第0話 追跡
メリークリスマス!
一足早いですが、折角のクリスマスなので第0話のみ更新します。
※一部内容に誤りがあり、描写を変更しました。
気づいてくださった皆さま、ありがとうございます。
★
魔法世界エルトクリア。
10ある都市のうちの1つ、創造都市メルティ。
王立エルトクリア魔法学習院、その中にあるエルトクリア大図書館。
最奥にて。
超常の存在たる『始まりの魔法使い』は、独り呟いた。
『……まずいな』
★
「……何? 同席したいだと?」
「違うよ、代わりに俺が会うって言ったんだ」
男は、自分の弟が何を思いその決断に至ったのかが分からなかった。
故に問う。
「なぜ」
「勿論、目的を達するためだよ」
涼やかな笑みを携えたままそう答える弟に、男は自らの眉間にしわが寄るのを止められなかった。抱いた感情は不快と言って差し支えない。
「お前、自分の戦闘能力の無さを自覚しているか? 外付けの無系統魔法すら拒んだお前が――」
諭すような口調となったのは無意識のうちか。
しかし、その言葉を言い切ることなく、男は気付く。
「まさか」
「そう。そのまさかだよ」
男の弟の笑みは崩れない。
だが、対する男の表情は更に険しいものとなった。
なぜなら、男も理解してしまったからだ。
その方が効率的であり、効果的であるということに。
男はため息を1つ、首を横に振った。
ただ、それは否定を示す仕草ではなかった。
「意気揚々と喧嘩を吹っかけておいて、影武者を送り込むというのもな……」
男の弟が笑う。
「大丈夫さ。彼女からすれば、どちらでも変わらない。いや、そうでなければならないんだ」
「それはそうだが……」
なおも険しい表情を解かない兄へ、弟は言う。
「目的と面子。どちらを選ぶべきかは論ずるまでも無いと思うけど」
論点はそこではない。
微妙な勘違いをしている弟へ、兄である男は問う。
「死が怖くはないのか」
珍しく笑みを引っ込めた弟は、まじまじと兄の顔を見つめた。
しかし、その時間は長くは続かなかった。
踵を返し、扉のノブに手を掛けながら弟は言う。
「目的のためだからね。それに兄さんの目的が叶えば、俺も蘇生してもらえるだろう?」
「……それはそうだが」
つい先ほども同じような言葉で返されたな。
やはり、あの兄とは言えそれなりに動揺はあるのか。
そんな他人事のような感想を抱きながら、男の弟はノブを回す。
目的。
兄と自分。
全く違う方向を向いていることに悟られることなく、男の弟は退室した。
★
エマ・ホワイトは、本人ですら認識していない能力がある。
その名は『追跡』。
非属性無系統に分類される魔法である。
効果は、読んで字の如く対象者を追跡すること。
発現条件は、己が「この人」と指定すること。
指定は、この無系統魔法の存在を認識していなくても承認される。
但し、対象者は1人だけ。
複数の指定は不可。別の対象を指定する場合、現対象を外す必要がある。対象を外す作業については、無系統魔法の存在を認識していなければ承認されない。
そう。
エマ・ホワイトはあの運命の日に指定したのだ。
無意識のうちに。
中条聖夜を。
故に、エマ・ホワイトは中条聖夜の存在を知覚できた。
確かに、彼女には並外れた嗅覚がある。
中条聖夜に対する想いも並外れたものがある。
しかし、彼女の中条聖夜個人に対する追跡能力は、それらだけでは説明が付かない程の精度を誇っていた。彼女はそれを『愛』と呼称していたが、それはある意味で当たっており、ある意味では外れていると言える。普段の彼女の言動が目くらましとなり、周囲からの疑問を跳ね除けてしまっていたのだ。
あのリナリー・エヴァンスですら「頭のおかしいヤバい奴」という認識で匙を投げたし、メリー・サーシャも「私が思うに、重い想いは全てを凌駕するのか。あはは」と生粋のストーカーから距離を置いていた。唯一、花園舞のみが「この女、犯罪に手を染めているのでは」という一見見当違いな疑問を抱いていたが、それも終ぞ口にすることはなかった。なぜなら、幼馴染である中条聖夜がそれに気付いていないはずもなく、「本人が許容しているのであれば様子見に徹する」と勝手に結論付けてしまったからだ。もっとも、舞の口からその疑問が発せられたところで、エマ・ホワイトは犯罪行為に手を染めることなく無自覚の無系統魔法で「追跡」していたのだから、証拠など出てくるはずもないのだが。
