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テレポーター  作者: SoLa
第11章 女帝降臨編
388/432

第8話 炎上

 果たしてこれまであっただろうか。


 新キャラである美少女眼鏡っ子が学園にやってきたものの、自己紹介からトラブルを起こした挙句そのままヘリで帰宅し、その後も一度も登校することも無く、ふたを開けてみれば主人公と肩を並べて授業を受けることも無く、結局学園を辞めてしまう小説なんて。


 なんで来たんだろうね。




 通話相手からもたらされた情報に対して、リナリーは思わず言葉に詰まってしまう。しかし、激しく動揺する心境を余所に、リナリーの行動は至って冷静なものだった。魔力を利用した跳躍で、シスター・メリッサの私室に繋がる入り口へ到達したリナリーは、その扉を蹴破るようにして開ける。


 短い廊下を進み、備え付けのテレビがある部屋に入ったリナリーは、リモコンの電源ボタンを押した。


『――市にある孤児院前から中継でお送りしております! 今現在も消防による懸命な消火活動が続けられておりますが、依然として火の手が収まる気配はございません! 中には複数の子どもたちが取り残されているとの情報もあり――』


「……これは、なに」


 その声は震えていた。


 リナリーは、呆然と画面に映る炎と噴き上がる黒煙を眺める。手にしていたリモコンが滑り落ち、床を打つ音がむなしく鳴り響いた。


『私たちが到着した頃には、既に警察や消防だけでは無く、マスコミも到着していました。規制線付近まで近寄るとカメラで写される恐れがある為、私たちはある程度の距離を置いたところにいます』


 (しおり)の声がスマートフォンから届く。


 同時に。

 どこからか、ミシリと音が鳴った。


『上空からはヘリコプターで撮影している局もあるようで、これ以上ここに留まっているのは危険と判断しますが……、リナリー? 聞いていますか?』


 ギシッと。

 一際大きな音が鳴る。


 それが合図となった。




 花瓶が割れて中の水が弾ける。

 ベッドが圧し潰され埃が舞う。

 天井がへこみ、電球が吹き飛ぶ。

 ガラスへ蜘蛛の巣状に亀裂が走り、カーテンが翻る。




 テレビはとうに沈黙していた。


「リナリー! ぎゃー! なんじゃこりゃー!!」


 不穏な魔力を感じ取り、慌てて自らの私室へと駆け込んできたシスター・メリッサがその惨状を目の当たりにして大声を上げる。


「栞、すぐにその場を離脱しなさい。……栞? 返事を――」


 応答が無い事を不審に思い、耳元にあてていたスマートフォンを見る。画面にヒビが入ったスマートフォンは、通話どころか機能そのものが既に停止していた。


 舌打ち1つ。

 リナリーは持っていたスマートフォンを放り投げてから踵を返す。


「ちょっ、ちょいちょいちょい! ちょい待ち!」


 まるで自分の存在など眼中に無いかのようにすり抜けようとするリナリーを、シスター・メリッサが両手を広げて制した。


「……どいて」


「落ち着きなってリナリー。いったい何があったってのさ」


「どいて」


「リナリー!」


「どきなさいっつってんでしょうが!!」


 咆哮。

 同時に魔力が暴風となって吹き荒れた。


 ただでさえ無茶苦茶になっていたシスター・メリッサの部屋が、荒れ狂うリナリーの魔力によって更にシェイクされたかのような状態となる。それでも、部屋の扉前でリナリーの進路を塞いでいたシスター・メリッサは引かなかった。


