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テレポーター  作者: SoLa
第12章 ユグドラシル編〈中〉
431/432

第17話 助言

お待たせしました!




「T・メイカー様の行方は依然分かっておりません」


 ひりついた空間に、震えた声が響く。


 声の主はギルドランクS『白銀色の戦乙女』を束ねるリーダー、シルベスター・レイリー。百戦錬磨の彼女が、怯えた声を出す。その理由はただ1つ、同席する1人の魔法使いにあった。始まりの魔法使いの血を引く神楽家の御息女、神楽宝樹すらも押しのけて上座に座る女性。


 リナリー・エヴァンスである。


 場所は歓楽都市フィーナの一角。

 古代都市モルティナへと繋がる秘密の扉を持つ店。


 店の主はもういない。

 従業員もいない。


 この店にいるのは、このVIP専用の客間に集う者たち。

 そして、部屋の外で警護をしている神楽家の護衛のみ。


 この部屋に集うは錚々たる面々。


旋律(メロディア)』リナリー・エヴァンス。

流星(リュウセイ)』シルベスター・レイリー。

双天秤(ソウテンビン)』ケネシー・アプリコット。

征聖双槍(セイセイソウソウ)』モリアン・ギャン・ノイスヴァーン。

表裏一体(リバーシ)』ジャスティン・クィントネス・パララシア。


 そして、神楽家次期当主の神楽宝樹。


 魔法世界のギルドが誇るランクSのグループ、『黄金色の旋律』『白銀色の戦乙女』『赤銅色の誓約』の3つに加え、ギルドランクから外れた御意見番の秘蔵っ子『番外(エクストラ)』に、始まりの魔法使いの血を引く正統な後継者、『神楽』の名を持つ神楽宝樹。並みのクエストであればオーバーキルも甚だしい戦力が一堂に会している。


 その中で。


 神楽宝樹は、水の入ったグラスを光にかざしてぐるりと回した。

 現実逃避気味に。


 その理由は1つ。

 直視したくないからだ。


 面倒な爆弾と化したリナリーを。


「……貴方の魔法でも駄目だったということ?」


「――申し訳ございません」


 絶対的強者からの問いかけに、シルベスターはただただ頭を下げることしかできなかった。シルベスターとて理解している。自分は責められているわけではない。状況を聞かれているだけなのだと。それでも、滲み出る汗を止めることはできなかった。


「わ、私の」


 だからこそ、言葉が続いたのは無意識によるものだった。

 沈黙に耐え切れなかったからこそ口から突いて出た、防衛本能のようなものだった。


「私の衛星軌道上に反応はございませんでした。範囲外にいるか……、もしくは」


「もしくは!? もしくは何だって言うのかしら!?」


 テーブルに両手を叩きつけて立ち上がったのは『白銀色の戦乙女』の副リーダー、ケネシー・アプリコット。軋んだ音を立てたテーブルには目も向けず、ケネシーは激情のまま叫ぶ。


「シルベスター! 貴方、言っていい事と悪い事が――」


 しかし、全てを口にすることはできなかった。

 なぜなら。


「ケネシー・アプリコット」


 底冷えする声が響く。

 激情が一瞬で鎮静化するほどの威圧感。


 発したのはリナリー。


 発したのはたった一言。その一言だけで、ふらついたケネシーは後ろに倒れ込み、そのままぺたりと椅子へ座り込んだ。


 それを一瞥したリナリーの視線がシルベスターへと戻る。しかし、続く言葉を口にすることは無かった。なぜなら他で動きがあったからだ。宝樹の護衛が音も無く護衛主へと近付き、耳元で囁いた。


