表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレポーター  作者: SoLa
第11章 女帝降臨編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

394/434

第14話 遺言

 今日は2話更新。

 こちらは1つめです。




 アマチカミアキ。


 青白い光を放つホログラムとして映し出された黒髪の男は、確かにそう言った。いや、本当は名乗られる前から分かっていた。忘れるわけがない。涼やかな声色で、柔和な笑みを浮かべて、こちらの全てを見透かすような瞳で射抜いてくる。


 魔法世界で経験したあの地獄を引き起こした張本人。

 そして、師匠の手によって既に亡き者となっている男。




 ようこそ。

 歓迎しよう、中条聖夜君。


 俺がアマチカミアキだ。




 ――――犯罪組織『ユグドラシル』の頂点。

 脳裏に蘇る邂逅の記憶。


「まさか……」


「本人……、なのですか?」


 シルベスターとケネシーが、警戒は解かぬまま視線だけを俺へと寄越してくる。しかし、俺は俺でそれに返答できるほどの余裕が無かった。荒くなる呼吸を必死に抑え込みながら、もう二度と見ることは無いと思っていた男の顔を睨みつける。


 落ち着け。

 思い出すな。


 落ち着け。

 落ち着くんだ。


 思い出すんじゃない。

 あの時と俺は違う。


 滲み出て来た汗を拭う。

 意味も無く頭を振った。


 これは映像だ。

 今ここで何が起こったとしても、この男が何かできるわけではない。


 そうだ。

 俺は確かにもう戦えない。


 迂闊だった。

 やはり『魔力暴走(オーバードライブ)』は使うべきでは無かったんだ。


 違う。 

 そうじゃない。


 こいつは映像だ。

 つまり、直接手を下せるわけがない。


 重要なのはそこだろう。


 いや、待て。

 その考え自体がそもそも間違っている。


 前提が違う。

 当たり前だ。


 だって。

 この男は。


 既に。




 死んでいるんだから。




『そのMC』


 ホログラムの男、アマチカミアキが口を開く。

 その人差し指が、俺へと向く。


 びくり、と。

 肩が跳ねた。


 聞く者を落ち着かせるような穏やかな声のはずなのに。


 向けられた人差し指は俺を指しているんじゃない。

 たまたま俺へと向けられているだけのはずなのに。


 どうして。

 どうしてこうも――。


 胸を掻き毟られるような恐怖心が消えないのか。


『ルーカス工房にあったはずのものだ。それをここへ持ち込んでいるということは、君はルーカス先生から認められた者ということなのだろうか。それとも、強引に奪い取ったのかい? あぁ、残念だ。こちらの声は君に届いているというのに、俺は君のことをまったく認識できていない。このもどかしさをどう表現すればいいのかな?』


 己の胸に手を当て、謳うようにアマチカミアキは言う。


 その一挙手一投足全てが、癪に障る。

 その一挙手一投足全てに、恐怖を感じてしまう。


 そんな俺の感情を余所に、アマチカミアキは続ける。


『しかし、注目すべき点はそこではないね。そのMCを持った君が、ここに至ったという事実だけだ。そのMCの製作に携わった人間は、当時の学習院の中で僅か4人。この4人は名前を調べればすぐに分かるだろう。つまり、その中に俺がいたことも必然的に分かるということ。俺の生まれが日本なのも直ぐに分かるかな。ただ……、そこから先まで洗えるかとなると、話は変わってくる』


 ホログラムのアマチカミアキが、目を細めた。


『ティチャード・ルーカスか……、リナリー・エヴァンスか。はたまたキング・クラウンか。君に俺への興味が無ければ聞けない質問だ。知りたいなぁ……。君が何を求めてここまでやって来たのか』


 アマチカミアキが目を閉じる。


 体感にして、5秒ほどだろうか。

 アマチカミアキが目を開いた。


『けれど……、残念だ。君には資格が無い』


 アマチカミアキは言う。

 ……は?


『君が何を求めてここまでやって来たのかは分からない。ただ、1つだけはっきりしていることがある。俺は君に何も教えたくない』


 ……なんだと?


『君は俺に選ばれなかった』


 こいつは……、何を言っている?


『君は俺が求める人間ではない』


 過去に撮られた映像だろう?


