第2話 私立・青藍魔法学園
「ああ。見ない顔だと思ったら、君が噂の転校生か。いいよー通って」
予想外な気さくさで、私立・青藍魔法学園の守衛はそう言った。泰造氏による周到な根回しとあらかじめ渡されていた学生証を見せることで、関門は難なく突破されたようだ。
……噂?
それだけが気がかりだった。
それにしても。
渡されていた校内マップと外見から、入る前から分かっていたことなのだが。
「でけぇ……」
校門から校舎まで、こんなに距離を空ける必要あるのか……。中央には噴水もあるみたいだし。
両脇に桜の木が植えてある並木道を通り、無駄にでかい噴水を迂回して、ようやく校舎まで辿り着く。
「泰造氏がある程度は安心って言ってたのはこういうことか」
魔力を灯し、目を凝らしてみると分かる。幾重にも折り重なった魔法回路。校舎の壁に隙間なく這い回っている。窓も対魔法用の魔法強化ガラスのようだ。
「戦争でもする気かってくらいのセキュリティだな」
そこらの避難施設なんかより、よっぽど役に立つだろう。
「……ん?」
誰かに見られている気がして、そちらへと目を向ける。
「気のせい、か?」
見上げた窓の奥に、人影は見えない。
「ま、いいか。とりあえず寮に行こう」
別に見られて困る者でもない。もう俺は明日にはここの校舎で授業を受ける、立派な転校生なのだ。足を寮の方角へと向ける。
私立・青藍魔法学園は、校舎を中心として十字に道が分かれている。下に正門、上に教会、右に学生寮、左に部室棟だ。グラウンドや体育館等のスポーツ施設も左。至ってシンプル。分かりやすい。
問題を挙げるとすれば、離れていること。事実、今向かっている学生寮も曲がりくねった並木道を歩いた先にあるらしい。
「学園内にある寮って言うから、多少寝坊しても平気かと思っていたが……。無理だな」
まぁ、跳べば直ぐなんだけどさ。まさか学園生活で転移魔法を乱用するわけにもいくまい。
☆
「ここか」
立派なものだ。
一番最初にここを見ていたら、学生寮にこんな立派な建物なんてどんな学園だと思っていたのだろう。
が。
最初に校舎と敷地を見ていたおかげで、そんな考えには至らずに済んだ。……既にこの学園の基準に毒されてきてるのだろうか。
「おっと、ここも学生証か」
寮の門前。扉のすぐ横の壁には、縦に溝が入った機械が埋め込まれている。どうやらここの扉は、押すでもなく引くでもなく。カードを通さねば開かない仕組みになっているらしい。
……本当にこの学園に護衛はいるのだろうか。
そんな疑問に支配されつつ扉を潜って中へ。
「学生寮にエントランスがあるってのもおかしな話だが」
中は吹き抜けのエントランス。正面奥には談話室……って表現は部屋じゃないから間違いかな。ともかくフリーエリアなのか、ソファーやテーブル、テレビ等がいくつも並んでおり、現に何人かの生徒がそこでたむろしている。
内、1人がこちらの方へと振り返った。一瞬驚きの色を浮かべる。……なんだ。まさかまた俺が知らないだけで、顔見知りとかじゃないだろうな。二言三言仲間内で話したと思ったら、そこにいた3人全員がこちらへ向かって歩いてきた。
「よう、初めまして。かな」
「……そのはずだが」
まずは初めましての言葉で力が抜ける。どうやら古い知り合いとかではないらしい。
「俺は2年A組の本城将人だ。将人でいいぜ」
「同じく、楠木とおるです。とおる、と」
「同じ、杉村修平だ。修平で頼むわ」
「俺は中条聖夜。こちらも聖夜で。明日からここに通うことになってる。よろしく」
「やっぱお前が転校生か!!」
将人が嬉しそうな顔でそう叫ぶ。
「やっりぃ、一番乗り!!」
「別に、一番とか関係なくない?」
1人でエキサイトしている将人に呆れた口調でとおるがぼやく。それを宥めるように、修平が割り込んだ。
「まあ、何にせよ。一番最初に会ったのは俺たちということだろう? 何せ学生寮の入り口なんだからな。それとも聖夜。ここに来るまでで誰かと会ったか?」
「いや? 会ったとすれば、守衛のおっちゃんくらいだが」
「ほら見ろ!! 一番だ!!」
