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テレポーター  作者: SoLa
第12章 ユグドラシル編〈上〉
398/432

第1話 宣戦布告 ①

 この前に0話を更新しています。




「……やられましたな」


 王城エルトクリア。

 宮廷会議室。


 煌びやかな空間に似つかわしくない程、この場にいる貴族たちは疲弊した様子を見せていた。無意識のうちに呟かれたその一言でも、滲み出るほどの疲労感が伝わってくる。それもそのはずで、彼らはまだ陽も登らぬ未明から叩き起こされ、有無を言わさぬ登城命令によってこの場へと招集されたのだ。だが、それに対して文句を言う者など誰もいない。魔法世界にある10の都市、その1つが知らずのうちに陥落したのだ。アメリカ合衆国から自治権を勝ち取ってから初めてのことである。


 一夜にして死都と化した歓迎都市フェルリアには未だに犯罪人が居座っており、事実上領土を奪い取られたと言っても差し支えない状態だった。おかげで被害状況の把握も進まず、憶測が更なる憶測を呼ぶ事態となっている。ただ、歓迎都市フェルリアにいるはずの人間には、いずれも連絡が取れなくなっており、動画公開サイトに投稿された例の件も合わせて、属性奥義が発現されて都市自体が死んだという事実だけは揺るぎのないものとなっていた。


 この場に坐しているのは20人の貴族。

 席は設けられていないが、招集を受けた貴族が30人。


 計50人がこの宮廷会議室にいた。


 魔法世界の貴族は、第1級から第5級までの5段階にその身分を分けている。数字の若い方がより強い権力を持つ。第1級貴族には、七属性の守護者の末裔たちの本家が7つ。第2級貴族には、七属性の守護者たちの末裔、その分家で9つと魔法世界現宰相の家系が1つ。第3級貴族以下の者たちは、過去の戦争で名を上げた者や、魔法世界の貢献に尽くした者たちが名を連ねている。


 この会議には第1級貴族と第2級貴族、そして第3級貴族の中から選ばれた者3人が席に着いている。もっとも上座に位置する豪勢な椅子は空席。数字で割り振られた貴族の階級に左右されない唯一の地位である宰相、その職を担うギルマン・ヴィンス・グランフォールドが次いで高い位置に腰を下ろしている。その後は、階級通りに第1級貴族から末席の第3級貴族の順だ。立っているのは残りの第3級貴族と、第4級貴族と第5級貴族の中から選ばれた者という形となっている。


 身分の違いはあれど、この会議において発言は自由だ。むしろ、身分の低い者ほど率先して発言する傾向にある。自らの有能さをアピールする良い場となるからだ。普段であれば議事進行役を任された貴族が挙手した貴族を指名し、順に発言される形式を取っているが、今回はそうでは無かった。あちらこちらからの発言が飛び交い、それを否定する発言がそれを上書きする。先ほどの泣き言のような発言は、その普段では見る事のできない騒がしい宮廷会議室内でひっそりと呟かれたものであり、誰に相手をされるでもなく消えて失せた。


 不確定の事項が多過ぎて、取るべき方針もまた定まらない。


 闇属性の属性奥義『ガルガンテッラの嘆きロード・オブ・ザ・ガルガンテッラ』は、その威力こそ攻撃特化の火属性の属性奥義に次いで高いとされているが、両者のもたらす効果には明確な違いがある。火属性の属性奥義は、有無を言わさぬ煉獄の炎で効果範囲一帯を焦土と化す魔法であるのに対して、闇属性の属性奥義は生命体以外に影響は及ぼさない。まるで神経を直接やすりで削るかのような、魂を発狂させる悍ましい叫びで効果範囲にいる生命体を絶命させるのだ。


 従って、死都と化した歓迎都市フェルリアは、外見上は以前のままである。但し、住民と観光客は根こそぎ虐殺された。今、あの都市で生きているのは『ユグドラシル』のメンバーだけだろう。しかし、外見上は以前のままというのは、逆に厄介でもある。「本当に歓迎都市フェルリアは属性奥義で死都と化したのか?」「敵の情報操作では?」と言った意見も出てくるからだ。


 ギルドに依頼して斥候を送り出してはいるものの、一向に帰ってこない以上結果には期待できない。無料動画投稿サイトにて投稿されているあの忌まわしき映像には、ご丁寧に現在の歓迎都市フェルリアの様子も一部映し出されていた。歓迎都市フェルリアと中央都市リスティルの境には、綺麗な状態の死体がいくつか証拠だと言わんばかりに投げ捨てられていたとも聞いている。証拠としては十分で揃っていると言えなくも無いが、誰もが直接歓迎都市フェルリアの惨状を目にしているわけではない以上、断言できるはずもない。