 自らの正面へ無詠唱で発現した障壁魔法が、暴風と化したリナリーの魔力からシスター・メリッサを守る。


「おい」


 シスター・メリッサは、左脚を一歩引いて腰を落とし、右手を前へと突き出した。完全に臨戦態勢となったシスター・メリッサがドスの効いた声を上げる。


「今すぐ魔力を抑えて頭を下げろ。5秒以内にそれができなければ、私はあんたをこの学園への危険人物と見做す」


 障壁越しにシスター・メリッサとリナリーの視線が交わった。


「5」


 シスター・メリッサのカウントが始まる。


「4」


 リナリーの目が細められた。


「3」


 シスター・メリッサが懐に手を伸ばす。


「2」


 リナリーが意図的に大きく息を吐いた。


「1」


 荒れ狂っていた魔力が消える。


「ゼ――」


 リナリーが頭を下げた。


「ごめん」


 懐から取り出していたスマートフォンを、これ見よがしに仕舞い直したシスター・メリッサが指を鳴らす。その音に呼応するようにして、両者を隔てていた障壁が甲高い音を立てて砕け散った。頭を下げたままのリナリーを見て、シスターメリッサは鼻を鳴らした。


「英断だったね。弁償しなよ」


「……ええ」


 多少は落ち着いてきたか、とその声色で判断したシスター・メリッサは、いったい何があったのかと聞き出そうとした。しかし、その前にシスター・メリッサの懐から着信音が鳴る。内心で舌打ちしつつ、シスター・メリッサはスマートフォンを取り出した。


「……美麗?」


 リナリーからの視線を感じつつ、シスター・メリッサが通話に応じる。


『シスター・メリッサ。リナリー・エヴァンスはまだ近くにいますか』


「え? いるけど」


 突然の質問にそう答えつつ、シスター・メリッサの視線はリナリーへと向いた。


『それは良かったです。リナリーの携帯にいくら電話しても繋がらないので、てっきり約束を破って独断専行でもしたのかと』


「……独断専行? 何の話?」


『まだニュースを見ていないのですか?』


「あー……、ちょっと今、私のテレビ調子悪くて」


 リナリーが気まずそうに視線を逸らす。

 その先にあるのは、完全に原型を失っているテレビだった塊だ。


『リナリーのお願いで調べていた孤児院が、何者かによって襲撃されました。現在、消防が消火活動を続けていますが、現地からの情報では、救出は絶望的のようです』


「はっ?」


 あまりの内容に、シスター・メリッサの口から出たのはそれだけだった。目の前にいるリナリーを思わず凝視してしまう。先ほどのリナリーの激情。その原因を、シスター・メリッサはようやく理解した。


『それから、その孤児院付近で魔法使い同士によるトラブルが発生したとの情報が入っているのですが……、リナリーはそこにいるのですよね?』


「何ですって?」


 シスター・メリッサは、リナリーの方へと顔ごと視線を向ける。


 しかし。

 その時には。


「あっ、おい! リナリー!!」


 美麗の声が漏れ聞こえていたのか。リナリーはシスター・メリッサの一瞬の隙を突き、横をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。思わず舌打ちをかましたシスター・メリッサも続けて部屋を出る。長くはない廊下を一歩で渡り切ったシスター・メリッサは、瞬く間に教会の広間まで戻って来た。


 ほぼ同時に酷い音を立てて教会の扉が開かれる。シスター・メリッサがリナリーの後ろ姿を捉えられたのは1秒足らずのことだった。そこで、地下の訓練場からひょっこりと顔を覗かせたアリスと出くわした。


「……あ、あの」


「あー! くそっ! 美麗、リナリーが出て行っちまったよ! こっちはアリスがいるから動けない!」


 びくっと肩を震わせたアリスの頭をやや乱暴に撫でまわしながら、シスター・メリッサは電話越しに美麗へと怒鳴る。


『……でしょうね。迂闊でした。フォローはこちらの方で行います。リナリーは私たちの後も独自で調査を?』


 あくまでも淡々とした口調で事実確認をしてくる美麗へ、高ぶっていたシスター・メリッサの感情も徐々に抑制されてきた。1つ深呼吸することで落ち着きを取り戻したシスター・メリッサは言う。


「黄金色の誰かに白銀色を護衛につけてやってたみたいだよ。詳細は知らないけど」


『……なるほど。核心に迫る何かがあったのかもしれませんね』


 このタイミングで調査していた孤児院が狙われる可能性など1つしかない。美麗の推測はもっともであると言える。しかし、訓練場で言葉を交わしていたシスター・メリッサからすれば、その推測には首を傾げざるを得ない。


