第3話 宣戦布告 ③
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錫杖を構える天上天下を中心として、藍色の波紋が広がる。対するは、黄色を帯びた稲妻を纏いしジャック・ブロウ。属性同調『雷化』と共鳴するかのように轟く落雷が、音を置き去りにしたジャックの足跡を辿り、次々に周囲を更地へと変えていく。
跳ねるように周囲を駆け巡るジャックの動きを、もはや天上天下は目で追えていない。だからこそ、迎撃という選択肢を取った。周囲の建造物を利用することで、さながらピンボールの如く縦横無尽に駆け巡るジャック。一番最初に度重なる衝撃で耐えられなくなったのはセイランの塔。根元から砕けて崩落を始める。
付近で待機していた魔法聖騎士団の面々が慌てて避難を始めた。それによって、天上天下を中心として広がりを見せていた波紋に乱れが生じる。天上天下の眉が僅かに動いた。
その一瞬の隙を、ジャックは見逃さない。
一番の踏み込みによって地面が爆ぜる。
一筋の光と化したジャックが、剣を構えたまま天上天下へと接近した。
波紋が、乱れる。
錫杖が動いた。澄んだ音が鼓膜を震わせるより早く、迫りくる敵を両断せんと振るわれる。刃は無い。錫杖にあるのは先端の輪っかとそこから繋がる計12の遊環のみ。にも拘らず、それは斬撃だった。
真っ二つ。
上半身と下半身が泣き別れ。
ズバン、と。
斬撃音は遅れて鳴り響く。
一瞬。
コンマ一秒にも満たない僅かな間。
驚愕に目を見開くジャックと、天上天下の目が合った。
「残念だったな、愚弟よ。ケモリとレオが待つ場所へ逝くが良い」
その言葉は、果たしてジャックに届いたのか。両断されたジャックの身体は、錫杖を振り抜いた姿勢の天上天下の両脇をすり抜け、その背後で派手な稲妻を解き放った。蜘蛛の巣のように広がりを見せるその光景に、今度は天上天下が目を見開く。
「……これは」
――分身だと?
天上天下の脳がそう理解するよりも早く、本体のジャックが天上天下の懐へと潜り込んだ。構えられた刀身には、紅蓮の炎が絡みついている。舌打ちと共に天上天下は待機させていた魔法を解き放った。
「『遅延術式解放』、『業火の壁』」
「赤ノ型・延蜿火架!」
50枚に及ぶ火属性RankBの障壁魔法『業火の壁』が天上天下とジャックの間に発現する。それらは重なり合うように密集して発現されたことで、分厚い炎の壁のようだった。しかし、そんなものは関係無いとばかりに振るわれるジャックの剣。渦を巻く紅蓮の炎がその勢いを増し、刀身がみるみるうちに伸びていく。『業火の壁』はまるでバターのように斬り裂かれたが、それによって天上天下が致命傷を負うことは無かった。
しかし、無傷ではない。
右肩から腹部までが派手に裂ける。血は出ない。斬撃によって生じた熱が裂け目を溶かしたからだ。天上天下クラスの魔力量で身体を守っていなければ、一瞬で炭素と化していただろう。魔法服を脱ぎ捨て、半裸となった天上天下が一度距離を取ろうと地面を蹴る。そうはさせまいとジャックが距離を詰める。
直後、周囲に異変が起きた。
圧倒的な魔力量。天上天下ですら思わず目の前の敵から周囲へと視線を走らせてしまうほどの変化。2人の周囲、その広範囲に、黄金色に輝く無数の武器が突如として出現した。それは剣、斧、槍、杖、弓に鞭、銃などなど。あらゆる種類の武器が地面へと突き刺さるようにして乱立している。剣だけでも短剣や長剣、そして短剣の中でも様々な種類が存在しており、それらが数えきれないほどに地面へと突き立っていた。
天上天下の魔法では無い。
ジャックの魔力から発現された魔法でもない。
「――まさか」
数えきれないほどに乱立した、眩い黄金色を放つ武器の数々。そこから香る先ほどまで肌で感じることができていた魔力。ついさっき、天上天下がその手で引導を渡してやったはずの相手が放っていた魔力。
天上天下が感知したのは、キング・クラウンの魔力だった。
「馬鹿な!」
吠える。
己の感覚を疑って。
ジャックから振るわれる剣を錫杖で防ぐ。後退する足は止めない。それに追い縋るジャック。両者間に火花が散る。剣捌きが早すぎるせいで、得物が交わった際に生じる衝撃音の1つひとつが重なるほどに早い。