 人とは、自分にとって都合が良い方向に考えたくなる生き物だ。だから、できれば否定したい。属性奥義など使われていなかった。誰も死んでいない。ただの悪夢だ。もうそろそろいつものベッドで目を覚ます。そして思うのだ。あぁ、夢でよかったと。


 無論、そんな都合が良い展開にはならないわけだが。


「……やはり、リナリー・エヴァンスを差し出すしかないのでは」


「馬鹿を言うな。誰がどうやってあの女を捕縛するというのだ。曲がりなりにもあの女は世界最強を名乗っているのだぞ」


「では、女王陛下を生け贄に捧げろと申すのか」


「そうは言っていない。論点をすり替えるな」


「第一、あ奴は今日本にいると聞いたぞ」


「捕縛に加えて移動時間も考えれば、3日は厳しいと言わざるを得まい」


「なぜこのような非常事態にあのような島国へ……」


 何の生産性も無い会話の応酬に、成り行きを見守っていたアリア・アース・ウリウムは、ひっそりとため息を吐いた。これでは、どれだけ時間を使おうとも有益な結果は得られないだろう。いつの間にやら今後の対策の検討から個人の非難へと移っている。いくら非難したところで今後の方向性が決まるわけでは無い。そもそも、リナリー・エヴァンスは国に所属しているわけではないのだから、彼女がいつどこに行こうが自由なのだ。世界最強と謳われる彼女が、その拠点をアメリカと魔法世界に置いてくれているだけ有難いと思わないといけない立場なのである。


 アリアは、盗み見るようにして自らよりも上座に腰を落ち着けている宰相へと目を向けた。ギルマンはその応酬に目を向けてはいるが、一向に発言しようと口を開く様子はない。軍務関係で強い発言権を持つジーク・クリムゾン・アギルメスタも同様だ。しかし、同じ階級であるジークが発言しないのには理由がある。ギルマンからの要請なのだ。


 彼らがどのような結論を出すのか、まずは見ようと。


 よって現在、この宮廷会議室にて席を設けられているギルマンを除いた19人は、等しく発言をしないように要請されている。何を思い、この状態を許容しているのかがアリアには分からない。こうなることは、ある程度予想できたことだ。


 なにせ、たった一言がトリガーとなるのだ。


 犯罪組織『ユグドラシル』との全面戦争。各国が今回の一件に対して、強い憤りと遺憾の意を示すと非難しているにも拘わらず、一向に前面へと出てこない最大の理由。世界解放戦線などと動画では口にしていたが、結局のところ『ユグドラシル』とはただのテロリストだ。おそらく世界の大半は『ユグドラシル』を悪だと断ずるだろう。しかし、戦う姿勢を口では示しているものの、具体的な策までは言及していない。


 報復を恐れているからだ。『ユグドラシル』の標的が魔法世界にあるうちは、あくまで対岸の火事なのである。自分からその火中に飛び込むリスクを負う必要は無い。明日は我が身である、と誰しもが理解しているはずなのに。


「タイミングが良すぎる。何らかの情報を掴んでいたと見るべきでは」


 誰かがそんな発言をした。


「裏で繋がっていた可能性は否定できませんな」


「信用に置けないという一点については、紛れも無い事実である」


 いよいよ、リナリーは『ユグドラシル』と協力関係にあるという疑惑がかけられるようだ。アリアは思わず頭を振った。これ以上は許容できない。この状況下でリナリーの機嫌を損ねるなど愚かなことだし、貴重な時間を無駄にしているという点においても、これ以上この茶番を見続ける事に意味は無い。


 そう思い、アリアは口を開こうとした。

 しかし。


「随分と愉快な会議になっているようだな。方向性が、妾の想定とかなりずれているようだが」


 この宮廷会議室に似合わない、幼い声が響き渡った。


 皆、一斉に平伏する。

 これまでの喧騒が嘘のように静まり返った。


 鼻を鳴らし、姿を見せた少女は歩き出す。

 この場でもっとも上座となるその場所へ。


 足音が反響する。

 少女のものと、それに付き従う2名の近衛兵のものだ。


「……アイリス女王陛下。何故このような場へ――」


「無論、会議に参加するためだが?」


 しゃがれた声で質問しようとするギルマンの声を遮り、アイリス・ペコーリア・ラ=ルイナ・エルトクリアは言う。片眉を吊り上げ、アメジストの瞳で射抜くようにギルマンへと問い返す。


