第11話 王手 ②
めりくり。
大変お待たせいたしました。
レビューを下さった方、このサイトの感想欄やツイッターでコメントして下さった方々ありがとうございます。おそらくは、これが年内最後の更新となります。
皆さま、よいお年を。
★
視界が一瞬で切り替わる。
これまでいた空間とは全く別の場所への転移。
薄暗い実験室へと続く廊下から、明るい木の香る図書室へと。
1秒にも満たない僅かな合間で状況を理解できたのは、中条聖夜自身が『神の書き換え作業術』を常用することで、この感覚に耐性があったからだと言える。戦闘能力の面で言えば、どう考えてもリナリー・エヴァンスに軍配が上がる。しかし、咄嗟の召喚魔法にどちらが対応できるかと問えば、正解は中条聖夜だった。
自らの眼前にいるのは、アマチカミアキによく似た男。
つまり、この男が天地神明。
犯罪組織『ユグドラシル』の頂点にして、この作戦における標的。
この男が1人で目の前にいたら、聖夜は全力で仕留めに掛かっていただろう。
だが、現状は違う。
天地神明の後ろには4人いる。
天上天下と、蟒蛇雀、そして知らない男女が1組。
――――勝てない。
それが聖夜の至った結論だった。
なりふり構わない全力を出しても、天地神明に到達する前に殺される。
1秒。
高速で回転する思考で、この結論に達するまでが1秒。
「てめぇが天地神明だな!」
名指しで呼ばれた男は笑う。
「年上……、それも初対面の人間に対してその態度は頂けないな。中条聖夜」
本当なら。
召喚魔法の発現と同時に突撃すべきだった。
それなら間に合った。
今頃、天地神明の心臓に手刀が突き込まれていた頃だろう。
しかし、それはもう不可能だ。
何をするにしても準備はいる。
状況を整理する時間は掛かる。
千載一遇の好機でありながら、それがもっとも取るべきではない悪手であると、聖夜は本能で気付いていた。聖夜の視界の端、蟒蛇雀の口元が緩やかに弧を描き始める。
――第一段階『魔力暴走』。
それは、魔法発現よりも早い。
魔力を練るわけではない。
魔力を魔法の形に変化させるわけでもない。
ただただ、自らの魔力生成器官の封を解くだけ。
故に、最速。
膨大な魔力が聖夜を中心として吹き荒れる。
それが牽制として作用し、『ユグドラシル』側の一手が鈍る。
殺るか、否か。
躊躇いなく後者を選択したのは、過去の経験の賜物か。
「『知覚拡大』」
そう口が動いた時には、既に後ろへ腕を伸ばしていた。
掴んだのは己をここへと召喚した張本人、『脚本家』。
天上天下の人差し指が聖夜へ向き。
唯我独尊が跳躍の構えを見せ。
蟒蛇雀の一部が気化し始めたところで。
「――――『神の書き換え作業術』発現」
聖夜と『脚本家』は、その場から姿を消した。
★
次の瞬間。
聖夜と『脚本家』の分身体は、王立エルトクリア魔法学習院の遥か上空にいた。これは聖夜が『神の書き換え作業術』で書き換えたのが己の高度座標のみだったからである。
精度より発現速度を優先するには、上空を設定した方が対応しやすい。なぜなら、空には障害物が無いからである。横移動では建物などに重なった場所へ転移することが多く、それらを破壊しながら転移してしまう。建物ならまだいいが、人間と重なってしまった場合はほぼ確実に殺してしまうことになる。加えて、視界の悪い場所に転移してしまった場合、二手目の転移先もまた運に左右される。ならば、遮蔽物の一切ない空へと転移した方が次の行動へ繋げやすい。
そう考え上空へと転移した聖夜は概ね正しい。
戦闘ではなく逃走という決断を下した以上、この判断は概ね正解だ。
誤算があるとするならば――。
「――――っ」
自ら発する膨大な魔力から感じ取った違和感。
