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テレポーター  作者: SoLa
第12章 ユグドラシル編〈上〉
399/432

第2話 宣戦布告 ②

 誤字報告ありがとうございます。

『雷化』は『デルティオウス』が正当でした。


 あれ? 読者の皆様の方がソラ語を使いこなしていないか?




 一筋の稲妻が、蜘蛛の巣の如く、四方八方へと散らばっていく。


 それらは美しいエルトクリア城の庭園を次々に破壊していった。整えられた草木はなぎ倒され、花は燃え、地面が抉れる。着弾した場所は、例外なくその美しい姿を失った。


 当然だ。

 ジャック・ブロウが発現した魔法は、身体強化魔法の頂点に位置するもの。


 雷属性RankSの属性同調『雷化(デルティオウス)』。

 自らの肉体を属性と完全に同化させる魔法。


 吹き飛ばした獲物の喉元を引き千切らんばかりの握力で握りしめ、地面へと叩きつける。衝撃によって周囲一帯が爆ぜて白亜の礫が巻き上がった。佩いた剣を抜こうと、ジャックはもう片方の腕を柄へと伸ばして。


「――何っ!?」


 叩き付けて身動きを封じていた獲物の姿が掻き消えた。


 雷の力によって塵となったわけではない。

 あたかも幻だったかのように。


 ゆらりと消えた。


「容赦が無いな」


 ジャックが顔を上げる。


「今日は挨拶に来ただけだ。お前達と矛を交えるつもりは無かったのだが?」


 朝日が昇る。

 漆黒の空に赤が差す。


 白亜の王城の一角に降り立った男は、ジャックを見下ろしながら言う。その口調に飾り気は無く、本心から出ているであろうことが窺えるからこそ、それが余計にジャックの神経を逆撫でした。


「人の命を奪っておきながら、挨拶に来ただけ……、だと? 戯言を抜かすなよ」


 怒りを押し殺すような。

 その震えを含んだ声に、男は笑い声を上げた。


「あれは必要な犠牲だろう? 奴らに支払われる予定だった金を使えば、どれだけの命が救われると思っているんだ」


「ふざけるな! 大量の命を無慈悲に刈り取った貴様らの言えることでは無いぞ!」


 その怒声を真正面から受けた男は、赤い光を背に受けながら深く被っていたフードを下ろした。肩まで伸ばした青い髪をした男だった。しかし、何より目を惹いてしまうのは、顔の左半分が火傷を負った後のように、酷くただれていることだろう。視力も失っているのか、左目は白く濁った色をしていた。


 その痛々しい傷跡を見て、ジャックの顔が僅かに歪んだ。


「これは……、貴様が今、庇おうとしている貴族たちからつけられた傷だ」


 男は自らの顔、左半分を指で撫でながら言う。


「……社会的弱者は生きることすら赦されないと言うのか?」


 底知れぬほどの怒りを滲ませた声色だった。そしてその発言の内容に、ジャックは思わず言葉に詰まる。そして、そのままその質問にジャックが答えることはなかった。いや、答えるタイミングを失ったと言うべきか。


 視界が紅蓮に染まる。


 轟音と熱気を撒き散らしながら、業火の塊が男の頭上から降り注いだ。

 男が視線を上に向けた時には、既に着弾していた。


 崩落。


 男が足場にしていた廊下の屋根を突き破り、業火の柱が噴き上がる。内部まで侵食した火の海が、廊下に設置されていた窓を吹き飛ばし、廊下の四方八方から吹き荒れた。駆け付けて来た魔法聖騎士団の何名かが、来るなり熱風によって吹き飛ばされている。


「耳を貸すな、ジャック!」


 クィーン・ガルルガ。

 深紅のドレスを身に纏った妙齢の女性は、その身に獄炎を纏っていた。


 火属性の属性同調『炎化(ファイニアス)』。


 ジャックが発現している『雷化(デルティオウス)』と同く、RankSに位置する超高難度の魔法だ。先ほどまで男が立っていた屋根へと舞い降りたクィーンが、その美しい金髪を振り乱しながら叫ぶ。


「悲劇など、どこにでも転がっているものじゃ! しかし、それを理由に人を虐殺して良いわけがなかろう!」


「綺麗事だな」


 ジャックとクィーンの視線が、その声の発信源へと向く。


 男は庭園の中にいた。ジャックやクィーンの魔法の余波によって見るに堪えない状態となってしまった庭園の中に。色とりどりの美しい花が咲いていたはずの庭園はもう無い。踏み荒らされ、抉れ、燃えている。そこに立つ漆黒のローブ姿の男は無傷だった。ローブが汚れた様子も無い。


