第12話 脅威
☆
「中条様」
宝樹が連れて来た黒服の女が話しかけてきた。
俺のもとへと一歩進み出てきて口を開く。
「お嬢様より、中条様のことは何があろうとお守りせよと厳命を――」
そこから先は言わせなかった。
手を挙げることでそれを制する。意地を張ったわけじゃない。そうしないと、黒服の近くにいたシルベスターとケネシーまで「私も私も」と騒ぎそうだったからだ。
「ガス欠になったら頼らせてください」
そう告げて、臨機応変へと向き直る。
臨機応変は首からの出血で白のワイシャツを赤く染め、嗚咽を漏らしながらこちらを睨みつけていた。首を刎ね飛ばすことには失敗したが、それなりに深く裂けたのかもしれない。
「出て……、来たな。中条聖夜」
怨念が篭っていそうな声色で臨機応変は言う。
声が出せるということはそこまで深くは無いのか。多少聞き取りにくいが、何を言っているのか分からないほどではない。このままこいつ1人を処理するだけなら『魔力暴走』は必要無いだろう。ただ、こいつの部下については、未だどこにいるのかが分かっていない状態だ。
見つけ出すには、使うしかない。
使うタイミングが重要だな。
「結界内で……、閉じこもっておけば良かったものを」
「俺からの奇襲で息も絶え絶えになっている奴に言われてもな。何か一発芸でも披露してくれるのか? もっとも――」
臨機応変が、ジャケットの襟元に付けられた通信機器へと口元を近付ける。その通信機器を『神の書き換え作業術』を使って俺の手元へと転移させた。マイクの部分を手のひらで擦り、わざと雑音を走らせながら叫ぶ。
「中条聖夜が出てきました! 殺しなさい!!」
2ヵ所。
潜んでいた者たちから爆発的な魔力が膨れ上がったのを察知した。
「き、貴様っ」
通信機器が無くなっているのに気づき、俺がたった今何をしたのか理解したのだろう。臨機応変はその端正な表情を歪め、血を吐きながら叫ぶ。そして、その反応でこちらも理解する。ブラフなどではなく、臨機応変の部下は間違いなくこの戦場を訪れているということを。
もう殺してもいいか?
いや、これからここへ来るであろう奴らの姿を見て、臨機応変がどう反応するかを見てからか。どうやら雑音混じりの音声だったおかげで、ちゃんと奴の部下には虚偽の命令が伝わったようだし。
ただ、『ユグドラシル』は部隊リーダーを含めて4人で1チームだ。
1人は違和感に気付いたか。
真似た口調が悪かったのか。
それとも、合言葉か何かを決めていたのか。
合言葉は無いか。あったら他2人も反応していないに違いない。それを言ったら口調の線も無い気がするが。まあ、どうでもいいか。
煌く閃光。
唸る疾風。
雷属性の身体強化魔法を発現した女と、風の身体強化魔法を発現した男。両者が別々の場所から茂みを掻き分けて突貫してきた。臨機応変の歪んだ表情を視界の端で確認しつつ、襲撃者の姿を捉える。どこからどんな魔法を発現し、どのように襲ってこようが関係無い。シルベスターたちが迎撃しようと動き出すが、それすらも遅い。
俺の手には、シャープペンシルの替え芯が入ったケースが1つ。ポケットから取り出したそれを見て、臨機応変が声を上げようと口を開いた。
――『神の書き換え作業術』、発現。
「うっ」
「がっ」
あと少し。
俺へと腕を伸ばしていた襲撃者2人は、突如として表情を歪め己の胸へと手を当てた。空になった替え芯のケースを放り投げつつ、俺は両手に『神の書き換え作業術』を発現し、これまでの勢いを殺せずにこちらへ突っ込んでくるだけとなった両者へと手刀を振るった。
襲撃者2人の首が飛ぶ。
視線を臨機応変へと向けた。
口を開く。
「さて……」
鮮血が舞う。
「臨機応変」
首を失った胴体が、横滑りしながら俺の足元へと転がる。
「お前の部下はあと1人だな?」
