第3話 憎悪
☆
蔵屋敷先輩によって切り裂かれた教会は、一応まだ倒壊してはいない状態だった。
既に跡形もない扉付近を潜り抜け、破損したステンドグラスの残骸が飛び散る室内を歩く。もっとも、既に屋根は無く、蔵屋敷先輩が斜めに切り捨てたあの時のまま残されている。
この状態で誰も寄り付いてこない辺り、やはり古代都市モルティナの住民は全員死んでしまっているのだろうか。そうだとするならば、死体はどこにあるんだ? 確かに、ここに来るまでの住居や建物の中まで捜索したわけでは無い。しかし、歩いてきた道路にも血痕は飛び散っていたが、屋外に死体は1つも見受けられなかった。
「……いったい、この都市で何があったんだよ」
古代都市モルティナは、魔法世界エルトクリアに存在する10の都市の中で、唯一エルトクリア王家の息が掛からない場所として有名だ。公式の記録として、この都市の住民はゼロとなっているからだ。しかし、それはあくまで表面上の記録であり、実際のところはそうではない。
遥か昔、始まりの魔法使いメイジとその弟子たちが生きていた頃の事。彼らをアメリカ合衆国から守るために最後まで戦った者たちの末裔が、この都市に住んでいたはずだ。
そんな人達が、煙のように消えてしまっている。
普通に考えて、そんなことはあり得ない。
しかし、公式の記録としてこの都市の住民がいないとされている以上、大規模な捜索隊が出ることもないだろう。この真相は、闇へと葬られる事になる。下手人が『ユグドラシル』のメンバーなのかも分からないまま、終わってしまう。不憫と言う言葉だけで片付けることはできない。
そんなことを考えながら、俺は足を進める。
その先に、お目当ての入口はあった。
倒された祭壇の足元には、ぽっかりと空いた空洞。
師匠の魔法球によって一部が焼け爛れたその空洞は、何の物音も立てずに沈黙を保っている。
「行くぞ」
《……えぇ》
そこへ飛び込む。
深い闇の入口、その中へ。
身体強化魔法を発現し、側壁を蹴って勢いを殺す。
落下中、自らの呼吸が荒くなっている事を自覚した。
《マスター》
「分かっている」
心拍数が上がっている。
それも自覚していた。
ウリウムに咎められる程度には、俺は冷静を保てていないのだろう。
しかし、冷静でいられるか?
いられるわけがない。
こっちは仲間を殺されているんだぞ。
やったのが『ユグドラシル』側の誰かは知らないが、楽に死ねると思うなよ。
「……必ず殺してやる」
《マスター》
「……分かっている」
思わず漏れた独り言をウリウムに拾われてしまった。
《マスター》
「分かってるって」
《分かっていないわ。マスター、落ち着いて》
「俺は落ち着いている」
《落ち着いていない。マスター、本当の目的を忘れてはだめ》
側壁を蹴る。
2回、3回と回数を重ねて速度を落とす。
やがて、底へと辿り着いた。
目の前には、蔵屋敷先輩がセキュリティごと破壊した扉が、あの時のまま残っている。
「本当の目的は、ちゃんと理解しているさ」
エマの死について、何か手掛かりを探す
そうしたら、『脚本家』のところへ直行だ。
《……そのことなんだけど、マスター》
ウリウムが口ごもる。
今更、何を躊躇う事があるのか疑問に思ったが、それ以上ウリウムが口にしないので、一旦放置することにした。今は、こっちの方が重要だ。
その残骸を跨いで侵入する。
正面、そして左右へと延びる分かれ道。
《エマちゃんは……》
「正面だな」
《……うん》
ウリウムが教えてくれなくても分かる。
吐き気を催してしまうほどに濃密な血の匂いが教えてくれる。
一歩を踏み出す。
薄暗い廊下を歩く。
同じ景色が続いているような錯覚を覚える。
しかし、近くまで行かなくても、目的地はすぐそこであると分かった。
廊下の側壁、そして床一面に広がる斬撃の跡。
そして、その先にある真っ赤な血だまり。
その中心部に、エマはいた。
ズタズタに切り裂かれ、腕も足も片方ずつ無い。
半開きになった口からは、鮮血が溢れている。
