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テレポーター  作者: SoLa
第12章 ユグドラシル編〈中〉
418/432

第4話 要請 ⑤

 誤字修正報告いつも助かっています。

 ありがとうございます。


 感想も励みになっています。

 ありがとうございます。




 ノックは無い。

 お伺いの声も、もちろん無い。


 突然開けられた扉の先。


 それを為した人物を見て、屋敷の主である二階堂(にかいどう)(ハナ)は露骨に顔を顰めた。対して、同席している白岡(しらおか)(めぐる)に驚いた様子は無い。突然の訪問者へ視線を向けて、後は防音の魔法を解除しただけだ。


「アポイントも無しにやってくるだなんて……、岩舟殿には礼節という言葉が抜け落ちておりますのね」


「使い分けができているというだけだ」


 華の皮肉に龍朗も皮肉で返す。

 華は眉を吊り上げた。


「……それはどういう意味でして?」


「貴様が値しないということだ。皆まで言わねば分からないか?」


「何たる侮辱。第一……」


 華はテーブルを挟み着席したままの巡へと視線を向ける。


「貴方はこの情報をどこで――」


 華の口が止まる。

 露骨に顔が顰められた。


 巡の顔に張り付いた笑みが不自然だったから、というのもある。

 しかし、華がもっとも引っ掛かったのは。


「……血の、臭い」


 華は弾かれたように立ち上がった。


「貴方、いったい何をやって――」


 開かれた扉の先。

 龍朗の背後から漂う、強烈な死の気配。


 視線を向ければ、龍朗が立つ廊下は不自然に暗かった。


 おかしい。

 停電でも起きたのかと思うほどに暗い。


 華が巡との密会で使っていたこの部屋の明るさが、逆に不自然に感じるくらいだ。


「ようやく気が付いたのか。同じ『五光』として恥ずかしい限りだ。いや……」


 気付き始めている華へと、冷徹な視線を投げかけながら龍朗は言う。


「元……、同僚、か」


「どういう意味ですの」


「司」


 華からの問いかけには答えず、龍朗は黒堂の名を呼ぶ。


「はい」


 龍朗の入室と同時、闇に包まれた廊下からぬるりと黒堂が姿を見せた。手にしていた麻袋を受け取った龍朗が、その紐を緩めて乱雑な仕草で華へと放つ。思わず懐に仕舞っていた扇子(エモノ)へと手を伸ばした華だったが、麻袋は何ら華へと危害を加えることなく床へと転がった。