「一番自体を否定してるわけじゃ……まあ、いいや」
将人の断言に、とおるが悟ったかのような口調でそう告げる。
「で、お前の部屋番号は?」
「ん? えーと、405」
「それなら俺の隣だな」
修平が名乗りを上げる。
「そうなのか?」
「ああ、案内してやるよ」
「助かる」
修平に頭を下げた。
「お前らは先に食堂行っててくれ。直ぐに行くよ。聖夜もそうするだろ?」
将人ととおるにそう言いながら、修平がこちらを見た。
「……もうそんな時間なのか」
ガラス張りの壁の外を見れば、もう日が陰り始めているところだった。周囲も赤く染まりだしてる。
……まったく気付かなかったな。
「じゃ、とっとと行くか」
「ああ。よろしく」
修平の先導に従って歩き出す。
「早く来いよ~」
食堂と俺の部屋は、正反対の位置にあるらしい。とおると将人とは一旦その場で別れ、俺と修平は部屋へ向かう。階段を上って、上へ。405は4階だ。部屋には思いの外早く着いた。
「お前、力と体力あるんだな」
「ん?」
「スーツケースを持っているのに、普通の奴が階段上るのと同じスピードだ。息も切れてないようだし」
「まぁな。体力には自信ありだ」
あの師匠の下で働いていれば、嫌でも体力はつく。通路を歩き、405と書かれたプレートの前で立ち止まる。
「それじゃあ、俺はここで待ってるから。中、確認したらメシ行こう。荷物整理は後でも構わないだろう?」
「さんきゅー。ちょっと見てくる」
壁に寄りかかって待機の姿勢を見せた修平に礼を言い、学生証を通して扉を開けた。
「おぉー。綺麗綺麗」
それに広い。小型だがテレビもあれば冷蔵庫もある。風呂は大浴場があるみたいだし、生活面に関しては特に問題ないようだ。
ふと、机の上に置いてあるモノに目がいった。
「これは?」
そこには綺麗に畳まれた学生服、教科書類が置いてある。
そして。
「茶封筒?」
封筒が置いてあった。差出人は。
『リナリー・エヴァンス』
何を隠そう俺の師匠の名である。
それにしても、何やら固いモノが入ってるな。茶封筒を逆さにしてみる。中身は、何の抵抗も無く俺の掌へと落っこちた。
「……500円玉?」
それ以外には何も入っていない。念のため封筒の中を覗き込んでみたが、結果は変わらなかった。……何の真似だ? このワンコインでどうしろと?
「……まあ、いいか」
考えたって答えは出ない。あの師匠の行動全てが謎なのは、今に始まったことじゃない。
もらえるというのなら、もらっておくだけだ。
☆
扉を開けると、待っていたのは修平1人ではなかった。
「あれ? お前ら何でここにいるんだ?」
「まぁ、俺も食堂で食おうと思ってたんだけどよ……」
将人の言葉を、とおるが引き継いだ。
「少なくとも明日のお披露目が終わるまでは、君は人前に極力出ない方がいいよ。何せ噂の転校生だ。食堂に行こうものならパニックになりかねないからね」
そう言ったとおるの手にはテイクアウトされた夕飯が乗っていた。
「んじゃ、邪魔するぜ~」
「ん? ああ」
将人が遠慮の無い足取りで中へと入っていく。それにとおるが続いた。
「入って平気か?」
最後に修平が苦笑いで話しかけてきた。
「もちろん」
「そっか。では遠慮なく」
俺の答えを聞いて修平も扉を潜る。……プライベートとの線引きが上手いというか、修平って案外気が利く奴だな。将人は何も考えて無さそうだが。
で。さっきから、噂ってなんなんですかね?
☆
「噂は立つさ」
俺の疑問に至極当然と言った風情で。
とおるは開口一番そう断言した。
「私立・青藍魔法学園始まって以来、そう無い事例のはずだよ」
「そうなのか?」
「あったりまえだろ?」
もぐもぐ飯にありついていた将人が、米粒をまき散らしながらそう言う。
「ここは魔法高校の中でも有数な名門校だぜ? 倍率もヤバけりゃ難度もヤバい。転校の為の転入試験なんざ、普通誰も受からねーよ」
「入試よりも転入試験の方が難度上がるからな。ある意味当然と言えば当然だが」
エキサイトする将人の発言に、修平がフォローを入れる。ちらりと俺に目を向けた。
……何だ?
