慈善活動だ」


「ああ、なるほど」


 得心がいったとばかりに、片桐が頷いた。


「そいつら、3年か」


「ええ」


「それを一撃かよ。やるな」


「謙遜を。貴方でも可能でしょう」


「それは過大評価だな」


「そうですか。ほら、立って下さい。生徒会館まで同行して頂きます」


 俺の返答がお気に召さなかったのだろうか。

 興味が失せたとばかりに視線を外した片桐は、足元で尻餅を付いたままの男子生徒に対象を移した。恐る恐る立ち上がる男子生徒に、指差しで次の行動を指示している。どうやら戦闘不能に陥っているもう1人の男子生徒を引き摺らせて行くようだ。


 鬼か。

 俺の視線に気付いたのか、片桐が振り返る。


「……何か言いたい事があるのではないですか?」


「言っていいのか」


「言うのは自由です」


 そうかよ。


「お前、その剣技どこで覚えた」


 俺の問いに、片桐は端整な眉を吊り上げた。


「知っているのですか?」


「この国に住んでる人間なら、一度は聞いた事があると思うんだがな」


 浅草家。

 由緒正しき侍からの家系でありながら、その剣技に魔法を取り込み『魔法剣士』という部類を作り上げた、その道の第一人者の名家だ。浅草流剣術はその名家が代々受け継いできた魔法剣術の極意。一介の、それもただの学園生が身に付けられるような代物ではないはずだ。


「別に隠す程の事ではありませんが……、そうですね」


 少し考える素振りを見せた片桐は、軽く柄を叩いてから言った。


「貴方が余り枠で参戦するグループ試験で、見事勝利を収められたら答えて差し上げます」


「……つまり、実力で聞き出せって事か」


「はて、何のお話でしょう。貴方の対戦相手は私なのですか?」


 ……。

 引っ掛かりはしなかったか。ここでこいつから言質が取れれば、グループ試験の噂の真意が分かると思ったのだが、そう甘くはないらしい。


「話が以上なら、私は行きます。仕事中ですので」


「ああ、そうしてくれ。俺も慈善活動中だ」


「頑張ってください」


「お前もな」


 片桐は男子生徒を連れて踵を返す。歩き出したのを見て、俺も戻る事にした。

 連行に協力するべきか一瞬迷ったが必要ないか。あれだけの実力だ。あいつに勝てる学園生などそういない。会長か大和さんか蔵屋敷先輩か、まだ見ぬ4番手か。まぁ、そのくらいだろう。


 ……舞と可憐が学年最強って話は嘘だな。家柄、才能の域では圧勝だろうが、今のあいつらが片桐に勝っているとは思えない。あいつらと組むグループ試験なら、何だかんだで乗り越えられると思っていたが、これは少しまずいかもしれない。


 ……。

 それに――――。







「遅い!!」


 箒を手にして戻るなりシスターから喝が飛んできた。


「……自分で寄り道していいとか言ってたじゃないですか」


 あまりに理不尽だと思うわけだ。


「私が想定していた時間よりも遥かにかかっているわ」


「じゃあ次回があれば制限時間は前以って教えておいてください」


「対応がおざなりでつまんないなー」


 誰のせいだ誰の。あんたとの会話に生真面目に付き合ってたらストレスで死んでしまうわ。


「とにかく、箒は持ってきたんです。どこから掃除していけばいいですか?」


「この期に及んで箒ィ? まさかとは思うけどさぁ」


 シスターは興ざめとばかりに(かぶり)を振りながら、


「この私が本当に掃除の為だけに貴方をここへ呼んだとでも思ってんの?」


 こんなことを言い出した。


「……は?」


 言葉にならない。何を言ってるんだこのシスターは。存在から言動まで全てが謎過ぎる。


「いや、まぁ今日貴方を見て平気だと判断できてたら、そのまま適当に掃除させて帰らせようとは思ってたんだけどね」


 その言葉でもピンと来なかった俺へ憐みの視線を向けつつ、シスターは事もあろうに神聖なる祭壇へどっかりと腰を下ろした。

 ……おい、誰かこの神をも恐れぬ女に別の就職先を紹介してやってくれ。残念ながらシスターという職はこの女には向いていないようだ。


「やっぱり駄目だわ。貴方、自分の現状理解してる?」


「それ多分俺の台詞ですよね?」


 自分のやっている事を一度振り返ってみた方がいい。


「良いのよ私は。やるときゃやるんだから」


 ……それ一番自分で言っちゃいけないセリフだ。


「それよりも貴方よ。まさか何の情報も入ってきてないって事は無いでしょ?」


「すみません、何のお話をされてるのかさっぱり――」


「選抜項目が一、グループ試験」


 ……。


「ん、やっと良い顔つきになった」


 俺の顔を見て、シスターはそう評価した。


「試されてるのは知ってるわよね」


「……本人の口から直接伺ったわけではありませんが」


「なるほど、エニーらしいわ」


 ……エニー?