天上天下は思わず舌打ちした。
ジャックはいつの間にやら両手で得物を持って戦っていた。右手には自らの愛用する魔法剣、左は黄金色に輝くソードブレイカーだ。ソードブレイカーとは短剣の1つで、その名の通り敵の武器を破壊することに特化した形状をしている。特徴的な峰の部分に敵の得物を『かませる』ことで、折ったり、叩き落としたりすることができる。また先端は鋭く尖っており、隙を見せた敵は刺突により攻撃することも可能だ。
手数を増したジャックの攻撃が、天上天下に攻める隙を与えない。ついにはソードブレイカーによって錫杖が絡めとられ、唯一の得物が天上天下の手から離れてしまう。突き出される魔法剣を紙一重で躱した天上天下が、己のもっとも近くに突き刺さっていたバスターソードへと手を伸ばした。
ガシャン、と。
天上天下が黄金色の柄を握りしめた瞬間、バスターソードが自壊した。
「な――、がっ!?」
「茶ノ型・百々土槌」
一閃。
天上天下の腹部から鮮血が噴き出す。
咄嗟にジャックを足蹴りしていなければ、魔法剣の刀身はそのまま天上天下を真っ二つにしていただろう。天上天下が無詠唱で発現した無属性の障壁10枚は、まるで叩き割られるようにして一瞬で粉砕されていた。更に追撃を加えようとしていたジャックだったが、錫杖から放たれる禍々しい魔力を感知し、一瞬でクィーンのもとまで後退した。
地へと転がった錫杖が自壊する。
「『天地開闢ノ刻印』……、全てを無に……、なに!?」
砕け散った礫が一箇所へと集中し、今まさに絶望が発芽しようとした瞬間だった。周囲に乱立していた武器の数々が、絶望の芽へと纏わりつき、天上天下の放とうとしていた一撃が不発に終わる。
「これはいったい、何の魔法だ!」
噴き出る鮮血に構うこともなく、天上天下が叫ぶ。それに応えることはなく、再びジャックが天上天下との距離を詰めた。自らの魔力によって、新たな錫杖を生み出した天上天下がそれを迎え撃つ。
『黄金の円卓領域』。
キング・クラウンが残した最後のオリジナル魔法。
一定領域に様々な武器を具現化させる魔法。しかし、その武器を扱えるのはキングの円卓にあらかじめ名を刻まれた者のみ。その者たちを援護するために武器は存在する。それ以外の者は触れることすら許されない。
そして再び始まる、常人では目で追うことすら許されない神速の近接戦闘。ジャックは己の魔法剣とキングが残した遺産を、天上天下は自分が生み出した錫杖をぶつけ合う。互いの一撃が致命傷となり得るもの。防御を誤れば瞬く間に四肢のどれかを斬り落とされ、手数を失い首を落とされるだろう。
「緑ノ型!」
「黒ノ型」
ジャックが魔法剣を上段に構える。対する天上天下は錫杖を逆手に持ち、くるりと一回転させた。その軌跡から噴き出すように、じっとりとした黒が滲む。
「漸斬封風!」
「真黒之闇」
風の力を得た刀身が振り下ろされる。天上天下を縦に裂かんと放たれた一撃。その一撃は、本来相手の呼吸を乱すための初見殺しとも言える技だった。しかし、その技の全てを熟知している天上天下には通用しない。少なくとも、来ると分かっているこの状況ではタイミングを外しようが無い。円状に浮かんだ闇の壁が衝撃音も生じさせずに無力化してしまった。
振り抜かれた魔法剣。
一瞬の隙。
「終わりだな、愚かな弟弟子よ」
天上天下の逆手で握られた錫杖が澄んだ音を鳴らす。
計6個の遊環が外れて宙を舞った。
「『毘沙門』」
「――終わったと思ったか」
遊環が弾けて礫に変わる直前。
相対するジャックの背後から視界を焼き尽くさんばかりの眩い光が放たれた。
天上天下は反射で目を瞑る。しかし、その暴力的なまでの発光から逃れるように左腕で目を保護し、そのまま視線を振り抜かれたジャックの魔法剣へと向けた。そこにある。振り抜かれたままの状態で、ジャックの魔法剣は沈黙している。しかし、その剣を握るのはジャックの右手のみだった。
「ふざけた真似を! さっさと貴様も愚か者どもの後を追うがいい! 『地』」
もう間に合わない。
これから黒ノ型を発現しようとしても、その頃には全てが終わっている。
「お前に師事したケモリも救われないな! 白ノ型」
自らの身体で死角を作り、ぎりぎりまで悟られないようにしていた左腕。ジャックの左手に握られた黄金の剣が眩い光を発したまま、光の速さで振るわれる。