 思いの外、大きな音が鳴った。


 ふくらみから察するに、中にはバスケットボール程度の大きさの球体が2つ。

 しかし落下時の音を考えれば相当に重い。


 それを容易く放ったところを見ると、龍朗は強化魔法でも使っているのだろう。

 間違えようも無いほどの、完全なる敵対行為だった。


 華の視線が、麻袋からそれを放った龍朗へと戻る。


「相も変わらず趣味が悪いな、岩舟殿」


「汚れ仕事ばかり押し付けてくる貴様に言われたくはないな、白岡殿」


 巡からの言葉にそう返した龍朗だったが、視線は華へと向けたままだ。華は龍朗、巡、そして黒堂への警戒を解かぬまま、ゆっくりと麻袋へと手を伸ばす。


 そして、声にならない悲鳴を上げた。


 中身が何か分かったからだ。

 目が合ったからだ。


 開かれた麻袋。

 そこから転がり出てきたのは、華の愛娘。




 ――――(すみれ)(かなで)の頭部だった。




「ど……、どうし……て」


 共に学生。

 菫は高校生、奏に至ってはまだ中学生だ。


 幼さの残る顔立ち。

 しかし、華は知っている2人とは明らかに異なる状態だ。


 虚空を捉える虚ろな瞳。

 赤のまだら模様と青白い頬。

 くしゃくしゃに乱れた髪。


 呼吸が荒い。

 焦点が定まらない。


 震える華の魔力が乱れる。

 明確な隙が生まれた。




 そこを龍朗が突く。




 ぎゅるっ、と。

 空間が歪む音が鳴る。


 否、鳴ったのは空間ではなく、それに巻き込まれた華の腕だ。


 肩から先の左腕が虚空へと消え去る。

 遅れて鮮血が噴き出した。


 傷口を抑えながら、華は床を転がり龍朗たちから距離を取る。


 致命傷を与えるべく放った魔法だった。

 しかし、結果は腕を一本消し飛ばしたのみ。


 龍朗は舌打ちして仕込みを任せた人間へと目を向ける。


「白岡殿」


「勘弁してくれ」


 まだ名前を呼ばれただけだったが、巡は龍朗が何を言いたいのかはっきりと理解していた。しかし、だからと言って謝罪して終わりと言うわけにはいかない。


「怪しまれずに触れられるのは腕が限界だ」


 変わり果てた愛娘たちの姿で冷静さを失いつつも、現状を理解し始めた華の血走った目が龍朗たちを捉える。ため息1つ、龍朗はひらひらと手を振った。


「下がれ、司。ここから先は足手纏いだ」


「承知しました」


「あぁ? 逃がすわけがないでしょう!」


 華は残った右腕で扇子を振り抜いた。


 目にも留まらぬ速さでカマイタチが打ち出されたが、それを阻んだのは巡が展開した障壁魔法だった。血生臭いこの場に似合わぬ純白の障壁。幻血属性『雪』によるものだ。


 それは華と龍朗たちを分断する形で展開された。ブラインドの役割も果たしたことにより、華からの猛攻を凌いだ黒堂はその場から姿を消す。


 それを追おうとしていた華の前に、龍朗が立ち塞がった。互いに直接詠唱で全身強化魔法を発現し、近接戦闘へともつれ込む。しかし、龍朗の全身強化魔法には闇属性が付加されている。その際たる能力は『吸収』で、相手の魔力を触れるだけで奪い取るものだ。


 従って、必然的に華の防御手段は『受け』ではなく『回避』となる。そこへ更に巡の魔法球が追撃を加えてくる。華は舌打ちしながら狭い室内を跳ねまわり攻撃を躱していく。


「こんなことをしてただで済むと思わないことね! 魔法協議会が――」


「くだらん話はもうよせ。貴様が裏切者だと言うことは、既に調べがついている」


 そう言った龍朗は、わざとらしく視線を華から別の場所へと移した。

 床に転がっている、華の愛娘へと。


 何をしようとしているのか。


 分かっている。

 理解できている。


 しかし。

 それでもなお、その誘いに乗らざるを得ない程度には、華は正しく母親だった。


 2人の愛娘を庇おうと動く華。

 その背後を龍朗が取る。


 掌底が華の右肩を強打した。


 部屋の壁を突き破り、華が廊下を転がっていく。追撃として放たれた雪属性の魔法球を最小限の動きで回避し、華は体勢を整えた。鼻を突く吐き気を催すほどの血の匂い。顔を顰めた華は周囲へと目を走らせた。


(……やられた。白岡巡の防音魔法だけでは説明がつかない。おそらく、部屋の外に別の魔法を展開していた魔法使いがいた。気付かなかった、気付けなかった!)


 そのせいで、娘は――。


 懺悔の思いをかき乱す。

 そんな思いが込められているであろうタイミングで、龍朗は次の言葉を放つ。


「真徹殿は、2回会合を開かれた」


「――は?」


 華の動きが止まる。


 ゆっくりと闇に包まれた廊下へと出てきた龍朗。

 それを床で這いつくばるような態勢で迎え入れる、


 龍朗は、憐みの色が混じった視線を華へと向けた。


「言葉通りだ。1回目はお前を除いた『五光』4人、2回目がお前を含めた『五光』全員だ」


 華の顔から感情が完全に抜け落ちる。


「では……、議題に上がっていたアマチカミアキの遺言が隠されているという場所は……」


「お前の第一護衛は既に我らの手中。四肢を切断したところでようやく吐いてくれたよ。主思いの良い駒を抱えたな。いや……、四肢の切断程度で吐いたのだ。部下に恵まれなかったと嘆いてやるべきだったか?」


