第7話 優先順位
前回の3月26日の更新で、誤って1つ飛ばして更新してしまいました。
更新し損ねた本当の第7話を差し込みで公開しておきます。
情報共有の回に時間が掛からなかったと思うことにして頂ければ……、いえ、本当に申し訳ございませんでした。何でもないです。
☆
「来んなよ! あいたっ!?」
教会で俺達を門前払いしようとしたシスター・メリッサが師匠にどつかれた。
「入りなさい」
師匠の言葉に従い、教会へと足を踏み入れる。
既に祭壇の下に隠されている地下への入口は開いていた。師匠の先導で地下へと進む。その先には、この教会で匿われているシスター見習のアリス・へカティアの他、縁先輩と蔵屋敷先輩もいた。
「やあ、中条君。襲撃されていないところを見ると、神楽家への交渉は成功したみたいだね」
「……縁先輩がどうしてここへ」
このタイミングで教会地下で合流したルートは記憶上存在しないんだが。
「エマ・ホワイト君が校舎の壁をよじ登っているのを見かけたからねぇ。流石に異常事態だと察したわけさ」
エマの方へと視線を向ける。
ぐりん、と音が鳴りそうなほどの勢いで視線を逸らされた。
まあ、召集の手間が省けたのだから良しとしよう。
神楽家との交渉、と口にしたことから、恐らくはこれまでの経緯も説明済みに違いない。
「で? これからアマチカミアキの遺言を聞きに行くんだって?」
案の定、知識の共有を受けている縁先輩が聞いてくる。
「いえ、遺言の情報は既に入手しました」
「……何ですって?」
縁先輩との会話に割り込んできたのは師匠だった。
まあ、そんな反応になるよな。
「じゃあ、なんでまた遡りの神法が発現されているわけ?」
「遺言の情報は入手しましたが、それによって襲撃の情報が『ユグドラシル』に漏洩しました。襲撃は失敗し、遡りの神法を発現してもらうに至っています」
「……襲撃の情報が漏洩して失敗? 随分と話が進んでいるようね。説明してもらえるかしら」
「もちろんです。まず……」
ここまで言いかけて一旦止まる。師匠は、アマチカミアキが双子だったという事実を聞いてショックを受けていたのを思い出したからだ。しかし、この情報はこれから絶対に必要となる情報だ。なぜなら、だからこそ『ユグドラシル』の長である天地神明が生存しており、討伐の必要があると判断されるからだ。避けて通ることはできないと思い直す。
「師匠が近未来都市アズサの会談で討伐したのは弟の方で、『ユグドラシル』の長である天地神明は兄の方でした。奴らは双子だったのです」
「……は?」
呆然。
まさにこと言葉が相応しいだろう。
ここまで隙だらけになる師匠は初めて見た。
そう言っても過言ではない。
師匠は自他ともに認める世界最強の存在だ。
師匠を殺せる人間なんて存在しない、とかつては思っていた。
けれど、違った。
修学旅行の時に師匠は殺されている。
絶対は無い。
当たり前のことだが、そういうことなんだろう。
「おい! リナリー! しっかりしな!」
シスター・メリッサが強めに師匠をどつく。
それでようやく師匠の目に生気が戻った。
「え……、ええ。ごめんなさい。それで?」
声の震えが隠せていない。
それでも、師匠はそう口にした。
ここで時間を浪費するのは得策ではない。
話を進めていいのならさっさと進めよう。
「討伐された弟は、今の『ユグドラシル』の考え方に共感できないと言っていました。だからこそ、遺言には兄の討伐依頼の内容が含まれていました」
「討伐依頼があったのは分かった。しかし、遺言の情報を入手したことで、襲撃することがバレたというのが分からないな。何かきっかけがあったのかい?」
縁先輩の質問に頷く。
「神楽家が二階堂家を粛清したのが原因と思われます」
「そこでなぜ二階堂家が出てくる」
「『ユグドラシル』と裏で繋がっていたからです」
