第0話 プロローグ
お待たせしました。
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その日、歓迎都市フェルリアが死んだ。
魔法世界エルトクリアでは、七属性の守護者杯の1つである『グランダール杯』の開催期間中であり、国外からも沢山の観光客が訪れているタイミングだったのも最悪に拍車をかける要因だった。正確な数字は未だ出ていないが、万単位で死者が出たことだけは確実だ。
まだ陽が昇る前。
静まり返った闇夜の中で。
ひっそりと死神が舞い降りたのだろう。
目撃者はいない。
正確に言えば、証言できる人間はもういない。
なぜなら、例外なく死んでいるから。
使用された魔法は、人類が到達し得る最高難度の魔法。
闇魔法の頂点『ガルガンテッラの嘆き』。
属性奥義の1つとして数えられるその魔法は、格付けされている闇属性の中で唯一『M』の座を与えられているが故の威力を遺憾なく発揮したことになる。障壁魔法も結界魔法も意味を成さない。発現者を除く全ての魂に直接『死』を刻み込む悪魔のような魔法だ。
ただ、問題となる点が1つ。
その発現者は、どのようにしてその属性奥義を発現したのかということ。
ここで問題だと指摘したい点は、この魔法が非常に高難度のものであり、発現できる人間が極端に限られているという当たり前のことではない。属性奥義に分類される魔法は、闇魔法『ガルガンテッラの嘆き』だけが例外というわけではなく、等しくその発現条件に難があるのだ。
それは、発現までに要する時間が5分であること。その間、発現者はその場から1歩も動けなくなり、何らかの理由によって集中が切れると直ぐに魔法はキャンセルされてしまうこと。この準備時間は詠唱破棄の技術を用いても短縮できないものであること。遅延術式の対象外であること。どの属性奥義も発現者を中心とした範囲攻撃であるため、発現場所以外のどこか遠くを狙い撃ちすることはできないこと。そして、その準備時間中は、発現者を中心として半径30mの球体状に幾重にも折り重なった光り輝く魔法陣が展開するということだ。
端的に言って、発現するためには壊滅させたい場所で非常に目立つ魔法陣を馬鹿でかい範囲で5分間絶えず展開する必要があるということである。
深夜帯の時間に展開すれば、間違いなく誰かしらが気付くだろう。この展開する魔法陣に物理的な干渉は一切できない。従って、どこか屋内で発現していても壁を貫通して周囲へと展開される。ライトに煌々と照らされた50mの室内プール場規模の灯りが突如として出現するようなものだ。それが発現の準備が完了する5分間続く。誰かしらが気付かないわけがない。
正直なところ、属性奥義という魔法は実戦向きでは無いのだ。
5分間、発現者はその魔法への集中を切らすことは許されない。つまり、敵対者への反撃はほぼ不可能。展開される光り輝く魔法陣は物理的な干渉ができない性質の為、目立つだけで壁にすらならない。準備時間中はただの良い的だ。よって、過去の戦争においても戦場でその効力が発揮された回数は、片手で数えるほどしかない。発現前に敵対者から潰されるからだ。
そんな属性奥義が発現された。
それも都市全てを巻き添えとする中央で。
いったいどうやって。
しかし、その疑問が解消されることもなく事態は進む。
その動画がインターネット上の大手無料動画投稿サイトに投稿されたのは、死都と化した歓迎都市フェルリアの異変に、外部の人間が気付き、騒ぎになった直後のことだった。
その動画に登場した男は、自らを『天地神明』と名乗った。
自らは、世界解放戦線『ユグドラシル』の長である、と。
男は首から下の上半身しか映っていなかった。下半身は男が利用している木製の机で隠されており、カメラのアングルは男の首元までしか捉えていなかったからだ。白いワイシャツを着た、厳かな声色で話す男だった。
男は言う。
自分たちの目的は、世界を独裁という軛から解放することなのだと。話し合いで解決できない以上、武力行使はやむを得ないのだと。自分たちの行いは、感謝されることはあっても非難される覚えは無いのだと。恭順する者には慈悲を与える用意があるのだと。
そして。
恭順の証として、エルトクリア現女王アイリス・ペコーリア・ラ=ルイナ・エルトクリアか、『ユグドラシル』に敵対する犯罪人リナリー・エヴァンス。どちらかの首を三日後の日没までに我らへと捧げよ、と。
さもなくば、世界解放の足掛かりとして、まずは魔法世界への侵攻を開始する。我々の決意を証明する為に犠牲となった歓迎都市フェルリアの二の舞にならないことを期待する。
男がそう締めくくり、その動画は終わった。
結局、動画からはその男が本当に天地神明なのかどうかの判断はできなかった。天地神明は、魔法世界エルトクリアにある王立エルトクリア魔法学習院卒業を境に表舞台から姿を消している。男は最後までその顔をカメラに捉えさせることは無かった。
この動画だけなら、愉快犯として片付けられる可能性もあった。しかし、実際に歓迎都市フェルリアは死んでいる。冗談の類で済ませられる話ではとうに無くなっている。属性奥義を不意打ちとは言え実戦で投入できるだけの戦力を有していることだけは、既に証明されているのだ。
また、グランダール杯期間中だったこともあり、海外からの旅行客が多く訪れていることも混乱に拍車をかけていた。死んだのは魔法世界の住民だけではない。観光客が魔法世界へ訪れた際に拠点とする歓迎都市が狙われたことにより、その被害者の多くが海外からの旅行客だったのだ。都市にいた人間が例外なく死亡している以上、犠牲者の把握もままならず事態は混迷を極めている。魔法世界には各国からひっきりなしに被害状況の情報開示を求められているが、依然として正確な数字は発表されていなかった。
朝日によってようやく空が茜色に染まる頃。
王城エルトクリアにある宮廷会議室にて、魔法世界の名立たる貴族たちが招集された。