「お前たちに人の心はありませんの!?」


 再びの動揺。

 龍朗が指を鳴らすと同時、華の右肩が抉れて消えた。


「――ぐっ」


 突然生じた新たな激痛に華の警戒が緩む。

 一歩で距離を詰めた龍朗の拳が、華の胴へとめり込んだ。


 血を撒き散らしながら華が吹き飛ぶ。

 廊下の曲がり角で壁に激突し、華は力なく倒れ込んだ。


「……なん、で。……どう、して」


「何がだ?」


 廊下に転がっている数々の死体を跨ぎながら、龍朗は華へと近付きながら問う。


「娘たちは、……関係、無かったのに」


 腹を抱え、丸くなり嗚咽を漏らす華へ、龍朗は心底軽蔑した視線を投げかけた。


「貴様と俺たちとでは線引きが違うようだな。奴らと共謀して得た金で建った屋敷に住み、服を買い飯を食っているのなら、それはもはや同罪だ。奴らとの取引に参加していようがいまいが、そもそもその繋がりを知っていようがいまいが関係の無いことだ。等しく同罪、死に値する」


「ふざけ――」


 顔を上げた瞬間、華の頬へ回し蹴りが炸裂した。

 重い音を立てて華が廊下を転がっていく。


「自分本位で物事にケチをつけるなよ。貴様が『ユグドラシル』に売った情報の先で、何人の命が失われたと思う? その者にも家族はいる。残された者は辛いだろう、苦しいだろう。『なぜあの人が』と皆がそう思っている。今のお前と何が違う? 世界で自分だけが不幸だ、とでも言わんばかりの顔でこちらを見るのはよせ。虫唾が走る」


 失血によるものか、華の身体が痙攣を始めている。

 顔は青ざめ、焦点は定まらずうわ言を呟くのみ。


「滅私奉公せよ、とは言わん。俺たちはそれぞれが足を引っ張り合っているからな」


 華が正常な精神状態であったなら、ここまで一方的に追い込むことはできなかっただろう。腐っても『五光』が一角。日本の最高戦力だ。だからこそ、龍朗たちは直接戦闘に臨む前からの準備を怠らなかった。


「しかし、それがこの国のパワーバランスを整えていた。一角が増長しないように。俺たちは俺たちが互いを監視することで成り立っていたのだ」


 屋敷内の人間は皆殺し。

 例外は無い。


「そのための権議会だった」


 それに気付かれぬよう、あらかじめ巡の訪問を華へと伝えてそれに集中させた。巡が防音の魔法を展開することで、華の魔力感知能力を鈍らせた。娘2人が優秀とは言え、それは学生としてだ。現役の『七属星』である黒堂、それも不意打ちで襲われたら勝てるはずもない。


「しかし、その一角がまさか犯罪組織の『ユグドラシル』と繋がっていようとはな」


 屋敷内を蹂躙し、娘2人の首を土産に龍朗が姿を見せれば、この上なく動揺するに決まっている。部屋の外へ出てみれば、そこは惨劇の後。血でむせ返る廊下に転がる死体の山。第一護衛の末路まで聞かされたら、もはや自分の味方はどこにもいないのだと気付くだろう。


