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テレポーター  作者: SoLa
第12章 ユグドラシル編〈中〉
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第12話 王手 ③

あけましておめでとうございます…(2月)




「――――あ、かり、かい、ちょう?」


 震えたその声。

 呆然と呟く御堂縁。

 驚愕に目を見開く蔵屋敷鈴音。


 その背後から中条聖夜とエマ・ホワイト。


「師匠!」


 実験室へと辿り着いた聖夜が、縁の横をすり抜けて声を上げる。しかし、瞬き1つした時には聖夜の姿はどこにも見当たらなかった。それに気付いたエマの魔力が乱れる。


 シスター・メリッサは舌打ちと共に声を荒げた。


「戦意の無い奴はさっさと下がれ! 守り切れないぞ!」


 抜刀。

 異常事態を肌で感じ取った蔵屋敷鈴音が愛刀を構える。


 直後、不自然な沈黙を保っていた異形たちが再起動を果たした。異形たちによる一斉の咆哮。鼓膜を突き破らんばかりの音圧に、シスター・メリッサたちは思わず耳を塞ぐ。


 その中で。

 リナリー・エヴァンスのみが防音魔法の発現に成功し、その光景を捉えていた。


 少女から放たれた魔力が衝撃波となって、少女の籠っていたカプセルを粉々に吹き飛ばす。飛来した破片や少女が浸されていた液体を障壁魔法で防いだリナリーは、その隙を突いて襲ってきた異形の一体を『紫電一閃』で瞬く間に斬り捨てた。


 リナリーが顔をしかめる。

 これまでに感じたことのない魔力が肌を撫でたからだ。


 自らの身体を抱え込むような体勢の少女は宙に浮いていた。

 異質な魔力を全身から放出しながら。


 その魔力は目視で確認できる。


 禍々しい色ではない。

 むしろ神々しさすら感じるほど眩しく見えた。


 ――――それがリナリーにとっては余程不気味に見えた。


 少女が纏う魔力は、少女を中心にゆっくりと円を描き始める。一度放出した魔力を少女が逃すまいとしているかのようだった。円運動を開始した輝く魔力は、徐々にその大きさを狭めながら高度を上げていく。それはやがて少女の頭上で緩やかな円を描きながら制止した。


「これが貴方たちの目指した天使の完成系というわけ? 笑えないわよ……、カミアキ」 


 一瞬の静寂。

 瞬間。


「障壁展開っ!!」


 起爆。

 リナリーの咆哮を掻き消さんばかりの轟音と共に少女の魔力が爆ぜた。


 それは規格外の一撃だった。


 少女の周囲にいた異形2体は抵抗する間も無く蒸発した。衝撃波が実験室内を強襲する。内部全てを破壊するだけでは到底収まらず、側壁や天井をも飲み込んだ。リナリーが咄嗟に展開した障壁の約9割が消し飛ばされる。残り1割の障壁も半数が蜘蛛の巣状にひび割れ、時間差で破損。それでも耐え切った。


 リナリーは、障壁の展開先を2つに分けていた。

 自分と、シスター・メリッサたちがいる場所に。


 シスター・メリッサの障壁だけでは防ぎ切れない。

 そう考えたリナリーの判断は正解だった。


 その一瞬の決断が、この場にいる全員の命を救った。


 しかし。


「――崩落する!」


 シスター・メリッサが叫ぶ。


 地下にひっそりと造られた秘密の実験室。

 その空間を支える物が全て吹き飛ばされたのだから、それも当然であると言える。


 瓦礫の山が頭上から降ってくる。


 蔵屋敷鈴音が放心状態にある御堂縁を。

 シスター・メリッサが狂乱状態にあるエマ・ホワイトを。


 それぞれが動けぬ者を抱えて走り出した。

 この拠点の出口、神楽が守る場所へと向けて。


「リナリー!」


「直ぐに行くわ!」


 そして。


 見向きもせず、シスター・メリッサにそう答えたリナリーは、あらためて周囲へと甚大な被害をもたらした人物へと相対した。この状況を引き起こした張本人と言えば、その周囲に展開されている膨大な魔力が瓦礫を全く寄せ付けることなく塵芥へと変えていた。


「貴方の近くにいることが、この場所では一番安全かもしれないわね」


 そうリナリーは言う。

 その間にも魔法は発現されている。


 ここに残るのは、この状況下に恐怖を覚えぬ者のみ。


 生き残った異形の半数を、基本五大属性のどれかで彩られた様々な魔法球が襲う。それらは降り注ぐ瓦礫にも着弾して弾き飛ばしていた。それでもそう長くは持たないだろう。遠くない未来には、この空間は消滅することになる。