聖夜は『脚本家』の分身体を抱えたまま、咄嗟に身体を捻る。眼下から破壊音。見れば学習院の屋上を突き破るようにしてこちらへと伸びる、黒き槍の群れ。禍々しい魔力を纏った5本の槍が、聖夜たちへと殺到した。それらを紙一重で躱した聖夜は、次の転移先へと視線を向ける。
そこへ、気化していた蟒蛇雀が実体を伴い到来した。
「逃がさないよぉ、『白影』ちゃーん!」
くひっ、と。
三日月の如く口元を割きながら蟒蛇が嗤う。
舌打ち。
聖夜は空中で身を捻り、蟒蛇へと回し蹴りを見舞った。
手ごたえはゼロ。
それも当然。
蟒蛇の頭部は気化していた。
振り抜かれた聖夜の膝は素通りしただけだ。
頭部を失った蟒蛇の腕が聖夜へ――、聖夜の抱きかかえた『脚本家』の分身体へと伸びる。回し蹴りで得た遠心力を殺さず、聖夜は空中で更に回転することで、もう片方の膝が蟒蛇の腕を弾き飛ばした。
手ごたえはゼロ。
蟒蛇の腕は、頭部と同じように気化して消えていた。
「中条聖夜、私のことは構わ――ぷ」
構うな、と。
そう告げようとした『脚本家』の分身体。
その頭部を手で押さえ、より強く抱きかかえる。動かしていた口が聖夜の胸板へと押し付けられたことで、『脚本家』の分身体が喋るのを止めた。ポケットに手を突っ込む。取り出したのはシャープペンシルの芯が詰まったケースだ。
「――『神の書き換え作業術』発現」
わざと聞かせるように。
聖夜がその魔法名を口にする。
直後。
聖夜の脳天を貫かんと振り抜かれていた拳が気化した。
ふわり、と。
聖夜の額を気化した闇が撫でる。
聖夜の眼前。
行き場を失くしたシャープペンシルの芯がパラパラと落下していく。
視界が開けた時にはもう、次の『神の書き換え作業術』を発現していた。これは牽制のためではない。逃走のための発現。聖夜と抱えられた『脚本家』の分身体がその場から姿を消す。
しかし、逃げられない。
今の聖夜は『魔力暴走』によって平常時より遥かに多い魔力を一度で使用することができる。それに加えて空気中の魔力量が多い魔法世界という環境。これら2つの要素が合わさり、日本では思わず躊躇ってしまうほどの距離も一手で転移できる。
その反面、今の聖夜は常時周囲へ物理的な被害が生じるほどの魔力を展開し続けている。視界から消えようが、強化魔法を用いても一歩で辿り着けないほどの距離が空けられようが関係ない。蟒蛇はただ、馬鹿のように魔力が垂れ流されている位置へと向かうだけでいい。
それも――。
「なんの遮蔽物もない空中戦を挑んでくるなんてね! お姉さん、心がきゅんきゅんしちゃうわァ」
「挑んでるつもりはねーんだよ、クソ野郎が!」
聖夜たちの頭上で実体化した蟒蛇が踵落としを見舞う。それを視界に捉えた聖夜が『神の書き換え作業術』を発現した。蟒蛇の踵落としが空を切る。躱されたことにではなく、自らの視界が突如として切り替わったことに蟒蛇は驚いた。
そう。
転移したのは聖夜たちではない。
蟒蛇本人だ。
「中条聖夜、私のことは捨て置け」
蟒蛇の動揺。その一瞬の隙を突いて次の『神の書き換え作業術』を発現し、距離を空けた聖夜へ『脚本家』は告げる。
「私はしょせん分身体だ。ここで私が破壊されようとも本体に影響は無い。中条聖夜、今となっては優先順位が高いのは君だ。君は天地神明討伐における最初にして最大の関門を突破したのだからな」
「最初にして最大の関門?」
「おや、気付いていなかったのか。宝の持ち腐れだな」
オウム返しで質問した聖夜を『脚本家』の無機質な瞳が射抜く。無表情であるはずなのに心なしか呆れているような雰囲気が滲み出していた。
「『魔力暴走』に『知覚拡大』か。よくぞその領域まで辿り着いたな。君はもう、一度会って魔力を記憶した相手なら、会わずとも無力化できるようになったはずだ。君の広すぎる射程内に捉えさえすればな」