「恨むなら愚かな決断を下した己を恨め、二階堂華」


 龍朗は狙い通りに崩れた華に近付いていく。


 華はもぞもぞと廊下で動くのみ。

 暗いせいで顔が涙で濡れているのか血で濡れているのかは分からない。


 龍朗は、華へと近付く足を止めた。

 華を警戒して、ではない。


「趣味が悪いですねぇ。こんな無様な姿になるまで生かしておくなんてぇ」


 甘ったるい声、ではない。


 胡散臭い、軽薄な声。

 感情の籠っていないその言葉に、龍朗は足を止めたのだ。


 龍朗とは逆側から廊下を歩いてきた細目の女性が姿を見せる。


 そして。

 彼女は、手にしていた日本刀をもがく華の頭部へと突き立てた。


 びくん、びくん、と。

 数度の大きな痙攣を繰り返した後。


 二階堂華は動かなくなった。


 その頭部に足を置いて。

 細目の女性は、ゆっくりと日本刀を頭部から引き抜く。


 ぬらり、と刀身に付着した血痕と脳漿が煌いた。


「……衣笠(きぬがさ)。貴様には、屋敷内の掃討が終わったら、討ち漏らしが逃走しないよう外の警戒を任せていたはずだぞ」


「嫌ですねぇ、龍朗さん。ワタシの探知魔法の精度はご存知でしょう? 外にいようが中にいようが、索敵範囲に影響がありませんって」


 肩口で切り揃えられた金髪を揺らしながら、衣笠はくつくつと笑う。これ以上言っても無駄だ、と言わんばかりに龍朗はため息を吐き、その頭を振った。


「では、撤収するとしようか。後始末は既に手配してある。これ以上、私たちがいても邪魔なだけだろう」


 龍朗から遅れてやってきた巡はそう口を開く。衣笠は汚れを落とすように日本刀を二度ほど振り下ろし、ゆっくりと鞘へと納めた。鍔鳴りに隠れてぼそりと呟く。


「一対一でやりたかったですねぇ」


 龍朗が眉を吊り上げた。


「後始末を任される者の身にもなれ」


 死体を跨ぎ、龍朗は歩き出す。白岡は小さく嘆息し、転がった華の遺体を避けるように廊下を歩いた。衣笠は最後にもう一度だけ華を見て、「一対一でやりたかったですねぇ」と呟く。しかし、その細目から覗く眼光には、既に華への興味は失われていることが見て取れた。


 その日。

 日本五大名家『五光』から二階堂の名は消えた。


 後日発表された原因では出火元不明の火事とされているが、詳細な資料は開示されず残されてもいない。救急も消防も、警察すらも立ち入ることは許されず、全てが神楽真徹の指示のもと、日本魔法協議会の人間で処理されたためだ。







「駄目に決まっているじゃない」


「え」


 翌日。


 教会に身を潜めている師匠へ会いに来たところで、その教会の主であるシスター・メリッサから文字通りの門前払いを受けてしまった。


 扉の前で仁王立ちしているシスター・メリッサは、一度視線を俺の同伴者へ向けたが、すぐに俺へと戻す。露骨なため息を1つ吐き、おざなりに手をしっし、と振った。


「どこまで話したかは知らないけど、口止めして帰ってもらいな」


「いやいやいや。待ってくださいよ、この人は――」


「聖夜」


 俺は、いかに戦力となるかを説明しようとしたのだが、それに待ったを掛けたのは議題となっている張本人、大和さんだった。大和さんは俺の肩に手を置いたまま、ずいっと一歩前に出る。


「よぉ、サーシャ。俺の話なのに俺を無視して進めるなんざ随分なご挨拶じゃねーか」


「……チミも学習しないね。その名で呼ぶなと何度言ったら分かるんだい?」


 じろり、とシスター・メリッサが大和さんを睨みつけた。


「俺も混ぜろよ」


「無理」


「なぜ?」


「だってチミ、人を殺したことないでしょ」


 ……。

 大和さんの視線が俺へと向いた。


 その様子を見ていたシスター・メリッサが頭を振る。


「まあ、そこで『殺せるさ』と粋がらないだけマシだけどね。けど、結局のところそれが全て。これは決して殺人を肯定する発言じゃないから誤解しないで欲しいんだけどさ。一線を越えた経験があるか無いかで戦闘員としての価値は変わるわけ。中途半端な人材を連れていっても悪戯に死人を増やすだけだよ」