「天道家の生き残りが到着しましたが」


「入れなさい」


 指示を飛ばしたのはリナリー。


 護衛はちらりとリナリーへと視線を向けた後、宝樹へと戻す。

 宝樹は肩を竦めて「そのように」と指示を出すに留めた。


 ここで無駄に文句を口にしても良い事が無いと分かっていたからだ。


 客間の扉が開く。

 黒服の護衛に連れられてきたのは、3人の少女。


「わーぉ。過剰戦力だ。国でも堕とす気?」


「中条聖夜の行方は?」


 開口一番。

 お互いがお互いのペースで口にしたせいで、会話が噛み合わない。


 招かれた少女の1人、天道まりかが口元を歪める。


「誘拐犯サマの招聘に応じてやったんだ。少しくらいは礼を尽くしたらどうだい?」


「招聘という言葉を用いた時点でずれているわね。貴方はただの参考人よ」


「まりか様!」


 一歩を踏み出そうとしたまりかを、招かれたもう1人の少女、浅草唯が押し留めた。


 深呼吸を1回、2回。

 平静さを取り戻したまりかが口を開く。


「知らない。ボクは蟒蛇雀と交戦中だった中条聖夜に助力という形で参戦した。全員が広範囲へ被害をもたらすクラスの魔法を使用していたからね。視界不良の中で、突如としてボクとこの子以外の存在が消失したんだ」


 スカイブルーの瞳が細められた。

 視線がまりかの隣へと移動する。


「事実だ。リナリー・エヴァンス。彼の神法だろう」


「貴方の神法で居場所は特定できないのかしら」


「できない」


 リナリーの望みを、招かれた最後の1人は躊躇なく切り捨てた。


「私の神法に不具合が生じている。本体とアクセスができなくなっているんだ。この私は言わばあらゆる機能を失った残骸。魔力が底をつき、自然消滅するのを待つしかない。抜け殻だな」


「……それじゃあ」


「ああ。私が消えた時、本体へここで得た記憶が蓄積されるかも不明だ。本体側の神法が正常に動作しているなら、ここでの状況も把握できているはずだが……、どうかな」


「ねえ」


 自分たちを差し置くようにして一方的に繰り広げられる会話へ、まりかは躊躇いなく割り込んだ。


「そういう会話、ボクたちがいる所でして大丈夫なの?」


 リナリーは視線で問う。

脚本家(ブックメイカー)』の分身体は、それを否定した。


「話していない」


「分かるさ。貴方を見たじゃないか。この眼で」


「そうだったな」


 自らの存在が、通常の者とは違うモノであることを自覚している『脚本家(ブックメイカー)』は、まりかのその回答で納得した。


「問題は無い。先ほども言った通り、ここにあるのはもはや抜け殻。何をされようとも本体には影響しない」


「そう。じゃあ遠慮せず質問できるね。その不具合、大丈夫なの?」


 その質問は、想定外のものだったのか。

脚本家(ブックメイカー)』は、僅かに目を見開きながらまりかを見た。


「大丈夫、とは?」


「不純物が紛れ込んでいるって話をしただろう? まるで侵食されているみたいに見えるんだけど」


脚本家(ブックメイカー)』がこの問いに答えることは無かった。

 なぜなら。


 宝樹の護衛がクリアカードを取り出す。

 着信を知らせる通知が入っていたからだ。


 届いたメールを一瞥し、顔を上げる。

 表情を圧し殺す訓練を重ねてきた彼女でも、その知らせは表情を強張らせるに足るものだった。


「お嬢様」


 震える声で言う。


「貴族都市ゴシャスが……、壊滅的被害を受けたとの情報が入りました」


「誰に」


「詳細はまだ不明とのことです」


 宝樹からの端的な問いかけに、護衛はそう答えた。


「次から次へと……」


 ケネシーが独り言のように吐き捨てる。

 それには何ら反応を示さず、宝樹は重ねて問いかけた。


「壊滅的とは具体的にどの程度の被害か分かるかしら」


「それが……」


 宝樹とやり取りしながらも情報収集を行なってたのだろう。クリアカードから顔を上げた護衛が言う。


「おそらくは……、属性奥義が使われたであろう、と」


「へえ」


 宝樹の視線がリナリーへと向かう。


「『ユグドラシル』だと思う?」


「属性奥義が使用されたのなら、容疑者はかなり絞られるけど」と。そう続けた宝樹からの質問に、リナリーは即答しなかった。顎に手を当て思考の海に沈むリナリーに代わり、これまで沈黙を保ってきた『赤銅色の誓約』リーダーのモリアンが口を開く。