「それはどうかな。さっきのあいつは諦めそうな感じだったよ」


『あら、そうなのですか? ……どちらにせよ、あちらでの魔法使い同士のトラブルとやらが「黄金色の旋律」絡みだとするなら、こちらとしても何もしないわけには参りません。すぐに援軍を用意します』


「それが良いよ。可能ならリナリーより早く着けるように手配することだね」


 シスター・メリッサは、自分の頭の中で思い描く未来に苦笑しながら言葉を続ける。


「あいつ、マジギレしてるからね。いくら山の中とはいえ、孤児院の周囲一帯が更地になるよ」







「リナリー? リナリー! ……まったく、あの人は」


 栞は応答しなくなった相手への愚痴を零しながら、自らのスマートフォンに表示された文字を見る。そこには予想通り『通話終了』の文字が躍っていた。


「如何されました。エヴァンス様の身に何かが?」


 少し離れた場所で通話が終わるのを待っていたシルベスター・レイリーがやってくる。それに対してどう答えるか悩んだのは、わずか一瞬のことであった。


「いえ、指示を仰ぐ前に通話が切れただけです。あちらは問題無いでしょう。リナリーがいるのは花園と姫百合の庇護下となっている地ですから」


 通話が切れたという表現でどこかに飛んで行きそうになるシルベスターだったが、続く栞の言葉で何とかこの場に留まるという選択をしたようだった。その手に取るように分かってしまう挙動に、栞は内心でため息を吐きたくなる気持ちでいっぱいだった。


(リナリーは戦力になる良い駒だから好きに使え、と言っていましたが……)


 そう言えるのはリナリーとT・メイカーだけだ、と栞は思う。


 そもそもこのシルベスターを筆頭とした『白銀色の戦乙女』は、リナリー・エヴァンスという個人を補佐するために誕生した魔法世界のギルドだ。その忠誠心はリナリーに向いており、『黄金色の旋律』構成員全てに向いているわけではない。


 いや、その言い方は語弊があるか。

 正しくは、『黄金色の旋律』構成員全てへ、平等に向けられているわけではない、だ。


 例えば、リナリーと栞。


 2人から並行して行えない異なる命令を同時に下されたとすれば、白銀色の面々は確実にリナリーの命令を優先する。リナリーからの命令を完璧にこなした上で、まだ間に合うなら、リナリーの意思に反しない限りで栞の命令に従う。こんなところだろう。


 リナリー以外の命令で、一瞬でも彼女たちの天秤が傾くことがあるとするなら、それはおそらくT・メイカーによるものだけに違いない。彼女たちの中には、リナリーよりT・メイカーを優先しようとする者もいるらしいからだ。


(お兄様は、ご自身のことを「力を振るうだけしか能がない」と言っていましたが)


 そんなことは無い、と栞は断言できる。


 魔法世界の一件で、己の無力さを痛感したと嘆く彼女の義理の兄だったが、栞からすればそんなことは断じてない。もし本当に彼が「力を振るうだけしか能がない」存在だったとするならば、この白銀色の心変わりはどう説明しろというのか。


 もともとはリナリー・エヴァンスを補佐するために集った者たちが、その一部とはいえリナリー以外を優先しようとしているのだ。


(人心掌握の術に関しては、ある意味でリナリーを抜いていると言えますね)


「では、我々はどうしますか」と問うてくるシルベスターへと、栞は視線を向ける。


 このシルベスターにおいても、最終的にはリナリーを選ぶにせよ、T・メイカーから別の命令が下れば一考はするだろう。最終的にリナリーの命令を完遂することを念頭に置きつつも、可能な範囲でT・メイカーの希望に沿うように動くに違いない。いったい、何をどうすれば狂信者とまで言われる白銀色の面々をここまで懐柔できるというのか。


 栞からすれば、是非ともその方法についてご教授願いたいものだった。


「ここにいてもできることはありません。むしろ、我々の存在が知られることの方が厄介となるでしょう。それはリナリーの思惑に反しています。一度、距離を置くことにします」