臨機応変の表情が露骨に歪んだ。
部隊総出で来たことも確定でいいかな。
――第一段階、『魔力暴走』発動。
俺を中心として、爆発的な魔力が吹き荒れる。
足元に転がっていた死体2つが吹き飛んだ。
シルベスターも。
ケネシーも。
黒服の女も。
こちらへ駆け寄ろうとしていたが、余波に負けて後退る。
栞とルリ・カネミツは問題無い。
2人は結界の中にいるからだ。
俺の正面に立っていた臨機応変は、そのまま後ろ向きに倒れて転がっていた。その無様な様子を見届けながらも、俺の思考は別のところへと向いている。
探知魔法、発現。
この魔法の発現難易度はRankEで、魔法使いならば必須技能とも言えるほど初歩的なものだ。効力も、自らの魔力を周囲へと展開することで索敵するという単純なもの。ただ、この魔法の良いところは、発現量に応じて威力が増減するところにある。
つまり――。
俺は『神の書き換え作業術』を2回発現した。
1回目は、この戦場からひっそりと逃走を図っていた人物を対象として、この場へと転移させるためのもの。わざわざ俺の視界に入る場所へと転移させたのは、索敵に掛かった者が複数いて、誰が臨機応変の部下なのか判別できなかったからだ。
突如として、俺たちがいるこの場へと見知らぬ男が姿を見せる。この戦場から1人だけ遠ざかろうとしている人間を選択したのだが、どうやら当たりを引いたようだ。他の奴らは神楽の護衛かな。何もせずにこちらの様子を窺っているだけなら、とりあえずは放置で良いだろう。
「臨――」
そして、2回目の『神の書き換え作業術』。俺の手刀が、有無を言わさず男の首を刎ねる。何かを口にしようとしていた男だったが、結局誰に何を伝えたかったのか分かることもなく死亡した。噴き上がる鮮血から視線を外し、臨機応変へと顔を向ける。こちらに背を向けて逃走を図っていた臨機応変が、ちょうど茂みの中へと姿を消すところだった。
魔力にあてられていたシルベスターが叫ぶ。
「追跡は私が――」
それを手で制した。
「必要無いよ」
「ひ、必要無い……、とは?」
ケネシーの疑問には、笑顔で応えてやる。
ポケットから新しい替え芯のケースを取り出した。
「……何だよ。瞬殺よりじわじわと恐怖を与えられる方がお望みだったか」
★
「はっ……、はっ……」
夕暮れ時も、もう終わる。
夜の帳が下りてくる。
紅に染まっていた木々が、その温かな光の反射を弱める。
自らに追従するように映し出されていた影の輪郭が、徐々に徐々に薄れていく。
「はっ……、はっ……」
草木を掻き分け、臨機応変は走る。
息を切らせながら。
首元から滴る血を手で押さえながら。
「はっ……、はっ……、げほっ」
吐血する。
それでも足は止めない。
止めることなど、できはしない。
とにかく。
少しでも遠くへと逃れたかった。
あの白い髪をした化け物から。
「はっ……、はっ……」
想定と遥かに違っていた。
今回の指令が下された時、臨機応変は『対象である中条聖夜には何らかの心境の変化があったのか、多少の平和ボケは改善されたようだ』と情報を受け取っていた。その時、臨機応変は『ようやくか』と思ったのだ。
そう。
そうとしか思えなかった。
世界最強の魔法使いであるリナリー・エヴァンスの庇護下にいるということは、決して安全だというわけではない。リナリー・エヴァンスを敵対視する勢力からすれば、格好の的となるからだ。現に『ユグドラシル』からすれば、中条聖夜とはそういう存在だった。
そんな立場に身を置いているにも拘わらず、命を奪うことに躊躇いを覚えるという能天気な思考回路をしている中条聖夜に対して、臨機応変は理解不能の愚者というレッテルを貼り付けていた。
それがようやく、多少の平和ボケが改善されたというのだ。
ようやくか、と。
臨機応変は、そうとしか思えなかった。