縁先輩が目を丸くした。
「……それが真実だとして、なぜそのタイミングで神楽家は粛清を実行したんだい? 襲撃を仕掛けるのなら、隠密に事を進めるべきだと思うのだけれど」
「『脚本家』の神法に不具合が発生したためだと俺は考えています。実際に、その時の神楽は急に……」
そこまで口にして、悪寒が全身を奔り抜けた。
会話を中断して、渡されていた携帯電話を取り出す。
登録されていた番号を選択した。
相手は、すぐに繋がった。
『はい』
「中条です。神楽はいますか」
『おりますが』
直後に雑音。
すぐに、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『さっきの今で何なのかしら』
「念押しだ。余計な事はするなよ」
『……どれだけ信用が無いのよ』
怒りは通り超えたのか、呆れ声で返ってきた。
「前回ルートでは、『脚本家』の神法に不具合が発生していてな。この後『ユグドラシル』の拠点襲撃が控えているという状況下で、神楽家が二階堂家を粛清したんだ」
『……呆れた。それなら、それを先に言いなさいよ』
それはもっともな話である。
だが、もともとこういう分野は不得意なんだよ。
必死に頭を回しているつもりでも、やはり抜けはあるようだ。
しかし、そんな泣き言を口にしたところで何かが変わるわけでは無い。
「ただ、何もするなって約束はしただろう」
『それでも不具合が出て記憶に齟齬が生じたら意味が無いでしょう。私が言いたいのは、最初から二階堂家を粛清していたという知識を開示しておけば、私に未来から来たことを確信させられたでしょうってこと。だって二階堂家が「ユグドラシル」と繋がっているって情報は、神楽家の持つ情報網からじゃないと辿り着けないからね。ランダム性のある葵のコードネームを知っていた件との合わせ技で私の信頼を得なさいよ。というか、それなら一緒に行動した方が良かったんじゃないの。私は今の私が余計な事をする前にすぐ青藍へ戻る。どこに向かえばいい?』
少し考えて、俺はすぐに結論を出した。
「教会」
『オーケー』
それだけ告げられて通話は切られた。
……それも確かにそうか。
いや、葵さん達の名前でそのあたりの疑問は解消されたと思っていたんだよ。
通話が終わったので顔を上げる。
ここにいる全員から残念そうな目で見られていた。
いや、唯一アリスだけが心配そうな表情をしてくれている。
俺の味方はアリスだけらしい。
「話を戻そうか」
縁先輩が仕切り直しの言葉を口にする。
「遺言で天地神明が双子で、『ユグドラシル』の長である兄の方のは存命であることは分かった。そして、討伐済みの弟から兄の討伐依頼があったことも分かった。『脚本家』の神法の不具合で襲撃に失敗したと言っていたが、拠点場所は判明したということで構わないね?」
「はい。古代都市モルティナの教会、その地下です」
「なるほど。そこまで分かっているなら、確かに絶好の機会ではあるね。今回は、その襲撃失敗の原因となった不具合を抑えられているようだから」
縁先輩の視線が師匠へと向けられる。
「……そうね」
「と、言うよりも、そもそも襲撃しないという選択肢がありません」
俺が口を挟んだことで、縁先輩の視線が再び俺へと向けられた。
「なんでだい?」
「1週間程度先となりますが、『ユグドラシル』側から宣戦布告が為されます。師匠リナリー・エヴァンスか、エルトクリア女王の首のどちらかを差し出さない場合、魔法世界への侵攻を開始すると」
「それはまた……、随分と大胆な手法に打って出ましたわね」
これまで沈黙を保っていた蔵屋敷先輩が、渋い顔で呟いた。
「それは無料動画サイトで公開されたものですが、偽物と勘違いされないようご丁寧に属性奥義を魔法世界へ投下してきます。俺の持っている記憶では、1回目は歓迎都市フェルリア、2回目は貴族都市ゴシャスです」