仰向けに倒れていたエマの顔は、虚ろな表情で天井を向いていた。
呼吸が荒い。
心拍数がこれまでに無いほど上がっている。
無意識のうちに握りしめた拳から痛みを感じた時には、既に俺の爪が皮を破り肉にまで食い込んでいた。震えが止まらない。視界が明滅する。頭が痛い。胸が苦しい。ふらつく。うまく呼吸できない。無性に叫び出したい。頭を掻きむしり、喉が裂けるほどに叫び倒し、意味も無く走り回りたい。
《マスター!》
ふと我に返る。
俺はエマの死体の前で、ただただ突っ立っているだけだった。
頭を振る。
途端に、怒りが込み上げてきた。
なんで死んだんだ。
そんな理不尽な怒りだ。
約束したんだ。
俺は、エマと約束をしたんだ。
あれはいつだ。
修学旅行の時だ。
遡って。
死が。
自分と、仲間の死が目前まで迫ってきて。
どうしようもなく不安になって。
何も知らないはずのエマに、泣きつくようにしてお願いしたんだ。
死なないでくれ、と。
約束したはずだ。
約束したんだ。
あいつは言った。
言ってくれた。
死なない、って。
『約束します。貴方の目の前で、私は絶対に死にません』
あの時の、笑いながら約束してくれたエマの顔を思い出す。
そして、冷や水をぶっかけられたような感覚が全身を襲った。
「……あいつ、……やりやがったな」
不思議と泣けなかった。
赤を超え、真っ白となった激情に身を浸しながらも、そう呟く。
あいつは、俺に対しては誠実だ。魔法選抜試験の時だって、うまく言い繕えばいいものを、馬鹿正直に俺とは戦えないと言ってくる奴だった。
だからこそ、安心したんだ。
あの約束の言葉を聞いて。
死なないと口にしてくれて、安心してしまったんだ。
でも、あの野郎。
しっかりと、抜け道を用意していやがったな。
確かに、俺も目の前で死ぬなよと言った記憶がある。
俺の言葉選びがそもそもの失敗だったかもしれない。
それでも。
それでも、だ。
「こんなの……、あんまりだろう」
俺が『神の書き換え作業術』を使い蟒蛇雀と危険区域ガルダーへ転移してから、どれだけの時間が経過したのかは知らない。だが、その情報を耳にしたエマがどう行動するかなんて聞かなくても分かる。特攻を仕掛けたに違いない。文字通り、なりふり構わない特攻だ。
《……マスター》
ウリウムの申し訳なさそうな声が届く。
俺の意識が戻ってから、ウリウムの様子がおかしいことは分かっていた。そして、その理由も分かっている。ウリウムは最初から知っていたのだ。エマが死んだことを。だけど、言い出せなかった。俺の精神状態が不安定な時に、俺がどれだけあいつの存在に助けられていたかを知っていたからだ。
「……このままじゃ、終わらせない」
《マスター》
下手人が誰かは分かっている。
この戦闘の跡を見て確信した。
「天上天下……、お前だけは楽に死ねると思うなよ」
殺してやる。
お前だけは絶対に、俺の手で。
今回の世界線で会えればその時に。
会えなくても遡ったその先の世界線で。
必ず、俺が殺してやる。
《マスター!》
「ウリウム、行こう。知りたいことはもう知れた」
虚ろな目をしたエマの目を閉じてやり、口元をハンカチで拭う。
《マスター、お願い。聞いて》
「『脚本家』に会いに行く」
《マスター! あたしの話を聞いて! お願いだから!》
立ち上がり、踵を返そうとしたところで、ウリウムの激しい口調で動きを止められた。
「どうした?」
《マスター、その……。言いにくいのだけれど……。今回、多分メイジは遡りはしないと思うわ》
……。
「は?」
ウリウムの言っている意味が、俺には理解できなかった。
「なぜ」
《貴方が……》
そこまで口にして、ウリウムはまた黙り込んでしまった。
「何だよ、俺がどうしたって?」
聞き返すも、ウリウムは黙ったままだ。
どうにも、俺が意識を取り戻してから、ずっとウリウムの調子がおかしい。
「どうした、ウリウム。ちゃんと言葉にしてくれないと分からないぞ」
いったい、俺がどうしたと言うのだ。
まさか、何か取り返しのつかないことをやらかしてしまったのか?