「はっ……、はっ……、ぐっ」
咳き込む。
そのたびに、血を吐く。
足がもつれた。
それでも、何とか体勢を整え先へと進む。
気が付けば、物質強化魔法を発現して得物にしていたネクタイが手元に無かった。どこで落としたのかも、朦朧とし始めた頭では覚えていない。無くても構わない。今の臨機応変に、もはや戦闘継続の意思は無かった。
目の前に生えている枝を押しのける。
パキリ、と乾いた音がして折れた。
「はっ……、はっ……」
過信していた。
自らの保有する戦闘能力と。
部下たちの技量と。
物量で押し切れと言わんばかりの共同戦線。
そして、下部組織の招集。
滴る血が地面に染み込む。
雑草が僅かに水滴を弾き返した。
ぐらり、と身体が傾く。
大きな木の幹へと身体を預ける。
臨機応変は、木々の狭間から覗く空を見上げた。
燃えるような赤はとうに消え去り、僅かな青と黒が入り混じった色をしていた。
「はっ……、はっ……」
ここまで変わるとは思っていなかった。
本当に、比喩では無く人が変わったかのようだった。
躊躇いなく人を殺せる。命を奪える。
どこが平和ボケしているというのだ。
顔色1つ変えずに首を刎ね飛ばすなど、普通の神経なら不可能だ。
少なくとも、平和ボケした学園生活を送っている学生ができることではない。
どんな心境の変化があったのか。
目の前で大切な人でも殺されたのか。
そんな情報は、臨機応変は受け取っていない。
花園家の第一護衛と親しかったという話は聞いていたが、それであそこまで変わると言うのか。だとしたら、間違いなく中条聖夜はこういった仕事は向いていないだろう。死は日常と隣り合わせだ。それが嫌なら、頭角を現すことなく、敵を作ることも無く、細々と生きていくしかない。
いや。
「……逆、か」
他人の死で、あそこまで変われるのだとしたら。
敵を殺すことに躊躇いを覚えなくなるだけで、こうも圧倒的な存在になれるのなら。
中条聖夜は、入るべくしてリナリー・エヴァンスの庇護下に入ったのだ。そして、中条聖夜は決してリナリー・エヴァンスの弱点にはなり得ない。格好の的などでは断じてない。『黄金色の旋律』と敵対している『ユグドラシル』からすれば、まさしく脅威であると言えた。
止めていた足を動かす。
少しでも。
少しでも遠くへ。
視界が滲む。
一瞬だけ、前に進んでいるのか分からなくなった。
そこで、臨機応変は不思議に思った。
ぼんやりとした頭で。
なぜ、いつまで経っても追っ手が来ないのか、と。
今の臨機応変の移動速度は、決して早くない。
身体強化魔法を発現することすらできず、走ることもままならない。喉を裂かれ、大量の出血をしているからというだけではない。おそらくは、中条聖夜から莫大な魔力が噴き出し、それを受けて後ろへと転がった時に強く頭を打ったせいだ。
ふらつく身体で。
定まらない思考で。
滲む汗を拭い、垂れる血を抑えながら。
臨機応変は気付く。
「あぁ……、そうか」
気付いてしまった。
「この私は既に、追いかける必要すら無い存在となっていたのですか」
足を止める。
肩で息をしながら周囲へと視線を巡らせる。
人の気配は感じられない。
不気味なほどの沈黙だった。
臨機応変は、もう先へ進むことは無い。
悟ったかのように、その場へと立ち尽くしたままだ。
それからやや間があって。
激しく鼓動を刻む心臓に異物が入り込んだ。
「うっ……、ぐっ、あ……」
胸を抑える。
掻き毟りたくなるほどの激痛が押し寄せた。
口を開いて、閉じて。
天を仰ぐようにして顔を上げて。
膝から崩れ落ちた。
そのまま前のめりに倒れ伏す。
投げ出された肢体は、もう二度と動き出すことは無かった。
☆
現状の俺にとって、『魔力暴走』と探知魔法、そして『神の書き換え作業術』の組み合わせは最強コンボだ。探知魔法の策敵領域を『魔力暴走』で拡大し、それによって得た座標情報を利用して『神の書き換え作業術』を発現する。