「御意」


 シルベスターが頭を下げる。


 しかし、栞は知っている。シルベスターが理由も聞かずに栞へ従っているのは、リナリーからそうしろと命じられているからだ。更に言うなら、栞が指示を出す際に「リナリーの思惑通りに行動している」と明言しているからだ。勿論、栞は意図的にそうした言葉を選んで発言している。それがお互いにとってもっともメリットのある発言だと分かっているからだ。


 やりにくい。

 しかし、やるしかない。


 急に連絡を絶った自らのグループの長へ呪いの言葉でもかけてやりたい気持ちになりながら、栞はシルベスターを促して自らの護衛として周囲に展開している白銀色の面々と合流を図ろうとする。


 その前に、1人の少年が立ちふさがった。


「やあ、初めまして。僕は切磋琢磨(セッサタクマ)。よろしくね、お姉さんたち」







 授業中のことだった。


 ポケットに仕舞っていたスマートフォンが震えた。マナーモードにしていたため音は出ていない。バイブレーションの音は、数学の教師が黒板に公式を書いている最中だったため、周りには聞こえていないようだった。


 メールではない。

 振動が継続的に続いていることで、まずそれが分かった。


 俺の交友関係は、残念ながらこの学園内で完結してしまっている。そのため、この電話にかけてきている人物は表側の存在では無いことになる。周囲に気取られないように、こっそりとスマートフォンをポケットから取り出して、誰から掛かって来たのかを確認する。


 画面に『栞』と表示されているのを見て、俺は躊躇いを捨ててその場で『通話』ボタンをタップした。


 そして。

 通話相手からの第一声。


『お兄様っ!』


 らしくない、焦りを含んだその声色。


 無詠唱で身体強化魔法を足に掛けた俺が立ち上がる。数学教師が驚いた様子でこちらを振り返る頃には、俺は開放された窓枠へと足を掛けていた。


「聖夜様!!」


 エマの呼びかけも今は無視。

 跳躍し、校庭へと降り立つ。


 同時に、再び跳躍。

 全力で駆ける。


 具体的な目的地など決めていなかった。ただ、人目のつかないところという判断で、慣れ親しんだ生徒会館へ繋がる道へと駆けた。学園が所有する森へと突っ込む。草木を掻き分け、更に奥へ。学園の本館からかなりの距離を置き、多少の異変が起こってもすぐには来れないであろう森の中まで来て、俺は足を止めた。


 通話を再開するためではない。




 自らの魔力を意図的に暴走状態にするためだ。




「持ってくれよ……」


 頼むから、と。

 俺は独り言のように祈りの言葉を口にする。


 栞が、今どこにいて、何をしているのかは分からない。


 しかし、栞は無意味に俺へ助けを求めてくるようなことはしない。そして、可能な限り俺に不利益が生じるようなことをしてくるような奴じゃない。つまり、俺なら来れるであろう範囲で何か不都合なことが生じており、俺が学園で授業を受けている時間だと分かっていながらも、助けを求めなければならないような何かに巻き込まれているということだ。


 それなら、俺のやるべきことは1つだけだ。


「第一段階、魔力暴走(オーバードライブ)


 意図的に、自らの魔力生成器官を刺激して暴走状態に持ち込む。


 爆発的に膨れ上がった俺の魔力が、周囲一帯の木々を吹き飛ばした。地面は俺が立っている場所を中心として半球体状に陥没し、それに応じた範囲で木々が木っ端みじんに消し飛ぶ。自らから生じる魔力にふらつきながらも、俺は腕に装着したMCへと手を伸ばした。


「行くぞ、ウリウム」


《勝手なことをされて、あたし怒ってるんだけど?》


 悪かったって。

 でも、話し合っている時間も無いんだ。


 あいつは、本当にぎりぎりまで、助けを求めようとはしないだろうから。


 俺を呼んだということは、準備はできているということ。

 荒れ狂う魔力を糧に、無系統魔法を発現させる。


 荒れ狂う全ての魔力を操れるわけではない。残念ながら、今の俺の技量では第二段階である『暴走掌握(アンチテーゼ)』までは至れなかった。しかし、魔力生成器官から生じる魔力の絶対量を馬鹿みたいに増やすことで、ほんの一部分でも利用できる魔力が増えてくれるのなら、それでいい。どれだけ遠い距離であろうと、栞が俺ならできると判断した距離なのだ。