そう考えると、本当に肝が冷える思いだ。
だからこそ、理由があるなら早く教えて欲しい。
「ウリウム」
名前を呼ぶ。
更にもう少し間が開いて、ウリウムはようやく続きを口にしてくれた。
《貴方が、蟒蛇雀の討伐に成功したからよ》
「……それがどうしたんだ」
そんなこと関係無いだろう。
遡りの神法は使ってもらう。
こんな死なせ方のまま、次に進んで堪るか。
《メイジにはね……、自らの魔法の使用するか否かを決める判断基準があるの》
恐る恐る、といった様子でウリウムが語り出す。
《リナリー・エヴァンス、アイリス・ペコーリア・ラ=ルイナ・エルトクリア、中条聖夜、神楽宝樹のいずれかが討伐された場合、魔法を使用する。それが、メイジが決めた魔法を使用する判断基準》
俺も保護対象だったのか。
それは知らなかった。
《逆に、仮称テンチシンメイ、蟒蛇雀のいずれかの討伐に成功した場合、魔法は使用しない》
「なぜ」
《メイジの手元に本が無いからよ》
ウリウムは続ける。
《テンチシンメイの側近は、個体名が分からないだけで本はメイジの管理下にあるとされている。でも、テンチシンメイと蟒蛇雀の2人については、そもそも本が持ち出されてしまっているの》
「なんでそれをお前達が知っているんだ」
《メイジとの意思疎通は可能だから……》
そう言えば、そういう話だったな。
《ごめんなさい。あたしは、マスターとあそこへ一緒に行って、記憶の同期をするまで情報が更新されていなくて……》
「いや、その点については謝らなくていいよ」
あそことは、妖精樹が自生していたあの光り輝く場所だろう。
ウリウムが意図的に俺の必要とする情報を隠蔽するとは思えない。
記憶の同期という表現から考えると、俺のMCの材料として使用されている妖精樹の欠片に宿るウリウムの意思は、妖精樹本体に宿っているウリウムの意思と同一のものでありながらも、記憶の同期をするためには妖精樹本体に近付く必要がある。しかし、師匠達一行がMCの材料としてその場から持ち去ってしまった。『脚本家』の遡りの判断条件についてメイジに聞いたのはその後であり、記憶の同期を行うまでは、MC側に宿っていたウリウムの意思は知らなかったということか。
師匠が魔法世界において頭角を現し始めたのがどのタイミングだったのかは知らないが、あのアイリス様や始まりの魔法使いの末裔である神楽と名前を並べられるほどだ。その存在の重要度が増さなければ『脚本家』の保護対象になれないと考えれば、一応の説明はつく。その対象者の中に俺の名前があるのも不可解だが……。
いや、入るべくして入ったのか。
神楽の話を信じるなら、俺の無系統『神の書き換え作業術』は、どうやら『脚本家』の企てによって与えられ、病院にいた俺を師匠が迎えに来たようだし。
この辺りは、これ以上俺が考えたところで結論は出ない。
あくまでこんなものだ、という認識でいればいいだろう。
ただ、この仮説が正しければ、『脚本家』の中で俺の重要度はそれなりに高くなっているはずだ。俺のお願いも無下にはされないと思いたい。
「それで……、どうして本が持ち出されている2人の討伐に成功すると遡りはしないんだ」
長い間、思考の海に沈んでいた気がする。しかし、ウリウムは俺の考えがまとまるのをまってくれていたらしい。俺が次の質問をするまでの間、何も口にしなかった。
《これまで一度たりとも、保護対象者が1人も欠けることなく討伐に成功したことが無いから……》
ウリウムからもたらされた回答に、思わず舌打ちした。
どうせそんなことだろうとは思っていたさ。
「関係無いな」
話は分かった。
だが、それで俺が納得できるかは別問題だ。
「遡りの神法は使ってもらう」
これは絶対だ。
《そんな! エマちゃんのことはあたしだって残念だと思う! でも! 貴方、自分がどれだけ大変な事を成し遂げたのか分かっているの!?》
「残念!? 残念ってだけで終わりかよ!」
思わず怒鳴ってしまう。
その表現だけは許せなかった。
《表現が適切じゃないのは分かってる! でも言わせて! あたしにとって大切なのはマスターなの!》
ウリウムの言葉に、思わず言葉に詰まる。