 ジャックとクィーン。それぞれの奇襲を受けていたはずなのに、何ら被害を受けた様子は見られなかった。その結果が、ジャックとクィーンの警戒心をより高めていく。


 男は頭を振ってため息を吐いた。

 そして。


「そちらがその気ならば仕方が無い」


 男が、ローブの襟元に装着していたマイクへと口を近付けて言う。


 その名を。

 呼ぶ。


天上天下(テンジョウテンゲ)


 ジャックとクィーン。

 2人の反応を気にする素振りも見せず、男は続ける。


「あちらはやる気のようだ。ならば、2、3人。首を落として行くことにしよう」


「やってみるがいい! やれるものならな!!」


 クィーンが吠える。


 同時に、これまで気配を消していたウィリアム・スペードが地面を蹴る。一瞬で男へと肉薄したスペードの手のひらが、男の後頭部を鷲掴みにした。スペードの無系統魔法『爆裂(エクスプロージョン)』が発現する。


 男の頭部が、爆音と共に吹き飛んだ。


 ぐらりと傾く男の身体。

 しかし、その身体は地へと伏す前に原型を失くした。


 スペードが舌打ちする。


「こいつ、何なんだよ! 何の能力だ!?」


 吐き捨てるようにスペードが吠えた直後、思わず耳を塞ぎたくなるほどの斬撃音が庭園中に響き渡った。ジャック、クィーン、そしてスペードの視線が音の発生源へと向けられる。


「……嘘、だろ?」


 オウキの塔が細切れになって崩れていく。落下した残骸が、下にある建造物を次々と巻き添えにしていく。轟音と地鳴りが瞬く間に庭園へと到達した。そして、崩落したオウキの塔の上空では、未だに戦闘が続いているのか、2つの光が空中でぶつかり合っているのが確認できる。


「あれは! くそっ、キングがまずい!!」


 戦況を把握したスペードが叫んだ。


「お前たちの敵う相手ではない! 一定の距離を保って待機だ!」


 同時に、ジャックも叫ぶ。


 ガシャガシャと音を立てながら集結しつつあった魔法聖騎士団たちの足が止まった。既に抜刀している者もいたが、大人しくジャックの命令に従う。


 それは正しい。


 魔法世界最高戦力と呼ばれる『トランプ』が、討伐に手を拱くほどの敵が相手なのだ。魔法聖騎士団の腕ではなぶり殺しにされるのが関の山。いたずらに死人が増えるだけなのは明白だった。


 スペードは周囲を一瞥し、こちらの戦況を確認する。ジャックとクィーン、そして周りを固める魔法聖騎士団の面々。スペードがこちらを抜けても、まだジャックとクィーンがいる。ならば、とスペードが足に力を込め、跳躍しようとして――。


「――まずいのはこちらも同じだろう?」


 背後から声。裏拳で敵を吹き飛ばそうとしたが、それよりもクィーンの助太刀の方が早かった。灼熱の炎がスペードの背後を取っていた男を包み込む。そこにスペードが無系統魔法を発現させた拳を叩き込んだ。


 爆音。

 男は腕を交差させて身を庇ったようだが、無傷とはいかなかった。


 足を地面に滑らせることで吹き飛ばされる力を殺す。男はクィーンの魔法によって火が燃え移ったローブを脱ぎ捨てた。上から下まで真っ黒の魔法服。肩口まで伸ばした青の髪が揺れる。表情は苦々しいものだった。


「打ち消せる魔法と打ち消せない魔法があるのか!?」


 一瞬でジャックが剣を構える場所まで後退してきたスペードが叫ぶ。それは、仲間への質問では無い。あくまで可能性の1つとして、仲間へと情報を共有するための行為だ。


「あるいは身代わりを用意する魔法で、発現する余裕が無かったかだ」


 それに対して、律儀にそう返答したジャックが地面を蹴る。雷鳴と共に地面が爆ぜた。炎と一体化したクィーンと、素手で遣り合っている敵対者との距離を瞬く間に詰める。ジャックは手にした魔法剣を一閃した。上半身と下半身が泣き別れした男の姿は、またも幻想のように掻き消える。