「何か問題が? まさかこのような状況下でも、妾は持ち込まれる書類にハンコだけ押していろと申すのか?」


「先の発言に、そのような意図はございません。平にご容赦のほどを」


 一層深く頭を下げる老齢の宰相に対して、アイリスは冷たい視線を投げかけ、自らに用意されていた椅子へその身を落ち着けた。


「皆、顔を上げろ。そのような状態では会話もできまい。妾は邪魔をしに来たわけではないのでな。ただ、会議の進捗状況については聞く必要も無い。既に妾の耳にも入っておる」


 つまり、この場にいる何者かがアイリスへと情報を流していたということだ。


「リナリー・エヴァンスの首は渡さない」


 アイリスの物言いに、宮廷会議室の一部がざわついた。

 目を細めたアイリスは、ぞんざいな仕草で1人の貴族を指さす。


「そこの者、発言を許す」


 指名された第4級貴族の男が、口内に溜まった唾を嚥下してから口を開いた。


「し、しかし、それでは女王陛下の身が……」


「当然、妾もタダでこの首をくれてやるつもりは無いが?」


 震える声で応答する貴族の声を遮るようにして、アイリスは言う。それで男は黙ってしまった。アイリスはしばらく待ったが、それでも男の口から続けて言葉が放たれることは無かったため、小さくため息を吐いてから口を開く。


「なぜ、そのような発想になる?」


 アイリスは周囲を見渡しながら言う。


「なぜ最初から膝を屈する方向で話を進めているのだ。ユグドラシルは悪だ。違うか、アギルメスタ」


「間違いございません」


 ジーク・クリムゾン・アギルメスタは間髪入れずに返答した。


「歓迎都市フェルリアでの凶行を容認できるか、ウェスペルピナー」


「できません」


 ジェームズ・ターミア・ウェスペルピナーが答える。


「既に万単位での死者が出ている。仕方のない犠牲だったと目を背けるのか、グランダール」


「否でございます。女王陛下」


 ローガン・メンデル・グランダールは視線をアイリスへと向け口を開いた。


「我らが消費する金はどこから出ている、ガングラーダ」


「当然、民からの血税でございます」


 シャーロット・カイン・ガングラーダは胸に手を当てて口にする。


「ならば、我らの存在意義とは何だ、ウリウム」


「民に自由と繁栄を。彼らに明るい未来を提供することでございます」


 アリア・アース・ウリウムは、その視線を落としながらもはっきりと回答した。


「ならば、我々のすべきことは恭順することか、ライオネルタ」


「それは、我らの正義に反します。女王陛下」


 答えたオリオン・ヴァイス・ライオネルタの強い眼光が、アイリスへと向けられる。


「以上を踏まえて答えよ、ガルガンテッラ。今、必要な首とは何だ」


「アマチカミアキ。亡霊の首にございます」


 深く首を垂れたアルヴァロ・ギルディナ・ガルガンテッラが口にした。


 アイリスの視線が前へと向く。

 この場に集う貴族たちに言う。


「戦争だ」


 誰もが引かなかったトリガーを、他ならぬこの国のトップが引く。


「敵は『ユグドラシル』。しかし、ただの一組織と侮るな。奴らは想像を絶するほどの力を蓄えている。国家間規模の魔法戦になることも想定して動け」


「し、しかし、奴らは既に歓迎都市フェルリアを占拠しております! 国民を国外に逃がすためには玄関口アオバを通る必要が――」


 そこで発言していた貴族は口を閉じた。

 思わずといった形で口を開いてしまったが、発言の許可が下りていなかったからだ。


 しかし、アイリスは咎めなかった。

 この場において、招集された者は身分を問わず発言が自由であることを知っていたからだ。


「万が一の際、要人を逃がすための場所が近未来都市アズサにあるだろう」


 その発言に、貴族たちの表情が抜け落ちた。その情報は、アイリスが口にした通りに万が一を想定してのものだ。敵対関係の人間に知られるわけにはいかないため、貴族たちしか知らない場所なのだ。それを避難口として使うということは、その存在が魔法世界中に知れ渡るということを意味する。つまりは、ここから先の隠蔽は不可能ということだ。


「なぜ躊躇う?」


 アイリスは小首を傾げて問う。

 テーブルを叩き、立ち上がったアイリスが吠える。


「今がその万が一の事態であるとなぜ分からんのか! さっさと動け!!」


 宮廷会議室は、ハチの巣をつついたような大騒ぎとなった。これから全国民の避難誘導が始まるのだ。今すぐにでも動き出さなければ、『ユグドラシル』側から提示されているリミットには間に合わない。近未来都市アズサにある避難口は、存在を公にしたくは無かったがために、その規模は非常に小さなものだ。玄関口アオバのように利用者に応じて大きさを変えるようなことなど出来はしない。もともと要人を逃がすために作られたものだから、国民を国外へと逃がすために利用するという事態は想定されていなかったのだ。