「爛嵐煌光!」
風を斬る音。
天上天下が放つ技よりも早く、その凶刃は天上天下を2つに分かつはずだった。
しかし。
「いつまでやってるつもりなんですか。戦争は3日後って話でしょうに」
ジャックの背後から呆れたような声。
振るわれた腕は、肘から先が無くなっていた。
切断面からはバチバチと放電の音が鳴っている。
「な――」
状況をジャックの頭が理解する前に、天上天下の魔法が発現した。足元から突き出てきたのは、数えきれないほどの無数の凶刃。それらがジャックの身体を串刺しにする前に、クィーンの救済が間に合った。文字通り飛んできたクィーンがジャックの首根っこを掴み、紅蓮の炎の軌跡を残してその場から撤退する。
距離を空け、クィーンが着地する。乱雑な仕草で横に放られたジャックも、地面に転がるような真似はせずにその両足で着地した。左腕の切断面から噴き出した稲妻が複雑に絡み合い、地に落ちていた腕は直ぐにジャック本体へと戻りくっついた。
戦闘の間に空いた僅かな沈黙。
クィーンとジャックは、新たな乱入者に目を向ける。そこに立っていたのは中国系の民族衣装を身に纏った黒髪の青年だった。青年の右手は手刀の形で振り抜かれており、その一点に極限まで魔力が集中されていた。おそらくはその手刀でジャックの左腕を切り落としたのだろう。ただ、発現量はジャックの方が上だったので、属性同調の効力を上回ることができず、切断されたジャックの腕は直ぐに元通りにくっついたということだ。
そのことから、属性同調を身に纏っていても一手一手が受けると致命傷となる、これまでの2人ほどの実力は無いことが分かる。しかし、天上天下に意識を割かれていたとはいえジャックの背後を取るだけの実力があることは確か。つまり、油断はできない。
新手が来たことに思わず舌打ちしたくなるクィーンだったが、そんな心情など知ったことではないとばかりに右手に纏っていた魔力を解除し、青年はクィーンとジャックから視線を外した。
「……祇園精舎か」
天上天下は短く息を吐き、宙に向けて左手を広げる。禍々しい魔力が凝縮して棒状に伸びると同時に、錫杖として発現された。祇園精舎と呼ばれた青年は、後ろで編んで垂らした流れるような黒髪を払いながらその錫杖へと目を向ける。錫杖から鳴る澄んだ音は、いつもにくらべると非常に小さい。なぜなら、その音の発生源となる遊環の数が3つしかないからだ。
それを見て目を細めた祇園精舎は、自らの頭をがりがりと掻いた。
「戻りましょうか。もう目的は達したのでしょう?」
「ここから逃げられると思うておるのか」
祇園精舎と天上天下の話に割って入るようにして、クィーンが口を挟む。真っ赤なドレスは自らの血によって汚れ、肩で息をする満身創痍なその姿に、祇園精舎は思わず苦笑してしまう。
「いやいや、命あっての物種だろーに。ここで身を引くことに感謝して欲しいくらいなんだが? 戦いたけりゃ3日後にちゃんと相手してやるって。それまで精々準備しておけって話だ。まあ、その相手は俺じゃねーだろうけど」
「なぜ、己を除外している? 場合によってはお前が相手をする可能性もあるのだぞ」
「ははは。無理です無理です。天下の『トランプ』様を相手に、俺が敵うわけねーですから」
天上天下からの指摘に、祇園精舎はケラケラと笑いながらそう返した。その情けない発言を凍てついた視線で聞いていた天上天下は、重苦しいため息を吐いてから手にしていた錫杖を2回、3回と振り回した。
攻撃を受けた白い灼熱の球体がぐにゃりと形を歪める。「げっ」と声を上げる祇園精舎を無視して、天上天下は無属性の障壁を合計30枚、結界の周囲へと展開した。程なくして灼熱の球体から腕が生える。焼け爛れたそれが、空いた風穴を押し広げていく。ずるり、と球体から唯我独尊が姿を見せた。
酷いやけどを負っているものの、五体満足で這い出してきた唯我独尊を見て、クィーンが顔を顰める。天上天下は這いつくばる様にして呼吸する唯我独尊へと冷めた口調で問いかける。
「なぜ魔力暴走を解いた。未熟者が」
「黙れ……。俺の魔法とこの技術は合わないんだよ」
吐き捨てるようにそう答えた唯我独尊が立ち上がる。その頃には、既に焼け爛れた皮膚は元通りに完治していた。ただ一箇所、顔の火傷跡だけはそのままにして。