 スペードは追撃を仕掛けなかった。


 ジャックとクィーン。

 2人で敵対者と戦い始めたのを見届けて、踵を返す。


「キング! 持ち堪えてくれよ! 『遅延術式解放(オープン)』、『風化(フィンフィルアーネ)』!」


 暴風がスペードの身体を包み込む。


 スペードがこれまで属性同調を発現していなかったのは、自らの無系統魔法と相性が良くないからだ。無系統『爆裂(エクスプロージョン)』によって生じる熱量を、この暴風はあっという間に吹き飛ばしてしまう。加えて、風の属性同調による恩恵は『切断』に加えて『機動力』がある。無系統には若干の溜めが必要であり、超高速戦闘を可能とする『風化(フィンフィルアーネ)』とは互いの利点を利用し合う関係には至れなかったのだ。


 跳躍。


 余波で発生したかまいたちが周囲の建造物を切り刻む。速過ぎるが故に、スペードはその光景を直接目にすることはなかった。しかし、容易に想像できることではあるため、キングと戦う襲撃者との距離を詰める僅かな間に、スペードの表情が歪んだ。


 ただ、スペードが周囲への影響まで意識を向けることができたのは、ここまでだった。


 キングともう1人の襲撃者は、空中でなおも戦い続けていた。キングは魔法具でもある剣を抜き、相手は錫杖を振るい火花を散らせている。互いが浮遊魔法を発現しつつ、空中を飛び回りながら得物を交えていた。朝焼けによって赤く染まる空に、金属質の物質がぶつかり合うような甲高い音が連続して響き渡る。それと同じ回数だけ、火花が散る。


 キングは、既に左の腕から下を失っていた。


 スペードの頭に一瞬で血が昇る。

 気が付いたら叫んでいた。


「キングから離れやがれェ!!」


「死角を取りながらも、声で己の位置を知らせるとは。……浅はかなものだ」


 襲撃者のもう1人――、天上天下は、スペードの突風を纏った拳を錫杖でいなす。


 反撃の暇は与えない。そう言わんばかりに、スペードの猛攻は止まらない。後退して距離を空けようとする天上天下にぴったりと追従し、スペードは拳を、肘を、足を振るう。錫杖をタクトのように振り回して天上天下は応戦した。


 一撃が重い。

 空間を震わせるような打撃音が断続的に鳴り響く。


 天上天下の意識をスペードが自らに向けさせることによって生まれた僅かな空白の時間。それをキングは自分の撤退のために利用しなかった。むしろ、スペードへと意識が向いたその隙を突かんと、キングは天上天下の間合いに入り込む。


 天上天下と目にも留まらぬ高速戦闘を繰り広げる最中、視界の片隅でキングの様子を窺っていたスペードは、思わず舌打ちしたくなる衝動に駆られた。何のために助太刀に来たと思っているのだと文句の1つでも叫んでやりたいところだったが、その気持ちは何とか抑え込むことに成功する。


 なぜなら、逆の立場なら自分もそうするだろうことは間違いなかったからだ。ここは魔法世界エルトクリアにおいて、もっとも神聖な地。女王アイリスが住まう場所。自分たち王族護衛『トランプ』の存在意義、それはアイリスを守ることだ。


 例え、腕が1本落とされようが関係ない。

 例え、足が吹き飛ばされたから何だという話。


 動けるのなら武器を持つ、拳を握る。

 両腕が無いのなら噛みついてでも止める。

 両脚が無いのなら這いずり回ってでも喰らい付く。


 自分たちは、そういう集団だ。

 今更臆病風に吹かれるような人間は、この地位に就いてはいない。


 キングの振るう剣は、天上天下の足蹴りによって軽々と止められた。もともとキングは両手で剣を持って戦うスタイルだった。それが片手になれば、力が落ちるのは当然のこと。おまけに、片腕が無くなったことで身体の重心が崩れ、ますます剣技に乱れが生じている。傷口から響く鈍痛も乱れに拍車を駆ける要因の1つだろう。


 スペードからの猛攻を錫杖1つで捌きながら、天上天下はなおも追い縋ろうとするキングへと再び足蹴りを繰り出した。それはキングの剣を握る手へと直撃し、キングは柄を手放してしまう。更に、その攻撃による反動でキングの身体が僅かに仰け反る形となった。