《ごめんなさい! 貴方にとって辛いことを言っているのは分かってる! でも……、これが本心なのよ。あたしだけじゃない。貴方達の言う精霊王みんながそうなの。残念だって言っていた、ガルガンテッラだって、例外じゃないの》
……。
名付け親の子孫が殺されても、言葉が通じる俺の方が大切ってか。
「……そうか。ありがとう」
大切にしてもらえるのは、嬉しいことだ。
けど、精霊王達が大切にしているのは俺じゃない。
言葉が通じる代弁者の存在だろう。
《ごめんさい。本当にごめんなさい。貴方を傷つけるような、こんな言葉。本当なら、言いたくなかった》
そうだろうな。
このウリウムが、他の精霊王達と違い、俺のことを考えてくれているのも分かっている。
しかし、だ。
それでも、こっちだって譲れないのだ。
「ウリウム、俺は『脚本家』のところまで行くよ」
《マスター! メイジは絶対に魔法を使用しないわよ!》
「最終的に決めるのはお前じゃない」
ウリウムは、一瞬うぐっと言葉に詰まったが、それでも続ける。
《第一! 仮に魔法を使用するとして、どこまで遡るつもりなのよ! 遡りのポイントによっては、蟒蛇雀の討伐も無かったことに……》
「神楽の転校初日だ」
《は、はぁ!? 転校初日ぃ!?》
声色からして、仮に実体があったらウリウムはひっくり返っていただろう。
《ななな、なんでよ! なんで転校初日なのよ! そこまで戻す必要あるの!?》
「……あるさ」
そもそも、俺は何かの犠牲を前提としたやり方は気に食わなかったんだ。
戦線を2つに分けたら、相手に気付かれてアマチカミアキに逃げられてしまう? 結局、一点集中でアジトを強襲したが、アマチカミアキはそこにいなかったじゃないか。俺が戦線離脱している間に、属性奥義が歓迎都市フェルリアで炸裂したかは分からない。しかし、『脚本家』の神法に不具合が生じ始めている以上、結局どこかで相手には気付かれるのだ。
それなら、俺は全てを救いたい。
次の遡りなら、テンチシンメイの遺言すら聞く必要が無い。
その分、早く魔法世界入りすることができるなら。属性奥義の発現を止めるどころか、まだアジト内にいる『ユグドラシル』を一網打尽にできるかもしれないのだ。この古代都市モルティナの住民だって、皆殺しになっていないかもしれない。
「遺言を聞かなくて良い分、今度はもっと早く行動できる。アマチカミアキ達をアジトから逃がすことなく捉えられるかもしれないだろう」
ここに来る前からウリウムがエマの死を補足できていることから、精霊王達は通常の魔法使いでは不可能なレベルの感知能力を有していることは間違いない。しかし、それはあくまで本体となっている妖精樹がある場所だからこそ可能だと考えるべきだ。今後、MCとしてついてきているウリウムに同じ役割を任せられるとは考えない方が良い。記憶の同期も妖精樹が自生する場所でしかできないみたいだし。しかし、それでもなお、勝算は十分にあると思う。
《マスター……、あたしは》
「頼むよ、ウリウム。俺はあいつに何度も救われたんだ。このまま見殺しにしたくない」
《うー……》
ウリウムが唸る。
これ以上の言葉は不要だろう。
俺が引かない事はもう伝えた。
あとは、ウリウムの気持ちに整理がつくかどうかだ。
……。
どれくらい待っただろうか。
ようやく、ウリウムがその重い口を開いた。
《……分かったわよ》
ぶすっとした声だった。
それでも、協力の言質は取ることができた。
「ありがとう」
《マスター、本気で分かっているのね。貴方はもう一度、あの女と戦う可能性があるのよ》
「分かっている」
決して、実力で勝てたわけじゃないことも。
それでも。
ここでエマの死を許容できるほど、俺は強くないんだ。
ウリウムはわざとらしいため息を吐いてから声を上げる。
《じゃあ行くわよ、マスター。但し、『脚本家』の説得にあたしは協力しないからね。自分でできないなら諦めて》
「おう」
動かなくなったエマをもう一度視界に収めてから、踵を返す。
向かう先は、創造都市メルティにあるエルトクリア魔法学習院。
その中にある、エルトクリア大図書館。
そこにいる。
この状況を打開できる奇跡の魔法の持ち主が。
大図書館の最奥の間で、ひっそりと世界の魔法を管理している魔法使いが。
次回の更新予定日は、2月12日(木)0時です。