『脚本家』からの指摘に、聖夜は「あ」と声を漏らす。その反応を確認した『脚本家』は「うむ」と頷き続けた。
「憶えたな? 天地神明の魔力を」
「――あぁ、憶えている」
それどころか、あの場にいた天地神明の側近たちの魔力も。
「気張れ。お前は王手をかけたぞ。蟒蛇の射程外へ逃れてしまえばこちらの勝ちだ」
「なら、俺を貴方のところへ転移させたのは――」
会話を中断。
真っ先に視界へと入った建物の屋上へと座標を固定する。
聖夜と『脚本家』の姿が掻き消えた直後、蟒蛇が到来した。振るわれた黒い槍の群れが空を切る。蟒蛇はここで1つ舌打ちした。
「逃げ足は一級品ってところねェ。ただ、あんまり距離を取られるとこっちが怒られちゃうしィ……」
パチン、と。
蟒蛇が指を鳴らす。
彼女の後方に数えきれないほどの槍が発現された。
「詰めて詰めて詰めて。頭の中ぐちゃぐちゃにしてから殺してアゲル」
一斉に射出。
それらを跳躍することで躱した聖夜のもとへ蟒蛇が突っ込んだ。
聖夜らの足元。
壁を挟んだ向こう側から怒声や悲鳴があがる。
蟒蛇の魔法は聖夜を捉えることができなかった。しかし、その射線上にいた建物やその中にいた人間は回避できなかった。轟音を鳴らして建物が倒壊する。
呪詛の篭った声に、果たしてどのような表情を浮かべるのか。
蟒蛇は高揚する気持ちを抑えきれず、口角を緩めながら相対する聖夜へと目を向けた。
否。
――向けようとした。
一閃。
それは蟒蛇の知覚速度を遥かに超えていた。
気が付けば首と胴が泣き別れ。
視界がぐるぐると回る。
そこで憤怒に染まる少年の顔を見た。
「つまんねぇ真似してんじゃねーよ、クソ野郎が」
手を振り上げる。
魔法世界という魔力の濃い空間で、それに上乗せされた聖夜の魔力。
特大の『不可視の弾圧』が蟒蛇を空中へと突き上げるようにして発動された。通常、叩きつけるために使用されていたこの技法を敢えて上へと向けたのは、下へと被害を生じさせないようにするためだ。聖夜の目の前で魔力の暴威を振るわれた蟒蛇は、その全てを全身で受け止めた。
「くひっ」
笑みがこぼれる。
堪えようとしても駄目だった。
気化した蟒蛇は大口を開けて嗤う。
「あぁ……、ようやく」
どす黒い闇と闇が繋がり合い、蟒蛇は己の身体を取り戻す。
潤む視界を拭い、天を仰いで蟒蛇は言った。
「――実ってくれたね」
しかし。
万感の思いを抱き呟いた一言に、邪魔をする者がいた。
「気色悪い顔して空見上げるのやめてくんない、犯罪者さん」
「な――」
確かに、蟒蛇は油断していた。
自らの想定以上に心も魔法も成長していた聖夜へ、ほぼ全神経を集中させていた。
ただそれは、自らの魔法へと絶対なる信頼に他ならない。
ほとんどすべての攻撃は無力化出来る。
唯一の弱点である光魔法は、自らへ到達する間に掻き消せばいい。
そう考えていた。
そうなると決まっていた。
――はずなのに。
来たる衝撃に反応して、蟒蛇の右脇腹が渦巻状に気化している。気化したことによって死角から放たれた掌底を受け流している。にも拘らず、その気化した部分から神経を直接削ぎ落されているような痛みが蟒蛇を襲った。
「がっ、ぐっ!?」
二撃目を避けるため、蟒蛇がその場から跳躍して距離を空ける。
襲撃者はそれを追わなかった。
ボーイッシュに短く切り揃えられたくせッ毛のある髪を手で払いながら、突如としてこの場へとやってきた少女は言う。
「で? 王立エルトクリア魔法学習院を荒らすだけ荒らして魔法戦を始めた理由を聞かせてくれるかな。中条聖夜」
「……天道まりか」
まりかが立つ建物とは1つ離れた屋上に着地した聖夜は、少女を見て回答ではない呟きを漏らした。その聖夜が小脇に抱えている『脚本家』の分身体を見て、まりかは露骨に顔を顰めながら聖夜へと視線を戻す。