「順当に考えれば、『ユグドラシル』以外に無いのでは?」


「順当に考えられない可能性があるからこその質問でしょう?」


 質問に質問で返したのは『番外』双子の片割れであるジャスティン。

 交錯する視線。しかし、両者が次の言葉を放つ前にリナリーが口を開いた。


「確かに、順当に考えれば『ユグドラシル』で間違いない。でも、どうかしらね……」


「そうは言っても貴族都市だよ? 『ユグドラシル』以外にそんなトチ狂ったような真似をする奴がいるとも思えないんだけど」


 適当に空いている席へ腰を下ろしたまりかが口を挟む。

 その後ろに控えるようにして立つ唯は、賢明にも無言を貫いた。


「天地神明を逃すための陽動という線はありませんか」


「犯人が『ユグドラシル』だとするならば、その可能性がもっとも高い」


 このシルベスターからの質問には、リナリーは即答した。

 だからこそ、シルベスターには分からない。


「それでは、何がそこまで引っ掛かっているのですか」


「陽動先に選んだのが貴族都市……、というのがね」


 顎に手を当てたまま、リナリーは話す。


「王城もある貴族都市は、魔法世界の中でもっとも優先順位が高い場所。何かあれば王族護衛『トランプ』が文字通りすぐに飛んでくる。陽動先として考えるなら不適切なはず」


 これまでの会話の流れから、「あー、そーゆーこと?えー、『ユグドラシル』の残党狩りってわけじゃないのかー」と納得して頷いているまりか。唯も少し遅れて同じ結論に辿り着いたのか、まりかの後ろで静かに頭を抱えていた。


 そんな様子を一瞥したケネシーは、それを見なかったことにしてリナリーへと問う。


「天地神明を逃すための陽動であれば、確実に食いついてもらう必要があるはずです。貴族都市以外の場所で属性奥義を打った場合、最悪後回しにされることを危惧して選んだのでは?」


「そうも考えられるからこそ、『ユグドラシル』の可能性を否定できない」


「その言い回しから察するに」


 頬杖をついた宝樹の、温度を感じさせない視線がリナリーを刺す。


「貴方は『ユグドラシル』の仕業と考えていないみたいね」


「えぇ、まあ……」


 どうにも引っ掛かる。

 言外にそういった意味合いを滲ませて、リナリーは言葉を濁した。


「ともあれ、貴族都市が狙われた以上、私は何もしないわけにも参りません」


 ジャスティンが席から立ち上がった。


「『番外』は貴族都市の救援に向かっても?」


「構わないわ」


 肯定したリナリーの視線がシルベスターへと向かう。


「貴方も同行してあげなさい」


「しかし、それではT・メイカー様の」


「もういいわ」


 シルベスターからの言葉を遮り、リナリーは言う。


「貴方の探知範囲にいないなら、これ以上調べても無駄よ。捜索は諦める」


 淑女にあるまじき凄まじい形相でケネシーが睨み付けてきたが、リナリーはそちらへと視線を向けることはしなかった。


「生きていれば、自分から顔を出すでしょう。敵の動向が把握できていない現状で、戦力の分散は極力避けたい。だから、白銀色の最高戦力である貴方が向かいなさい。同行させるのはシルベスターのみ。いいわね、『番外』」


「ご配慮に感謝致します。レイリー殿には情報収集も同時並行で行なって頂き、適宜報告してもらいましょう」


「ええ、そうしてくれる?」


 リナリーからのその言葉に、深く一礼したジャスティンがシルベスターへと視線を向ける。

 頷き合った両名は、足早に退出していった。


「分かっているのかしら」


 2人が出ていく様子を無言で眺めていた宝樹が口を開く。


「ええ。でも、ギルド御意見番と繋がりがある『番外』に行かせないという選択肢は」


「そっちじゃないわよ」


 リナリーの口上を切り捨てた宝樹は言う。


「『ユグドラシル』ではないと仮定するなら……、属性奥義を発現できる別の戦力が介入してきたことになるんだけど」


 着信音。


 今度は宝樹の護衛ではない。

 リナリーの懐から鳴った。


 リナリーらしからぬ、慌てた様子でクリアカードを取り出す。しかし、券面に表示された文字を見て、露骨に表情を曇らせた。それを見て全てを察したケネシーが浮かせた腰を椅子に戻す。