 ならば、それに応えてやる必要がある。

 これはもはや、俺にとっての意地だった。




 ――――『神の上書き作業術(オーバーライト)』、発現。




 ずりゅっ、と。

 そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで、俺の中から魔力が抜けた。







 最初は優勢だった。


 白銀色から栞の護衛として派遣されたのは3名。リーダーであるシルベスター・レイリーに加え、副リーダーのケネシー・アプリコットと日本人であるルリ・カネミツ。そもそもリナリーからの求めに応じて日本へとやってきたのがこの3名だったため、これが日本における『白銀色の戦乙女』の構成員全員だ。


 どのような過程を経てこのメンバーに決まったのかは栞の知るところではないが、少なくとも白銀色内での最高戦力であるシルベスターに加えて、後は相性や突出した異能などを考えると実力がほぼ横ばいとなる同グループから更に2名も借り受けたのだ。アマチカミアキの側近クラスでも現れない限り、戦力的には過剰となるのでは、とまで栞は考えていたほどだ。


 だが、そうはならなかった。


 敵は4名。

 栞も含めればこちらと同じ人数だ。


 しかし、栞は近接戦においてはほとんど役に立たないことを自覚している。特に、シルベスターなどが全力を振るって戦うレベルの魔法戦なら、足手纏いどころか逆に敵側から見向きもされないほどだ。ただ、栞の存在が他3名にとっての護衛対象だったのなら、敵側からの価値も変わる。


 端的に言えば、栞を殺すか守り通すかの戦いとなった。


 コードネームを名乗ったのは、最初に遭遇した黒髪の少年のみ。他の敵3名がどのようなコードネームを所有していて、どのような魔法を使うのかを栞は知らない。シルベスターとケネシーが戦況を巧みに誘導し、栞とその護衛として残ったルリ・カネミツへ近付けさせないように防衛戦を繰り広げているからだ。


 視界の悪い森林の中では、敵の攻撃からパターンを分析することができない。中・遠距離戦なら活躍する栞の攻撃手段も、栞が積極的に動かなければ役には立たない。完璧な位置取りができなければ、近接戦闘能力が無い射手はただの的でしかないからだ。


 栞が勝手に動くことをシルベスターたちは嫌っている。彼女たちが防衛戦で栞を守ろうとしていることは栞自身理解しており、自分が勝手に動いて彼女たちのペースを崩してしまっては本末転倒だと栞は考えている。そうなると、この場での栞はただのお荷物に成り下がってしまうわけだ。


 それでも、シルベスターたちの手に負える相手なら問題無いと栞は考えていた。劣勢になりつつあると思い始めたのは、シルベスターとケネシーの猛攻を潜り抜けた刺客へ、ルリが応戦し始めてから。木々の隙間を縫って、魔法球が飛んでくることが増えた。それら全てを抜刀したルリが無言で斬り捨てている。


 発現者本人は、未だ姿を見せていない。それは、栞が視認できる距離までシルベスターたちが距離を詰めさせていないことを意味している。栞を中心として、360度至る所から戦闘音が聞こえてくる。右で剣戟の激しさを知らせる甲高い音が鳴ったかと思えば、左後ろから何かの炸裂音が聞こえてくる。左手で爆音が鳴ったかと思えば、右斜め前方から斬撃音だ。そしてそれら全てが、敵味方それぞれが強化魔法を駆使し、縦横無尽に駆け回っていることを栞に窺わせていた。


 しかし、その均衡もついには破られてしまう。


 最初に一方的な自己紹介をしてきた少年が姿を見せる。全身強化魔法を身に纏った切磋琢磨の四字熟語を名乗る少年が、ローブを血で汚しながらも突っ込んできたのだ。それにルリが応じる。少年の持つ剣とルリの剣が混じり合い、火花を散らした。