 だからこそ。


「さっさと無力化したかったのに。せっかく周囲へ撒き散らしていた魔力を霧散してくれちゃって」


 ため息1つ。

 それでも、その口元に浮かんでいるのは笑みだった。


「そんなあられもない姿で、お気に入りだった後輩の前に立つのは嫌でしょう? だからここで私が貴方を終わらせてあげるわ」


 基本五大属性のどれかに属する5色の魔法球。

 それらが数えきれないほどに発現されて、一斉に射出された。


 殺到したそれらは、少女が展開する魔力によって霧散していく。1つとして少女の身体を害することはできなかった。それに臆することなく、リナリーは次々と魔法球を発現して射出していく。


 爆ぜる。

 爆ぜる。

 爆ぜる。


 少女の姿が色とりどりの魔法球によって掻き消されていく。リナリーはそれでも攻撃の手を緩めない。撃って、撃って、撃って、撃ちまくった。




 ――そして、ついに少女が動き出す。




 少女に自我は無い。

 少女は既に死んでいるからだ。


 白海明莉という少女は、天地神明の最高傑作だった。


 全身。

 外側から中身に至るまで、その全てを観察され、弄繰り回されて今がある。


 故に、自我の無い白海明莉が敵対者と認定する条件。

 それは『攻撃を受ける』こと。


 その攻撃で読み取った魔力の持ち主が敵対者となる。


 抱え込むようにしていた脚から腕が離れる。

 ゆらり、と白海明莉が空中で立ち上がった。


「――『紫電一閃』」


 情け容赦無い一撃が白海明莉を襲う。


 胸元から袈裟に開いた傷口。

 そこからは、一滴も血は零れなかった。


 それを見たリナリーは露骨に顔をしかめる。ある程度予想していたことではあるが、これで確信に至ってしまったからだ。天地神明たちがどれほど非人道的な行いをしてきたのか、ということに。


 リナリーが嫌悪感を表に出したのは僅か一瞬のこと。

 その間に、白海明莉の自己再生が完了していた。


 まるでビデオの逆再生のように。


「――『紫電双閃』」


 右の一振りで白海明莉の両脚を、左の一振りで右肩から下を斬り落とす。その結果を目視で確認するや否やリナリーは地面を蹴った。自ら白海明莉との距離を詰める。一定以上の破壊力を持つ攻撃ならば、白海明莉に届くと確信したからだ。


 拳を握る。


 リナリーの後方から、遅れて発現された5色の魔法球が駆け抜けた。それらは白海明莉本体へ到達する前に霧散していく。色とりどり、5色の閃光が至る所で弾けて消えていく。それらが目くらましとしての役割を担い、リナリーを白海明莉の視界から消した。


 しかし、白海明莉が敵対行動を取るのは特定の人物にではない。

 特定の魔力に対して、だ。


 ぐるん、と。

 音が出そうな勢いで白海明莉の首が動く。


 それは、裏をかいて背後に回ったリナリーを正確に捉えていた。


(――自我が無いのにどうやって私を敵認識しているのか引っ掛かっていたけど。リナリー・エヴァンス個人を脳裏に刷り込まれているというよりは、気配か魔力で認識しているわね。若干とはいえ反応が遅れているところを見るに……、魔力かしら)


 なにせ、現状ではもうリナリーの魔力はこの周囲一帯に充満しているのだから。感知が多少遅れても納得がいく。


「――っと」


 想像以上の速度で拳が飛んできた。首を反らすことでその一撃を回避したリナリーは、拳を振り抜いた姿勢でこちらを見る白海明莉と目を合わせる。斬り落としたはずの右腕が当然のように再生され、最初から何も無かったかのように平然と攻撃手段に使われていることへの驚きはない。もはやそういう生物なのだ、とリナリーは割り切った。