『君は俺に選ばれなかった人間だ』


 こいつは何を基準にそう判断したんだ?


『俺の遺言は……、渡せない』


 ゆい……、ごん?


 柔和な笑みを浮かべて。

 涼やかな声色のままで。


 およそ似つかわしくない単語が出た。


『さて』


 こちらの動揺など全く考慮せず、アマチカミアキは滔々と告げる。


『今、この俺を映し出している装置がどこにあるかはすぐに分かると思う。そして、この映像を出力するための条件もね。ただ、これは完全に俺の善意で忠告しておこう。この装置を取り出して解析することはお勧めしない。なぜなら、徒労に終わるからだ』


 風向きが変わったことを感じ取ったのか、動き出そうとしていたシルベスターの足が止まった。それは隣に立つケネシーも同様だった。


『この映像が投影されたことがトリガーとなり、装置に掛けられていたもう1つの条件起動型魔法が発現した。既に装置内のデータの1つめの削除が完了している。どのようなデータが削除されたのか……、は言うまでもないね』


 ……遺言の方か。


 馬鹿な。

 嘘だろう?


 何を判断基準として、何を根拠に、どういった手段でこうなった。

 過去に撮られたはずの映像で、こんな芸当ができるはずが無い。


『この装置の場所を知られてしまった以上、どのような魔法を用いたとしても、データの完全なる保護は不可能であると判断した。それ故の措置だ。残念だよ、君が選ばれた者では無かったことが』


 意味深な視線をこちらへ投げかけ、アマチカミアキは口にする。


『俺はこれから1つの組織を作る』


 おそらくそれは世間一般には受け入れられないだろう、とアマチカミアキは自嘲的な笑いを漏らしながら続けた。


『しかし、この世界を縛る呪いから人々を救うためには絶対に必要な事だ。既に賛同者は俺のもとへと集い始めている。君が未来の俺の所業を見て、どう感じるかは知らないが……』


 一度言葉を切ったアマチカミアキが目を細める。

 口元に笑みを浮かべたままこう言った。


『気に入らなければ掛かってきたまえ。そのMCを手にした君は、俺にとって必要な存在では無かった。しかし……』


 最後に自嘲めいた笑みを消し、真顔となったアマチカミアキが口にする。


『映像を見た以上、この世界にとっての英雄であることを期待する。精霊王たちに認められた……、真の英雄であることを』


 ぶつり、と。

 映像はそこで途絶えた。


 半ば放心状態のまま、暗闇の中で立ち続ける。


 最初に動き出したのはケネシーだった。映像の発信源へと歩を進める。シルベスターからの呼び声に、全て分かっていると言わんばかりに頷いて見せたケネシーは、慎重な手つきで焼け焦げた書類棚に収まった本をどかしていく。


「おそらくはこれでしょう」


 ケネシーの言葉に吸い寄せられるようにして、俺とシルベスターが近付く。一歩引いたケネシーに場所を譲ってもらい、書類棚の奥へと視線を向けた。書類棚の奥には小さな穴が空けられていた。そこに携帯電話のライトを当てる。この書類棚と同じ色をした、小型の装置のようなものが嵌め込まれていた。