あらかじめ索敵に引っ掛かった標的が敵だと分かっていれば、シャープペンシルの替え芯を始めとする何かしらの物体を標的と重なる座標へと転移させれば確殺できるし、敵かどうか判別できなければ、標的そのものの座標を書き換えて俺のもとへと転移させればいい。それで敵だと分かれば首を刎ねておしまい。
このコンボを発動している間、俺はこの場から動く必要すら無い。
まあ、欠点があるとすれば。
「T・メイカー様!」
一歩で距離を詰めたケネシーが支えてくれた。
「すまん、ちょっと座らせてくれ」
ケネシーの手を借りてその場へと座り込む。
実験は成功だな。机上の空論のまま危ない橋を渡りたくなかったので、神楽の守護がある今日試すことができて良かった。はっきり言って、2回目の『魔力暴走』は使わなくても良かった。索敵に時間は掛ったかもしれないが、神楽の護衛はこちら側だと明言してくれていたわけだし、頼まなくても後始末はしてくれていたはずだ。
それでも、今日試した価値はあった。
これは実戦でも使える。但し、短期決戦か、周囲に戦闘不能となった俺を守れる味方がいる場合に限られてしまうが。それでも、有用性は十分にあると見ていいだろう。
「やるわね、中条」
頭上から声が掛かる。
見上げれば、神楽がゆっくりと降下してくるところだった。
「美味しいところはすべて持って行かれた気分だわ」
「……そんなわけあるか」
お前らが来てくれなければ危なかった。シルベスターやケネシーは特攻を仕掛けそうな勢いだったからな。数の暴力とは恐ろしい。もっとも、数でも力でも押し切れそうな選択肢を持つ存在が、俺の目の前にいるわけだが。
神楽が俺の前へと、優雅な仕草で降り立った。同時に、シルベスターとケネシー、そして駆け寄って来たルリが俺を庇うようにして前に立つ。その動作を見て眉を吊り上げた黒服の女も一歩を踏み出そうとしたが、そちらは神楽によって手で制されていた。
「シルベスター、下がってくれ」
「しかし」
「三度目は無い。下がれ」
何かを言おうとして、それを必死に呑み込んだシルベスターが身を引いた。それに倣ってケネシーとルリも下がる。神楽が感心したかのような声を上げた。
「あら、いいのかしら。私の前で、そんな無防備な姿を晒してしまって」
「何だ。こんな詰まらない状態で勝利を得て喜ぶタイプだったのか? だったら好きにすればいいさ」
眼鏡の奥に覗く勝気な目が細められる。
しかし、神楽が俺の挑発に乗ることは無かった。
「葵、牡丹、来なさい」
神楽の呼びかけに、新たに2人の黒服が姿を見せる。
音も無く神楽の両サイドに降り立った。
……索敵で引っかかった奴らか。
あと2人はいるはずなんだが。
そう思いつつ、視線を巡らせてみる。
その行動を見て、なぜか神楽が笑みを深めた。
「葵は会ったことがあったわね」
神楽からの名指しに、黒服の1人がこちらへと頭を下げて来た。
会ったことがあると言われても、全員が黒服にサングラス、黒の長髪というテンプレのような護衛じゃ見分けがつかねーんだよ。まあ、こいつが青藍で俺に襲い掛かってきたことは憶えているが。
「今日はここにいる3人だけ紹介しておくわ。葵、牡丹、雅よ。今後、何かで一緒になったらよろしくしてあげてね」
分からないっつってんだろ。
せめてサングラスを取れ。
一緒になったらって何だよ。
肩を並べて戦う機会なんてそうそう無いだろうが。
むしろ、今回助太刀してくれたことすら怖いんだよ。
何を要求されるか分かったものじゃない。
俺の無言の抗議に何を思ったのか、神楽は含み笑いを漏らした。
「私、借りを作るのは嫌いなの。ここで、そう言うつもりだったのだけれど……。貴方には全てお見通しだったということね」
はあ?