 突き出された腕を払い懐へと潜り込もうとして――。


 濃密過ぎる魔力ゆえに粘り気すら帯びた空気に、リナリーはこれ以上の接近戦は不利だと判断。即座に距離を空けるべく地面を蹴って後退する。


 それにぴたりと追随する白海明莉。

 少女の左腕が、リナリーを捉えんと伸ばされる。


 それを確認したリナリーは、後退した速度に身を任せながらも身体を翻した。その動きで遠心力を得た右腕が、紫の炎を纏って振り抜かれる。


「――『紫炎一閃(しえんいっせん)』」


 速度より威力重視。

 伸ばされた白海明莉の左腕が、何の抵抗も無く2つに割れる。


 紫の炎が激痛をもたらし切断面を焼いた。しかし、痛覚とは無縁である白海明莉には何ら意味を成さない。そのはずだった。しかし、リナリーの魔法は確かに一定の効力は発揮し、白海明莉の追従する速度が僅かに緩む。


 とん、とん、と。

 軽やかに、ステップを踏むように。


 後退する速度を緩め、リナリーは身体を翻す。勢いのあまり横をすり抜けそうになる白海明莉へ、リナリーが手刀を振り抜いた。


「『紫電一閃』」


 スパン、と。

 白海明莉の首が飛んだ。


 ――にも拘わらず、白海明莉の身体はリナリーの方へと向き直った。


「――魔力で確定、ね」


 視覚で判断していない。

 弾き飛ばされた頭部には目もくれず、白海明莉はリナリーへと迫る。


「『堅牢の乱障壁(グリンガルゴーレ)』」


 直接詠唱。省略詠唱しているが故に強度は下がるが、その分は数で補う。そう言わんばかりの勢いで土属性の障壁が競り上がる。リナリーと白海明莉の間を遮るようにして発現される障壁群の他、地面を踏みしめる白海明莉の足の下からも障壁が発現された。


 ぐらり、と。

 白海明莉の身体が傾く。


 それは僅か一瞬のこと。いくら不意を突かれたとはいえ、この程度で白海明莉は転倒しない。力を込めて振り抜かれた脚によって、土属性の障壁が砕け散る。しかし、例え一瞬であっても白海明莉の動きが鈍ったのは大きい。


「『業火の檻(イクスガロン)』」


 RankA。

 火属性の結界魔法。


 真っ白に燃え上がる炎の球体が、白海明莉の身体を包み込んだ。その結果を視界に収めるより早く、リナリーの人差し指が宙を舞う白海明莉の頭部へと向く。リナリーの背後に発現された色とりどりの魔法球が次々と射出され、無抵抗に回転している白海明莉への頭部へと殺到した。


 じゅわ、と。

 肉の焼ける音が耳につく。


 視線を向ければ、炎の球体から焼け爛れた右腕が突き出されたところだった。それを『紫電一閃』で斬り捨てたリナリーは、この稼いでいた合間に準備していた魔法を発現させた。


「『疾風の檻(フーリルアウター)』」


 灼熱の炎の上から覆うようにして発現された疾風の結界魔法が、赤く爛れる切断面を更に風の刃で斬り刻む。腕の原型が無くなるより早く、リナリーの次の魔法が完成した。


「『迅雷の槍(ヴェルガオーレ)』」


 RankA。RankBのそれよりも遥かに貫通性能が強化された槍が、リナリーの手によって投擲される。それはリナリーが自ら発現した風の結界魔法を貫通して、自己再生を終えた白海明莉の右腕へと突き刺さり、そのまま『業火の檻(イクスガロン)』の内部へと侵入して爆ぜた。


 雷鳴が轟く。

『迅雷の槍』によって生じた衝撃の全てが、火の結界魔法の内部で炸裂した。


 リナリーが両手を打ち合わせる。


「クリンア・バピルアンテ・フィレンアンサ・アディルアンセ」


 リナリーに『始動キー』は無い。

 なぜなら彼女には『始動キー』を用いなければ発現できない魔法が存在しないから。


 故に彼女は『始動キー』を必要としない。

 完全詠唱をしたことが無い。


 ――――それは、RankSの魔法においても当たり前のように当てはまる。




「――『激流の封鎖(ウルルティアラ)』」




 それは、RankA結界魔法の更に上位に位置する、水属性の封印魔法。それが省略詠唱という手法を用いて発現された。




 リナリーの『迅雷の槍』によって生じた穴。そこをこじ開けるようにして結界魔法から脱出した白海明莉の両腕、胴体、そして両脚へと水によって生成された鎖が巻き付いた。見れば白海明莉の足元は剥き出しの地面ではなく水の上。白海明莉を中心として波紋が広がっている。