「馬鹿みたいに魔力も放出しているし。いつまで持つの、それ」
聖夜が答える前に介入があった。
「天道ってことは天属性かよ。面倒くさいお嬢ちゃんが来たもんだね」
口元に伝う血を拭いながら蟒蛇が吐き捨てる。
聖夜から視線を外したまりかは、嘲るような笑みを蟒蛇へと向けた。
「そりゃ来るでしょ。自分の通っている学園が荒らされたんだよ。2番手の名前を背負わされてる人間としちゃ、皆と一緒に避難と言うわけにはいかないなぁ」
「まあ、先生の目を掻い潜って来たんだけど」という呟きを聖夜は聞かなかったことにした。
「ヘー。2番手! 天属性なんて宝物を授かっていながら一番上になれないなんて持ち腐れてんなァ、お嬢ちゃん」
「あはは。アンタ、何も知らないんだね。ウチのこと。よくそれで不用意に敷居を跨ぐ気になったものだよ」
「あ?」
挑発のつもりがまったく効果を発揮せず、なぜか憐れむような視線を向けられたことに、蟒蛇が首を捻る。そんな様子を冷徹な目で見つめながらまりかは口にした。
「アンタらが何しにウチへ来たかは知らない。けど、アンタらはもう終わりだよ。仲間が外に出れるとは思わないことだね」
★
「退くぞ」
天地神明の言葉に、天上天下は眉を吊り上げた。
「我々は追撃に向かわずともよろしいのですか?」
「分の悪い賭けはしない。中条聖夜がどの程度覚醒しているか不明である現状で、奴の射程圏内に入るのは避けたい」
話している天上天下ではなく、付き従うようにしずしずと後ろを歩く輪廻転生へと視線を向けて天地神明は言う。
「一気呵成に門を開くよう指示しろ。本拠地へ帰還する」
「御意」
深く頭を下げる輪廻転生から視線を外した天地神明へ、今度は唯我独尊が話しかけた。
「蟒蛇雀はいかがいたしますか」
「好きにさせておけ。奴の嗅覚があれば、中条聖夜の神法を躱すのも容易だ。増援さえなければ中条聖夜を仕留めてくれるだろう」
「そうなれば、こちらの動きも制限されずに容易になるのだが」と。
そう呟いた天地神明は、思い出したかのように唯我独尊へと口を開く。
「確か傍若無人も中条聖夜と相対したことがあったはずだな。万が一魔力の質を憶えられていたら面倒だ。奴も撤退するように伝えておけ」
「御意」
「では、決戦の地は――」
頭を下げる唯我独尊の横。
天上天下の呟きに、天地神明が頷く。
「中条聖夜を始末できれば貴族都市ゴシャス、できなければガルダーの地下迷宮で奴らを迎え撃つとしよう」
「そこまで貴様らが辿り着ければ、な」
不意に正面から声を掛けられ、天地神明は足を止めた。同時に、天上天下と唯我独尊が身体を割り込ませるようにして前へと躍り出る。
彼らの視線の先にいるのは、1人の少女。
しかし、ただの少女ではない。
「まさかここでお出ましとは。『断罪者』総隊長スカーレット・ウォーカー」
天地神明は、少しだけ頬を引き攣らせながら少女の名を呼ぶ。対するエルトクリア魔法学習院の制服を身に纏った少女は、自らの金髪を指で弄びながらこう言った。
「『学生なのだから、たまには学習院へ顔を出せ』とはこういう意味だったのか。リナリーめ、うまく私の立場を利用したな」
「なるほど。リナリーの入れ知恵だったか。だから貴様の渡航履歴が無かったのだな」
「すっかり騙されてしまったよ」と天地神明は言う。実際、スカーレット・ウォーカーの履歴があれば、天地神明は今日行動を起こすことはなかっただろう。危険区域ガルダーにある本拠地にて息を潜めていたはずだ。護衛も急な思い付きで変えるようなことはしなかったに違いない。
「随分と余裕がありそうだな。影武者か?」
「こう見えて焦ってはいるのだが……、貴様の目にはどう映る?」
「どちらでも構わない」
無駄な問答は終わりだ、と。そう言わんばかりに天地神明からの質問を切って捨て、スカーレットが一歩を踏み出した。それに反応するようにして、天地神明の前に立つ天上天下と唯我独尊が臨戦態勢になる。