 画面に表示された通話ボタンをタッチした瞬間、相手方から応答があった。


『リナリー・エヴァンス。天地神明は古代都市モルティナへ撤退したようだ。私は追跡するがお前はどうする』


「流石に仕事が早いわね」


『我が国が誇る「断罪者(エクスキューショナー)」、その総隊長である私へそう言えるのはお前の美徳だな』


「照れるわね」


『褒めたわけではないのだが?』


 ホログラムシステムはオフにしている。そのため、相手の表情を窺い知ることはできないわけだが、それでも呆れているであろうことは容易に想像できる声色だった。


『それで、回答は?』


「すぐに向かうわ」


『分かった。では、地図を送る。先に行くぞ』


 リナリーからの応答を待たずして通話が切れた。


「私にT・メイカー様の捜索へ向かわせてください」


 通話が終わるなり声を上げたのはケネシー。

 そちらへ視線を向けたリナリーは、僅かな逡巡の後に頭を振った。


 しかし、それは否定による動作ではなかった。


「好きになさい」


 一礼したケネシーが立ち上がり、退出する。

 それを目で追っていた宝樹が口角を歪めた。


「戦力の分散は極力避けたいのでは無かったのかしら?」


「無理矢理従えたところでお互いが不幸になるだけでしょう」


 模範回答に宝樹は肩を竦める。


「まあ、そういうことにしておきましょうか」


 目力だけで殺せそうな程の圧を放つリナリーへ視線を向けないようにしながら、モリアンも立ち上がった。


「今の情報が真実だとするならば、これが最終決戦ということかな。メンバーを招集するとしよう」


「ええ、そうしてちょうだい。一度解散。15分後に再度集合にしましょう」


 あまり時間を掛けると、先行した面々から盤面そのものを破壊されかねない。確実に天地神明を討伐してくれるのならそれでも構わないが、戦場となる古代都市へアジトを構えていた『ユグドラシル』側に地の利がある。最悪なのは引っ掻き回すだけ引っ掻き回した上で、敵に逃げられた場合だ。


 通話相手のスカーレット・ウォーカーは、『断罪者(エクスキューショナー)』総隊長として魔法世界に来たわけではない。あくまで一学生として入国しているはずだ。そうなるようにリナリーが誘導したのだから間違ってはいない。つまり、部下を引き連れたてきたわけではないのだ。流石に1人ということはないだろうが、少人数であることは間違いない。そうなると、『ユグドラシル』側を捕捉し切れない可能性も当然出てくる。


 行かない、という選択肢は無い。


 行かなければならない。

 それも、なるべく早く。


 モリアンが退出したのを見届けて、リナリーも立ち上がる。


「手を貸してあげようか?」


 後ろを擦り抜けるようにして歩くリナリーへ声を掛けたのは、未だ着席したままのまりか。リナリーは少しだけ足を止めたものの、視線を向けることなく歩き出した。


「好きになさい」


 そのまま扉を開けて退出する。

 外には、シスター・メリッサがいた。


「少し休んだ方がいい」


「このタイミングで? 冗談でしょう?」


 掛けられた声にリナリーが鼻を鳴らして答える。

 そのまま通り過ぎようとするリナリーの肩をシスター・メリッサが掴んだ。


「アンタ、いつから寝てない?」


「さあ。飛行機の中ではちゃんと休んでいたわよ」


「嘘言うんじゃないよ。そんな精神状態じゃなかったはずだ」


 ここでようやくリナリーの視線がシスター・メリッサへと向いた。


「よく見てるわね」


「これでもアンタとは短くない付き合いだからね」


 ため息1つ。

 リナリーは渋々口にした。


「分かった。次の会議までは休むことにするわ」


「そうしな」


 掴まれていた肩から手が離れる。

 リナリーは手をひらひらとさせてその場を後にした。


 シスター・メリッサは今の会議に参加していない。

 つまり、その場で話し合われた内容もまだ知らない。


 大した休憩時間もなく再びリナリーがこの場へ姿を見せ、それにシスター・メリッサが憤慨するまで、あと13分ほど。







 貴族都市ゴシャス。

 そこで無慈悲にも炸裂した属性奥義は、多くの犠牲者を生み出していた。


 有効範囲には第1級貴族の敷地も多数含まれており、なかでも『七属性の守護者』たちの末裔たちが持つ屋敷周辺は壊滅的な被害が生じていた。栄華を極めた精巧な造形は見る影もなく、ただただ瓦礫の山と化したその地を悠々と進む女性が1人。