 手を伸ばす。軋んだ音を立てて、劣化した書類棚に亀裂が入った。構わず力を込めると、引き抜かれた装置が手の中に納まった。


「奴の言葉通りなら、解析に出したところで無駄か」


「おそらくは。しかし……」


 無駄だと分かっていても、やれることはやっておくべきだろう。シルベスターの言いたいことは分かっている。視線を合わせて、ひとつ頷いた。


 花園か、それとも姫百合か。

 どちらを頼るにせよ、まずは師匠に相談すべきだろう。


「――っ」


 振動音。

 静寂の中だからこそ、鮮明に聞こえた。


 シルベスターがこちらへと小さく頭を下げた後、ローブのポケットから携帯電話を取り出して通話に応じる。その第一声が――。


『何者かがこちらへ接近中。速い。T・メイカー様に迎撃許可をもらって。早く』


 シルベスターの視線がこちらへと向く。

 スピーカーモードにしなくても、声は聞こえていた。


「許可は出さない。ルリ・カネミツは栞と一緒に結界の中で引き籠っていろ。どこから来る?」


『正面玄関の方角。こちらも察知される可能性が高いです』


「直ぐに行く」


「お待ちを」


 歩き出したところをシルベスターに止められた。


「御身はお下がりください」


「迎撃は我々が」


 シルベスターの言葉に続くようにしてケネシーも言う。反論しようとしたが、もっともであることも分かっていた。今の俺は役立たずだからな。


「ケネシーを主体として動け。シルベスター、お前もまだ魔力が回復していないはずだ」


「いえ、シルベスターはT・メイカー様の護衛を。出るのは私だけで十分です」


「おい」


 それには流石に反論しようとしたが、ケネシーは俺の言葉を聞くことなく駆け出した。蹴破るようにして扉を開き、その姿はすぐに見えなくなる。


「仕方が無い。俺たちも行くぞ、シルベスター」


「しかし――」


「俺を守る必要があるなら、お前も付いてくるよな? ケネシーの補佐も同時に行え。お前ならそのくらいできるだろう」


「……御意」


 シルベスターが渋々頭を下げたのを確認してから、俺たちも部屋を出る。シルベスターも分かっているはずだ。周辺に何も無い以上、向かってきている奴の目的は俺たちかもしくは孤児院のどちらか。俺たちなら隠れていても無駄だし、孤児院でもここに隠れていたら意味が無い。


 どちらにせよ、動くしかない。「せめて裏口から」と主張するシルベスターの言い分を無視し、俺も正面玄関へと回った。外ではケネシーが臨戦態勢となっていた。腰に差している薔薇の細工が施された鞘から、愛刀のレイピアを抜いている。


 俺たちが隠れる事もせず堂々と正面玄関から姿を見せたことで、ケネシーは驚きのあまり目を見開き、次いで俺に付き従うようにやってきたシルベスターを睨みつけた。


「……これはどういうことかしら」


 ケネシーの声色はドスが効いたものだった。

 思わず、そんな声も出せるのかと口にしてしまいたくなったほどだ。


 シルベスターは弁明を口にしなかった。俺に命令されたからだ、と一言口にすれば済むものを。ケネシーの標的が今にもシルベスターへと切り替わってしまいそうだったので、仕方なく両者の間へと割って入る。


「俺が命じた」


 そうしないと、お前たちは平気な顔で「必要な犠牲だから」と言って仲間を切り捨てるから。今回は俺の判断でここまで踏み込んだ。お前たちの助言は受け取ったが、最後に決断したのは俺だ。なら、俺が真っ先に責任を取る必要がある。道連れのようにして孤児院まで連れて来て、後はよろしくと去れるほど、俺の面の皮は厚くない。


 俺が死ねば、きっとこいつらは後を追うだろう。

 なら、もう今更だ。


 誰か1人でも死ぬ可能性があるなら、俺も一緒に死ぬ。

 シンプルで良い。


 ケネシーが小さく息を呑む。

 しかし、小さく頭を振って口を開いた。


 しかし。

 それが言葉となって吐き出される前に――。


『来る。上』


 通話状態のままだったシルベスターの携帯電話から、ルリ・カネミツの警告が飛ぶ。シルベスターが抜刀した。気配などまるで感じない。ルリ・カネミツの索敵能力が高いからか。少なくとも探知魔法くらいは発現していないと捉えられない相手ということ。


 これは、本格的に足手纏いかもな。






 なんて。

 そんなことを考えていた時期が、俺にもありました。






 俺たちの前に、襲撃者が姿を見せる。

 

 星空に、映える白色のローブ。

 月光を淡く反射する美しい金髪。

 俺たちの姿を捉えるスカイブルーの双眸。


 現れた襲撃者は、驚きのあまりこう口にする。


「せ……、聖夜?」


「ど、どうも……」


 襲撃者の正体は、師匠だった。

 その表情が驚愕から安堵、不審なものを見るそれへと順に変化していく。


 そして。


「……聖夜、なぜ貴方がここにいるのかしら?」


 なんでって。

 栞へ孤児院の調査をさせていたのはあんただろう。


 そう思い口にしようとして気付いた。


「あー……」


 俺、師匠に何の報告も無しに飛び出してたわ。







『このデータを強引にでも開けたその手腕には称賛を送ろう。しかし、許可も無く他人様の記録を覗こうとする姿勢には憤りを感じるね。残念だが、この映像が流れた時点で手遅れだ。俺がもっとも見せたくなかった映像は、既に破棄されている』