「清算しに来たつもりが、更なる負債を抱え込まされた気分だわ。貴方は貴方で良い性格をしているわね。これ以上、この私に何をさせたいのかしら」
こいつは何を言っているんだ?
白銀色とは別の意味で噛み合わない奴だな。
どう反応すべきか悩んでいたが、幸いにしてと言っていいのか、神楽は俺を見る目を細めた後に、もう一度微笑みを浮かべてこう口にした。
「では、ごきげんよう。中条」
踵を返す。
黒服も俺へと一礼してからその後へ続いた。
どこか遠くからヘリコプターの音が聞こえる。それは徐々に大きくなり、この開けた空間へと姿を見せた。もう神楽の視線がこちらを捉えることは無かった。何も言わずにヘリコプターへと乗り込む。それに黒服の1人が続き、扉を閉めた。
ヘリコプターが上昇する。
その姿は闇夜に溶け込み、直ぐに見えなくなった。
残された黒服2人は、こちらへもう一度一礼してから姿を消した。
おそらくは強化魔法を発現したのだろう。
「メイカー様」
舞い戻った静寂の中、シルベスターが口を開く。
「先ほどの神楽の言葉には、どのような意味が?」
「……まあ、そのうちな」
取り敢えず、そう答えた。
なにせ、俺も意味が分かっていないのだから。
★
窓から覗く夜景に視線を向けたまま、宝樹は口を開く。
「報告を」
「今回投入された部隊は4チーム、その全ての死亡を確認しました。招集された下部組織につきましては、正確な人数を把握するのは不可能かと思われますが、桜花より視界に収めた者は残さず殲滅したとの報告が入っております。現在、50名を追加投入してあの地一帯の策敵を行っております」
「中条たちを刺激しないようにね」
「はっ。その辺りは徹底しております」
「ん」
宝樹は1つ頷いた。
「50も投入していて、孤児院の方は大丈夫なの?」
「そちらも抜かりなく、手配は済んでおります。報道陣は一度引かせました」
その回答に、宝樹の視線が雅へと向けられる。
「おそらく、中条たちはこの後孤児院を調べるわよ。押収なんてさせていないでしょうね」
「そちらにつきましても徹底しておりますので、問題は無いかと」
「そう。ならいいわ」
向けられた視線は、再び夜景へと戻った。
暫しの沈黙。
それを破ったのはまたしても宝樹だ。
「どう感じた?」
「脅威かと」
対象の抜けた抽象的な問いかけに対して、雅は即答した。
「放出される魔力量にムラがある点については気に掛かるところではありますが、実力は申し分ありません。特に、上振れした際の戦闘能力は、我々の誰よりも上です。5人全員でかかったとしても、おそらくはこちらが負けるでしょう。反動の大きさに目を瞑ってでも、有用であると判断されたお嬢様の考えは間違っておりません」
「故に、脅威だと」
「はっ。……このまま野放しにしていてよろしいので?」
宝樹は笑みを零し、ようやくその顔を隣に座る雅へと向ける。
「あの男は、神楽家の下につくような奴じゃない」
「リナリー・エヴァンスの下にはついているのに、ですか」
「リナリー・エヴァンスだから、よ。そして、下についているという表現も間違っている可能性が高い」
暗い機体の中で、サングラスの奥に隠された瞳が僅かに見開かれたであろうことを、宝樹は確信していた。やや間が合って、雅は口を開く。
「……そこまで、ですか。お嬢様にそう言わしめる要因となった場に、私も同席させて頂きたかったものです」
「じきに分かるわよ、貴方も。今日もその片鱗は見えていたでしょう」
「やはり、我々の前であれだけの隙を晒してでも、あの無系統と思われる魔法を見せたのはわざとだったと?」
「当たり前でしょう」
宝樹は、鼻を鳴らして視線を夜景へと戻す。
「学園での一件のお返し……、ということなのでしょうね。相変わらず、どこまでも私の先を行く男だわ」
その顔には、笑みが浮かんだままだった。
次回の更新予定日は、9月9日(水)もしくは9月16日(水)です。