 プラチナブロンドの長髪を風に靡かせ、灰の瞳で周囲を見渡しながらも通話相手に指示を出す。


「ええ。地下もあるはずだから念入りにね」


「念入りに、何をさせるつもりだ?」


 後ろから声。


 瓦礫の上を軽快な速度で歩いていた女性の足が止まる。

 声の主へと、ゆっくりと振り返った。


 そこにいたのは、純白のローブに素性を仮面で隠した魔法使いが1人。


「あら? 君は確か……」


「『妖精』エカチェリーナ・トルシナ。ロシアから遠路遥々こんなところで何をしている」


 自らの2つ名も含め、正確に言い当てられたエカチェリーナは、通話状態だったクリアカードをオフにした。


「実は貴方と同じで強大な魔力を」


「感知して様子を見にきた、と言うような透けて見える嘘は結構だ。『ユグドラシル』とはどのような契約を結んでここに来た」


 薄い笑みを浮かべたまま、エカチェリーナの灰の瞳が細められる。


「個人的に契約を結んだか? それとも国絡みでここへ派遣されたか? どちらにせよ」


「よく喋るのね」


 意趣返し、とばかりに今度はエカチェリーナが言葉を遮った。


「私は、あのアギルメスタ杯で見せたような冷徹な君の方が好きよ」


「ねえ?」と、エカチェリーナは流し目を相対する魔法使いへ向ける。

 反応は、無し。


 その様子を残念に思ったエカチェリーナは、内心でため息を吐きつつ肩を竦めた。


「それで……」


「どうする?」と。

 続けようとしたエカチェリーナだったが、会話を中断して思いっきり仰け反った。


 眼前スレスレを振り抜かれた脚が通り過ぎる。


 それを見届けることなく、エカチェリーナは両手を地面へとつけ、自らの脚を振り上げる。バック転の要領で相手に牽制を入れつつも距離を空けたエカチェリーナは、自らの迎撃を最小限の動きのみで回避してみせた相手へ追撃を仕掛けることにした。


「フェルリーラ・ヒューズ・ファングルム」


 人差し指が、仮面の魔法使いへと向けられる。


「『疾風の槍(ヴェルリアーゼ)』」


 風属性のRank A。

 貫通性能が付与された魔法球が、省略詠唱を用いて発現された。


 直後に射出。

 それを回避する相手の先へ、次の魔法を置く(、、)


「レーナ・フェルピナーレ・『疾風の壁(フラングランセ)』」


 風属性の障壁魔法。しかし、これはRank Bに属する。風属性を付与させただけのRank C『風の壁(ウェンテ)』と同質のものにあらず。


 回避に動いていた仮面の魔法使いの動きが止まる。ふわりと翻るローブの先が障壁魔法へと触れた瞬間、凄まじい斬撃音と共に、ローブの先が細切れにされた。『疾風の槍(ヴェルリアーゼ)』が仮面の魔法使いの肩口を通り過ぎる。


「間合いの読みがうまいわね」


 これは必殺の手法ではない。

 あくまで距離を空けるための牽制に過ぎない。


 仮面の魔法使いが一連の回避をこなしている間に、エカチェリーナは自らの最も得意とする間合いを確保していた。自らが潰した屋敷の瓦礫の上に立ち、睥睨するかのように獲物を見下ろすエカチェリーナが手を打ち鳴らす。


解放記号(コード)『東の鐘楼』、『西の鼓楼』、『南の尖塔』、『北の城門』、遅延術式一括解放(フルオープン)


 仮面の魔法使いが距離を詰めようと動くが、文字通り一足遅かった。


「『疾風の乱障壁(フランシルフィード)』、『疾風の蔦(シルクラーズ)』、『疾風の砲弾(ウェンペティア)』」


 仮面の魔法使いとエカチェリーナの間に、幾重にも障壁が張り巡らされた。その光景に止まった一瞬の隙を逃さず、仮面の魔法使いの身体へ切断の付加能力を持つ風の蔦が這い回る。ほぼ同時に、全てを圧殺せんとする暴風の塊が頭上へと出現し、そのまま仮面の魔法使いを押し潰した。