「グループ試験のお題は、3対3の魔法戦」


「知っています」


「今年のグループ試験、第2学年は生徒会のみで構成されたグループが1つ紛れ込む」


「それも知っています」


「そのグループと対戦することになるグループは、既に確定している」


「……初耳です」


 シスターは「無論、教員内ではって話だけどね」と付け加える。


「それはどのグループなんですか?」


「皆まで言わにゃ分からんほど鈍感さんかな君は」


 その言葉で確信した。

 想定していた最悪の展開になるってことかよ。

 俺の表情で悟った事を理解したのだろう。シスターは満足そうな笑みで頷いた。


 ……この女も中々に頭が回る。事実を口にすること無く、真相を俺に勘付かせたのだから。


「少々……いや、ここで見栄を張る必要はないね。相当、貴方の分が悪い」


 ぽりぽりと頬を掻きながらシスターは言う。

 素直に頷きそうになったが、踏みとどまる。


 この女、いったい俺の何を知ってる?

 呪文詠唱ができない“出来損ないの魔法使い”であることは周知の事実だとしても、ここまで断言されるとは。

 出方を窺う俺に。

 シスターは小悪魔のような笑みを浮かべて。

 こう言った。


無系統魔法(、、、、、)バラせないんでしょ(、、、、、、、、、)?」


「――っ」


「ストップ!!」


 思いの外大声で牽制してきたシスターに、条件反射で動きかけた足が止まる。日が傾きかけ、赤色に染まり始めた教会に俺の叩きつけた足音が木霊した。


「私は、敵じゃない」


「……その言葉で俺の警戒心を強めるのも作戦か」


「そうじゃないそうじゃないって」


 パタパタと手を振りながら、シスターは害意が無いことを示してくる。


「貴方のことはそれなりに知ってる。リナリー・エヴァンスは、貴方の師匠に当たるのかな?」


 ……。

 この女、と思う。


 無系統とぼかして表現してはいるが、この言い回し十中八九バレていると考えた方がいいだろう。

 俺に関する情報をどこまで集めているのかは知らないが、少なくとも俺にとって転移魔法は最深部の秘密だ。それを知っている以上、俺と師匠の関係くらい調べられていても不思議じゃない。


 それに。

 仮に師匠と交友があり、師匠が俺の事をバラしていたとしたら、それはそれで問題だ。あれほど転移魔法に関する情報はトップシークレットだと言っておきながら、当の本人が簡単に漏らすようじゃお話にならない。


「疑ってる顔ね」


「……生憎と俺はここの学園生ほど平和ボケしちゃいない」


「あらそう。じゃあはい」


 シスターが懐に手を入れ何かを取り出す。何らかの魔法具(マジックアイテム)であることを考慮し、迎撃の態勢を取ったがそれは杞憂に終わった。シスターが取り出したモノを放って来たので、一度それが床に落ちたことを確認してから警戒しつつも拾い上げる。


「直接受け取るような馬鹿はしないか。流石はリナリー、躾は上々。ただ、個人的には受け止めて欲しかったかなぁ。壊れちゃうと困るのよねぇ」


 なら投げてくるんじゃねーよ。心の中でそう毒づきながら拾い上げたモノを見る。

 携帯電話だ。


「あとは通話ボタンを押すだけで繋がるから」


 念のため魔法のトラップが仕掛けられていないか簡単に調べた上で、言われた通りに通話ボタンを押す。

 6コール目で繋がった。


『……何? 貴方が私に電話してくるなんて。どうし――』


 何も返答をする事無く通話を切る。

 どうだった、と目で問いかけてくるシスターに無言で携帯電話を放り投げた。


「……確かに、出たのはリナリー・エヴァンスだった」


「そりゃそうでしょうよ」


 シスターが得意気に答える。そこで携帯電話が鳴りだした。


「もしもしー」


 俺にウインクを1つ決めてから、シスターが応答する。

 恐らく相手は師匠だろう。会話も何も無い状態で通話を打ち切ったからな。


「あははは、ごめんごめん。何か電波が悪かったみたいでさー」


 少しも申し訳なさそうな声色を混ぜる事無く、シスターは祭壇の上に腰掛けたまま豪快に嘘を言い放っている。

 ……なぜこんな女がシスターをやっているのか不思議で仕方が無い。


「うん、うん。変な事? してないわよ別に」


 嘘つけ。

 声に出さずにそうつっこんだところで、シスターがこちらを向いた。


「ていうかさー。いるし、今私の目の前に」


 その言葉で、電話の向こう側が相当な音量で何かを叫び出したのが聞こえる。


「あはは、悪いようにはしないって。捕って食おうってんじゃないんだからさ」


 電話越しに聞こえる怒声が更に増した。


「なーに言ってんだか。むしろ感謝して欲しいくらいよ。あんたが育児放棄している間、私が面倒見てあげる(、、、、、、、、、)って言ってんだからさ」


 妙な言葉が聞こえた気がする。


「はいはい、平気平気。おっけーおっけー、任せといてよ。じゃあそーいうことでー」


 ブチッと、明らかに投げやりな言葉と共にシスターは通話を終了した。

 俺の方へと向き直り、一言。


「ってわけだから」


「……すみません。もう少し人類でも理解しやすい言葉で喋ってもらえますか?」


「私は珍獣か」


 似たようなモンだ。


「ま、簡単な事よ」


 祭壇からピョンと飛び降りたシスターは言った。


「選抜試験まであと2週間。私がチミ(、、)に稽古つけたげるってコトよ」

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