 魔法世界を覆う防護結界を解除すれば、どこからでも逃げる事はできるが、それは最終手段となる。防護結界は、一部分だけを解除するという器用な真似はできない。つまり、解除する際は危険区域ガルダーすらも解き放たれてしまう。そこに隣接する州知事はもちろん、アメリカ合衆国からも固く禁じられていることだった。


 しかし、その禁忌を破ってでも解除するべきかもしれない。

 アイリスはそこまで考えていた。


「アイリス女王陛下」


 ギルマンが口を開く。


「分かっておいでですか。戦争するということは、人が死ぬということです。それを回避する手段を模索することも、統治者として必要なことではありませんか」


「回避できると思っているのか? この現状で」


 先ほどまでの生産性の無い口論はもう無い。国民への通達や避難経路等の打ち合わせで奔走する貴族たちの様子に視線を向けたまま、アイリスはギルマンへと返答する。


「血は流れる。そして、その量をいかに最小限に抑えられるかを模索する事もまた、統治者の役目である。全てが終わり、それでも民の怒りが収まらぬのなら……」


 一度言葉が途切れた。

 アイリスの視線がようやくギルマンへと向く。


「その時は改めて妾の首を捧げよう」


 その声に震えは無かった。

 それは間違いなく、覚悟を決めた者の言葉だった。


 そして。




「素晴らしい覚悟だ。女王アイリスよ」




 その覚悟の言葉を嘲笑うかのような口調で紡がれる声。


 時が止まったかのようだった。

 喧騒に包まれていた宮廷会議室が、嘘のように静まり返る。


 アイリスやギルマンを始めとして、第一級貴族や第二級貴族たちが囲むテーブルの上に、1人の男があぐらをかいて座っていた。漆黒のローブに身を包み、口元まで深く被られたフードによってその人相は分からない。猫のように丸めた背中には、葉の無い樹木が描かれている。


 膝に肘をつき、気怠そうに顎を手の甲に乗せた男は言う。


「但し、戦局は見えていないようだ。その喉元には、既に刃が突き付けられていることに気付いていないのか?」


「ぶっ、無礼も」


 誰かが「無礼者」と叫ぼうとした。

 しかし、それを言い終える前に首が落ちた。


 鮮やかな鮮血が噴き上がる。

 近くにいた貴族がその血を浴びたことでおかしな悲鳴を上げる。


 場が騒然となったところで、鋭い喝が飛んだ。


「静まれ!」


 アイリスのその声で、徐々にではあるが静けさを取り戻す。首から上を失った貴族は、生々しい音を立てながらその場に崩れ落ちた。噴き出した血で汚れた周囲の貴族が、小さな悲鳴を上げる。アイリスは、自らを品定めするかのような視線を向けてくる侵入者へと鋭い視線を向けた。


「何者だ」


「無論、『ユグドラシル』の者だが」


「どこから入った」


「これから我々と戦争しようとしているにも拘らず、警備が手薄なのでは無いか?どこからでも入れたぞ」


「妾の質問に対する答えにはなっていないな」


 アイリスの指摘に、男はフードの奥底で光る眼光を僅かに細める。


「この状況を理解出来ているのか。魔法世界を統べる幼き女王よ。貴様の命は、既に私に握られているのだぞ」


 男からの脅迫を聞いても、アイリスはひるまなかった。否、隙を見せないようにしていたという表現が妥当か。少なくとも、アイリスの口から発せられる言葉に震えは一切無かった。


「何だ、本当に妾の首が欲しいだけだったのか? だとしたらすぐにでも取って立ち去るがいい。無駄な血を流すのはやめろ」


 宮廷会議室が沈黙に包まれた。

 布が擦れる音すら鳴らない、完全なる沈黙。


 それを破ったのは、やはり『ユグドラシル』を名乗る男だった。


「驚いた。ただの傀儡だと思っていたが、想像以上に頭が回るし胆力もある。幼き女王よ、何が貴様を変えた?」


 男の視線がギルマンへと移り、再びアイリスへと戻る。


「妾は何も変わっていない。エルトクリアの名に恥じぬよう日々を生きているつもりだ」


「いや、変わったな。以前の貴様が今の貴様なら……、これまでのエルトクリア王家が貴様のように高潔な意志を常に持ち続けていれば、魔法世界はこうならなかっただろう」


「……何が言いたい?」


 アイリスの表情が小さく歪められるのと、男が手のひらを億劫そうに振るったのはほぼ同時だった。構える暇も、悲鳴を上げる暇も無い。男に気付かれぬよう臨戦態勢を取りつつあった『七属性の守護者』達の末裔、本家当主7人全員の首がごろりと落ちた。