 首から上が無い白海明莉は、束縛から逃れようと身体を捩ろうとした。

 しかし、微動だにしない。


 そんな少女の背後。

 仰々しい装飾が施された建造物が、荒波を立てて水中から姿を見せた。


 それはまるで鐘楼門。寺院や教会など、鐘を設置するために用意された施設のような外見をしている。材質は全てが水。青みがかった水によって生成されていた。しかし、水であるにも拘わらず、外見は完全に固形化されている。


 現に、独りでに鳴り出した鐘は澄んだ音をしていた。


 腕を伸ばそうとする。

 伸ばせない。


 脚を振り上げようとする。

 振り上げられない。


 身を捩ろうとする。

 捩れない。


 行動の全てが封じらている。


「無駄よ、白海明莉」


 頭上に降り注ぐ土砂や岩石を一振りで払いながらリナリーは口を開いた。

 言葉など、伝わりやしないのに。


 終わりを告げる鐘の音が鳴る。


 ゆっくり、ゆっくりと。

 白海明莉の身体が水の中へと沈んでいく。


 束縛から逃れようと必死に身体を動かそうとするが、変わらず微動だにすることはない。魔力量と発現量の暴力で強引に突破を試みるももう遅い。放出すればするほど、その魔力を束縛している鎖が吸収している。白海明莉を封印する下地は既に完成し、後は取り込むだけの段階まで既に来てしまっているのだ。


 足から膝へ。

 膝から腰へ。

 腰から肩へ。

 肩から首へ。


 底なし沼のような水へ沈んでいく。


 透き通ってはいるものの、底が深すぎて見えることの無い水の中へ。膨大な魔力を撒き散らすが、その全てを束縛する鎖が吸収して外へは逃がさない。結局、最後は呆気ないほど簡単に、白海明莉の身体は水の中へと沈んでいった。


 鐘の音が止み、鐘楼門が形を崩して水に戻る。

 足元に広がっていた泉がその領域を狭めていく。


 やがて何も無かったかのようにそれらの全てが消えて失せた。


「さて……」


 1つ息を吐く。


 リナリーは輝くような金髪を払いながら、その視線をとある方向へと向けた。そこには、あれだけの魔法球を打ち込んでおきながらも、その原型の一切が変わっていない状態で転がる白海明莉の頭部がある。その視線はリナリーを捉えて離さない。光を宿さぬその瞳は空虚のみを湛えていた。


 いや、原型が変わっていないというのは誤りだ。


 ずるり、と。

 湿った音が空間の中に鳴り響く。


 白海明莉の頭部に繋がる首。

 その切断面から、五体満足の胴体が飛び出してきた。


「まあ、そうなるわよね」


 明らかに胴体よりも放出する魔力量が多かったし、と。

 白海明莉の頭上に浮かぶ魔力の輪を見ながら、リナリーはそう呟く。


「ただ、今の封印魔法で貴方の魔力の一部は封じ込めた」


 濡れた柔肌を隠そうともせず、白海明莉が立ち上がった。リナリーは腰を僅かに落とし、ゆっくりと構えの姿勢を見せる。


「ここからが本番、といったところかしら」


 この戦闘において初めて構えの姿勢を見せたリナリーに、白海明莉は僅かに目を細める反応を示した。生前の頃に有していた思考回路など存在していない。彼女は既に天地神明の手で意識を持たぬ殺戮人形と化している。それでも、まるでリナリーを警戒しているかのようなその反応は、肌で違和感を感じ取っているからなのかもしれない。


 そしてその違和感は酷く正しい。


 先ほどの戦闘において、リナリーは一度近接戦を止めた。なぜなら、白海明莉が随時放出している魔力量が余りに膨大だったが故に、自らの動きが阻害されかねないと考えたからである。にも拘わらず、なぜリナリーは構えを取るのか。


 その答えは――――。


 リナリーは、白海明莉を視界から外さないよう注意しながらも周囲へと目を走らせる。崩落が着実に進んでいる空間、自らの魔力によって満たされた空間へと。基本五大属性を節操なく発現し続けたがために、リナリーのものでありながらも様々な()を有している魔力へと。


 下準備が完了していることを確認して、リナリーは少しだけ顔をしかめた。


 その感情の変化に。

 心の無い白海明莉では気付けなかった。

不定期更新とはなりますが、今年も『テレポーター』をよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リナリーの貴重な戦闘シーンが見れてよかったです!
[一言] やはり世界最強
[良い点] リナリーめっちゃ強いなあ [一言] あけましておめでとうございます。 今年も更新をお待ちしています。
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