「つまり、お前は超エリート校の転入試験をパスした、超々エリートだと思われてんのさ」
「なにその単語!?」
そんなエリートの上位種の名称なんざ初めて聞いたわ。
「それに、お前顔も悪くないしさ。完璧超人って奴? すげーなぁ。ちょっと目つき悪いけど」
よく言われるよ。その目さえなけりゃってな。って、そんなことはどうでもいい。
「エリート? 俺が?」
「それは新手の嫌味か何かかい?」
とおるが苦笑しながら俺の言葉を払う所作をする。
「転入試験をパスした君にこの単語が与えられないのなら、この学園にエリートは存在しなくなるね」
「いるだろ。少なくとも、うちのクラスに二大お嬢様がさ」
「おっと失礼。失言だったね」
「ん? ちょっと待ってくれ」
勝手に話を進めている修平ととおるを止める。
「俺、転入試験なんて受けてないんだけど?」
「は?」
修平が呆けた声をあげる。
「ど、どういうこと?」
次いでとおる。
「お前、侵入者か!!」
「アホか」
最後の将人の勘違い発言は俺ではなく修平が制してくれた。
「少なくとも聖夜は自分の学生証を持ってるし、学園にも転校生の話は来てるんだ。悪い方のケースではないと見るべきだろう?」
「それには同意。だからこそ分からない。じゃあ聖夜。君はどうやってこの学園に転校してきたんだい? 転入試験をスルーして転校だなんて。それこそ前例がないんだけど」
とおるが怪訝そうな視線を送ってくる。それは修平も将人も同じか。さて、どう言い訳するかだが。まあ、真実を織り交ぜつつ、後は適当でいいか。
「実は俺、満足に魔法が使えないんだよ」
「は?」
「へ?」
「ほう?」
順にとおる・将人・修平。
「正確に言えば、呪文詠唱ができない。俺がここに内定された理由は、ただ1つ。俺の魔力容量だ」
とんとん、と親指で自分の胸を叩く。嘘は言ってない。魔力だけは一人前どころか百人前以上のモノを持ってる。師匠のお墨付きだ。
「魔力だけで、転入って……。お前どれだけ魔力持ってるんだよ」
「……それももっともな疑問だけど」
将人の呆然とした呟きに、とおるが疑問を上書きする。
「呪文詠唱ができないって、どういうことだい? 口が不自由しているならまだしも、君は普通に喋っているようだけど」
「ああ。それは……」
あれ、名前が出てこない。師匠からその病名を聞いたのも出会ってすぐだから、もう何年も前だし、俺自身あまり気にしてなかったから……。
魔力源、魔力回路だけじゃない。心が、体が。呪文詠唱を受け付けない。呪文の音に敏感に反応し、体内部のバランスが崩れる。そんな不安定な状況下では、魔法なんて当然発動しない。そんな病気だ。
まあ、こいつら皆知らないってことは、一介の学生じゃ分からないレベルの馴染みが無い病気ってことだな。
「あまり、そういった質問をしてやるな。とおる」
「あ、そうだね。ごめん聖夜。ちょっと無遠慮な質問だった」
「ん、いや。気にすんな」
俺の言葉が続かないのを躊躇いだと感じたのか。修平が待ったをかける。その意図に気づいたのか、とおるも直ぐに謝罪してきた。
実際気にしてない。詠唱なんてできなくても、やりようはいくらでもある。
「で? お前はその現象を克服する為に学園に魔力を買われて転校してきた、ということでいいのか?」
「ああ、そんなとこだ」
先天的なもので、治る見込みもないものだけどな。けど、理由づけをしてくれたのはありがたい。それに便乗することにしよう。あとで泰造さんに連絡しておかねば。
「そっか。なかなかの苦労人なんだなぁ」
将人がしみじみとそう呟いていた。
「ま、俺たちに何ができるわけでもないが。協力はしよう」
「そうだね」
「任せとけ!!」
修平の言葉に、とおると将人も賛同する。
「助かる」
俺は素直に頭を下げておいた。
☆
「さて、時間も時間だし。そろそろお暇させてもらうとするか」
「あ、ほんとだ。もうそんな時間だね」
「今日は時間経つのはえーなぁ」
適当に4人で喋っているうちに、日はとっぷりと沈み、時計の短針は9の数字を指していた。