 録音されていた男の声が室内に響き渡る。


 神楽宝樹は、今すぐにでも己の手でわざと生かしていたスパイをなぶり殺しにしたい衝動に駆られながらも、表面上は冷静にその音声に耳を傾けていた。艶やかな黒髪を人差し指で弄りながら、頬杖をつく。宝樹のため息を吐く仕草に、録音機器を捧げるようにして手にしていた使用人が肩を震わせた。


 宝樹の心境を余所に、男は話し続ける。

 その一言、一言が癪に障る。


 それも当然だ。

 もはやこの音源から得られる情報など無いと分かっているのだから。


 再生が終わる。

 静寂が室内を包み込んだ。


 宝樹は何も発さない。


 捧げるようにして録音機器を持つ使用人の肩は、傍から見れば不憫に思えてしまうほどに震えていた。まるで死の宣告が下されるのを待っているかのような光景だった。しかし、この使用人に非はない。むしろ、非が無いにも拘わらず報告を任されることになった被害者とも言えるだろう。


 それも宝樹は分かっている。

 だからこそ、煮えくり返るこの感情に蓋をして、ようやく口を開いた。


「……データはもう残っていないのね?」


「は、はいぃっ。も、申し訳ございませんっ。この一件に関しまして――」


「私の質問に対して、貴方は簡潔明瞭に答えればいいの。具体的には『はい』か『いいえ』か。分かった?」


「はっ、はい! 申し訳ご――」


「次は無い。分かった?」


 謝罪すらも遮られて投げかけられた問いかけ。そして、普段よりもトーンの下がったその声色の意味を正確に理解した使用人は、既に涙をいっぱいに溜めながら「はい」と返事をした。


「孤児院にあった小型の投影機からデータを複製した時に、バックアップは用意していなかったのかしら」


「はい」


 申し訳ございません、と。

 そのまま続けそうになるのを懸命に堪えながら、使用人は頭を下げる。


「つまり……、この音源以上の情報は、もう手に入らないということね?」


「……はい」


「そう。ご苦労様。貴方はもう下がって良いわよ」


「え……、あ、は、はい」


 思いの外軽い口調で退出を命じられたことで、使用人は何を言われたのか分からないという表情をしていたが、すぐに思考が追い付いたのか再度頭を下げた。立ち上がり、退出しようと宝樹に背を向けて歩き出す。


「あぁ……、そうそう」


 その背中に声が掛けられた。慌ててこの部屋の主へと向き直る使用人だったが、宝樹はそちらの方へは視線も向けずに言う。


「咄嗟に音源を録音しようとした貴方の動きは見事なものだわ。褒美を用意してあげる。お金が良いか、何か別のものがいいか。考えておきなさい」


 礼を述べる使用人だったが、宝樹は手をひらひらと振るだけだ。使用人はもう一度頭を下げてから、この部屋を後にした。扉が完全に閉まったことを確認し、更に少々の間を空けてから、宝樹の口からお嬢様らしからぬ音が鳴った。


「お嬢様、はしたないですよ」


「私に世間一般のお嬢様像を当てはめるのはやめて。御爺様の前ではちゃんと猫を被っているのだからいいでしょ」


 背後に直立不動で控えている葵へと、宝樹はそう返した。


「油断したわ。敢えて見逃していた最後の1人が、まさかこんな馬鹿な事をしてその立場を潰してくるなんて……。いえ、むしろこれが目的だったのかしら」


「可能性は非常に高いと思われます」


「アマチカミアキの遺言……。中条聖夜は聞けたと思う?」


 暫しの沈黙の後、葵はゆっくりと首を振った。


「思えません。どのような条件で映像が投影することになっていたのかすら私には理解できませんが、何の情報も無く正解に辿り着けるとは……」


「そうよね」


 分かり切っていた回答に、宝樹は思わず自らの爪を噛む。


「折角、借りの一部でも返せるかと思っていたらこれよ。あぁ……、本当にイライラする」


「あの者の処分はいかがしましょうか」


「ただでは殺さないで」


 宝樹の顔に影が宿る。


「割れることが無いように爪を1枚ずつゆっくりと剥いで、歯を1本ずつ圧し折って……。それらをそいつの目の前で粉末状に磨り潰してから飲ませてあげましょう。それから髪の毛を毟って、丁寧に指を1本ずつ折って砕いて、耳を削ぎ落して、眼球を磨り潰してから腕と足を斬り落として……。その後は、死ぬまで放置しておきなさい。過程で死ぬことが無いように回復魔法も忘れないようにね」