「……それなら愉快犯の可能性は低そうだね」
縁先輩は嫌悪感むき出しの表情で頷く。
「加えて遺言では、属性奥義の発現と同時に『ユグドラシル』構成員は王城エルトクリアに姿を見せ、動画の信憑性を高めるだろうと言っていました。兄は石橋を叩いて渡る性格だから、と。つまり……」
「属性奥義を発現できる実力者、そして王族護衛『トランプ』がいる王城エルトクリアへ赴いても帰還できる実力者、少なくともその2名がカミアキの傍を離れる、というわけね。確かに、襲撃の絶好の機会ではある」
俺の言葉を引き継ぎ、師匠はそう言った。
まさに俺が伝えようとした内容だったので、頷いて答える。
「でもさ、街中で属性奥義なんて現実的じゃないわよ。どうやって準備時間を確保したってのさ」
シスター・メリッサが口にした疑問に、またもや全員の視線が俺へと向けられた。
「その答えは……、俺のMCが知っています」
前半は、ここに集まった全員へ。
後半は、俺の腕に装着されている相棒へ向けて。
《……ここであたしに振るわけね》
「仕方が無いだろう。聞く機会が無かったんだ」
《エマちゃんと熱い抱擁を交わす機会はあったのに?》
ちゅーまでしそうだったわね、とウリウムが不機嫌そうに付け加える。
ウリウムの声が皆に聞こえていなくて良かったと思う瞬間である。
《まあ、いいけど。記憶の同期で手法は判明してるわ。その手法とは……》
ウリウムから与えられた知識を、言語化して共有する。
「空間移動魔法の併用です。奴らの中に、今いる場所から別の場所へと『門』を繋げることができる無系統保持者がいます。属性奥義の発現直前に、発現者を投下地点へ移動させていたようです」
考えてみれば、実に単純な手法だった。
かつての『脚本家』が、俺でも可能な手法と言っていた理由が良く分かる。属性奥義を発現できる魔法使いが味方にいれば、俺がその魔法使いを転移させればいいだけだからだ。
縁先輩や蔵屋敷先輩の前でも、俺は無系統魔法を使用している。
少しだけ間を空けて、縁先輩が難しい顔のまま口を開いた。
「そうだとするなら、敵を狙う際の優先順位も大きく変わりそうだね。今までは天地神明だけでも討伐すればいいって考えていたけれど」
「そうですわね。天地神明に加えて、最低でもその無系統魔法の保持者も無力化する必要がありますわ。次いで属性奥義を発現できる人間ですが、『ユグドラシル』内に属性奥義を発現できる実力者は何人おりますの?」
「最低で4人。側近3人と最高幹部の1人だね。天上天下、唯我独尊、傍若無人、そして蟒蛇雀だ。ただ、それは昔、俺がいた頃の話だ。現状がどうなっているのかは知らないね」
蔵屋敷先輩の疑問に、縁先輩はそう答える。
もっと増えている可能性もあるということだろう。
いや、待て。
「おそらくは、という言葉は消えませんが、遺言を残した弟の方もその4人だけのはずだと言っていました」
「なるほど。確定はできないけれど、より信憑性は高まったね」
縁先輩が頷く。
「優先順位は、天地神明が一番で、二番に空間移動の無系統保持者、そしてその次に属性奥義を発現できる魔法使い達って感じかな。ところで、その空間移動の無系統保持者の特徴も分かれば教えて欲しいね」
「それが……」
ウリウムの言葉をそのまま伝える。
「青基調の神官風の魔法服を纏った、虚ろな目をしている男だそうです」
俺はこの特徴に憶えがある。
「そして、無系統魔法発現の際に、鈴の音のような特徴のある音が鳴る……、と」
俺の言葉に、縁先輩が眉を吊り上げた。
「それはまた……、懐かしい情報が出てきたものだね。そうは思わないかい、鈴音」
「……ええ、そうですわね」
話を振られた蔵屋敷先輩が小さく溜息を吐きながら口にする。
「まさか、ここで繋がってきますの? かつての幽霊騒動が」