「俺たちはこれから大浴場行くけど、聖夜はどうする?」
「いや、とおるの忠告もある。遠慮しておくよ。狭いけど、この部屋にもシャワーはあるしな」
将人の申し出はありがたかったが、ここは辞退しておくべきだろう。風呂場で男どもに群がられたくはない。
「賢明な判断だな」
「うん。その方がいいよ」
修平ととおるが俺の出した結論に同意する。
「そっか。んじゃ、また明日な」
「明日の登校は付き合おう。最初に職員室に行くんだろ? 案内する」
「朝8時30分に、ロビーでいいね?」
「ああ、ありがたいな。よろしく頼む」
「何水くせぇこと言ってんだよ。じゃーなー」
わりと友達運は良い方かもしれない。3人が出て行った扉を見つめつつ、そんなことを思った。
「……さて」
スーツケースから、荷物出しておかないとな。がさごそと荷物を漁る。
「ん?」
中から見覚えのない携帯電話が出てきた。
「誰のだ? 師匠が使ってたものとはまた別だが……」
このスーツケースは向こうで閉じたっきりで開いてない。
首を捻りながら開いてみる。すると、メイン画面ではなく、メールの操作中の画面で止まっていた。
読んでみる。そこには、こう書かれていた。
『この文章を見ているということは、無事青藍高校に潜入できたようね。と、言うより折角お膳立てしてあげたにも拘わらず青藍高校の敷地外でこの文面を見ているようなら、即座に読むのを止めて詫びなさい。姫百合の旦那さんに頭を下げるなんて嫌だからね。何が悲しくて友人の旦那に頭下げなきゃいけないのかしら。
さて、ここで語るまでもないことだけれど、貴方には重大な使命が下されたはずよ。それを見事完遂なさい。一匹たりとも逃がしちゃダメよ。必要とあればヤってよし。
そんなわけで、その任務が終わるまで貴方に逃げ場は無いから。泰造さんによろしく伝えといて。
追伸。
知ってると思うけど、私携帯代えたから。貴方、多分自分の壊しちゃったんじゃない? これは餞別よ。私の番号は登録してないから。私がかけるときは非通知でするわ。一方通行ってことでよろしく。
貴方の愛しの師匠より』
……。
「――ふぅ」
自分を褒めてやりたい。
あやうくこの携帯も握りつぶすところだった。
師匠からの連絡なんて碌なものではないし、本当なら壊しても一向に構わない。ただ、壊してしまうと今後師匠と連絡を取る手段が無くなってしまう。それで雲隠れでもされたら一生殴れないだろう。それは避けなければならない。俺の理性ナイス。
「……それにしても」
文面を読み返す。
『貴方には重大な使命が下されたはずだわ。それを見事完遂なさい。一匹たりとも逃がしちゃダメよ』
「趣旨変わってんじゃねーか」
護衛だろ? 俺の仕事。必要とあればヤってよし、って。「ヤ」がカタカナなのが怖い。殲滅しろと?
「はぁ~」
携帯を放り投げ、ベッドへとダイブする。想像を遥かに上回る面倒臭さだ。あの師匠が自発的に俺を手放し、受けた依頼だ。何かあるとは思っていたが。
「……」
一匹たりともという文面から察するに、単独犯ではない。グループであることに当たりは付く。それも、殺しの許可まがいも出してきている。間違いなく、相手はただの誘拐犯グループではない。
「め、面倒臭ぇー」
そう呟きつつ、心の中では徐々にわくわくとした気持ちも生まれてきていた。その感情も否定する気はない。誘拐犯グループとヤり合うのに気持ちが高ぶっているわけではなく。
「久しぶりの、学校だからな」
アメリカでは基本的に師匠から命令されるがまま仕事をこなし、魔法使いのライセンスなんて一発試験だった。「あ、そう言えば。明日試験の予約入れてたんだ」と言われたのが、試験当日の午前0時。気が付いたら試験を受けてました、そんなレベルだ。
「滅茶苦茶だろう……」
今のご時世。別に高校の卒業資格を得られずとも、ライセンスさえあれば魔法使いの仕事はこなせる。学力重視の会社もあるが、今は学力よりも実力だ(無論、文武両道が好ましいのは変わっていない)。実際のところ、学校なんて通わなくてもいいわけだが……。
「まぁ、せっかくだし。楽しませてもらうとしよう」