 シスター・メリッサが俺を見た。

「それは君が一番よく分かっているはずだ」と言われているようだった。


「……で。一応聞くけど、どこまで話した?」


「詳細はまだ何も。どこまで話すかは師匠を交えてからと思っていましたので。ただ荒事に首を突っ込むから手を貸して欲しい、とだけ」


 それを聞いたシスター・メリッサが満足そうに頷く。

 そして。


「それは重畳。エニー!」


「やあ、おはよう。2人とも」


「――っ!?」


「てめ――」


 俺と大和さんの間に割り込むように縁先輩が顔を出した。

 仲の良い友のように、俺と大和さんの肩に腕を掛けて。


 なんだ、この人。

 気配を消していたのか、まったく気付かなかった。


 いや。

 それよりも――。


「ぐぶっ!?」


 シスター・メリッサの蹴りが大和さんの顔面に突き刺さっていた。


「残念だけど『装甲(アーマー)』は無力化させてもらったよ。俺の『神の契約解除術(キャンセル)』でね」


 口と鼻から血を流しながら大和さんがぶっ倒れる。

 ――その前に、更に縁先輩の手刀が大和さんの首を打っていた。


 驚くほどに容赦がない。

 俺はその光景をただただ眺めていることしかできなかった。


「……ここまでやりますか。いくら巻き込みたくないからって」


「嫌われることを恐れるくらいなら、俺と大和は最初から決別していないさ」


 にこり、と笑う縁先輩。

 しかし、爽やかな笑みを俺に向ける前にして欲しいことがある。


「それで、俺はいつまで喉元に得物を突き付けられていれば良いので?」


「ん? あぁ、そうだったね。鈴音、もういいよ」


「分かりましたわ」


 そう答えて、俺の喉元に刃を向けていた蔵屋敷先輩が空を一度切ってから納刀した。まさかこんな朝っぱらからひやりとさせられるとは思わなかった。こうして体感すると、やはり縁先輩の無系統魔法は凶悪だと痛感させられる。


 俺も大和さんも縁先輩から無系統魔法を掛けられた時点でアウトだった。俺もこっそり身体強化魔法を発現していたのだが、さらりと無力化されているからな。無詠唱・無属性で発現することで魔法を特定させないようにしたつもりだったが、逆にその意図を見破られてしまえば一択になってしまう。


 縁先輩には分が悪い駆け引きだったのかもしれない。


「蔵屋敷先輩、貴方は大和さんの参戦に賛同してくださっていたのでは?」


「わたくしは大和が防衛に回るのなら構わない、と言っただけですわ」


 ……。

 その言葉に何となく引っ掛かりを覚えた俺は、視線を縁先輩へと向ける。


「どういうことですか?」


「リナリーやメリーから改めて全部聞いたよ。戦端を2つには分けない」


 ……。

 徐々に、縁先輩の口にした内容が頭に入ってくる。


 ――っ!


「見捨てるつもりか!」


「おいおい、人聞きの悪いことを言うのはよしてくれ。まるで俺が悪者みたいじゃないか」


「救える命を救わない人間が何を――」


 手のひらを俺に向けて。

 俺の言葉を制止した縁先輩は、感情的になっていた俺とは違い冷静そのものだ。


「そもそもの前提が間違っているよ、中条君」


 ……前提、だと?


「俺たちの目的は、天地神明の討伐だ。そうだろう?」


 そのためなら救える命を救わないっていうのか。


 そう頭では思いつつも、俺は渋々首肯した。

 縁先輩の考えはまだ全部語られていないと分かっているからだ。


「リナリーとも話したが、奴は慎重を越えてもはや臆病とも呼べる性格をしている。自らが組織した『ユグドラシル』の構成員であっても、その姿を晒すことは無い。奴と直接顔を合わせることができているのは奴の側近と一部の幹部だけだ」


 ……。


「奴に勘付かれてはならないんだ。そのためのリスクは1つでもいいから失くしたい。考えてくれ。奴らがこれから見せしめとして破壊しようとしている都市の警護が、何の前触れもなく急に厳重となったら……。奴らも『脚本家(ブックメイカー)』の存在は知っているんだ。天地神明が繋げられないと思うかい?」


 俺の顔が露骨に歪んだのを見て、縁先輩は小さく頷いた。


「前提が間違っている、とはそういうことだ。救える命じゃない。尊い犠牲だと上から目線で切り捨てるつもりはない。しかし、天地神明討伐を目的とするなら……、救えない命になる」