あの天上天下と唯我独尊が庇う姿勢を見せている。
ならば、後ろに立つ異様な雰囲気を放つ優男は本物か。
スカーレットは相手の言葉ではなく、反射で生じた相手の動きからそのように判断した。
「では、やるとしようか」
エルトクリア大図書館。
王立エルトクリア魔法学習院の一角で、世界最高峰の魔法使いが魔力を解放した。
★
「中条聖夜、君はその子を連れて逃げろ」
ゆらり、と立ち上がる蟒蛇を遠目で捉えながらまりかは言う。
「君がどのような事情でこうなっているのかは知らないが、厄介事であることは分かり切っている。その小さな子も普通じゃ無さそうだし」
まりかは聖夜が小脇に抱えている『脚本家』の分身体へと視線を落とした。そして、何か異物でも見つけたかのように眉を吊り上げる。パン、と両手を鳴らしながら組み合わせて魔力を練り上げたまりかは、その黒い瞳を透き通るような青色に変えると再度顔を顰めて見せた。
「……ちょっと、その子大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
蟒蛇から警戒を解かないように気を付けながら、聖夜は質問に質問で返す。『脚本家』はまりかの瞳を見て「なるほど」と頷いた。
「九天眼か。その齢でよくぞその領域まで辿り着いたものだ」
「ボクのことはいいでしょ。呑気に話している余裕も無いんだから」
吐き捨てるようにそう告げるまりかは、続けてこう口にした。
「その子のものじゃない魔力が、額の辺りから徐々に身体を蝕むように侵食しているみたいだけど。どんな攻撃を受けたの、それ。毒?」
「――なんだと?」
自らの正体に関する発言ではなく、自らが感知できていない状態異常に関する言及。まりかの発言に、ポーカーフェイスの中へ僅かな動揺を浮かべた『脚本家』がそう呟いた瞬間。
「ねえねえ、その話。まだ時間かかりそう?」
聖夜とまりか。
その間に割り込むようにして蟒蛇が姿を見せた。
「――っ」
「――このっ」
聖夜やまりかが動くより、蟒蛇が魔法を発現する方が早かった。蟒蛇の足元が渦を巻くような闇に変化した直後、そこから剣山のように無数の針が飛び出してくる。聖夜とまりかは跳躍することでそれらを躱した。
宙を蹴り、まりかが拳を握りしめて突貫する。
「そんな攻撃、ボクには当たらないよ!」
「それはこっちの台詞だよ!」
蟒蛇とまりかが激突する。
それに助太刀しようとして、聖夜の頭に邪念が沸き上がった。
――蟒蛇が天道まりかへ意識を向けている今、俺は天地神明を狙えるのではないか、と。
王立エルトクリア魔法学習院から抜け出してきたものの、追っ手として放たれた蟒蛇の猛攻によって、まだ天地神明は射程圏内だ。これまでは思考のリソース全てを蟒蛇に向けていたから狙えなかったが、蟒蛇が聖夜ではなくまりかに意識を向けている今なら、『神の書き換え作業術』を発現して天地神明を無力化できる余裕くらいならある。
邪念は雑念。
ほんの僅かな思考の隙間。
その一瞬が命取り。
「馬鹿者!!」
抱えられた『脚本家』が叫ぶ。
『神の書き換え作業術』は反射で発現されていた。
「およ? 今の躱せたんだ。やっぱり成長してるね、お姉さんは嬉しいよ」
まりかとの近接戦をうまくこなしながら放たれた一手。
蟒蛇から放たれた一撃が、聖夜の左肩を薄く抉っていた。
血が滲む。
制服をじわりと汚していく。
痛みより、心臓を鷲掴みにされたかのような死の恐怖を感じた聖夜は、それを払いのけるために露骨な舌打ちをかましてから、改めて構えの姿勢を見せた。『脚本家』の分身体を下ろして。
今の一撃を受けて一瞬でも身体が委縮したからか、聖夜の『魔力暴走』は解除されていた。