「キング! 逃げ――」


「『羅生門(ラショウモン)"(タイラ)"』」


 錫杖を一閃。


 強引に身体を反らせることで、スペードはその攻撃を紙一重で回避した。鼻先を掠める角度で錫杖が振るわれる。スペードの蹴りがカウンター気味に天上天下の顎へと放たれたが、それは天上天下が僅かに顔を反らすことで躱されてしまった。


 しかし、有効打にはならなかったものの、この攻撃が結果としてキングを救うことになった。鮮血が舞う。脇腹を割かれたキングが、浮遊魔法の力を借りて後退する。その顔が苦痛によって歪められていた。顔に深く刻まれたシワを伝うようにして、汗と血が顎へと流れ落ちる。


「片腕を失い、得物も取り落とし……。丸裸となった護衛集団の(かしら)よ。まだ生き恥を晒すつもりか?」


 肩で息をするキングへと、天上天下は冷徹な視線を向けてそう告げた。垂れた血を片手で拭い、キングは笑う。


「それで1秒でも長く賊の足止めをし、1つでも多くの技を引き出し、1回でも多く呼吸を乱せば儲けものというものじゃ」


 それは、歴戦の猛者から放たれる練り上げられた闘気。既に瀕死の状態となっているキングを前にして、天上天下はその覚悟に目を細めた。錫杖を握る手に力を込める。


「生き恥と称した前言を撤回しよう。お前は正しく剣士だった」


「勝手に過去形にしてんじゃねーよ!」


 天上天下とキングの会話に、スペードが乱入した。一瞬で天上天下との距離を詰め、風の力を纏った拳を握りしめる。それを最小限の動きで躱した天上天下は、手にした錫杖を天へと掲げた。


「『羅生門(ラショウモン)"(マガリ)"』」


「させねーよ!」


 振るわれる錫杖を回避し、拳を天上天下へと叩きつける。天上天下の胴体を貫くつもりで放った一撃は、咄嗟に差し込まれた足の裏で防がれた。しかし、その威力を完全に殺すことは不可能だった。腹に響くような打撃音と共に、天上天下が吹き飛ばされる。


「キング! これ以上は邪魔だ! 下がって――」


 止血しろ、と。

 スペードはそう続けようとした。


 しかし、キングの方へと視線を向けた瞬間、スペードの言葉は止まってしまった。なぜなら、キングの首から上が無くなっていたからだ。スペードは己の目を疑った。見間違いかと思ったほどだった。綺麗に切断されたその断面から、やや遅れて血が噴き出す。ぐらり、とキングの身体が傾いたところで、スペードの脳はようやく目の前で起こった出来事を理解した。


「キング!!」


「余所見とは随分と余裕なのだな、ウィリアム・スペードよ」


 澄んだ音が鳴る。

 その音の発生源である遊環が、スペードの頭上にて等間隔で浮遊していた。


「『毘沙門(ビシャモン)"テン"・(カイ)』」


 遊環12個が自壊し、朝日を反射する無数の光の礫となる。

 それら全てが渦のような軌道を描きながら、スペードへと殺到した。


 咆哮。


 喉が千切れんばかりに叫びながら、スペードがそれらを迎撃する。

 拳で、肘で、膝で、足で。


 属性同調をその身に纏っていながらもなお、スペードは迎撃という手段を選択した。そして、それは間違いでは無かった。自らの身体を風と同調させることで原型を失くすことも可能な魔法、それが属性同調だ。しかし、決して無敵というわけではない。


 属性同調の無敵化を防ぐ方法は3つ。1つめは、相手の同調を打ち消す程の魔力で対抗すること。2つめは、属性同調を発現している相手の魔力を使い切らせて同調を切ること。そして、3つめが属性同調を打ち消すこと。


 光と闇の特性を利用した3つめの方法以外にも、属性同調を破る手段は2つある。繰り返しになるが、属性同調は決して無敵の魔法では無いのだ。敵からのどの程度の魔法なら受け流せて、どの程度の魔法からはダメージを受けるのか。そういった見極めも発現者には必要となる。


 体感でどれほどの時間が経過したのか。


 数えきれないほどに存在していた光の礫。その全てを防ぎ切ったスペードは、なぜか錫杖を振り抜いた姿勢で自らに視線を向けている天上天下へ、改めて拳を握りしめて突貫しようとする。その様子を冷めた視線で眺めていた天上天下が口を開いた。