 ……。

 救えない、命。


 握りしめる。

 拳を。


 強く。

 強く、強く。


 ――あの時のような地獄を。

 再び起こさないために強くなったはずなのに。


「中条君」


 それなのに。


「君は勘違いをしているよ」


 その地獄が再現されることを知っているのに、それを容認しろというのか。


「俺たちはね、正義の味方では無いんだよ」


 ――――っ。






『この戦いに絶対的な正義なんてありません』






 ああ。

 そうだった。


『貴方も、師匠も、そして……、おそらくは「ユグドラシル」も』


 俺は……。


『自分たちが貫きたい信念のために戦っています。違うのは――』


 とうに分かっていたはずだった。


「互いの価値観と、信念を貫くためにどれだけの犠牲が出るのか、ということだけ。俺たちと『ユグドラシル』で違うのは……。そこだけでしたね」


 項垂れながらも、俺は言う。


 自力でそこまでの結論に至るとは思っていなかったのか、縁先輩が僅かに息を呑むのを感じた。俺の肩に置かれていた手をどけて、縁先輩は穏やかな声で続きを口にする。


「そうだね。正義の味方なんて、見る人によって誰でもなれるものなのさ。『ユグドラシル』には『ユグドラシル』の正義がある。彼らが純粋な破滅を目論んでいるだけなら、こんな回りくどい真似をせずとも、無差別に都市を破壊して回ればいいだけなんだ。そうだろう?」


 頷く。




 ――――ぐぞ、やろう、が。


 


 脳裏を悪態が過ぎった。


 結局、動機も何も分からないまま敵対して殺すことになった男。あの時のあの表情は、ただ俺に殺されることに対しての恨みを向けているだけではなかったと思う。『脚本家(ブックメイカー)』の遡りの神法によって、あの男との一戦も無かったことになっている。


 次は、あの男の正義にも触れることができるのだろうか。


「……師匠に会いに行きます」


「俺も行こう。大和を結界の中に閉じ込めておかないといけないからね」


 縁先輩が身体強化魔法を発現し、大和さんを肩で担いだ。


「結界とは?」


「変に探られて魔法世界のことを突き止められても面倒だから、教会下の訓練場に幽閉しようと思ってさ」


 ……念入りっすね。


「ちゃんと食料の備蓄はあるよ。トイレだって完備。優良物件にあと一歩届かないのは窓が無いからだね」と笑う縁先輩は、流し目で俺を捉えた。


「結界はリナリーが解くか、リナリーが死ぬか。その二択でしか開けられない」


 縁先輩の顔から笑みが消える。


「俺たちは、これが最後の戦いだと覚悟を決めた。君はどうだい、中条君」


「俺は――」


 答える前に、別の介入があった。


「聖夜!」


 遠くから声。

 振り向けば、強化魔法で脚力を上げた舞が走り寄ってくるところだった。


「先に行っている」と小声で呟いた縁先輩が教会の中へと消える。

 蔵屋敷先輩もそれに続いたが、シスター・メリッサだけはこの場に残った。


「どうした、舞」


 最後の一歩を詰め、俺の目の前までやってきた舞。

 その表情を見て、内容を聞かされる前から碌な話ではないことは察した。


「二階堂家が……、無くなっちゃった。『ユグドラシル』との繋がりが判明して、粛清されたって」


 ……。

 ……、……。


「は?」

 次回の更新予定日は、7月10日です。

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― 新着の感想 ―
例え敵対組織であるユグドラシルと繋がってたからって現代で一族郎党皆殺しってどっちがやばい組織なんだ… 中世どころか古代並では
[一言] あまり気分の良いものではないけど、皆殺しは妥当だろうな。娘生きてても復讐心をユグドラシルに利用されて終わりだろうし。 ただ、二階堂が消滅したことによって天地や聖夜はどうするか
[気になる点] いくらユグドラシルと通じてたとはいえ、初手奇襲皆殺しはあんまりじゃないか? 日本五大名家とはいったい…ただのヤベー組織やん…
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