第15話 終わりの始まり
今日は2話更新。
これは2つめです。
☆
「……そう。アマチカミアキの映像が残っていたのね」
一通りの説明を終えて、師匠はそう呟き頷いた。
その感情は俺には分からない。
やはり何かを残していたのか、という思いなのか。
それとも。
「遺言の方は聞けなかったのよね?」
「はい。すみません」
これが師匠が求めていた物だったとするならば、もう取り返しがつかなくなってしまった。師匠は「初見で見破るのは難しいと思う」と言ってくれるが、それは気休めにしかならない。わざわざアマチカミアキが他人に聞かれる可能性を考慮してでも残そうとしていたものだ。いったい何を語っていたのかは、俺自身も興味がある。
「……やはり、MCに仕込まれていた条件起動型魔法が判断材料だったと思いますか?」
「ええ。映像が投影される直前に、貴方のMCが発光したんでしょう?」
師匠の言葉に頷く。
「なら、確定でいいんじゃないかしら。映像の内容もそのMCに触れていたようだし。じじ様……、ティチャード・ルーカスの工房で保管されていたそれが接近したら、貴方たちが観た映像に。アマチカミアキの所持していたMCが接近していたら、遺言の映像に切り替わるように調整していたのでしょうね」
「私もそれが正解だと思います。『君は選ばれなかった』とアマチカミアキが口にしていたのなら、アマチカミアキが遺言を聞かせたかった者へ自らが所持していたMCを引き継ごうと考えていた、と推測することもできます」
栞が師匠の言葉を引き継ぎ、そう説明した。
シルベスター、ケネシー、そしてルリ・カネミツは、この会話が聞こえる場所にはいない。師匠が周囲の警戒をしろと言って、この場から引き離したのだ。俺としてはこの辺りも知られて構わないと思うのだが。まあ、この人の場合は1から説明するのが面倒だから、疑問に思われるくらいなら聞かせないようにしようと考えている可能性もゼロではないが。
「本当にすみませんでした。俺のせいで貴重な情報源が消えることになってしまった」
「さっきも言ったでしょう? その絡繰りを初見で見破るのは困難よ。そもそも、本当に手掛かりとなるような何かが残されているとは、私も思っていなかったのだし……」
俺の謝罪に対して、師匠はそう答える。
栞も隣で頷いていた。
ただ、悔しいものは悔しい。
魔法世界エルトクリアで、アマチカミアキが俺へMCを渡してきた理由は、この遺言を託すという意味合いもあったのだろうか。あの時は、MCに仕込まれていた発信器から「嵌められた」としか思っていなかった。しかし、あいつがここまで考えた上でMCを渡してきたのだとしたら。
正直、俺の中であの男の評価が分からなくなってしまった。
アマチカミアキは敵だ。
犯罪組織『ユグドラシル』の頂点。
俺だけではない。
世界の敵だ。
あの魔法世界での地獄を作り出した張本人。
神の如き魔法を操る『脚本家』の殺害を企んでいた犯罪人。
でも。
リナリーを頼む。
歓楽都市フィーナでの突然の邂逅。
その時、最後に発せられたその言葉。
敵対する組織の長から出る言葉では無かった。
思わず聞き間違いかと思ってしまったほどだ。
しかし、あの言葉がアマチカミアキの本心から出たものだったら?
分からない。
この動揺すら、あの男の手の内なのかもしれない。
あの男の狙いが。
あの男の本心が分からない。
黙り込んでしまった俺を見て何を思ったのか、師匠が慰めるように肩へと手を置き、数度軽く叩いてきた。見れば隣に立つ栞も気遣うような視線を投げかけてくれている。
小さく息を吐く。
気を遣わせてばかりでは駄目だよな。
反省は必要だが、それで周囲に心配をかけさせていては申し訳ない。
「し――」
師匠、栞、と。
口にしようとしたところで、着信音。
どうぞ、と手をひらひらさせてくる師匠と、苦笑を浮かべる栞に手で謝罪を告げて、俺は携帯電話を取り出した。相手は美月。なんだ? 授業中に突然飛び出してから、夜になっても帰ってこないのだから心配するのは当然か。
そんな考えを抱きながら、通話に応じた。
『聖夜君! 大変だよ!』
どうした、と言う暇も無い。
闇夜を切り裂くような音量で、通話越しに美月が叫ぶ。
『ニュースを見ていたんだけど! 魔法世界が……、歓迎都市フェルリアが!』
切羽詰まったようなその声に。
近くで見守っていた師匠と栞の顔からも、苦笑の色が消えた。
美月が続ける。
『歓迎都市フェルリアが……、死んだって!』
「……は?」
★
「傍若無人はうまくやったようだな」
報告を受けた男は、そう言いながら満足そうに頷いた。
部屋の灯りは最低限のみ。窓は一切無い。灯りも照明のものではなく、その部屋に取り付けられた機材が発しているものだ。時折、機材に設置されているフラスコやビーカーから水の音が漏れている。
目を凝らさなければ周囲の様子すら窺えない部屋。
その部屋の主である男は、足を組んで座り、もたらされた報告を聞いていた。
「リナリー・エヴァンスが日本にいることは間違いないのだな?」
男は、自らの前で跪く2名の配下へと問いかける。
「はい。神楽家へ潜り込ませていた草からの情報ですので、間違いないかと。動くなら今が好機です」
首を垂れた隻腕の男が答えた。
それに補完するようにして、隻腕の男の横で跪いていた男が口を開く。
「しかし、おそらくはこれで潜り込ませていた物は全て処分されるでしょう。対策が必要かと」
「不要だ」
坐した男はそう答える。
「我々が今回攻撃対象とするのは魔法世界のみ。そして、それで全てが完結する。奴らはもう障害にはなるまい」
「ならば、対策が必要なのは『トランプ』と『断罪者』ということで」
男が頷いた。
「本来の目的を忘れるな。邪魔立てをするなら応戦するが、基本的にはすべて無視だ」
「御意」
跪いた男2人が、より一層首を垂れる。
男はこう続ける。
「さて……、始めるか」と。
第11章 女帝降臨編・完
【 次章予告 】
歓迎都市フェルリアが死んだ。
突然のことだった。
その適用範囲内にいた者は、例外なく息絶えた。
使用されたのは人類が到達し得る最高難度RankMのもの。
通称『属性奥義』と呼ばれる魔法。
闇魔法の頂点。
――――『ガルガンテッラの嘆き』。
発現者は世界最悪の犯罪組織『ユグドラシル』。
アマチカミアキの側近、傍若無人。
しかし、悲劇はこれだけでは終わらなかった。
地獄からの禍々しい宣戦布告。
それがあの夜の真実を知る、一部の統率者たちの感想だろう。
死んだはずの『ユグドラシル』の長。
天地神明はこう告げた。
「エルトクリア現女王とリナリー・エヴァンスの首。
どちらか好きな方を選び、我ら『ユグドラシル』へと捧げよ。
さもなくば、魔法世界へ総攻撃を仕掛ける」と。
――――『ユグドラシル』との全面戦争が始まる。
緊迫の『ユグドラシル』編、開幕。
11月初旬より公開開始予定。