「ただ、その特徴を持った男は、既に師匠が殺害しています」
「そうなのかい、リナリー・エヴァンス」
「ええ」
縁先輩の問いかけに、師匠が答える。
「俺もその死体は見ていますし、死体は蟒蛇雀が持ち帰りました」
「そうなると、また別の問題が発生するね」
「はい」
縁先輩の言葉に頷く。
つまり、奴らは何らかの手段で死体を運用していることになるということだ。
しかし、俺はその例を既にあの実験棟で見ている。
「カーリウ・スカウラウド。この男を知っていますか」
「もちろんだ。『ユグドラシル』最高幹部の1人で、魔法世界で死亡が確認されたはずだが?」
俺の質問に縁先輩が即答する。
やはり、その情報は持っていたか。
「魔法世界で討伐されたはずのその男が、あの実験棟内で俺の前に現れました。まるで傀儡のようで、自らの意識は全くありませんでしたが」
「……輪廻転生か」
縁先輩は、表情を顰めたまま吐き捨てるように言う。
「死者を傀儡のように操る無系統魔法を持っている。死者の固有魔法も再現可能だそいつの仕業と見て間違いないだろう。……死者の運用。本当にあの組織は堕ちるところまで堕ちたようだね」
「ただ、朗報でもある。輪廻転生の無系統魔法を未だに使っているということは、逆に言えばまだ完全なる蘇生には辿り着いていないということよ」
縁先輩の呟きを、師匠が拾い上げる。
その視線が俺へと向いた。
「幸いにして、聖夜の立ち回りはベストに近いものよ。ここでの情報共有が終わり次第、『ユグドラシル』の拠点へ特攻を仕掛けましょう。神楽家もここへ来るみたいだし、それまでに各自準備してちょうだい。聖夜、貴方はここに残りなさい」
☆
「何でしょうか」
「貴方、前回のルートで随分と新しい情報を仕入れたみたいね」
師匠が残れと言ったのは俺だけ。
しかし、当然のように俺の後ろに控えているエマを一瞥しつつ、師匠が切り出した。
「エルトクリア王家がなぜ『ユグドラシル』の討伐対象の一つに指定されていたかは知っている?」
「はい。始まりの魔法使いの末裔だからですよね」
俺の回答に、後ろに控えるエマが息を呑む音が聞こえた。
「……その情報はどこから?」
「ウリウムが口を滑らせてくれましたので」
《ちょっと! それは言わない約束だったのに!》
精霊王達と別れて危険区域ガルダーを移動中、ちょっとした独り言をウリウムが拾ってくれたのだ。
『……それにしても、天地神明の宣戦布告は、なんで師匠とアイリス様の選択式だったんだろう。師匠さえ討ち取ってしまえば、あとはどうとでもできる、とは考えなかったのかな』
《それはやっぱりエルトクリアは分岐した末裔の一つだからじゃない?》
『え?』
《え? ……あっ》
ウリウムからすれば、俺に話していないことはまだまだたくさんあるのだろう。それは非協力的なわけではなく、『脚本家』の神法発現を阻害しないためであることも理解できる。始まりの魔法使い達と直に面識がある存在だ。その知識量と内容は想像を絶するものであるに違いない。
だからこそ、遡りの神法への負担は相当なものとなっているだろう。
最悪、今回の件についてはこれが最後のチャンスとなっている可能性も考慮すべきだ。
「そこを知っているなら話は早いか。始まりの魔法使いの末裔は、いくつかに分岐している」
「その本家が神楽一族だということですね」
「どちらにせよ、『ユグドラシル』は宣戦布告前に潰す必要がある。このご時世に魔女狩りに遭うなんてごめんだからね」
師匠は肯定しなかった。
ただ、言っている内容はその通りだったので頷いておく。
「リナリー」
俺の後ろから声。
振り返れば、シスター・メリッサがいた。
そして、その後ろに。
「来たわよ、中条」
神楽と葵さん。
視線を戻すと、師匠は既にそこにはいなかった。
話は終わりということだろう。
さあ、出発はまもなくだ。