 この時点で、栞はもうここにいる白銀色だけでは解決できないと判断した。


 スマートフォンを取り出し、あらかじめ用意していた番号に電話を掛ける。数コールの後、繋がった瞬間に栞は叫んだ。


「お兄様っ!」


 らしくない、焦りの感情を多分に含んだ声色だった自覚はある。


 しかし、それでいい。

 これで、何の説明をしなくとも、栞が伝えたいこと全てが相手に伝わる。


 ――伝わってしまう。


 自らが重荷になってしまっているという事実に下唇を噛みながら、栞は胸ポケットに忍ばせていた1円玉を取り出し、宙へと放った。


 ルリと現在進行形で剣を交えている少年は、その傍から見れば不可思議な行動をしているであろう栞の様子を見て嘲笑うように口を開く。


「あはは。それは何の願掛けだい? まさか僕たちを買収しようって腹積もりなのかな?」


「よそ見するとは不愉快。貴方の相手は私」


「剣術だけを見るなら目を見張るものがあるけどね。魔法戦闘という範囲で見れば、さっきのお姉さんたちの方が学べることが多かったんだよなぁ」


 常人では目にも負えない速度で剣を振るう両者が、その刹那の間でそんな会話を繰り広げている。弓で応戦しようにも、高速で立ち位置が入れ替わるこの状況では、ルリを打ち抜いてしまう可能性もある。そのため、栞は最後までその戦いに手を出すことはできなかった。


 そう。

 最後まで。


 先ほど栞が放った1円玉が転がった先。

 ルリと切磋琢磨が高速で攻防を繰り広げるそのすぐ近く。


 その場所で。

 突如として吐き気を催す程の濃密な魔力が噴き出した。


 それは、まさに爆発と言っていい。


 なにせ、余波で地面は抉れて周囲の木々は木っ端みじんに吹き飛ばされたのだ。近距離にいたルリも、切磋琢磨もそれに巻き込まれて派手に吹き飛ばされる。咄嗟のことで栞もその余波に巻き込まれたが、受け身も取れない状態で地面を転がることにはならなかった。


 まったく違う方向へと吹き飛ばされたはずのルリが、全身強化魔法を駆使して瞬く間に栞の背後を取り、飛んできた栞を全身で受け止める。


「カ、カネミツさんっ」


「ん。援軍来た。まさかあの人が来るとは思わなかったけど」


「はいっ」


 ルリは左腕で優しく栞を地面に下ろしつつ、右手に握られていた日本刀を地面に突き刺す。その日本刀を起点として、三角錐状に結界が展開された。栞とルリを、暴力的なまでの魔力の嵐から守るようにして。ただ、栞からすれば、濃密過ぎる魔力によって息苦しさを感じることはあれど、命の危険を感じることは無かった。なぜなら、その魔力の矛先が敵意を持って自分に向くことはない、ということを栞は良く知っているからだ。


「お兄様っ」


 栞は叫ぶ。


 その暴風を巻き起こした張本人。

 荒れ狂う魔力の奔流、その中心部に姿を現した少年に向けて。


 白髪の少年がその声に応えた。

 栞にとって、どこかほっとさせるような笑みを浮かべて。


「おう」


 戦場となった地へ、中条聖夜が到着した。

 次回の更新予定日は、おそらく8月5日(水)です。

 奇跡が起これば7月29日(水)に更新されるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖夜かっこ良過ぎる
[良い点] 聖夜くんがとってもカッコいいです! これまで何度もカッコいいと思う瞬間はありましたが、これはまさに"惚れる"カッコよさです! [気になる点] テレビも入ってる現場近くでこの大規模な登場に戦…
[一言] これ、もし中継に映ってメイカー=聖夜ってバレたら学校にいられなくなりそう 制服だし、言い訳できないよね? 誤字です! オーバードライト発現の直前の 「俺の意地だ」が「維持だ」になってます!…
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