 今度こそ、宮廷会議室に抑えられぬ悲鳴が響き渡る。


 これまで何とかこの場に留まり、声を抑えていた貴族たちが我先にと襲撃者の男から距離を取ろうと後退する。席に腰を下ろしていた面々のうち、未だに存命の貴族の何人かも椅子から転がり落ちていた。ギルマンが落ち着くようにと声を荒げるが、もはや意味を成していない。狂ったような叫び声がそれを掻き消しているのだ。


「貴様っ! これ以上、無駄な血を流すなと――」


「ほら見ろ」


 激昂し、音を立てて立ち上がるアイリスの神経を逆撫でするかのようだった。短時間で8名を殺害した男は、あくまで自分のペースを崩さない。男の指が、自らの周囲で崩れ落ちる7名の首無しへと向けられる。


「血が薄まっている証拠だ。先祖がどれだけの偉業を成し遂げようと、その末裔が優秀であるとは限らない。にも拘らず、こいつらはのうのうと過去の偉業を自分のものであるかのようにして、権力の上で胡坐をかいて座っている。何と厚顔無恥であることか。恥ずかしいとは思わないのか?」


「過去は過去、今は今だ! こ奴らと『七属性の守護者』を並べることに意味など無い! こ奴らは立派にそれぞれの職責を果たしていた!」


「幼き女王よ。古代都市モルティナで細々と命を繋ぐ彼らの前でも同じことを言えるのか?」


「モルティナ……、だと? ――っ、貴様。まさか!」


「お喋りはこのくらいにしておくか」


 男の視線がアイリスから外れ、後方へと向けられる。そこでは、この部屋から抜け出そうとする貴族たちが、我先にと宮廷会議室の扉へ殺到しているところだった。男はため息をつきながら、億劫そうに立ち上がる。資料が散乱したテーブルの上で、アイリスを見下ろすように直立する。


「この守護結界は外からの守りには最適だが、内側からの衝撃には滅法弱いのが欠点だ」


 そんな独り言を呟きながら。


「逃がすと思うのか! この狼藉者が!」


「幼き女王よ。非力な貴様で何ができる。隣に侍る宰相の剣技に期待するか?」


 挑発に応えるようにして、ギルマンが腰を上げ剣の柄へと手を伸ばす。

 しかし、それよりも早く別の介入があった。


 けたたましい音を立てて、貴族たちが宮廷会議室の扉を開ける。我先にと貴族たちが排出されていく一方で、男が展開していた守護結界の効力も消失した。


 つまり。


 宮廷会議室と廊下を隔てる豪勢な壁が、瞬く間に細切れとなり崩落した。その破壊音と衝撃に、付近の貴族たちが情けない声を上げながら転がっていく。噴き上がる煙を払い、咆哮のような詠唱が辺り一帯に響き渡った。


「『遅延術式解放(オープン)』、『雷化(デルティオウス)』!」


 雷鳴は遅れて轟いた。


 青白い一筋の稲妻が、宮廷会議室内を一直線に駆け抜ける。途中にいた『ユグドラシル』の男を巻き添えに、廊下と反対側の壁をもぶち破り、一瞬にしてアイリスやギルマンの前から消えた。あまりに一瞬の出来事に、柄に手を掛けたままのギルマンは暫しの間硬直してしまう。しかし、直ぐに我を取り戻すと、柄から手を放してアイリスへと口を開く。


「陛下、場所を移しましょう。こちらへ」


「その役目はこちらが受け持とう」


 羽音。


 貴族たちの悲鳴など気にも留めず、数十にも及ぶ蝙蝠たちが宮廷会議室へと飛来する。それらはやがて一箇所へと群がり人の形となった。


「女王陛下、参上が遅れましたことをお詫び申し上げます」


 アルティア・エースからの謝罪に、アイリスは1つ頷くだけで歩き出す。


「あの男はどうする」


「ジャックの他、ウィルとクィーンが向かっております」


「そうか。絶対に逃がすな」


「御意」

 次回の更新予定日は、11月20日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法世界もハンコのデジタル化促進しろよな!!
[良い点] どうしようもなく展開が加速していくというのがわかって、ワクワクします!!
[良い点] やっぱり面白いですねぇ!! ワクワクします!! 次の更新も楽しみに待っています
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