ただ、この魔法には、対象が1人という以外にも欠点はある。
それは、発現者と対象者の距離が開けば開くほど、追跡能力が落ちるということ。
特に、魔法世界という環境はこの無系統魔法とすこぶる相性が悪い。本来であれば発現された魔法の威力を後押ししてくれるほどの濃密な魔力が、ジャミングという形で『追跡』の邪魔をするのだ。だからこそ、対象が指定されその『追跡』の能力が初めて発現されたあの夜も、エマ・ホワイトは中条聖夜を追うことができなかった。
とはいえ、あの時は初めての発現ということもあり、その能力を十全に発揮できていたわけではない。無論のこと、現在に至ってもその無系統魔法を無意識下で行使しているのみである以上、その能力をエマ・ホワイトが十全に発揮できているとは言い難い。しかし、あの日あの夜に比べれば、格段に精度が上昇していることは語るまでも無いだろう。
なにせ、年季が違う。
対象者と触れあっていた時間が違う。
魔力を知っている。
その声も。
匂いも。
雰囲気も。
だから、この場所に彼女が最初に辿り着けてしまったのは必然だったのだ。
そう。
辿り着けてしまったのは。
「まさか、貴様が一番手とはな」
ここは最奥の間ではない。
主賓を迎える場所に相応しい場所とは到底言えない。
部屋と部屋を結ぶ薄暗い廊下だ。
しかし、この場所へ真っ先に侵入してきた鼠は、最奥の間で迎えるに相応しい客人では無かった。故に、その手前で待ち構えておく必要があったのだ。無粋な、そして彼の頭脳を以ってしても想定外な人物へと視線を向けて、天地神明は言う。
「さて、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラよ。我らが『ユグドラシル』の根城まで足を運び、何を望む?」
返答は、咆哮にも似た叫び。
「王子様を!! 返せェェェェ!!」
中条聖夜は、ここにはいない。
彼は今、危険区域ガルダーにいる。
魔法世界、そしてその中でも特別に魔力濃度の高い危険区域ガルダー。濃密でクリームのような魔力の膜がジャミングとなり、追跡魔法の発現者と対象者の繋がりを認識できないほどに微弱なものへと変えていた。
そこで次点の対象となったのが天地神明。
無論のこと、無系統魔法『追跡』の対象者は切り替わっていない。
エマ・ホワイトは、対象者である中条聖夜の魔力の残滓を追ってここまで来た。天地神明は、攻撃魔法こそ喰らってはいないものの、中条聖夜の膨大な魔力をその一身に浴びている。王立エルトクリア魔法学習院の一角、エルトクリア大図書館での一幕である。
中条聖夜の魔力の残滓。
この要素だけで言えば、対象は無数に存在するだろう。
僅かばかりではあるが、中条聖夜と共闘を果たした天道まりかとて例外ではない。
しかし、エマ・ホワイトは無数にある選択肢の中から1つを選び取り、ここまで辿り着いたのだ。ここ、古代都市モルティナが『ユグドラシル』の拠点のある場所であると知っていたことも、要因の1つではあったのかもしれない。しかし、最後の最後でこの選択肢を選び取ったのは、まさしく彼女の執念であり、彼女が呼称する『愛』故にというやつだろう。
だからこそ、悲劇は起こる。
エマ・ホワイトは、契約魔法が使えなくなっている。
そして、その事実を彼女はまだ知らない。
エマは、闇の魔法を発現する際、契約詠唱を用いる。なぜなら、契約詠唱の発現に必要な魔法具と契約を交わして以降、彼女は呪文詠唱形式で闇属性を発現していないからだ。
そう。
あの日、家族への反発から契約詠唱に手を出して以降、エマは呪文詠唱方式で闇属性を発現したことは一度として無い。しかし、どれだけ反発しようとも、エマの最大火力が闇属性であることに変わりはない。結局のところ、彼女はガルガンテッラの呪縛から逃れることができなかった。
――――それは、致命的な隙を生む。
エマ・ホワイトは、ここで死ぬことになる。
彼女の慕う王子様と、最後の言葉を交わすこともなく。
次回更新予定日は、1月1日0時です。
皆さま、良いお年を。
来年もSoLaと『テレポーター』をよろしくお願いします。