「気付いていないとは、随分と能天気なのだな。下半身を落としているぞ」


「……は?」


 距離を縮めようとしていたのに、一向に縮まらない。

 景色が変わらない。


 そして、遅れて感じる、想像を絶する痛み。


 なぜ、このように痛むのかが分からない。そんな表情で、天上天下からの指摘も理解できないまま、スペードは痛みの発生源となっている自らの下半身へと目を向けた。


 腹から下が無くなっていた。


「……な、ん」


 ぐるり、と。

 視界が回る。


 一面に広がる赤は、朝焼けの色かはたまた自らの血の色か。


 死んだ。

 スペードはそう思った。


 激痛と共にぼやける視界。

 霞む思考。


 視界が暗転する最後の一瞬で見えた、敵対者からの冷めた視線。

 暗転した後に浮かぶ、護らなければならない人物。




 ――――このまま死ねるか。




 その思いは、執念。

 血と共に口から零れ落ちる、最後の詠唱。


「『遅延術式解放(オープン)』、『疾風の砲弾(ウェンペティア)』」


 空中で魔法が切れて傾いたスペードの身体。口元が死角になっていたが故に、天上天下は直前までその魔法の発現に気付けなかった。そして、気付いた時にはもう遅い。既に射出寸前の待機状態となっていた『疾風の砲弾(ウェンペティア)』が突然発現され、天上天下が構える間も無く射出された。


 この戦いにおいて、初めて天上天下の顔に焦りが生まれる。舌打ちと共に無理な姿勢から錫杖が振るわれた。当然、威力重視となっている砲撃系の魔法球がそれで斬り飛ばせるわけではない。受けた衝撃で浮遊魔法によって空中に浮いている身体が吹き飛ばされる。それでもなお『疾風の砲弾(ウェンペティア)』は消えない。


 この一撃は、スペードが完全詠唱によって待機させていたもの。

 全力の魔力を込めていた一撃。


「おおおおっ!!」


 雄たけび。

 天上天下が吠えた。


 錫杖の向きを僅かにずらす。

 身体を捻る。


 ボバッと。

 ひらひらとなびく右の袖が吹き飛んだ。


 砲弾の周囲に展開されていた無数のかまいたちが、天上天下の右半身に無数の切り傷を付けていく。しかし、致命傷になるものは1つも無かった。砲弾が天上天下の横を通り過ぎ、遥か後方で弾けて消えた。花火のような音が鳴り響き、辺り一帯を突風が吹き荒れる。


「……残念だったな」


 自らが巻き起こした突風に吹き飛ばされ、彼方へと消えてゆく亡骸。

 そちらへ視線を向けつつ、天上天下は言う。


「こちらの腕は、既に中条聖夜から喰われた後だ」


 バチリ、と。

 稲妻の音。


 気配を感じて天上天下が振り返る。しかし、それとは逆方面から姿を見せたジャック・ブロウが、剣を振り下ろした。甲高い音が鳴り響く。錫杖での防御がギリギリで間に合った天上天下だったが、伸びて来たジャック・ブロウの腕を防ぐことはできず、その頭を鷲掴みにされる。


 放電。


 ゼロ距離で放たれる雷に、天上天下の身体を纏う高密度の魔力層が突破された。天上天下がその痛みに呻く。


 回転。


 遠心力の力も得たジャック・ブロウの腕が、天上天下の身体を投げ飛ばした。咄嗟に受け身の姿勢を取った天上天下は、そのままセイランの塔へと突っ込む。余程投げた勢いが強かったのか、内部の装飾品や家具を吹き飛ばし、そのまま塔を貫通して反対側から突き抜けた。


 天上天下は、口内に溜まった血の塊を吐き捨てる。そのままぐるりと一回転することで勢いを殺し、地面へと足を着けた。もっとも、それだけで威力を殺すことはできなかったので、数十mにわたって地面を削りながらの着地となった。