 聖夜が聞いたらドン引きしそうなことを、宝樹はスラスラと躊躇いなく口にした。それに対して、何ら動揺した様子を見せない葵は、嘆息しつつも答える。


「まだあの者はスパイではなく、あくまで『自らのミス』として謝罪を繰り返しておりますが、処分してしまってよろしいのですね?」


「二度は言わないわ」


「かしこまりました」


 葵は一礼してから宝樹の部屋を去った。


「……失敗したわ」


 宝樹は頭を抱える。


 宝樹の人となりを知っている者がこの光景を見たら、思わず二度見していただろう。日頃から絶対的自信を衣服のように身に纏っている宝樹からは想像できない光景だった。宝樹は引き出しに仕舞い込んでいた一冊の本を取り出す。


 青白く光っていた本は、その輝きを失っていた。それも当然、宝樹にこの本へのアクセス権は本来無かったのだから。それを宝樹の持つ無系統魔法によって、回数制限有りの限定的な権限を有していたに過ぎない。


「試験運用で1回、中条に力を誇示する意味合いで1回、そしてあの戦場でイニシアチブを握るために1回。くそ……、考えれば考えるほど最後の1回が余計だったわね。牡丹に任せていれば、私が何もしなくたってあのジジイの頭も吹っ飛ばせていたはずだし。あぁあぁあぁ……、中条の前で格好つけようとしたのが失敗だったぁ……」


 ごん、と。

 鈍い音が鳴る。


 宝樹の額が堅い机へと打ち付けられた音だった。

 突っ伏した状態で本を放り出し、宝樹はなおも頭を抱える。


「……アクセス権をもう一度手にする為には、再度『脚本家(ブックメイカー)』に会わなければいけない。本の返却に来たと言えば『創世の間』に入れるかしら。いや、あの優男が本を回収して終わりだ。あの男は私が『脚本家(ブックメイカー)』の無系統を『模倣(コピー)』することに初めから反対だった。『創世の間』に入らなければ『脚本家(ブックメイカー)』と言葉が交わせない。『創世の間』に入るためには今井修の許可がいる。くそ……、くそ。詰んでるじゃないの……」


 いやいや、と額を机へと擦り付けるように宝樹は頭を振る。しばらくの間そうしていた宝樹は、ぴたりとその動きを止めた。むくりと顔を上げた宝樹の額は赤く染まっている。


「そうよ……」


 焦点の定まっていない状態で、宝樹はうわ言のように呟いた。


「ポジティブに考えましょう。これまではストックしていた無系統の希少価値が高過ぎて、ずっと私の無系統が飼い殺し状態になっていたのよ。これでそのストックは消えた。なら、新しい無系統が『模倣(コピー)』できるようになったということ。次は有用性が高くて、かつ何度も借りられる相手に頼ればいいんだわ」


 個人名は出していなかったが、宝樹の頭の中では既に候補者は1人に絞られている。


「一応、既に共闘宣言はしているわけだし、声を掛けても構わないわよね? ここで断られるかどうかで、私に対する信頼度を図ることもできるし一石二鳥じゃない? 自らの無系統魔法を晒すことになるけど、そこは私も種明かしするわけだから、お互いの理解を深めるためにも必要な工程とも言える。完璧だわ……」


 宝樹は満面の笑みを浮かべた。

 そうして言う。


「私、一度でいいから転移魔法を使ってみたかったのよね」


 彼女の頭の中では、死刑宣告を下したスパイの存在など、とうに消え失せていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
多分ムリだと思うよ……君、好かれるとは真逆のことしかしてないじゃん……(しかも全方位無差別)
[一言] 宝樹・・・このままいったらヤンデレヒロインやで・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