オマケ 白銀色の産声
リハビリ。
――――網膜を焼き尽くさんばかりの暴力的な光で周囲を照らすが如く。
――――太陽のような女性の生き様に惹かれたのだ。
「……は?」
下町の定食屋にて。
目の前の少女の宣誓を聞き、ゴンザ・ストレイテジーは危うくジョッキを取り落としそうになった。何の冗談かと端正な顔立ちした銀髪の女性を凝視してみるものの、一向に女性はネタ晴らしをする気配を見せない。段々と先ほどの宣誓が冗談ではなく本心から来るものであったということに気付き始めたゴンザは、動揺する己の心を必死に押し留めながら、手にしていたジョッキをテーブルの上に置いた。
鬱陶しいとまで感じていたはずの喧騒すら静まっているような錯覚を覚える。嘘であって欲しいというゴンザの願望は、どうやら願望のままで終わることになりそうだった。ため息を1つ、頭を掻き、腕を組み、天を見上げて瞳を閉じ、唸りに唸った挙句、ゴンザは本心を語ることにした。
「……考え直せ」
「嫌です。私は、魔法聖騎士団を辞めます」
――――風の噂で、太陽のような女性はギルドに登録してグループを結成したと聞いた。
「リナリー・エヴァンス様!」
ギルドの押し扉を勢いよく押し開き、銀髪の女性はギルドの中へと足を踏み入れた。喧騒に包まれていたギルド本部1階が、瞬く間に静まり返っていく。
「お、おい……」
「あの女、確かこの間2つ名を付けられた……」
「魔法聖騎士団の……」
自らを値踏みするような視線などお構いなし。
銀髪の女性はずんずんと音が鳴りそうな勢いで歩を進める。
カウンターで何やらやり取りをしていたリナリーは、己の名前を大声で呼ばれたことで目を白黒させながら銀髪の女性へと顔を向けていた。
「先日は私の任務にお力添え頂き誠にありがとうございました! リナリー・エヴァンス様は新たに己のグループを設立されたと聞き及んでおります! つきましては、その末席に加わらせて頂きたくこの場へ馳せ参じました!」
「申し遅れました、私は――」と。
そのままの勢いで自らの名前を告げようとした銀髪の女性。
しかし、リナリーの方が早かった。
「誰、貴方。無理」
胡散臭いものでも見るような視線で銀髪の女性を一瞥したリナリーは、そのまま女性の横をすり抜けてギルド本部から出て行ってしまった。暫しの沈黙の後、再起動を果たした受付嬢が「え、あ、ちょ。エヴァンス様、報酬金出てるんですけど!」と叫びながらリナリーを追いかけてギルドを出て行った。
――――自分1人でどうにかできるなど、そんな己惚れた考えは持っていない。
「……後悔は無いのだな?」
王族護衛『トランプ』の一角。剣聖の愛弟子と名高いジャック・ブロウから直々に声を掛けられるとは思っていなかった。しかし、ここまで来た女性に躊躇いは無い。思考する暇もなく頷いた女性を見て、ジャック・ブロウは僅かに苦笑して見せた。しかし、無駄だということも悟っていたのか、引き留めるような言葉は出てこなかった。
銀髪の女性はその日、正式に『魔法聖騎士団』を脱退した。
それと同時に。
あらかじめ心に決めていた場所へと足を向ける。
その屋敷は、貴族都市ゴシャスの第2級貴族が住まう区画にあった。
既に魔法聖騎士団の肩書を失っていた女性が門を叩いたところで、門前払いになるのは間違いない。だから待った。目的の人物が出てくるのを。辛抱強く待った。舞踏会の警備に割り当てられたあの日に見た、張り付けられたような笑顔を浮かべた1人の令嬢の姿を。
「失礼。突然の来訪を詫びる。私の結成したグループに入ってくれないか」
――――その存在意義を聞いた蜂蜜色の髪をした令嬢は笑って頷いた。
双剣を携えた小柄な少女とは、ギルドのクエストで偶然居合わせた。
「こんな時間に1人でガルダーへ向かうのか? 学園はどうした」
「うるさい」
双剣の少女は鼻を鳴らしながらそう答える。
そして値踏みするような視線を向けてきた。
「そう言えば、覚えがあるぞ。お前、エヴァンス様に取り入ろうとして失敗した銀髪の女か」
あまりな物言いに言い返そうとした銀髪の女性だったが、双剣の少女の発言、そのある一点に注目した。
――――以前、同じようにガルダーでリナリーに救われたことのある双剣の少女とは、直ぐに意気投合した。