 エカチェリーナは自らに飛んでくる砂埃を手で払う。


「んー」


 もうもうと立ち込める煙を見つめながら、エカチェリーナは口にする。


「まあ、このくらいじゃ死なないよね。リナリー・エヴァンスのお気に入り、T・メイカー君」


 噴き上がる煙が弾け飛んだ。

 その中心にいる仮面の魔法使いが、その魔力を解放したが故に発生した余波によるものだ。


 その光景を眺めていたエカチェリーナが笑う。


「でも、もう詰んでるよ」


 仮面の魔法使いが飛びかかろうとした瞬間、その両腕に薄緑色の鎖が巻き付いた。


 鐘の音が鳴る。

 深い深い鐘の音が。


 仮面の魔法使いの背後には、いつの間にやら仰々しい装飾が施された鐘楼門が浮かび上がっていた。


「『疾風の封鎖(ウェスタルネルヴル)』。敵の詠唱はきちんと聞いていないとダメだよ。私の溜め込んでいた遅延術式は、全部で4つだ」


 仮面の魔法使いを中心として、風の波紋が浮き上がる。

 両腕と同じように、両脚も薄緑色をした鎖で縛り付けられた。


 胴も。

 首も。


 五体全てが封じられる。


「お疲れ様」


 為す術なく捉えられた獲物へ、エカチェリーナは慈愛の笑みを向けた。


「惜しい人材ではあるけど、私には靡かないだろうし。君にはここで消えてもらうとするよ」


 ゆっくりと。

 仮面の魔法使いが沈んでいく。


 風によって生まれた底なし沼の中へと。




 そこへ。

 数えきれないほどの流星が飛来した。




 鐘楼門は壊れない。

 元々の材質が風であるため、全ての攻撃が透過してかわされてしまう。


 風の底なし沼も同様だ。

 ただただ、貪欲に流星を飲み込んでいくのみ。


 仮面の魔法使いが沈んでいく速度は変わらない。


 エカチェリーナは自らに飛来する流星を鬱陶しそうに片手で払った。

 そして、その攻撃を打ち込んできた下手人へと視線を向ける。


 そこで初めて、エカチェリーナの表情が露骨に歪んだ。


 視線の先。

 銀髪を掻き揚げ次なる一手を放とうとする魔法使いへと叫ぶ。


「君か! 『星詠(スター・リーダー)』!!」


 魔法による反撃ではなく乱暴な声が届いたことで、シルベスターの次の一手が止まる。


「そちらの通り名で呼ぶと言うことは、『星降夜(ほしふりび)』の関係者か。お前は……、まあ、被害者ではなさそうだな。遠慮は不要と言うことだ」


「ふざけんな! ちゃんと被害者だよ!」


 改めて次の一手を放とうとするシルベスターに、エカチェリーナが怒鳴る。

 そのまま迎撃する態勢を整えようとして。


「いつまでも余所見していていいのか、妖精」


「はっ!?」


 背後から、声。

 咄嗟に顔を逸らすが、繰り出された手刀がエカチェリーナの左頬を軽く裂いた。


 自らの腕に『風の身体強化(ウェンテ)』を纏わせて薙ぎ払う。仮面の魔法使いは追撃を仕掛けてこなかった。エカチェリーナの牽制をお手本のような回避行動で退け、距離を開ける。エカチェリーナも、それを追うような真似はしなかった。


 仮面の魔法使いとシルベスター。

 2人へと意識を向けながらも、エカチェリーナの視線が向くのは一点だ。


「君、どうやって私の封印魔法を……」


「先ほどは有難い戒めを頂戴してしまったからね。僭越ながらこちらも1つだけ助言をしてあげよう」


 仮面の魔法使いは言う。


「敵の姿はきちんと追っていないとダメだよ」


 ひくっ、と。

 エカチェリーナの頬が痙攣した。


「面白い。『トランプ』が到着するまでの間に、その自信ごとすり潰してあげるよ!!」


 三者は、同時に動いた。

次回の更新で、第12章『ユグドラシル』編〈中〉はおしまいです。

次回の話は短いため、そこまで時間を空けずに更新できるはずです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 仮面の魔法使い誰なんやろ 縁先輩か中国のあの人?
[良い点] 更新ありがとうございます。大変助かります [気になる点] 聖夜だったらわざわざ仮面の魔法使いとは描写しないだろうし、間違いなくエカチェリーナ視点の表現だから勝手に勘違いしてるだけだと思う。…
[一言] 体術がお上手で妖精の魔法から抜けれてるって事は縁か中国の人かな?
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