「……なんという、再生力じゃ。いや、……回帰、か?」
クィーンの呟きにも似たその言葉に、唯我独尊は歪んだ笑みを浮かべる。
「クィーン・ガルルガ。貴様は必ず俺が殺す。待っていろ……。必ず、俺が」
「行きますよ」
今にもクィーンへと飛びかかりそうな唯我独尊にそう声を掛け、祇園精舎は自らの胸元を人差し指で2回叩いた。鈴の音が鳴る。祇園精舎たちの背後で魔力の歪みが生じた。赤い朝日を反射する輪っかが発現されたかと思えば、それは回転しながらその大きさを徐々に広げていく。
その数、3つ。
舌打ちと共にジャックが地を蹴る。
クィーンもほぼ同時に跳躍した。
「逃がして――」
「――たまるものか!!」
ジャックの魔法剣に青白い稲妻が纏わりつく。クィーンの振り上げた両腕からは紅蓮の炎が噴き上がった。輪っかの大きさが人が1人通れるほどの大きさとなる。祇園精舎は慌てた様子でその中へと駆け込んだ。残る天上天下と唯我独尊も、その輪っかへと足を掛ける。
そして。
「最後まで幻影に惑わされるのだな、お前たちは。『遅延術式解放』、『浄化の乱障壁』」
ガシャン、と。
ガラスが割れるような音が鳴る。
ジャックの放つ『豪轟雷業』が障壁群を横一閃に斬り裂いた。炎を纏ったクィーンの踵落としが、障壁群を上から下へと叩き潰した。
鈴の音が鳴る。その音の発生源へと視線を向けた時には、輪っかが回転しながら縮小して今にも消えるところだった。
「これは、幻想魔法だと!?」
ジャックが吠える。
しかし、もう返答はない。
破壊されず残っていた障壁群が自壊を始めた。発現者がいなくなり、魔法が維持できなくなったからだ。それとほぼ同時にキング・クラウンが残した『黄金の円卓領域』もその効力を失って自壊していく。光の粒子となったそれらはふわふわと天へ昇っていき消えてしまった。
戦いの中心地に立つのは、取り残されたクィーンとジャック。肩で息をしていた2人は属性同調を解き、無言のまま互いに視線を合わせた。撃退には成功した。しかしそれは決して喜べる戦果では無かった。『トランプ』を4名投入した迎撃戦にも拘わらず、最悪に近い結果になったと言っていい。
第1級貴族の中でも、特に権力を持っていた『七属性の守護者』直系の当主たちの死亡。キング・クラウンとウィリアム・スペードの殉職。対して、敵の討伐数はゼロ。引っ掻き回された上に逃げられてしまった。
ぐらり、とクィーンの身体が傾き、そのまま倒れた。
ジャックは支えることができなかった。魔法剣を地面に突き立て、立っているのが精一杯だったからだ。待機していた魔法聖騎士団の面々が、恐る恐る動き出す。1人が倒れたクィーンに近寄り、治癒魔法を唱え始めると、周囲の動きも徐々に慌ただしくなってきた。
ジャックは視線を上げた。
オウキとセイランの塔が倒壊している。美しかったはずの庭園は見る影も無く、エルトクリア城も無傷では無い。自分たちが仕え、命を張って守るべき存在であるアイリス・ペコーリア・ラ=ルイナ・エルトクリアの象徴でもあるこの場所は、見るも無残なまでに荒らされてしまった。
歯を喰いしばる。
己の無力さに腹が立って。
長年追い続けてきた兄弟子の首すら取れず、己の職務も全うできず、ただいたずらに同僚を失った。魔法世界最高戦力という肩書きを与えられていることに恥ずかしさすら覚えた。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
そろそろ、歓迎都市フェルリアへ偵察に出ていたクランベリー・ハートたちが戻ってくる頃合いだろう。王城での異変は魔法聖騎士団の手によってすぐに伝えられたに違いない。偵察と守護。どちらの優先順位が高いかなど、言うまでも無いことだ。
憂いている暇など無い。
情報を共有しなければならない。
来たるべき決戦に向けて。
女王アイリスの首は渡さない。
リナリー・エヴァンスの首も渡さない。
そもそも『ユグドラシル』の言いなりになど、なってはならない。
それならば戦うしかない。
3日後に戦争が始まるのはもはや確定事項だ。
手の甲で汗と血を拭う。
治癒魔法を掛けようとする魔法聖騎士団を手で制して、ジャックは歩き出した。意識があって動けるのならば、確認しなければならない。女王アイリスが無事なのかを。自分たちは王族守護。敵を撃退することが任務の全てでは無い。