 錫杖を振るい、土煙を払う。


「……唯我独尊(ユイガドクソン)め。油断したか」


 天上天下の視線の先。


 そこには、血だらけのクィーン・ガルルガ。

 そして、彼女の前には白みを帯びた灼熱の球体。


 RankAの結界魔法『業火の檻(イクスガロン)』が発現されていた。


 ボロボロになりつつも、鋭さは微塵も失われていないクィーンの眼光が天上天下を射抜く。口元から垂れた血を拭い、真っ赤なドレスを翻してクィーンは笑う。


「ようやく空から降りてきおったか、臆病者め」


「見当違いも甚だしい発言だな、クィーン・ガルルガ。満身創痍となったその身でいったい何が――」


 天上天下の言葉は、そこで途絶えた。


 何も無いはずの虚空に錫杖を振るう。

 金属音が響き渡った。


 続いて響く、放電の音。

 鍔迫り合いのような状態となったことで、初めて両者が互いを正面から見据え合う構図となった。


「久しぶりだな、剣の腕は相も変わらずのようだが」


「黙れ……、親不孝者めが! 与えられた恩を仇で返しおって!」


「親……、不孝? 恩を仇……だと?」


 錫杖に込められた腕に力が入る。天上天下によって強引に振り払われたことで、ジャックはバックステップで距離を空けた。ジャックの身体から属性同調の効力が消える。垂れてきた汗を拭う仕草を見せるジャックへ、天上天下は追撃を仕掛けなかった。手にした錫杖を鳴らしながら口を開く。


「俺とお前では、価値観が違うようだな。私は一度たりとも、あの男を親として想ったことは無い」


「孤児として拾われた恩を忘れたのか!」


「それは俺たちに剣の才があったが故のことだろう」


 激昂するジャックに対して、天上天下はあくまで冷めたままだった。心の底からそう思っていると言わんばかりに、淡々と自分の考えを述べる。


「慈善活動ではない。互いに利のある話だった……、というだけだ。現にあの男は剣の才がある者しか拾っていなかったでは無いか。ただ後継が欲しかっただけだろう。それを拾ってもらった恩……、だと? 貴様の価値観を俺に押し付けるな」


 ジャックの愛刀を握る手に力が籠る。

 相対している天上天下が視認できるほどに刀身が揺れていた。


 それを細めた目で見ていた天上天下は続ける。


「もっとも、あの男は剣の才はあっても、他人の才を見分ける目は無かったがな。皆、外れだった。俺以外は……、だが」


「貴様が――!」


 咆哮。

 ジャックはその言葉と共に、待機させていた遅延魔法を解放させる。


 再びジャックの身に雷の性質が宿る。


「2人の弟子を斬り捨てるという狼藉を働き、あろうことか『ユグドラシル』に身を寄せるという愚行を犯したせいで! あの人は剣を置いたのだぞ! 剣が全てと語っていたあの人がだ! その生涯において最後に振るうのは後1度だけと言った! 貴様の首を刎ねる時だけだと! あの人の心情がお前に分かるか!」


「理解できない」


 少しの間も空けず、天上天下は答えた。


「弟子の行いを恥じたのなら、腹を切ればいい。弟子の首を刎ねると決めたのなら、剣を置くべきではない。結局、あの男のしていることはどっちつかずなのだ。お前も目を覚ませ。ジャック・ブロウなどと、あの男のミドルネームからもじったであろう単語を、自らの称号に入れるとは。恥を知るがいい」


「生き恥を晒しているのは貴様の方だ!」


 戦闘再開。


 大地に亀裂が走る。周囲に甚大なる被害をもたらすほどの踏み込みによって跳躍したジャックは、音を置き去りにしていた。まさしく雷と一体化したジャックが、天上天下の周囲を縦横無尽に駆け回る。右へ、左へ、前へ、後ろへ。もはや人間の動体視力で追える速度では無い。


 故に。


(アオ)ノ型――」


 天上天下は目で追うことを諦め、右脚を引き、腰を下げる。

 低い姿勢のまま、錫杖を剣のように構えた。


 恩など無い。


 そう言っておきながらも、自分たちの師であるエルダ・ブロウリー・ジェーンの秘技の1つを持ち出してきたことに、ジャックの怒りは最高潮に達した。


()ノ型!」


 潰してしまいそうなほどに柄を握りしめ、ジャックが吠える。


天瑠璃流転(テンルリルテン)


豪轟雷業(ゴウゴウライゴウ)!」


 両者が激突した。

 次回の更新予定日は、11月30日(月)です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 10日経つたびに一喜一憂させられてしまうことが確定しました…
[気になる点] 改めてだけど、聖夜からスペードへは今回ルートだとぞんざいな扱いで終わってるんだよなぁ。 前回ルートでの学習院前でのイベントもなくなってるはずだし。 [一言] そう考えるとますます次話以…
[一言] あっさり死にすぎてまた巻き戻すんやろなって思ってしまう
2020/11/21 16:11 退会済み
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