「貴方たち、最近噂になっている新人トリオのグループですわね?」
クエストを無事にこなしたところ、依頼主の申し出によって屋敷へと招待された3人は、そこで1人の令嬢と出会う。名指しのわりに簡単な依頼だとは全員が考えていたことだ。しかし、本当の目的は、3人をここへ招待することだったのだ。
――――鳥かごからの脱却を願う令嬢は、自分と同じく痛烈な光に目を晦ませた3人と共に屋敷を飛び出した。
「少し時間をくれないか」
ギルドにいた4人に話し掛けてきたのは、魔法聖騎士団の甲冑を身に纏った黒髪の女性だった。属性変異によって、黒い雷を操ることで最近噂になっている女性だった。
「あら、栄えある魔法聖騎士団の団員様が一介のギルドに何の御用でしょうか」
蜂蜜色の髪をした女性は、外用の笑みで迎え入れる。銀髪の女性は、成り行きを見守ることにした。
「リナリー・エヴァンス様を信仰していると聞いた。私も入りたい」
「王家とエヴァンス様、どちかを選べと言われたら?」
「エヴァンス様だ」
「自分と……」
「エヴァンス様だ」
―――黒髪の少女はその日のうちに甲冑を脱ぎ捨て、『トランプ』の一角であるジャックは再び頭を抱えることになった。
「どもども」
受付嬢から紹介された小柄な少女は、小さな手で大福を持ち、懸命に頬張っていた。銀髪の女性が口を開くより早く、双剣使いの少女が当然の疑問を口にした。
「こいつは?」
「黄金色の旋律の入団希望だと言い続けていまして……」
双剣使いの少女からの質問に、受付嬢はげんなりしながら続ける。
「ギルドはいくら言われても仲介できないとお答えしているのですが、納得して頂けないのです」
「で?」
「信仰している怪しいグループなら紹介できるから、まずはそこで実績を積み上げてみたらどうかと提案したら、予想以上に乗り気になってくれまして」
「よし。まずは貴様を切り刻んでやる」
――――紆余曲折を経て、大福好きの少女は同胞となった。
「貴方たちぃ~、ちょぉっといいかしらぁ~」
明らかに釣り合いの取れていない大剣を背中にぶら下げた女性は、間延びした声で銀髪の女性達を呼び止めた。
「貴方達ねぇ。最近、リナリー・エヴァンス様の信奉者か何か知らないけど、下僕を騙っている輩ってぇ」
「それがどうした」
「赦せないのよねぇ。あのお方は進んで配下を持たれるような方ではないわぁ。勝手に下僕を騙って暴れまわっている貴方達がムカついて仕方が無いのよぉ。だからぁ」
背にしていた大剣を抜いた女性は、笑顔を浮かべながらも苛立ちを込めた声で言う。
「ここで私が潰すわぁ」
――――銀髪の女性と丸一日剣を交え合った女性は、清々しい笑みを浮かべながら、差し伸べた手を取った。
古ぼけた円卓に、7人の女性が集う。
1人立ち上がった銀髪の女性は、それぞれの顔を見て名前を呼ぶ。
「ケネシー・アプリコット」
蜂蜜色の髪をした女性は、朗らかな笑みで応える。
「レッサー・キールクリーン」
双剣使いの少女は、目を瞑ったまま鼻を鳴らした。
「フェミニア・アン・レンブラーナ」
柔らかな笑みを浮かべる令嬢は、自らの円月輪を愛おしそうに撫でている。
「アイリーン・ライネス」
黒髪の女性は、背筋を正して銀髪の女性へと視線を向けた。
「ルリ・カネミツ」
小柄な少女は、本日6個目の大福へと手を伸ばす。
「チルリルローラ・ウェルシー・グラウニア」
身の丈に合わない大剣を傍に置く女性は、頬杖をつきながらにんまりと笑った。
「私に従え、とは言わん」
銀髪の女性は告げる。
「仮に『黄金色の旋律』から何らかの要請があった場合、それを最優先とすること。その要請が、私の下した命令に反するなら、容赦なく私を切り捨てろ。案ずるな。疑うな。躊躇いは捨てろ。我々の全ては、尊きあのお方のためにある」
銀髪の女性は、両の手を広げる。
それを合図に、円卓に集う同胞達が立ち上がった。
「全ては黄金色の旋律のために」
「全ては黄金色の旋律のために!」
一字一句違わず同胞全員が復唱する。
それを見て、銀髪の女性、シルベスター・レイリーは満足そうに頷いた。
「ギルド名は『白銀色の戦乙女』とする。さあ、始めるとしよう」
魔法世界のとある一角で、白銀色の産声が上がった。
もうすぐクリスマスですねぇ。