少しだけ足を止めて振り返った。
視線の先。
真っ赤な朝日に照らされているのは、崩れてしまったオウキの塔。
それが戦友の墓標に思えてしまって。
ジャックは小さく黙祷を捧げてから踵を返した。
★
「我々は積極的な介入をしない」
その言葉を聞いた時、アメリカ合衆国魔法戦闘部隊『断罪者』総隊長スカーレット・ウォーカーは、この国の正義はとうの昔に死んでいたのだと理解した。
「私とて、あの悲劇には胸を痛めている。力になってやりたいとも思っている」
紺のスーツを身に纏った金髪の男は、ウォーカーに背を向けたまま口にする。
「しかし、普段は独立を謳っておきながら困った時だけ助けが来ることを期待する、というスタンスは、少々都合が良すぎるとは思わないかね?」
金髪の男は、窓の外へと向けていた視線をウォーカーへと向けた。真っ赤なネクタイが白いワイシャツに映える。ウォーカーは相槌を打つこともなく沈黙を保っていたが、金髪の男はその微笑みを消すことは無かった。
「抱え込んでいる魔法聖騎士団でも、女王直属近衛兵でも、はたまた王族護衛集団『トランプ』でも構わない。好きに使って撃退してくれたらいい。その時は、エルトクリアとやらの末裔に賞賛の手紙でも送ろう」
金髪の男は肩を竦めながら椅子を引く。手を後ろで組んで直立不動のまま話を聞くだけの人形と化しているウォーカーから視線を外し、金髪の男は優雅な仕草で腰掛けた。机の上に両肘を置き、顎を組んだ手の甲へと乗せてから言う。
「お前たちを派遣するのは、魔法世界エルトクリアが壊滅するか、エルトクリアの末裔が慈悲を求めて来た時だけだ。勝手な行動は許さん。お前たちの忠誠はどこにある?」
金髪の男の視線が、一瞬だけ星条旗のもとへと向かった。
ウォーカーは何も答えない。
しかし、金髪の男も回答を求めていたわけでは無かった。
組んでいた手を解き、退出を促すように手のひらを扉へと向ける。
「話は以上だ。連絡は直ぐ取れるようにしてくれたまえ」
ウォーカーは注意深く見れば分かる程度に頭を下げ、大統領の執務室を後にした。
ウォーカーは『断罪者』のトレードマークともなっている赤のラインが刻み込まれた黒基調のローブを身に纏っている。基本的にスーツ姿の関係者が多いここでは異質な存在だ。数々の視線を一身に受けながらも、ウォーカーの表情には何の変化も生じない。小さな歩幅ながらも前へ前へと進んでいく。
ホワイトハウスから出たウォーカーは、そのまま道なりに進んで用意させていた車へと乗り込んだ。黒塗りの車がゆっくりと動き出す。運転手役となっていた三番隊隊長アリサ・フェミルナーは、バックミラー越しに後部座席に乗り込んだ少女の様子を窺うも反応は無い。何度かわざとらしく視線を向けてみても反応が無いことから、遠回しに情報を催促しても無意味であることを知った。
漏れそうになるため息を懸命に堪えつつ、アリサはゆっくりとハンドルを右に切った。じきにカチャカチャと音がすると思い、アリサがバックミラー越しに視線を向けてみれば、ウォーカーはどこから取り出したのか知恵の輪を弄り始めていた。
「ボス」と。
我慢できなくなり、アリサがそう声を掛けようとした時だった。
「……日本とアメリカの時差。一般的な交通手段を用いた場合の移動時間。魔法世界への入国にかかる手続きを含めた諸々の時間。"旋律"リナリー・エヴァンスの所在。『ユグドラシル』の首魁、アマチカミアキがこのタイミングを見計らっていたのだとすれば……。奴らが3日という期限を守る保証は無い。結論……、中条聖夜は間に合わないと考えるべき」
ガチャリ、という音を鳴らして、ウォーカーの小さな手の中で、知恵の輪が2つに分かれる。
「……ボス?」
「3番隊隊長"雷帝"アリサ・フェミルナー」
恐る恐る自らの上司の名を呼んだアリサだったが、それを上書きするかのようにウォーカーは淡々とアリサの名とその役職を呼んだ。
「お前はどうしたい?」
「はっ……。は?」
要領を得ないその問いかけに、アリサは思わず頭上へハテナマークを浮かべてしまった。
次回の更新予定日は、12月10日(木)です。
もうそろそろ今年も終わっちまうぜ。
早すぎてびっくりだよ。